6年越しのクリスマス
「馬鹿、何言ってんだお前」
八千穂の言葉に皆守は慌てて突っ込んだが、傍にいる大人たちからは否定の言葉が返ってこない。
「恋人というか何と言うか。本人たちも特に気にしてないと思うけど。傍から見たらそう呼ぶのが近いのかな」
「セットというかペアというか、なァ。6年前からずっと先生の隣は京一専用で、お互いに背中を預けられるのは相手だけだろうぜ」
「……おれの背中は甲ちゃんに預けてるもんね、おれの隣も甲ちゃん専用だし」
惚気られたと判断した九龍が対抗心からそう言うと、皆守は瞬時にして顔を赤く染めた。おやおや、と大人たちが目を細めるのにも気づかない。
「ばッ…何言ってんだこの馬鹿!!」
「ホンッと九チャンと皆守クンて仲良しだよねー、もうラブラブだねッ!」
「……八千穂…俺を殺す気かお前は…」
青息吐息でげっそりしている皆守をぎゅうと背後から確保して、九龍はラブラブだよ!と八千穂に力説している。数時間前にそれこそ生死を分けようかという別離を経た今となっては、もう互いに隠し事もなければ寂寥感を覚えることもない。皆守のことが好きだと誰彼構わず主張出来る、皆守が本当の意味でそれを拒絶しないことがとても嬉しい。
「君たちがそんな風に仲が良いものだから、きっと龍麻は昔を思い出して余計に寂しかったんじゃないかな。おまけにここに来る1月以上前に京一くんと離れ離れになっていたし」
「京一もな、先生が1人で日本にいるって分かった時はらしくねェ真似してたが、この学校の件に関わって出られないって分かった途端に腹据えたぜ。ま、おかげで楽させてもらった」
上空で未だに戦っている2人を仰ぎ見ながら、村雨は目を細める。村雨に雇われていた3ヶ月の間、京一の氣はいつも一定で穏やかだった。何度襲撃されても、その最中で戦闘している時でさえも、氣は一様に穏やかで淡々と敵を排除していった。修行の成果というやつなのかと感心していた村雨だったが、何のことは無い、龍麻と本気で戦っている今は高揚して興奮しているのが結界から漏れ伝わる微かな氣にもよく現れている。
お互いが、お互いに全てを傾ける。6年前からの2人の一定したスタンスで、互いにだけは手加減も、制御も、遠慮も一切しない。戦いであってもどんな感情の発露であっても。
「ッ、もらったァ!」
氣の応酬ではなく、物理的な衝撃で結界が揺らされて御門と芙蓉、そして村雨たちも一様に上空にある不可視の結界を見つめた。もらった、とまるで敵の首を取るような台詞は京一の声で、その直後の衝撃以降静まり返っている。
「そろそろじゃねェか、御門。大方、3ヶ月で鈍ってた先生の方が伸されたんだろうぜ」
「芙蓉、龍麻さんと蓬莱寺さんをここへ」
「御意」
芙蓉が姿を消してすぐに、上空の結界が消えて御門の目の前に2人が現れた。京一は片手に阿修羅を持ったまま、座り込んでいる龍麻の傍にしゃがみこんでいる。
「頭冷えたかい、先生。どっちが勝ったか…って聞くのは野暮か」
「俺に決まってンだろ、3ヶ月学生やってたヤツに負けてたまるかってんだ。こちとらプロ相手にしてたんだっつの」
「……3ヶ月身体を動かしていないとは言っても、そうそう龍麻に勝てる人間はいないと思うけどね」
言いながら如月は大丈夫かと尋ねてすぐに商品である薬を取り出した。
「あー、痛いけどなんかすげえすっきりした。ありがとな、御門。芙蓉ちゃんも」
「礼には及びませんよ」
「そういや九龍」
遺跡で見せた龍麻の力が本気のものではなかったことや、同じように過ごしていたはずの3ヶ月で身体が鈍ったと称されたこと、その龍麻に勝ったという相棒の剣士の存在に驚いていた九龍は話を向けられて目を瞬かせる。
「何、ひーちゃん」
「お前が喜んでたギルドの依頼人いただろ、レアなものくれたっつって。御門のことだ、ゲートキーパーって」
「ギルド…ああ、あの宝探し屋というのは君だったんですか。道理で」
大統領クラスのVIP客である宮内庁陰陽寮の頭を前に、九龍はさらに目を瞬かせた。
「すごい、陰陽師って言うからすげえ年寄りかと思ってたらお兄さんなんだ!」
「……依頼人の顔写真、見てねえのかお前は。大まか隠れてたけど若い男だったろ」
皆守に突っ込まれたものの、実際に依頼人を前にしたことは初めてなので九龍は興奮が収まらない。
「じゃあじゃあ、さっきの変なのも全部術なんだ、すげえ!」
「ついでに新宿の魔女もおれらの仲間だ、ミサの占いは当たるから」
