magic lantern

彼の宇宙 此の宇宙

「ニール」
後ろから掛けられた声にニールは片手を上げることで応えた。ピースミリオンの居住エリア、果てない闇のような宇宙を見ることの出来る窓にミリアルドの姿が映っている。
「言っとくが、何度言われたって俺の意思は変わらねえよ。俺はここには残らない」
「……しかし」
ゼクス=マーキスとしてトールギスに乗ってOZの戦力を削っただけでは、ミリアルドの望む平和など到底得られない。そのことが、ウィングゼロに乗ってミリアルドにはよく分かった。エピオンに乗ったヒイロ=ユイとの戦闘後、ミリアルドはエピオンに乗ることになったがエピオンの示した未来もまた、このままピースミリオンに滞在することを好しとしなかった。
「あんたが役立たずの俺を要らないって言うなら考えなくも無いけどな、こんなナリでもトールギスに乗ってホワイトファングの基地に着くことぐらい、出来るんだぜ?」
そう言ってニールは自嘲するかのように唇を微かにゆがめてみせる。
ミリアルドがハワードの助力を受けるようになる前、ハワードによれば一月ほど前だそうだがニールはピースミリオンに現れてハワードの助手を務めていた。『まるでビーム粒子を直に浴びた』かのような傷を右目に抱え、軍人というよりはガンダムパイロットの少年たちに近しい気配を漂わせて。実際、ハワードはミリアルドにこう告げたことがある。ニール=ディランディは、あの五機のガンダムでは無いが同等のMSに乗っていたはずだ、と。MS乗りとしてだけでなく射撃や機体整備、あらゆる能力がそれを示している。
「そうは言っていない。君が望むのは戦争ではない、恒久和平なのだろう。ならば、私とは取る道が違うということだ」
ホワイトファングの代表、カーンズに指導者として招かれたのは最近のことだ。ホワイトファングはロームフェラ財団の宇宙拠点である戦艦リーブラを強奪する算段を整えていて、成就した暁にはミリアルドが新しい指導者として地球への全面戦争を言い渡すことになっている。
宇宙の軍事的盟主となり地球に弓を引き、全ての戦力を巻き込んだ戦争を起こして終結させる。全ての武力を破壊して、戦争の悲惨さや愚かしさを全ての人類に知らしめることが自らの役目だとミリアルドは決めていた。武力を象徴する自分や、おそらくこれから出てくるであろうトレーズが兵器もろとも戦力全てと共に散ってこそ、ミリアルドの妹が唱えている完全平和への道が開かれる。ただ武器を捨てるだけでは戦争は無くならない。人々の、戦おうとする意思を挫かねばならないのだ。そのための礎になることに、何の迷いも躊躇いも恐怖も無い。しかし……。
「取る道が違う?冗談言うなよ、アンタは戦争なんて望んじゃいない。戦争を望まない人間が戦争を起こす、俺たちと同じじゃねぇか。一旦武器を持った人間ってのは、そう簡単に力を手放さねぇ。なら力ずくで破壊するまで──そうだろう?ミリアルド」
この男を自分の身勝手で失いたくないと、強く、思う。右目だけではない傷跡、それがどのようについたものなのかニールは語ろうとしない。ミリアルドもそれを望まなかったが、透き通るような白い肌にも故国の森に似たビリジアンの一つ目にも、これ以上の傷などつけて欲しくなかった。
「俺はアンタが思ってるほど、おきれいな人間じゃねぇのさ。アンタと同じかそれ以上の血に染まってる。ご大層に守られる価値なんて、ありゃしねえよ。前線に出せとは言わない、足手まといにはなりたくないからな。でも…」
ニールはくるりと振り向いてまっすぐにミリアルドの視線を受け止める。時折ニールが見せる、戦士たるものの魂が表層に現れてそれがいっそうニールを孤高の存在に見せていた。望まぬ世界へと紛れ込んでしまった、孤高の戦士。
「アンタが望むものと俺が望んでいるものにきっと違いなんてない。俺の本当の願いはもうここでは叶わないけど、ここだってどこだって俺は戦争という手段を取る世界を許す気は無いんだ。戦う意思とその手段を取り上げさせる。そのための、ガンダム。少なくとも俺はそう信じてる」
「どうしても、ここに…ハワード博士の元に残ってはくれないのだな、ニール」
地球に全面戦争を仕掛けるホワイトファングより、そのどちらにも属さないピースミリオンにいたほうが生存率は遥かに上がるだろう。ガンダムの設計者であるハワードの助力を頼って他のガンダムパイロットたちがここに属したのなら、尚のことだ。それはいずれミリアルドの敵になるかもしれない勢力だが、重要なことはそこでは無い。敵味方に分かれることなどより重要なのは完全平和が成されることであり、ニールが望んだ未来を迎えられることだ。
「最初っからそう言ってるだろ?悪いが俺は自分の我を通すだけの力は、持ってるんでね」
訓練された職業軍人とは異なる、身の動き。それもやはりガンダムパイロットたちに似通っていて、初めて乗ったはずのトーラスやトールギスへの適応の早さもまた、異例のものだった。ミリアルドは片手を伸ばしてニールの右頬を撫でる。ミリアルドの知らない戦いをニールが続けてきた、その証。
「分かった。もはや何も言うまい。ただ、これだけは覚えておいてくれ」
「何をだ?」
「私にはもう失うものなど無いし、もともとそのようなものを持っていた覚えも無い。国は滅び、友とは別れ、唯一の肉親である妹でさえ私とは別の道を歩んでいる」
ニールはミリアルドがリリーナの話をした途端、痛ましげに眉頭を寄せてそのまま目を伏せた。美しい目を覆ったまぶたに、そっと指を這わせる。
「友も妹も袂を別った身だ。しかし、私は君を失いたくは無い。君だけはどうか、私の代わりに妹が完全平和を築こうとする未来を見届けてくれないか」
「……」
何を思ったものか、ニールはそのまま黙り込んでしまった。ややあって、伏せられていた目が強い光でミリアルドを射抜く。
「分かった。それがアンタの願いなら。それまで、俺はアンタの傍にいる」
「ああ」


その十日後。ミリアルドはニールを副官として伴い、ホワイトファングが占拠した戦艦リーブラへとその身を移す。


ミリアルドお兄様がニールを可愛がればいいじゃないっていう企画なのに、説明で終わった気が…あれ?(笑)