magic lantern

ころしたものは

「俺さ」
この場所に来てから、コイツの表情が読みやすくなった、とハレルヤは思いながら曖昧に相槌らしきものを打ってやった。ニールはさして気にしていないのか、話を続ける。
「刹那に言ったことがあるんだ」
「……何を」
どういう理屈なのかハレルヤにもニールにもさっぱりだったが、なぜかこの島の空では時折、元居た世界の現況が映ることがあった。自分たちが残してきてしまった、彼らの様子を垣間見ながら過ごしてきた日々。ニールは刹那とティエリアの名をよく呼んだし、ハレルヤは呼ばないまでもアレルヤのことがずっと気がかりだった。
「『戦うんなら、自分のために戦え』って」
まだあちらにいる片割れ──どちらかというと本体とでも呼んだほうが良さそうな存在──が聞いたらどういう顔をしただろう、と詮無いことをちらりとハレルヤは考えて肩を竦める。意味が無い。
「人なんてさ……結局、自分のためにしか、動けねェんだから」
ニールはそう言って、ハレルヤの表情を伺うように首を傾げてみせた。
「……あのチビ、何て言ったよ」
刹那とコミュニケーションを取ることにアレルヤは躍起になっていたが、やや失敗気味だったと言っていい。ただ、ハレルヤの前でうっすらと微笑んでみせる男には幾らか懐いていたように思う。獰猛というには幼い、猫科の獣。
「『ああ』、だってよ。ひとしきり黙って、その後頷いて。その話はそれっきりだ」


そうやって、昔話をしたのはいつだっただろう。あの時うっすらと微笑んでいたはずのニールは、青ざめた顔で完全に表情を失っている。ニールの双子の弟、ライルとその恋人であったアニュー。ライルが恋人の傍で見せる安らいだ表情を喜んでいたニールだったが、ぎゅっと手を握り締めて唇を噛んだまま、涙一つこぼさない。
何かつらいとき、手を握るのは癖のようなものなのだろうとハレルヤは判断したが、本当に握りたいのは掌ではなくハンドガンなのかもしれないと思う。
「……なん、で…あいつばっかり…」
掠れ声に嗚咽は続かなかった。横顔を覗き込んでも、涙ぐんでる様子さえ無い。ただ、もともと真白い顔がさらに青ざめていて、ハレルヤは咄嗟にニールに両手を伸ばした。
「あいつの、未来は……ッ、痛い、離せって…」
この期に及んでも弟の心配ばかりを繰り返すニールを、きつく抱きしめると微かに抗議の声が上がる。が、構わずにハレルヤはしっかりと抱え込んだ。離せるわけがない。
「あいつを本当に一人にしちまったのはお前なんだぜ、ニール」
「……ッ!」
傍にあいつらがいれば殴るだけじゃ済まねえだろうな、と自嘲しながらハレルヤは尚も続ける。言わなければならないことが、あった。
「景気良く殴られてたチビも、眼鏡も、アレルヤも、あのオペレータの女も、全部お前が置き去りにしていったんだ。四年前に」
腕の中の身体が、震えている。顔を確認せずに、ハレルヤはたった一つのことを念じ続けた。
「泣けよ」
泣いちまえ。全部見せてみろ。今更、取り繕うことに何の意味があるってんだ。
「……お前ら兄弟はよく似てンな。覚悟が足らねェ。這いながら生きていく覚悟もてめェ自身を殺す覚悟も」
戦いで死ぬのは、命そのものよりまず心だ。心を死なせまいと足掻いた子どものアレルヤがハレルヤを生み出し、二人はどうにか生きてきた。ニールは復讐を掲げて自分自身の心を殺して戦ったが、最後まで復讐から離れられずに命を弾にした。
「お前の弟は…お前やチビと違ってもともと単なる民間人だ、あれで精一杯だったんだろう。よくやったほうじゃねえのか」
「っ、……」
「誰が悪いわけでも、ないのにな」
「、ぁ……、ハレ…」
握り締めていたニールの手がゆっくりハレルヤの背に回る。ハレルヤは腕の力を少しだけ抜いて、ニールの背中を叩いた。さっき、刹那がライルにしてみせたように。
甘いと言ってしまえばそれまで。敵と分かって撃てない甘さを戦場に持ち込む必要など無いし、戦う覚悟が出来ていないとも言える。けれど、誰も彼もが器用に心を殺して戦えるわけではない。MSに乗る人間が全員そうだったら、世界はとっくに滅ぼしつくされているだろう。心が生んだ争いがテロや戦争を作り出すけれど、戦う手に残された心だけがその悲惨さに気づくのだから。オートマトンのように自動的に簡単に人を殺せるパイロットばかりになってしまえば、そこにあるのは恒久平和ではなく恐怖が支配する世界に他ならない。
「お前が自分勝手な理由で置き去りにしたあいつらは、ちゃんとてめェの足で立っててめェの未来を掴もうとしてる。そのために戦ってる。お前の弟だって、いずれ分かるだろうさ」
「……ああ、そうだな…」
薄い生地に水分が染みこむ感覚があった。ハレルヤはニールに見られないように、ニールの肩に首を乗せながら小さく口の端を上げる。ここに来た経緯はよく分からないが、理由を少しだけ分かった気がした。
あちらにいたとき泣けなかったニールが、自分のしたことの意味を分かるように。自分自身の重さを、理解出来るように。
いつまでここにいられるのかは分からない。けれど、今、ニールが流した涙は四年前に刹那たちが流した涙だ。このことを彼らに伝えたい気もしたが、そんなもったいないことは出来ないとすぐにハレルヤは思い直す。この涙も、触れることが出来るようになった素手も、自分だけのものだ。


なんかもうちょっとがっつり泣かせたかった。要はニールに足らなかったのは生きてやるという覚悟でライルに足らないのは自分を殺して戦う覚悟だという。