magic lantern

DEVIL SUMMONER

「…ああ、悪ぃがそのままラボで待っててくれ、アレルヤと合流したらすぐそっちに向かう」
『了解した』
イアンのラボに着いたという刹那からの通信を切り、ティエリアのCOMPに現況を伝えながらロックオンはくしゃりと髪を掴む。アレルヤを見つけて、ニケーを行かせたまでは良かった。相手が普通の人間ならば、半透明の姿をしている悪魔が街に跋扈している悪魔たちとは違う守護悪魔で、契約者の命が無ければ行動しないことなど知らないから怯むだろうと思ったのだ。確かに、アレルヤと対峙していた小柄な軍人は一瞬怯んだが、すぐにこちらを攻撃してきた。銃でも、その他の武器でもなく、魔法で。
「あれは確かに電撃魔法だ、でも守護悪魔は見えなかったし、どうなってんだかな」
遠目からしか軍人の姿を確認出来なかったが、軍人というには小柄すぎてどことなく子どものようにさえ思える姿には、半透明の羽のようなものがちらりと見え隠れしていた。羽のようなものをつけた姿といい、悪魔を召喚せずにスペルを唱えて魔法を使ったことといい、明らかにロックオンたち召喚者とは違う存在だ。どちらかというと──。
「ロックオン!」
「無事か、アレルヤ」
「ええ。あなたが助けてくれたおかげです」
長い距離を走っていたにも関わらず、アレルヤは息を切らせる様子も無くロックオンに近寄る。
「大したことじゃない、ニケーには魔法の類はほとんど効かないからダメージも無いし」
種族としては大天使に属する悪魔、ニケーは物理魔法・精霊魔法・神聖魔法の一切を無効にする。唯一にして絶大な効果があるのは呪殺魔法などの暗黒系だ。
「聞きたいことはいろいろあるが、まずはこの場を離れようぜ。刹那はもうラボに着いたらしい、ティエリアもそろそろだろう」
「じゃあ急がないといけませんね」
「ああ」
二人は揃ってシブヤエリアを抜けるための道を急ぐ。ハロに幾度か確認させたが、あれから軍人たちは追ってこない。
「どこの軍だったか分かるか?」
「ごめんなさい、ユニオンじゃないってことぐらいしか分からなくて…」
見慣れない、軍服を着ていた少女たち。アレルヤの記憶にはない軍服で、確認出来たエンブレムも見慣れないものだった。アレルヤがそう言って眉尻を下げると、ロックオンはさして気にせずに答える。
「じゃ、やっぱりあれは人革か」
「人革…人類革新連盟、ですか?でも彼らにはここの統治権は」
「無いさ、おそらく俺の推測が正しいのなら通行許可も在留許可もユニオンには取ってないだろうな」
シブヤエリアを抜け、二人は揃って歩を緩めた。アレルヤが不思議そうな顔で問い返す。
「どうやって彼らは絶対封鎖の外から入って来られたんでしょうか。命の保障も無い場所なのに、何故わざわざ」
「絶対封鎖だと思っているのは……いや、思い込んでいるのは中にいる人間と、ニュースでしかここのことを知らないヤツらだろう。段階を踏めば外から入ることは可能なのさ、ユニオンか国連なんかと取引出来ればの話だがな」
ロックオンの言葉にアレルヤは思わず立ち止まった。ここは、逃げ場の無い檻の中では、無い?
