世界:後編
「聞かれるまでもないさ、私は戦う。召喚プログラムをくれ」
真っ直ぐな視線がイアンを捕らえた。イアンはグラハムの目に刹那やロックオンが見せた意志を感じて柔らかく笑む。プログラム実行を目的として「生み出された」アレルヤやティエリアのような存在では無く、召喚プログラムに適性のある人間というのはスピリチュアルな波動云々よりも意志や矜持や自尊などが関係しているのかもしれない。
「そうかい。刹那たちが持って来たらすぐにでもつけてやるよ。それまで少し待ってもらう」
「承知した。いくつか尋ねたいことがあるのだが」
「ん?何だ」
真面目な話は終わり、とでも言うように煙草に火をつけたイアンは紙煙草を咥えたまま生返事をした。
「プログラムを通せば、いくらでも悪魔を使役できるのだろうか。全くこちらにリスクはないと?」
「多少は精神エネルギーを持っていかれるな。別に気を失ったり具合を悪くしたりはしないだろうが、むやみに行使し続けると精神的に疲弊する。但し、契約することによってある程度の耐性がつくし、使えば使うほど持っていかれるエネルギー量は減る。最初は慎重にするのがいいだろうな。何事も慣れが必要だ」
「ロックオンのように、数体所有することは私にも可能なんだろうか」
「理論上は可能だ。本当に出来るかは分からないな、やってみないと。ケツアルカトル以外に、どんだけあんたに合う悪魔がいるか分からない以上は答えようがない。ただ、数体所有出来ても、普通召喚するのは1体だけだ。2体同時なんてことをすると、ああなる」
無茶しやがって、と言いながらイアンの顔には笑みが残っている。ロックオンが所持している悪魔は全てロックオンから離れておらず、極端に弱ってはいたが暴走する気配も無く大人しく回復を待っていた。ロックオンは肉体・脳波ともに正常で弱った悪魔たちと一緒に眠っているだけで、刹那たちがプログラムを持ってくる頃には起きるだろう。悪魔が自分の召喚者を見限らずに、敢えて自分の力を削ってでも守る──初めて聞く話だ。召喚者と悪魔は主と従者、使役の関係であってそれ以上でも以下でもない、というのがイアンの説だったが、これは認識を改めなければならないようだった。召喚者が力を失えば、鎖から解かれた悪魔はこれ幸いとばかりに召喚者を食らう、もしくは召喚者から離れるものだと、ずっと思っていたのだ。
「そうか」
「そうだ、あと悪魔と契約している人間は他の悪魔と会話が出来るようになる。こっちもいろいろ慎重にやってみたらいい。悪魔にも個体差や種族差があるからな、反応はそれぞれ違う。上手くいけばスペルを教えてくれるし、たまに物をくれることもあるな」
「スペル?召喚術のか?」
「ああ、その悪魔を召喚するのに必要なスペルだ。それさえあれば、プログラムでその悪魔を呼び出そうとすることも出来るし、他の悪魔と合体させて別の悪魔を呼び出せる。最も、相性が合って悪魔があんたを認めないと出てこないがね」
「悪魔と悪魔を合体させる?」
「んー…化学反応のようなものだ、とでも思ってくれればいいか。単純な足し算とはちょっと違う」
「理解の範疇を超えそうだな」
グラハムが片手で頭を抱えたのでイアンは煙を吐いてから声を上げて笑う。悪魔の合体は化学反応の究極ともいえる。材料から出来上がりが想像できるような料理レベルの化学反応ではなく、全く別の種族になることもあるので突然変異としか思えない場合もあった。
「ま、そういうことが出来るってのを覚えてりゃ多少は便利だし、あんた次第では上位悪魔とも対等に戦えるようになるっていう話だ」
「上位悪魔……あの場にいた悪魔は上位悪魔ではないのだろうか」
「どれだったか分かるか?アレルヤ」
イアンの問いに、アレルヤは首を傾げた。欠片から漂う気配は、確かに対峙したことのある悪魔のもので、確か幽鬼のエンクだ。
「エンクですよ、確か。もう僕たちが行ったときには気配しか残ってませんでしたけど」
