magic lantern

ぽたぽた、と雫が顔に落ちて目が覚めた。さんざセックスした後、溶かされたように眠ってしまったので慌てて目を開くと、俺を抱え込むようにしている月森が涙を零している。
「…っ、よう、すけ」
「ん。少しは眠れたか?ごめんな、俺が寝ちまって」
涙を拭わずに頭を撫でると、月森はうん、と頷きながらまた涙を零した。
良かった。泣けたんだな。これは悲しい涙だから、柏木に言わせれば水っぽいのだろうか。
「陽介、生きて、るよな」
「俺もお前も皆も、菜々子ちゃんだって堂島さんだって生きてるよ。お前はちゃんと菜々子ちゃんを助けられたよ」
「うん……ッ」
溢れ出て止まらない涙が肌をその都度冷やしていったが、こぼれる雫はとても熱い。
「菜々子ちゃん偉かったな、お前に似て強い子だもんな」
うんうんと何度も頷く月森の頭を胸に抱え込む。身体は節々が痛みを訴えていて、腰の辺りは砕かれたように感覚が無い。自由に動かせるのは顔と首と腕ぐらいだ。
「お前が生田目にかけた呪いってやつは、俺が解いてみせるから。ちゃんと生田目のしたことを全部明らかにして、本当の罪をあいつに分からせる。そして、もし他に真犯人がいるなら俺たちでそいつを捕まえる。それは俺らにしか出来ない。そうだろ?相棒」
「…っ、ん……ありがと…な」
「俺はまだ何もしてねえよ?まぁ、ちょっと身体痛えから俺の分も聞き込み頑張ってくれ」
「分かった、任せろ。聞き込み上手いって、お前いつか褒めてくれた」
任せろといった月森の声には、最近無かった覇気がよみがえっていた。頼もしい、皆が信頼しているリーダーの声だった。
「お前はいつだって俺の自慢の相棒だよ」
自慢で大好きで、でも羨ましくて妬ましかったこともある、俺のヒーロー。月森は少しだけ笑って、いつの間にか泣き止んでいた。
「おれはお前に褒めて欲しくて頑張ってるんだ、多分ね。お前とか菜々子とか…皆にすごいって言われるの、嬉しくてさ。でも本当にすごいのは陽介だよ。お前はおれの合わせ鏡みたいだ、おれが分かってたようで分からなかったこと、言いたくて言えなかったこと、全部形にしてくれる。皆の誰が欠けてもダメだっただろうけど、お前が一緒じゃなかったらあの世界の謎とかシャドウと戦うとか、犯人捜すとかそういうの全部、やろうとしなかったかもしれない」
「じゃあ忘れるなよ、お前は俺の相棒で、お前は一人じゃない。お前が背負ってる荷物は、俺にも寄越せ。皆に分けろよ。お前が皆を守りたいと思うように、皆お前を守りたいと思ってる。仲間だからな」
「うん。……ほんと、ありがとう陽介。昨夜さ、すげえ久しぶりに深く寝た気がするからかな、変な夢を見た」
「へ?夢?どんな」
俺が尋ねると、月森は本当におかしそうに笑う。笑顔を見たのは、とても久しぶりだった。泣けて、笑えたのだ。俺が押しかけたことに少しは意味があったように思えて、俺にも月森のために何かが出来たような気がして、俺も嬉しくなって笑う。
「陽介の親になる夢だった。小さい頃の陽介をおれは知らないからさ、夢の中のお前は今のミニチュアで、クマのぬいぐるみで遊んでたよ。クマは単なるぬいぐるみだったけど、それがお気に入りみたいでずっと持ってて。可愛かったなー、今も可愛いけど」
小さい子どもをあやすように月森は俺の頭を撫でて髪を梳いた。
「クマ、ほんとどこ行ったんだろうな。菜々子の病室にいたはずなんだが…助かったこと教えてやりたいのに」
「そうだな、早く教えてやりたい。菜々子ちゃんのことすごく気にしてたし、あいつ変に律儀で『約束』にこだわってるし」
俺と月森がクマにした約束、菜々子ちゃんがクマにした約束。そのどちらとも、まだ果たされてはいない。
「とりあえずは特捜本部で捜査再開か。陽介、動ける?」
「……ん、なんとかな」
身体は痛むけれど、この痛みと引き換えに月森が泣けて笑えたのだと言うのなら、いくらでも我慢できる気がした。労わるように月森は俺の身体を摩る。ゆっくりと立ち上がって、おそるおそる身体を動かして服を着ようと床に散らばったままの制服を掴んだ。多少皺になっている。
