magic lantern

双子の金星

「あのさあひーちゃん。別におれら、ひーちゃんの恋路に口を挟むつもりは毛頭無いんだけど」
「ん?」
食事を取っていたレストランでの光景が信じられず、不信感さえ募ってきた九龍と皆守がようやくのことでその話を切り出せたのは、その夜のことだった。京一は部屋にいるらしいが、龍麻は九龍たちの誘いを受けてバーに赴いていた。
「ひーちゃんとあの人、付き合ってるんだよな?」
「あの人って京一か?付き合って…付き合って?るのか?」
龍麻が不思議そうに首を傾げるので、九龍と皆守はそのままバーのスチールから落っこちそうになる。当の本人ではないのか。危機感が無さ過ぎる。
「昼間のことだ、どの女がいいだのタイプがどうだの」
皆守が補足すると、龍麻はようやく合点がいったようでああそれ、と取り立てて何でもないことのように相槌を打った。手元のグラスを空けてから、そんなにおかしいか?と尋ね返す。
「おかしいって…だって、ひーちゃん嫌じゃないの?自分の前であの女の子がタイプだとか可愛いとか美人揃いで桃源郷とか」
「そうか、皆守はそれが嫌なんだな」
「なっ…誰もおれの話をしてるわけじゃ」
「で、九龍も嫌なんだよな、皆守が嫌がってんだから。おれは別に気にならないよ、そもそも出会う前から京一はああだし、おれも京一もホモになったつもりないし」
二人が黙ってしまったので、龍麻は新しいグラスを頼んでから、けどな、と続ける。
「どれだけ好みでストライクで理想の女性が現れようと、おれは京一から離れないし京一もおれと離れたりしないよ。そりゃ美人を見れば美人だなって思うし、実を言うと二人でエロビ見たこと、何度もあるんだけど。当然、普通のっていうか男女ものね」
「!?」
「そういう対象に思えるのは京一だけだし。京一もそうみたいだしね。最後まで見られないんだよ、いつも。途中でお互いその気になっちゃって」
「……つくづく、理解をはるか彼方に超えるよね」
ようやく反応できた九龍が搾り出すようにそう応えると龍麻は新しく用意されたグラスに口をつけながら首を傾げる。理解されたいと思うわけでもないが、それほどおかしなことには思えない。
「そう?だって美人とか女の人の裸とかに身体が反応しちゃうのは男のサガだろ?でも、そういう身体の事情ひっくるめて、おれは京一しか要らない。それにね」
「京一は美人さんを見たら声を掛けるのが礼儀だって十年前から言ってて、未だに律儀に声を掛けるんだけど」
「それは律儀なのか?」
皆守がようやく復活してツッコミを入れた。龍麻は確かに、と笑って続ける。
「奇跡が起きてうまいこといっても、京一はそこで席を立っておれを置いてったりしない。よっぽどの事情が無ければ別行動も取りたがらないしね。連絡先をもらっても、もともとマメじゃないから連絡してるとこ見たことないし、そもそも英語でさえろくに喋れないんだから、うまくいくことが年に一回あればすごい」
一息にそう言って龍麻はまたグラスを空けた。ネイティブや龍麻からすれば支離滅裂な京一の外国語、何故か会話している当の相手には伝わることが多い。言語だけがコミュニケーションの手段ではないのだ。現に中東に一人で放り出された格好になった三年前でさえ、村雨に拾われるまで京一は食いつなぎながら移動することが出来ている。
「ひーちゃんが寛大なのか、底意地が悪いのか分からなくなってきた」
「ははは、性根が悪いんじゃないの?無駄な努力を止めないわけだし。でもおれはさ、京一だけいればそれでいいから。何やっても京一は京一だからね」
何をやっても。そう思う気持ちが九龍にだってないわけではない。皆守の過去を含めて彼を必要だと強く思ったのは確かだ。でも、ありえないことだが皆守がたとえば八千穂にとても優しく振舞っていたら黙って見てなどいられない。
「……あの人がそうじゃなくなったら?」
「京一がおれのことを要らないって言ったら?うーん、あんまり意味の無い仮定だなあ。そもそも京一がおれのことを要らなくてもおれは京一じゃないと嫌だし。世界と京一を天秤にかけたら京一だし」
「ひーちゃん……」