「占いやったらワイもやるでー。ひよこ占い、けっこう人気なんや」
「お兄サン、占い師サンなの!?」
劉の言葉に八千穂がすぐさま食らいつき、白岐と七瀬たちを連れて占いを頼み始めた。
「ひーちゃんってマジですげえ人だったんだなー、なんかいろいろ変わってると思ったけど」
「……別に普通だよ、恋人に会えなくて苛々して、逢えたら嬉しくて全部どうでも良くなってさ。お前と一緒」
京一は既に阿修羅を背負いなおして両腕を組み、そっぽを向いている。改めて人前で言われると気恥ずかしいのだが、さっき徹底的にやりあったので今さら照れ隠しで技を放つ気にはなれなかったのだ。
「しばらくは日本にいるのかい、龍麻。鈍ったというのなら是非手合わせをしたいところだけれど、次の仕事が迫っていてね。その仕事が終われば新宿へ戻ってこられるから、その時は手合わせを頼むよ」
「どうするかは全然決めてない、もともと戻る予定じゃなかったし。まァ京一もこっちにいるし急いで旅に出る理由も特にないしね。お前が戻るまではいるって約束するよ、手合わせしよう。紅葉が仕事してる間に勘を取り戻しとく。醍醐の試合がなきゃ捕まえられるし、紫暮もタイミングが合えばなー」
プロレスラーと自衛隊員の名前を挙げて、龍麻は改めて自分の仲間たちに目をやった。天香での3ヶ月、昔の自分たちを思い出したこともたくさんあったし、今の仲間たちの様子に思いを馳せたことも何度もある。6年前から今まで、思わなかった日など一度も無い、相棒のことも。
「今日の夜、皆に会えば分かることだよ。集まるのだろう」
「集まるって言っても全員はさすがに無理だろ、さやかちゃんとかアランとか世界中飛び回ってるのに」
「全員集まるそうだよ」
如月の言葉に龍麻は目を丸くして、さらに瞬きを繰り返した。音楽活動を続けて、マーケットを世界に広げている元アイドルや旅客機のパイロットだけでなく、日々忙しくしている仲間ばかりなのだ。
「ま、集まるいうても全員が一堂に会す、ってのは無理みたいやけどな。皆アニキと京一はんが帰ってきとるて知ってどうにか都合つけるて言っとったわ」
「へェ、皆来ンのか。良かったな、ひーちゃん。ここに来させられて良かったじゃねーか、可愛い弟分も出来たみてェでよ」
「おれの弟は紅葉に弦月だけだよ。まぁ、九龍も弟分っちゃ弟分かな」
壬生と劉は顔を見合わせて照れくさそうに笑い、その様を見ながら龍麻も微笑む。何年離れても、彼らのことを家族のように愛おしむ気持ちに陰りなどは無い。
「弟でも舎弟でもいいけどさ、どうしても協会には来てくんないの?」
「それはダメだって何回も言っただろう。オレはお前みたいなハンターにはなれないし、ならないよ。第一、オレは遺跡を暴いたり守ったりする方じゃなくて、遺跡が封じているモノと同質だからね。遺跡に要らぬ影響を与えるだろうし、今回みたいに遺跡がオレを必要とするなら呼ばれるだろうから会う機会もあるだろう」
「うーん、やっぱダメかァ」
「葉佩くん、だったかな。龍麻をスカウトするのは止めたほうがいい。彼の力は、どこか一所に留まってある1つの目的のために使われるべきものじゃない。出来ることなら2人揃ってエムツーに呼びたいところだけれどね」
壬生の言葉に九龍はぽかん、と口を開けた。風変わりな保険医がエムツーのエージェントで、どう考えても怪しすぎる探偵もそうなのだと聞かされたのはついこの間のこと、目の前の青年もエージェントなのだと言われて二の句が告げない。
「エムツーなんかに呼ばれたら、エージェントどころか研究対象だろオレ。京一は退魔師に向いてると思うけど」
「どっかに所属するって柄じゃねェよ。大体、今だって似たようなことやってンじゃねえか。フリーだし大した謝礼はもらわねえけど」
「というわけだから紅葉も九龍も諦めてくれな。それに、多分オレらはフリーじゃないといけない気がする」
「……まァな」
京一は頷いて、唇を引き結ぶ。陰陽合一、混沌の存在である黄龍の力を身に宿す龍麻と法神流の後継者である京一はいつどこに呼ばれるか分からない。いつの時代の、どこの世界に。
なんとはなしに理由を察した仲間たちはそれ以上何も言わなかったが、九龍や天香の生徒たちは狐につままれたような表情をしていた。
「そろそろ人目につきそうだな、帰るとするか」
「え……帰るって」