「入れそうだったら風呂入るか?制服、アイロンかけとくからさ」
「いいよ、そんなの、それより皆に……月森?」
中途半端な格好のまま、月森に抱きしめられた。外は明るいが、霧が濃いせいで日光は直接部屋にさしてこない。
「風呂入って、一緒に飯食って、それで行かないか。どうせ欠席のやつが多くて教師も気にしないだろうし」
「……分かった、じゃあ風呂もらうな」
もうちょっと家にいてほしい、と言われた気がして嬉しくなって頷くと月森は俺に自分の部屋着を渡してから、階段を下りていった。誰かのためにこの家で何かをする、そのこと自体、月森にとっては一ヶ月ぶりのはずだ。
菜々子ちゃんと堂島さんが家からいなくなってからというもの、月森はほとんど家にいなかった。家の電話にかけて月森が出たためしがない。携帯に出ないことも多くて、聞けば恐ろしい量のバイトを入れて自分から家に戻らないようにしていたようだった。寝るためだけに家に戻る、日々。帰れば菜々子ちゃんが笑顔で迎えてくれた今までと比べて、それがどれだけ月森の心や身体を冷やしたことだろう。一人で誰もいない家に帰ることには慣れる、俺だってそうだし月森だって前まではそうだったと聞いている。でも、この家にはいつだって月森を慕う菜々子ちゃんの笑顔があった。今まであったものを、無くすことは辛いことだ。当たり前だと思っていれば、なおさら。
家族の代わりにはなれない、いや、誰も誰かの代わりにはなれない。月森の代わりが俺にとって存在しないように。
「陽介、風呂、もう入れると思うから。ゆっくり温まってこいよ」
台所で何かをしながら月森は階段をゆっくり下りてきた俺に声をかけた。ひょっとしたら、この家で誰かと話すのも久しぶりなのかと思い当たって涙ぐみそうになった。堂島さんが入院して菜々子ちゃんを助けようと探索していた間、俺は出来る限り夜はこの家に来るようにしていたが菜々子ちゃんを助けてからは月森がバイトばかり入れてしまうせいで訪ねる機会がほとんど無かった。面会謝絶の間、月森は放課後も夜もバイトばかり、面会出来るようになってからは放課後に病院、夜にバイト。暇そうにしていたことはなかったし、部活にも顔を出していなかったと聞いた。自分の身体を疲れさせて、苛めて、そうでなければ眠れなかったのかもしれない。小西先輩が殺されてから、俺がいっそうバイトばかりしていたように。
「なあ、朝飯何?」
半ば寄りかかるように後ろから月森を抱きしめて、手元を覗き込む。
「んーまともに食えそうなのは白飯と前に作って冷凍してた煮物ぐらいだな。味噌汁は出来るから、そんぐらい。冷蔵庫、すっかすかだからさ」
「十分すぎだって、お前の飯美味いから」
単なる高校生にしておくにはもったいないぐらい、月森は料理が上手い。元々器用で凝り性ってのもあるんだろうけど、俺の家と同じで共働きらしいから必然性もあったのかもしれない。俺の場合はジュネスの惣菜もらってくるから飯しか炊けなくて、さすがにうちの女衆みたいな料理を作らない自信はあっても月森ほど美味い飯を作れる気はしない。
「風呂、もらうなー」
昨日はいろんなことがありすぎて、俺も月森もどうかしていたのだろう、とお湯につかりながらぼんやり思い出した。
俺と月森は全員のシャドウを見てて、俺のシャドウも月森には見られてる。だから取り繕うものなんて今更何もないし、昨日言ったことで仲間が態度を変えるとも思えない。ただ、りせたちを怖がらせた月森の言葉は、それこそシャドウが言いそうな『本人が認めたくない本音』に思えた。いつもの月森だったら、衝動に流されそうな俺たちを落ち着かせてただろうし、あんなこと言わなかったと思う。堂島さんが重傷で、菜々子ちゃんが死んだと言われて。月森は、自棄になっていたのだろうか。
「どうなってもいい、とか思ったのかな…」
ちゃぷんと水音を立てながら手のひらでお湯を掬う。
菜々子ちゃんが助かった時、月森は菜々子ちゃんの傍で何か言っていて。小声だったからよく聞こえなかった。
「いてて…あー…マジいてぇ」
腰をさすろうにも、腕を動かそうと背を捩るのもけっこう痛い。ゆっくりと身体を動かした。