世界を敵に回す、というのとは少し意味が違った。文字通り、どちらかを救う対象として取らなければならないとしたら、と龍麻は言っている。龍麻はどうやらそういう状況に陥りそうな存在らしい、というのはおぼろげに理解しているので九龍は眉を潜めた。遺跡に眠る秘宝と皆守なら九龍だって迷わず皆守を取る。皆守一人の命と、全世界の人たちと言われたらどうするだろう、と自問する。
「何か意味があって京一がそう言ってるなら別だけど。そうじゃないんなら、もっかい惚れさせれば良くないか?時間は死ぬまであるんだし、おれには京一を諦めるとか京一以外を選ぶとかそういう選択肢は無いよ。京一にも聞いてごらん、似たようなこと言うんじゃないか?諦めないって」
「……」
皆守と九龍は黙って顔を見合わせた。互いに、互いが唯一だと離したくない相棒だと思っている。でも。



翌朝。どこかに行っていたらしい京一を捕まえた二人はさっそく昨晩の疑問をそのままぶつけてみた。
「はァ?ひーちゃんが俺のことを要らないって言ったら?そりゃどーいう設定だ」
「いや、単なる仮定というかシミュレーションというか、興味本位というか」
京一は阿修羅を肩に担いだまま首を傾げ、不思議そうに瞬きを繰り返す。質問の意図がいまいち分からないが、ともあれ、龍麻の弟分がなにやら必死そうなことだけは分かった。
「ふうん?そうだなァ…あいつが欲しいって言わずにいられねえような、イイ男にでもなるかな」
「……」
「戦闘だの何だのっていう話なら俺が修行でも何でもして強くなりゃァいい。それ以外のことなら、いまいち検討がつかねーが、龍麻が放っておけないような、必要としたくなる男になって見返してやればいいじゃねーか。簡単だろ?」
それ以上の答えが見つからず、自分としては最善を答えたつもりだったのだが二人は納得いかないらしい。渋い表情のまま、さらに尋ねてきた。
「他に乗り換えるってのは無いのかよ」
「好みのお姉さんとお付き合いするとか結婚しちゃうとか」
京一はきょとん、と目を丸くしてあまりの幼さに二人がびっくりした途端、弾けるように笑い出す。ありえない仮定にしても、ほどがあった。
「はは、そりゃ無理だぜ九龍、俺はそもそも結婚だ何だってのに向いてねーんだ。定職もねーし家もねーし。第一、俺が龍麻以外の人間を選ぶっていうのがピンとこねェ。あいつが嫌だって言おうが要らねーって言おうが関係ねェな。あいつの意思なんざ知ったことかよ、俺があいつがいいんだからよ」
龍麻に選ばれたから傍にいる、などというつもりは毛頭ない。京一が選んだのが龍麻で、龍麻が選んだのが京一だった。その一致だ。京一は人生で受動的だったことなど一度も無いし、いつだって自分のしたいようにしてきたつもりだ。龍麻が突如京一を嫌がろうが、そんなことと京一が龍麻を選んだことには関係ない。相手の感情ごときで左右されるほど、自分の想いは安くなどないのだ。もはや魂に刻まれているとしか思えない想いの根は、ゆるぎないエネルギーで、それだけが京一を動かす。外野など関係ない。龍麻本人でさえ。
「あんたも諦めない、ってことか」
「おう。……お前ら、ひーちゃんに何焚きつけられたか知らねーが、俺ァあいつのことで諦めたことなんざ、一回もねェぜ。これからもな」
「あーあ、とんだラブラブカップルだね甲ちゃん」
「俺に振るなバカ。別に焚きつけられたわけじゃないが、同じことを龍麻に聞いたらあんたにも聞いてみろって言ったんだよ」
「なるほどねェ。ま、お前らも似たようなモンなんだろ?」
皆守が関係を悟られていることに対する羞恥で、九龍が驚きで思わず黙っていると京一はふっと穏やかに笑った。
「お前らも危ない商売だしな、守るものを間違えるなよ。お前らの力は奪うだけのものじゃない。守りたいものを守れる力、なんだぜ。……ひーちゃんと暮らしてたなら、あの傷は見たことあんだろ?アイツの胸の傷」
「……うん。ひーちゃんは古傷だから痛くも痒くもないって言ってた」
「まァそうだろうな。あれは十年前、俺らが高校三年の時につけられた傷だ。俺が」
ぎり、と京一は阿修羅を強く握り締める。
「俺が弱かったって、証。俺があいつを守れなかった証なんだ。俺はもうあんな思い、死んでも御免だ。……お前らは間違えるなよ」