「外から入ってきたことのあるヤツを俺は知ってる、物資だって手に入れる方法が無いわけじゃない。ただ方法が恐ろしく面倒で金が掛かるから、中にいる移民なんかには不可能だ。俺が昔ギャングにいたことは教えたよな」
「……ええ」
促されるように背を叩かれて、アレルヤはようやく歩き出す。
「そこのリーダー、俺は名前も顔も知らない男で会ったことも無いがそいつは別の陣営にいるんだと聞かされたことがあった。俺が入る前か入った頃にはこっちにいたらしいが、本業とでも言うのか、別に仕事か何かあるらしくてな。行き来してるヤツがいる、物資も持ち込める、だからここは籠の中でもなんでもない。ただ、この街で必死に生き延びようとしている移民たちにとっちゃ、一生出られない檻みてぇなもんだけど」
一ヶ月と少し前までは、必死に生き延びようとしている移民、の一人だったはずのロックオンにアレルヤは視線を合わせたがロックオンの表情はいささかも変化が無い。
「あの軍が人類革新連盟のものなら、彼らはかなり前からここにいたのかもしれません」
「え?」
「僕を追いかけてきた彼女、少尉と呼ばれていたんですが、どうも彼女は悪魔と融合していたようなんです」
「あの魔法、やっぱりそうか。でもお前さんと同じで悪魔と融合してるわりに、ずいぶんと違うな」
ええ、と頷いてアレルヤはほんの少し前の光景を思い出す。悪魔を召喚せず、その魔力や魔法を自分の力として振るっていた少女。
「僕とハレルヤは肉体を共有出来ますが、意識は共有していません。表裏のような状態なんです。でも、彼女はもっと深く…おそらくは全てを融合させられている。精神体も肉体も、全てを。どちらかというと、僕の身体を使っているハレルヤと似た状態ですね」
「じゃあ、羽みたいに見えたのも、悪魔が持ってる羽で魔法も悪魔が使えるもの、ってことか」
「そうだと思います。四枚の羽に電撃魔法、と言えば妖精族のピクシーぐらいしか思いつきませんけど」
ピクシーたちはもともと攻撃性の高い種族ではなく、好奇心旺盛で言動も年若い少女を思わせる。妖精族の最下級悪魔の一つで、魔力に対する備えさえあれば捕らえることはさほど難しくない。コンタクトも容易なのでロックオンたちは既にスペルを彼女たちから教えてもらっていた。
「ピクシーと融合してる女の子、ねぇ……イアンが聞いたら何て言うだろうな」
「さぁ……」
アレルヤは肩を竦める。イアンのラボがあるというメグロまではもう少しだ。



「久しぶり…ってわけでもないな、まぁ四人とも無事で何よりだ」
「これが入手したドラッグだ、解析して欲しい。あと、聞きたいことがあるんだが」
「どうした、何か面白いモンでも見っけたか」
イアンの言葉にロックオンとアレルヤは顔を見合わせた。面白い、というには不謹慎だが興味を引かれることは確かだ。
「人間と悪魔を…完全に融合することは出来ると思うか?イアン」
「僕よりももっと深いレベルの話なんですけど」
「……お前さんたち、何を見てきたんだ?」
まあ座れ、と示された椅子に二人は腰を下ろす。既に着いているはずの刹那とティエリアは姿を見せていない。イアンは新しい煙草を一本銜えて、火をつけた。
「それを手に入れた後、軍に見つかっちまってな。逃げ切れたし正体もバレてないと思うが、アレルヤが悪魔と融合しているとしか思えない軍人に追われた。その軍人は、悪魔を召喚せずに悪魔たちが使う物理魔法を使ったんだ」
「物理魔法、ね……スペルは?」
イアンは煙草をくゆらせながら、受け取ったドラッグを解析にかけている。
「電撃系の単数魔法、ジオです。どう見てもフェルトぐらいの女の子だったんですが、召喚もせずにそう唱えるだけで魔法を使って。おまけに背中に羽みたいなものが四枚ほど」
次々と上がる解析結果を示すモニタから目を離し、イアンは空いた片手で乱暴に頭を掻いた。
「ジオが使える、おまけに羽がある、軍人ってことは人間としてきっちり軍や国にはカウントされてる」
「ユニオンではないみたいでした、ロックオンは人革じゃないかって」
アレルヤの言葉を受けて視線を寄越したイアンに、ロックオンは軽く頷いてみせる。