仮に、あの時月森が自棄になっていて生田目にあんなことを言ったのだとしても。
自分の言葉が生田目の死を引き起こしても構わないと思っていたとしても。
今はそうじゃない、そう確信している。

いつもの倍近い時間をかけてゆっくりと動き、風呂から上がると食卓には朝食が用意されていた。毎朝適当なモン(売れ残りのパンとか)しか食わない俺からすれば、旅館に来たみたいだ。
「ちょうど良かった、準備出来たよ」
朗らかそのものの顔で俺を迎えた月森はやっぱり昨日とは全然違う。もっと言えば、ここ一ヶ月とも違う気がした。
「どうした?あー、髪まだ濡れてる」
タオルを取り上げられ、椅子に座らされた。背後に立った月森が頭を撫でるように髪の雫を拭っている。
「……あの、さ」
「ん?まだどっか痛いか?」
「違う、そうじゃない。昨日、何であんなこと言ったんだ?いや、そもそも俺が悪いんだけどさ、でも」
「陽介」
頭にタオルを被せられ、上からふわりと抱きしめられた。
「お前がテレビのこと言わなくても、おれはきっと同じことをしてた。アイツを許せなくて殺してやりたくて、その後どうなったっていいと思った。だって菜々子は帰ってこないんだから、って」
ふわりと巻きついた腕に力がこもり、月森は小さな声でけどな、と続ける。
「けど、やっぱり、もうどうでもいいだなんて思えない。お前を泣かせたくないよ」
「…泣いてねえよ」
「うん。でも、昨夜来たとき、陽介泣きそうだったから。……来てくれて、嬉しかった。お前の身体、どこもかしこもあったかくてさ、生きてんなって思ったよ。寝てるお前は何かむにゃむにゃ言いながら身じろいでて、幸せだと思った。菜々子は助かってもまだ苦しんでるのに、叔父さんだって痛みに耐えてるのに、それでも、そう思った」
「ああ……俺も、目ぇ覚めてお前が泣いてんの見て、嬉しかった。お前が泣いてるのも笑ったのも久しぶりに見たから。それだけで、俺は押しかけた意味があったなと思ってすごく嬉しかったよ。だから、どこも痛くない」
身体は錆びた金属のような軋みを訴えるけれど、そんなもの、どうとでもなる。俺がそう言うと、月森はいっそう腕に力を込めて、あいしてるよ、と呟いた。
「こういうときに言うの、不謹慎なんだろうけど。今だけ。……おれも、お前も、皆も無事だ。菜々子だって頑張ってる。だから、おれたちはまだ進まなきゃ」
「そうだな、生田目が全ての犯人じゃないかもしれない。真相を探る手段を持ってるのは、もう俺らしかいないんだ。直斗が昨夜言ってた、生田目が犯した本当の罪を全て明らかにすることも、いるかもしれない真犯人を捕まえることも、俺らにしか出来ないって」
「うん。とりあえずは…飯だな。飯食って、皆ともう一回考えよう。春からの事件が、何だったのかを」


俺たちは生きていて、立つことも歩くこともできる。なら、立ち止まってはいけない。立ち止まらずを得ない人たちのためにも。

言霊使い、という設定を弄ろう第一弾。相手を甘やかすというシチュが大好きです。