守りたいと願ったものが目の前で倒れ伏す、それを見るだけしか出来ない絶望。冷たい手を握り続けて自らの生死すら見失うような、数日間。
「蓬莱寺、さん」
「ん?京一でいいぜ、言いにくいだろ俺の苗字」
「じゃあ京一さん。京一さんはひーちゃんを守りたい、んだよね」
あんな規格外の強さを誇る龍麻を守る必要などあるのか、と皆守は一瞬冷静に考えた。が、過去に龍麻が負った傷と先の戦闘で見せた強さ、そして三年前に龍麻に勝ったこともある京一ならばそれを旨としていてもおかしくないのかもしれない、と考え直す。
「おう。あいつは守られるほど弱かねえが、俺が嫌なんだよ。アイツが傷つくとこなんざ、もう見たくねェのさ」
「でもオレと戦ってたとき言ってたよね、ひーちゃんを殺せるのは自分だけだって。矛盾してない?あんたはひーちゃんのパートナーじゃないの?」
パートナーとは文字通り共に生きていく者を示すのではないのだろうか。九龍のパートナーは皆守だが、九龍は皆守を殺せるなどと考えたことは一度も無いし、そんな状況にもし追い込まれたって二人で生還することを考えるに決まっている。
京一は黙っていたが、ゆるく首を振った。
「……俺はあいつの相棒で、あいつは俺の男だ。だから、あいつを殺せるのは俺だけなんだよ九龍」
「なんで『だから』になるのか分かんないけど、言いたいことは何となく分かった。京一さんはひーちゃんの全部を誰にも、ひーちゃん自身にも渡す気が無いんだね」
「ああ。黄龍だの龍脈だの宿星だの…ンなモンにあいつを殺させてたまるかよ。あいつは全部俺のなんだからな」
生死を含めた、すべて。
究極のわがままだと詰られても構わない、と京一は自覚している。緋勇龍麻という存在全て、もう誰にも何にも渡すつもりはない。柳生が復活しようが黄龍がその器を危機に誘おうが、その全てに抗ってみせると決めていた。もし龍脈が龍麻を狂わせて黄龍の暴走をまた起こそうとするのなら、龍脈や黄龍に殺される前に自分が殺してみせる。相討ちになるだろうが、それでも。
仲間たちはそんな選択をした京一を当然許さないだろうが、それすら京一にはどうでもいいことだ。
「ずいぶんと情熱的で嬉しいな」
「ひーちゃん!?」
柱の影で盗み聞きを決め込んでいる龍麻の存在に京一は気づいていたが、敢えてそのまま聞かせた。京一の本心だ、龍麻が嫌がろうが喜ぼうが全く関係ない。気づいていなかった九龍と皆守は目を丸くして驚いている。
「おれも刻の道とやらに京一を大人しく渡してやるつもりはないから、まあどっちもどっち、ってトコ。二人揃って我侭なんだ」
「ワガママ、なのか。それが」
「命かけた我侭だよ、我侭の極みじゃない?まあ昨夜の話に戻るとさ、おれも京一もお互いで手一杯だから可愛いお姉さんの入る余地は無いんだよねー残念ながら」
「美人なオネーチャンは大好きなんだけどよ……しょうがねェよな、もう選んじまったんだから」
十年前。それがすべての始まりだった。互いを唯一無二と選んだ瞬間など無かったが、いつのまにかそうとしか思えなくなっていた。自分自身さえ構わないほど、京一は龍麻が龍麻は京一が全てなのだ。
「やれやれ……朝食の場に来ないのは仕方ないことじゃないと思うんだけどね龍麻。ここで何の話をしてるかと思ったら」
「おはよう紅葉。いやおれ食堂に行こうとしてたんだけど、京一が九龍たちに盛大に惚気てるから聞きたくなっちゃって」
「……朝から幸せそうで何よりだ。葉佩くん、皆守くん」
腹が減った、飯だ、とさきほどまでとあまりに違うテンションの京一を呆れた目で見ながら皆守は壬生の声に顔を向けた。
「今日の午後の便で僕たちは帰国するから。あの二人にまともに付き合ってると、中てられるよ」
「その忠告、昨日の飯の時点でして欲しかったが」
「うん……なんていうかもうお腹一杯胸いっぱいだよ」
「……これから長い付き合いになりそうだ、早めに慣れるといい。それが君らの身のためだ」
しみじみと呟く壬生に慣れる方法とやらを尋ねたい二人だったが、どう考えても場を踏むしか方法が無さそうで尋ねるのをやめる。尋ねずとも、どうやら慣れるはめにはなりそうだった。


主京で主皆、というより主京だなもうこれ。初めて主京でひーすけが泣かなかった(笑)。理想の主京を詰め込みまくってみた。