「幽鬼の下位悪魔だな。弾丸を跳ね返す能力があるが、他にはこれといって能力はない。魔力もあまり高くないしな」
「……」
「ま、下位でも普通の人間は悪魔の魔力に対する耐性が一切無いからな。あんたの部下は気の毒だった」
ロックオンにも同じことを言われたグラハムは、やはり黙ることしか出来なかった。弾丸を跳ね返す能力はあっても、他の能力は無く魔力も高くないのだとしたら倒す術が無かったにしても全員が無事でいられる手段はあったはずなのだ。それに気づけず、判断を誤った自分が悔しくハワードに対して言葉が無い。
黙ってしまったグラハムを置いて、イアンはロックオンの悪魔たちの様子を見に部屋を出て行く。アレルヤはもう一度ロックオンの顔を見て変化が無いことに落胆しながら、同じように部屋を出た。非常時であったからグラハムをあの場から連れ出したものの、彼はあの場で部下を一人失ったのだ。アレルヤはまだ経験したことの無い、近しい誰かの死。
それからしばらくして、刹那とティエリアが召喚プログラムをCOMPごと持ってイアンのラボを訪れた。イアンとアレルヤから話の顛末を聞いた2人は無言だったが、微妙に視線がアレルヤに突き刺さるのはしょうがないことかもしれない。刹那はしばらくロックオンの傍にいたが、自分が昔つけていた悪魔の様子を見に行ってしまった。ティエリアはさっそく行方不明だ。ラボの中にいることは分かっているので、特にアレルヤも探しに行ったりはしない。研究所でもそうだった。ヘッドセットの調整を行っているイアンとグラハムを置いて、もう一度ロックオンの様子を見に来たアレルヤはそこでポッドの中にいる悪魔たちと会話しているロックオンの姿を見た。
「…うん、ありがとな。おかげで助かったぜ」
ロックオンが顔を上げて笑いかけると、3体の悪魔はふわふわと半透明な状態で浮いたまま、言葉を返す。
『礼には及びません、マスター』
『然様。我らは主の意思に従ったのみ』
『わたくしどもは、あなたさまの守護が望み、お気になさいますな』
一時は、こちらの世界に現れることさえ出来なかった悪魔たちが話せるほど元気になっているからこそ、ロックオンも意識が戻ったのだろう。さっきまで眠っていたベッドに腰かけている姿はしっかりとしている。
「ま、これからも宜しくな。……アレルヤ、戻ったのか」
「それはこっちの台詞です。もう大丈夫なんですか?気分は悪くありませんか?」
近づくアレルヤにロックオンは大げさだよ、と笑う。
「平気だって。世話かけたな、悪い。後はこいつらをCOMPに戻してもらえばオッケーだ」
「イアンもグラハムさんもすぐに来ると思いますよ、少しヘッドセットの調整をしてるみたいです」
ヘッドセット、というのはCOMPと召喚者の精神エネルギーを繋ぐ装置だ。すなわち、グラハムが召喚者になることを選んだという意味になる。ロックオンはアレルヤの言葉を聞くと、小さな笑みをこぼした。守りたい、と最後まで願ったことは叶ったのだ。
「もう2体同時に出すだなんてムチャは止めて下さい。イアンも呆れていましたよ」
「思ったよりも何とかなったなぁっていう感想だったんだけど、だめか?」
アレルヤはロックオンの言葉に思わず彼の肩を掴んだ。有り得ない!と大声を上げたくなる。この次同じことをやって、また悪魔たちがロックオンを守る保証はどこにもない。暴走する危険性の方がはるかに高いのだし、そう分かっていて許すわけもない。
「ダメです。もう絶対しないって僕と約束して下さい」
「絶対って、アレルヤ」
肩を掴んで離さず、真剣な眼差しで見つめてくるアレルヤにロックオンは呆れたような表情を浮かべた。
「してくれないんですか?」
「だってそりゃお前たちが危ない時には多少の無理ぐらい通すに決まってるだろう」
