magic lantern

日が沈む・日が昇る

「……お前の身の危険はどうでもいいが、龍麻に隠し事をするのは止せ。発覚したときに殺されたくなかったら大人しく差し出すべきだな」
「ほんっと先生はどうしてコイツに関して理性だのタガだのってのが吹っ飛んじまうのかねェ。ホテルとカジノに入るためだけに買ってやった服だってのに」
「とりあえず彼の荷物は全部置いて、彼から説明してもらえれば少しはマシだと思いますよ、村雨さん。少なくとも、村雨さんが説明するよりは京一くんが説明したほうが龍麻は大人しく聞き入れるでしょうから」
「そうだな、とりあえずは京一に賭けることにするか。コイツなら何とか先生を操縦してくれんだろ。京一に買ってやった荷物は昼にでも先生の家に届けさせるってことで伝えといてくれや」
「……了解した。壬生はすぐ仕事だったか」
「ええ。合間を縫って来たので、本当はもうそろそろ行かないとマズイんです。瑞麗さんは黙っててくれるでしょうけど、あの男が口を滑らせたら日本にいることが機関にバレてしまいますし」
「お前さんもいろいろ大変だな、また麻雀でもしようや」
「楽しみにしていますよ。龍麻も京一くんも中国にいたというのだから、少しは腕を上げていると面白くなるんですけどね。それでは、失礼」
黒衣の異端審問官、コードネーム:レクイエムと呼ばれているM&Mのエージェントは音も無く姿を消した。
「龍麻、布団で寝るといい、京一くんの分もちゃんとあるから」
村雨に敷かせた布団を指して如月が誘導すると、龍麻は自分とさして体格差の無い京一の身体を抱えて布団に入れ、自分ももぞもぞと隣の布団に潜り込んだ。
「じゃあオレも帰るとするか、先生と京一によろしくな、如月」
「荷物を届けるのを忘れるなよ、命の保障はしないからな」
「……へーへー、分かってますよ。じゃあな」
三ヶ月でどれだけのカジノを踏み荒らしたか知れない賭博師も姿を消し、如月骨董品店はようやくいつもの静寂を取り戻す。酒宴の後片付けを簡単に終えて、書付を残して如月は離れにある自室へと引き上げた。


「ひーちゃん!!朝ッぱらから何してンだ!!」
数時間前に静寂を取り戻したはずの如月骨董品店から、朝には似つかわしくない大声が聞こえて如月はすぐさま目を覚ます。
「やれやれ……今度は何をやらかしたのかな龍麻は」
京一の叫び声の内容からして、龍麻が何かをしたことは確定で如月は普段着にしている着物に袖を通しながら母屋の様子に耳を澄ました。
「昨夜はいつの間にか寝てしまったからその分を取り戻そうとしてるだけだ」
「何だその分って!!つうか人ン家で盛るのは止せ!!」
何か、どころの話ではないようで如月はため息をつきながら母屋の奥座敷の障子を開ける。
「……全く、京一くんの言う通りだよ龍麻。君がどこで京一くんと何をしようと自由だが、僕の家では止めてもらえるかな」
「おう、如月。悪ィな、泊めてもらっちまって」
「別にそれはいいのだけれど、二人ともよく眠っていたし。ああ、龍麻、村雨から伝言があった」
「村雨から?」
「村雨が持っている京一くんの荷物は今日の昼頃に家に届けると言っていたよ」
「荷物?これ以外にか?」
首を傾げる京一と、その姿を見て眉間の皺をどんどんと深めていく龍麻の様子に如月はもう一度ため息をつく。
「何でも村雨が連れていったカジノだホテルだの、ドレスコードがある場所ばかりだったようでね。スーツを着せられたろう、京一くん。ある程度フォーマルな服装でないと入れない場所はけっこうあるものだよ」
「ああ、そうだ、それで服くれたんだ、あいつ。何か高そうだったから要らねェって言ったんだけどよ、スーツじゃねェと店に入れないっつーからもらったんだよな。村雨のを借りりゃ良かったんだけどよ、どうにも肩幅とか合わなくてよ」
「だろうね、まあ少しはフォーマルな服装もあったほうがいい歳になってきたんだし」
京一の傍で黙っている龍麻に話を向ける気がしなくて、如月はどうでもいい話を続けた。
「歳とか言うなよなー、タメのくせによォ。ま、これでいつタイショーが結婚しても…ってひーちゃん?どうした?」
昨夜、当人の村雨だけでなく壬生や如月が危惧していたように怒っているのだろうかと如月が注意深く氣を探ると、龍麻は固まっていたがややあって立ち上がる。