「言ったろ?オレがここに呼ばれたのは、あの遺跡に現れる彷徨えるモノたちを在るべき場所へ戻すため。もうあの遺跡には化人は出てもオレの領分であるモノたちは出てこない。だからこれ以上オレがここにいる理由はない」
龍麻は言いながら昔からの仲間たちを背に、九龍たちとは一線を画して距離を取る。自分の仲間はここにいるのだ、自分はこちら側なのだと、示すように。そのため龍麻は如月に迎えを頼んだのだ。
「高校生活も悪くは無かったけどな、真神がオレの母校だしオレの居場所はコイツの隣だ」
6年前から変わらない、居場所。たった1年しか通っていない真神学園を母校と呼べるのも、そこで何にも代えがたい大切な人と出会ったから。大事な仲間たちと出会ったことも、全て真神へ転校したことから始まった。
「ひーちゃん!そんなの、もう会えないの!?」
この街で婦警をしている友人を思わせる声に、京一は目を細めて隣でうっすらと微笑んだままの相棒を見やった。
「いつどこで、って約束はしてあげられない、ごめんな。でもな、八千穂。オレが天香に来たのは偶然じゃなくて必然だから、いつかまた会えるよ。それだけの縁はもうあるんだから」
「何ソレ、だってそんなの分かんないじゃない!」
今にも泣きそうな八千穂に弱ったな、と言いながら龍麻は少しも困っていなさそうに穏やかな表情のままだ。
「あのな八千穂。お前、その…友人と別れる時いちいち次に会う約束なんて、しないだろ。だからひーちゃんも約束なんてしない、そう言ってんだ。そういうことだろ?」
「え……」
「皆守の言う通りだよ、だから泣かなくていい」
皆守の言葉に頷いて、龍麻は6年前の自分たちとは違う絆を持った子どもたちの顔を順々に追った。
「じゃあな。いろいろ、ありがとう」
そう言って踵を返し、後ろ手に軽く手を振って龍麻は天香学園を出る。仲間たちと、一緒に。天香学園を本質的な意味で解放して変えたのは龍麻ではなく、宝探し屋の九龍だ。いつか京一が言っていたように、次の世代のことは次の世代の者が考えればいい。大人が口を出すべきではないことが、たくさんある。
「なァひーちゃん、どうせなら街を見て回ろうぜ、お誂え向きにクリスマスだ」
「ああ。……あれから、もう6年経ったんだな」
6年前のホワイト・クリスマス。あの日から2人を繋ぐものは少しだけ様変わりした。最大の敵との戦いを前にした高揚感と緊張感の中で、互いの存在の意味を確かめ合った夜。
「龍麻、京一くん、一応待ち合わせの時間だけ教えておくよ。中央公園に6時。皆それを目安に来るはずだ」
「分かった、じゃあまたな」
龍麻の声を合図に、三々五々仲間たちはそれぞれ今の居場所へと帰っていく。龍麻は6年前と変わらない己の居場所、京一の隣で街行く人々に目をやった。
「クリスマスか……あの時のお前はほんとひどかったよ」
「しょうがねェだろ、俺だっていろいろ考えてたんだよッ」
精一杯の勇気で告白したというのに京一に冗談だと決め付けられた龍麻が昔のことを詰ると、京一は昔と変わらずに耳や首筋まで赤く染めてそっぽを向く。冗談で流したほうが龍麻のためだと信じていたし、突きつけられた龍麻の気持ちに呼応するように形になった自分の気持ちさえ、認めてはならないのだと思っていた。認めたところで共に見られる未来など無いのだと、そう思っていた。
「分かってる、ごめんな」
拗ねた京一の頭を撫でながら、昔と今の姿を重ね合わせる。昔も同じように唇を尖らして拗ねて、一生懸命に別の話をしようとしていた。龍麻が粘って告白の答えを迫ってもはぐらかし続け、その日の夜、恐々と返事を切り出してきた京一の顔は今でもすぐに思い出せる。
「ッたくよォ……。ま、いいけどな」
「まだ開いてないだろうけどさ、開いたら王華のラーメン食べに行こう。とりあえずはそれからだ」
「おう!」
龍麻がこの街に戻ってきたのは9月の中旬、もう3ヶ月も前のことだ。けれど、今ようやく自分たちの街に帰ってきたのだと思った。隣に京一がいて、6年前から相も変わらず忙しなく動き続けているこの街──新宿に。
主京と主皆を混ぜてみた、未来捏造編。龍麻は遺跡に引き摺られて現れる神々の相手をしていた、という設定。だって黄龍甲の属性、破邪だし。この設定の話はいくつもあって、水神が出てきて翡翠に文句言う話とか、この後、皆と再会した後で翡翠の店で村雨を追い詰める(京一とずっと一緒だったから)話とかあります。私だけが楽しい話ばかり。いつもか。そうか。