ソレスタル・ビーイングに引き合わされて出会った4人ではあるけれど、出会って半年以上経つ今、ロックオンにとって3人はもう大事な仲間だ。もちろん、研究所に残っているスタッフたちも、街にいるイアンやミス・スメラギのようなスタッフたちも。自分が無事でも、刹那やアレルヤやティエリアが無事でないのなら、それは無事とは言わない。
「そういうことが起きないように僕も頑張りますから、貴方はもうあんな真似をしないで下さい。お願いです」
「アレルヤ……」
お願いですから約束して下さい、と繰り返すアレルヤはうっすらと涙さえ浮かべている。
「貴方は人を守りたいと言いましたけど、貴方が無事じゃないと僕たちが困るんです」
「まあなあ。回復系、ほとんど俺のだし」
「そうじゃありません!そんなことじゃなくて」
間髪入れずに反駁したアレルヤの声に、ロックオンは目を伏せた。アレルヤの逞しい腕が、肩に伸びている。
「……分かってる。分かってるよ、言いたいことは。でもさ、一度だけでいいから誰かを守ってみたかったんだ。俺はガキの頃から生きるために人をこの手にかけてきた。理由がどんだけあっても単なる人殺しだ。自分が生き延びるために引き金を引いたんだ。何度も、何度も」
家族を奪ったドラッグを追うために、同じようにドラッグをばら撒くギャングに入りギャングの中で怪しまれずに生き延びるために言われるまま、人を殺した。スコープ越しに倒れていった人間の数は、もう分からない。殺されるほどの理由があったのか、そもそも理由があれば殺されていいものなのか、そんな疑問符さえ浮かべることを許されずに。
「そんな俺でも変われたんだって、もう人を殺さなくていいんだって思いたかったんだろうな…」
ギャングからソレスタル・ビーイングに身を移して、戦う相手は悪魔になった。イオリアが作ったプトレマイオスが完全に破壊された今でも悪魔が増え続けている理由はまだ分からないが、それがもし、人間の手によるものならロックオンはまた人間を相手にすることになる。
グラハムを守ることはロックオンにとって、守る力を得た自分を自分に証明することでもあった。この力は悪魔を滅ぼすためだけにあるのではなく、傷ついた仲間を癒すことも出来て他の誰かを守ることが出来ると自分に示したかった。そして──ただ、安堵したかったのだ。偽善に過ぎる、自己満足。
いくら理由を並べてもロックオンが十年前に銃を持ったことを正当化することは出来ない。同じように、無かったことにも出来ない。グラハム一人を守れても、今まで殺した人々への償いにもならなければ、ロックオンの罪科が消えるわけでも無い。それでも。
誰からも許されないと分かっているから、せめて、自分の中で安堵したかった。
目を伏せたロックオンの睫毛が影をつくって、頬に映る。表情の消えた顔は嫌なほど真白く、アレルヤは思わずロックオンの身体を抱き寄せた。
「貴方の過去も、貴方の苦しみも貴方だけのものだから僕にはどうすることもできません。僕はできそこないだから……。でもね、ロックオン。僕は貴方が傷つくのを出来ることなら見たくない。貴方を傷つけるものを許したくない。それが貴方自身であっても」
人と呼べない自分では、ロックオンの気持ちを全て分かることは出来ないのだろう。もとより、人であっても他人の気持ちをそっくりそのまま分かるということは不可能なのだろう。けれど、それでも、アレルヤはロックオンが自分で自分を傷つけていくようなことを見たくなかった。出来ることなら笑っていてほしくて、戦ってほしくもない。戦うと決めたのは彼の意思だからアレルヤは邪魔をするつもりは無いけれど、傷つくぐらいなら彼を失うぐらいなら、戦ってほしくない、と思う。何故、自分が焦燥感を覚えるほどにそう思うのかは、分からないけれど。
「……ありがとな、アレルヤ」
ぽんぽん、と回された腕がアレルヤの背を叩く。ゆっくりアレルヤが腕を解くと、ロックオンはアレルヤの側でいつものように薄い笑みを浮かべた。
「お前は本当に優しいな」