「飯作ってくる、如月、台所借りるな」
「それは構わないけど……」
さっさと姿を消した黄龍の後ろ姿を見送った二人は、期せずして顔を見合わせた。
「どーしたんだ、あれ」
「さぁ?君が分からないものをどうやって僕に分かれって言うんだい」
「何だそりゃ。怒ってるってわけじゃねェし、どっちかっていうと楽しそうだったな、ひーちゃん」
「楽しそう、ね……」
京一が知らない三ヶ月の龍麻の様子をおおよそ理解している如月は、京一の言葉を繰り返して肩を竦める。楽しそうならまあいいか、とあっさり納得した京一はテレビをつけて、日本語が聞こえると喜んでいた。村雨が連れ帰ったのは一昨日の昼で、そこから御門に術を施されたりしたのでテレビだの新聞だの、そういったものにも全く触れていなかったのだ。
「京一くん、これからどうするんだい?日本に戻る予定じゃなかったんだろう?」
「んー?そうだな、しばらくいるのも悪かねェけど、いるならいるで働かねェとなー」
お前アルバイト雇わねェ?と尋ねられて如月は首を振る。
「止めとくよ。第一、君じゃ値付けが出来ないだろう。龍麻は趣味に走りそうだし」
「それもそっか。村雨の仕事手伝うのも悪くねェけど、あいつの仕事ってほとんど海外だし、新宿にいてってなると難しいな。劉は占い師、なんだっけか」
「ひよこ占い、ね。なかなか人気らしいよ。普通の勤め人になってるのってあまりいないな、そういえば」
「美里が教師で小蒔が婦警だからそれぐらいか?ああ、舞子ちゃんと紗夜ちゃんは看護師だったな。女ばっかじゃねェか」
芸能界に身を置く仲間も数人いるが、京一や龍麻のように何にも属していない仲間はほとんどいない。
「女性の方が計画的で現実的だっていうことだろう。男ならある程度はどうとでもなるしね」
「まァな。ひーちゃんとはぐれてから村雨に逢うまで一人だったけどよ、言葉分かんなくても何とかなったもんな」
「……」
それは男だ女だという次元の問題では無いんじゃないか。如月は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで、つい数日前までの龍麻の様子を思い出した。
「ンだよ、何笑ってんだお前」
「いや、数日前の龍麻の様子をつい思い出して。仕入れの区切りがついたんで僕も手を貸すことにしたんだが、心底弱っていたようだったから元気になって良かったなと」
「誰が心底弱ってたって?翡翠」
言いながら朝食を持って龍麻が戻ってくる。如月は手伝いながら君に決まっているだろう、と返して卓袱台に朝食を整えた。
「葉佩くんたちの前では少しはしっかりしていたようだったけど、僕が行く度に京一くんの名前を口にしていたのは君だったと思うよ」
「仕方ないだろ、全くの異境に放り込まれたンなら諦めもつくがな。新宿だしお前はいるし弦月の姉はいるしで、どうあったって京一のことを考えずにはいられないんだから。危ない目に遭ってるとは思ってなかったけど、何をしてるのかどこにいるのか次いつ逢えるのかとか、そんなことばっか考えてた。寝れば夢に出てくるけど、何でだか村雨と一緒にいる夢見て…ってあれは正夢だったのか。京一」
「お?」
並べられた朝食を前に箸を握っていた京一は呼ばれてすぐに顔を上げる。
「お前、村雨とずっと二人きりじゃなかったか?仕事だってアイツは言ってたけど」
「二人だったぜ、もともと村雨は一人で仕事に来てたからな。村雨の部下、とか言うのにも会ってねェ。正規のカジノの他にも裏賭博だの何だの、連れまわされたぜ」
美味い飯も食わせてもらったけどよ、と付け足して京一は手を合わせて朝食を食べ始めた。
「やっぱ白飯だよなァ、御門ンとこで食べたのも美味かったけどよ、ひーちゃんが作る飯が一番美味ェ」
「…………」
「京一、これもっと食べろよ、お前の好きなやつだから。…食べないのか?翡翠」
自宅で旧交を温めているはずなのに、なぜ新婚家庭に紛れこんでしまったかのような錯覚をしてしまうのか。深く考えないのが一番だと如月は結論付けて箸を取った。
「いや、頂くよ」
「とりあえず家帰ったら掃除からだな、一年も空けてるとどうなってンのか恐ろしいな」
「平気だって、二人でやりゃァすぐ済むだろ、大して広い家でもねェし」
名義としては龍麻の家というか部屋のはずなのだが、もちろん京一も一緒に住んでいる。六年前、高校生だった龍麻が一人暮らしをしていたのは別の部屋だったが、そこにも京一は住んでいた。実家にいる時間がもともと短かった京一は気兼ねせずに過ごせる龍麻の部屋に入り浸り、気がつけば同居になって同棲とでも呼べる間柄にさえなった。
「どうせ年末だからちょうどいいんじゃないか。僕もそろそろ始めないと」
「あ、そうか、年越しか…こんな平和な年越しとかいつぶりだろ」
「初めてじゃねェか、六年前は柳生と戦ってたしよ、その次からは師匠にしごかれて年末も年始もあったもんじゃなかったし」
「だよな…お師匠のとこにいると曜日はおろか日にちさえ分からなくなる。去年は旅をしてて旧暦のエリアだったのか、何も無かったし」
楽しそうだねと言うべきか大変だねと言うべきか迷った如月は特に何も言わず、平和な年越しプランを立てる二人を見ながら朝食を平らげていった。
「とりあえず蕎麦だろ、んでさやかちゃんの歌が聞ければ言うことねェなッ」
「雷人のバンドも出るかもな、アイツ頑張ってるみたいだし。あー平和だ……」
「爺くせェぞひーちゃん。若いヤツらと一緒だったくせに」
「だからよけい歳を実感していた、とも言うんじゃないかな。カルチャーショックというかジェネレーションギャップというか」
「翡翠うるさい。だってさ、オレらが高校の頃なんて携帯電話無かったよ!PHSが精々だったよ!ポケベルが現役だった子もいっぱいいたしさ!プリクラなんてただのちっちゃい写真シールだったのに、いつのまにあんなのが撮れるように…」
言いながらずるずると卓袱台に頭を乗せて、龍麻は尚もジェネレーションギャップについて語り続ける。
「大体、男子高校生がアロマを吸うって何だよ、いや皆守には必要だったろうし妙に似合ってたけどさ。メールのやり取りがコミュニケーションの基礎だし、返事打つの早いし、なんか皆個人主義のわりに寂びしんぼだし、ああでもそれが若いってことか」
「……如月、どうしたんだこれ」
龍麻を指差して尋ねた京一に如月は首をすくめた。こんな姿を見たら当の高校生たちはどう思うだろう、とおかしみを誘われたが笑えるほど他人事ではない。
「僕に聞かないでくれるかな、昔の僕たちとは違う、今の高校生の様子に驚き嘆いている様だとしか言い表しようがない」
「若さだよなァ…皆守と阿門のあれも九龍の先走り感も。丸く収まった、っちゃァ丸く収まったけど」
「爺くさいどころかジジイそのものになってきたぞ」
「止しなよ京一くん、暇なら片付け手伝ってくれ」
「おう」
止めることも真面目に取り合うこともせず、京一は言われるままに如月と共に朝食と昨夜の酒宴の片付けを始める。
「ところで如月」
「なんだい」
「ジェネレーションギャップって何だ」
卒業してから丸六年、日本語が通じる場所にいたことのほうが短いはずなのに京一は臆面もなくそう言って答えを迫った。
「世代の違い、みたいなものかな。六歳も違えば世代が違うからね」
「で、その違いってやつに打ちのめされてひーちゃんはあんななってんのか。だらしねェな」
「しょうがないよ、三ヶ月も高校生に囲まれて高校生として暮らしてたんだから。昔と同じように振舞っても、上手くいかなかったんじゃないかな」
なるほどな、と相槌を打ちながら京一は手際よく後片付けを進める。
「そういやさ、昨夜俺が寝てから何かなかったか?上手く言えねェけど、ひーちゃんの氣が変だった時があったんだよな、眠ってたから何となくでしか覚えてねェんだけどよ」
「何か、と言えるほどのことはないけどね。君と旅をしていた村雨を龍麻が問い詰めていたよ。平和的に話し合いで事は済んでいたけど、自分が傍にいない間、村雨が君と二人だったのがよほど羨ましかったみたいでね」
「……」
京一は自分で尋ねておきながら、思わず耳を塞ぎたくなった。モロッコで離れる前から、高校を卒業した時やその前からもずっと二人で一緒にいたというのに、たかだか三ヶ月の旅を羨まれても対処に困る。
「自分が見たことのない君の姿を、村雨だけが知っているのが癪に障ったようだった。記憶をよこせとさんざ言っていたし」
「どんな馬鹿だアイツは」