そうじゃない、とアレルヤは言おうとした。これは優しさなどという柔らかな感情ではない。アレルヤ自身にもよく分からないが、ロックオンが傷つくのは本当に嫌なのだ、許せないのだ。遠因になったグラハムを詰りたくなったほど、許せない気持ちが優しさなどと呼ばれていいはずがない。
アレルヤが何と言えばいいか分からず言葉を探していたとき、部屋のドアが開いた。
「ロックオン!もう起きて平気なのか!」
すぐさま駆け寄ってきたグラハムはロックオンの周りにふわふわと浮いたままの悪魔を興味深そうに眺める。後についてイアンと刹那が入ってきた。
「これがロックオンの女神と天使か。不思議なものだな」
「おやっさん、こいつらCOMPに戻してくれよ。もう大丈夫みたいだし」
「そうさな、少し話聞いたらな。守護悪魔が召喚者を自分の意志で守るなんて、聞いたことねえからよ」
だよなあ、と相槌を打ったロックオンの側でグラハムがはっと声を上げる。
「ロックオン、君は実は女神なんじゃないのかね?」
「えーっと……グラハム?俺は正真正銘単なる人間の男で」
いつの間にかグラハムはロックオンの両手を掴んでいて、きらきらとした視線をロックオンに注いでいた。
「私が気を失う直前、君の傍に美しい羽と光の輪を見たのだ、君は天使のようでもあり女神のようでもあった」
「いやそれはアズラエルの……」
「これだけ美しいのだから、羽を持っていても光輪を持っていても特に驚くことではないがね、その君に守ってもらえた私は果報者だな」
「いやだから……誰か止めろ……」
ノンストップで美辞麗句を並べ立てるグラハムから逃れようとロックオンは視線を彷徨わせてアレルヤとイアン、そして刹那にまで助けを求めた。対人関係のスキルがほとんど無いといって言い刹那にまで助けを求めるほどの、弱りようだ。
「君がただの美しい青年だとしても、君は私の女神だ」
「だから男だって…うわあ!」
とめどなく流れるグラハムの言葉に、ロックオン同様フリーズしていた3人はグラハムが掴んでいたロックオンに手に恭しく口付けたことでそれぞれ別の反応を見せた。イアンは顔をそむけて笑い転げていたが、アレルヤと刹那はすばやくロックオンを奪還にかかる。
「え、ちょ、アレルヤ、刹那!?」
「何だ、女神にはガーディアンがいるのか。それとも…崇敬者かな」
ロックオンはアレルヤに身体ごと引き寄せられ、グラハムとの間に刹那が立ちふさがった。グラハムは2人の視線を受けても楽しそうに笑うだけだ。
「女神に容易く触れると石になっても熊になっても文句は言えませんよ?」
「いやお前何言ってんだアレルヤ」
「触れられたことで石になって永久に女神を拝せるのなら、それも良いのではないかな」
「いやそこ何で話が通じ気味なんだ」
ツッコミが追いつかないどころか、そもそも、女神扱いされている時点で頭が痛いロックオンが片手で額を押さえるともう片方の腕を刹那が引っ張る。
「ん?どうした刹那」
「もう平気なのか」
「おう。心配かけて悪かったな」
荒っぽくロックオンが頭を撫でると刹那は黙って首を振った。元気になったのなら、それでいいのだ。
グラハムとアレルヤが仲良く話すロックオンと刹那に気がつくのは、それからしばらく後のことだった。
一番やりたかったこと→「君は私の女神だ」とグラハムに言わせること(笑)。こんな台詞、グラハムしか言えないからね!そのためにああいう悪魔を設定したわけではないのですが(ちゃんとまともな理由が…)でもグラハムのネタ思いついたときからずっとやりたかったです。いつのまにかアレルヤが受けて立ってましたが。せっちゃん、良いトコ取り。
ロックオンをサティが守ったのはペルソナで言う『潜在復活』が成功したようなものです。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2008 3/17 忍野桜拝