「AEUがこんな僻地まで来る理由もないし、そもそも軌道エレベーター開発で出遅れているAEUが他のことに軍を割く余裕があるとも思えない。ユニオンじゃないとアレルヤが言う以上、対象は人革しかない。それに、もしあの軍人が何かの先天的な異常ではなく人為的な存在だとしたら、それが出来るのは人革だけだろう。ユニオンやAEUじゃ、人目につきすぎる」
言論の自由があり、報道管制が敷かれていない両陣営において軍がそのような人体実験をすれば、いざ見つかった場合は現政権の退陣などで済むレベルの問題ではなくなる。人道的救済を名目として他陣営からの侵攻を許しかねないことは明白で、そのような危険な賭けに出るほど軍事的外交的な価値があるわけでもない。量産できれば軍事的カードの一つにはなりうるが、受ける謗りや非難は数限りない。
「……確かに、人革なら情報統制は容易いだろうから、軍の一部で隠し通すことは可能だろうな。アレルヤより深いレベルで、というのはその羽が常に出ていて魔法を使った際も変化が無かったということでいいのか」
「ええ。彼女の気配は完全に悪魔のものと混じり合っていて、どちらかが強く出たりということは無かったです」
確認するように訊ねたイアンの言葉をアレルヤが認めると、イアンは短くなった煙草を灰皿に押し付けるようにして消して、両腕を組んで押し黙った。
「…………そのお嬢ちゃんだけか?アレルヤ」
「僕があの場で感じ取れたのは彼女のものだけです」
「アレルヤはハレルヤから魔力を常に供給されてはいるが、それを自由には扱えない。だがそのお嬢ちゃんは意のままに出来る。その差がどっから来るかってことだが……あまり考えたくもねぇな。かなり深いレベルで脳や精神を弄られてるだろう。最も、お前さんの前で当のおれがそんな善人面出来るわけ、無いんだけどな」
イアンの言葉にアレルヤはゆっくりと首を振る。少女を悪魔と融合させた軍と、アレルヤをハレルヤと融合させた研究所のやっていることは何の違いも無い。アレルヤは受精卵の段階でハレルヤと融合させられた以外は通常の試験管ベビーと同じ手順で育てられ、検査を定期的に受けてはいたが実験などには参加させられていない。研究所で暮らしていた間は自分の生を正当化など出来ないと思っていたし、呪われたものだとさえ思っていた。しかし、今は違う。
「脳や精神を弄って、それで悪魔と完全に融合なんて出来るものなのか?」
十日前、アレルヤに向かって初めて仲間だと言ったロックオンが訝しげに訊ねると、イアンは首を竦める。
「やったことは無いし、細かい方法は分からんが大まかな理論なら推測出来るさ。悪魔と人間は肉体を持つ持たない、魔力を持つ持たないの違いはあるが精神的なエネルギーに大差は無い。悪魔の中には人間の精神エネルギーを特に好んで食らいたがる種族が大勢いる」
「……ああ」
ハレルヤみたいにな、とツッコミを入れるわけにもいかずロックオンはとりあえず頷いた。
「で、悪魔が人間の精神エネルギーを取り込んでどうするかって、自分の魔力に変換するんだ。ちょうどおれたちが飯を食べて熱エネルギーにするみたいにな。悪魔の魔力で物質体である肉体を操作することは簡単だ、ハレルヤもそう出来る。だから、悪魔の魔力の部分と人間の精神体を完全に混合させれば、人間のままでも魔力は使える。ただ、人間と悪魔の精神的な波長はかなり食い違う。相性が合う合わない以前に、本来別物だ。それを無理やり混合させるには、人間側の精神体をかなり弄らないといけない。悪魔の本体であるアストラルボディ…精神体に、人間側の精神体を溶かし込んで混ぜる感じだな、イメージとしては」
ロックオンは眉を顰めて押し黙り、アレルヤは沈うつな面持ちで小さくため息をつく。イアンはまた、新しい煙草に手を伸ばした。
「人革が旧都心に入ってきてるのは知ってたが、悪魔を捕まえてたとはな。ユニオンは最近になって治安部隊とかいうのが入ってきたらしいが、殉職者が増えるばかりで成果らしい成果はないってのに」
「ユニオンが入ってきてるのか」
「ああ。ヴェーダの情報によると、だがな。TOKYOを封鎖し、旧都心を絶対封鎖してから今までユニオンは物資の配給や医療設備なんかをNPOや国連に委託してたし、軍を動かしたことはなかった。世界に…自分たちに被害が及ばなきゃ、それで良かったのさ。それがここにきて何を思ったのか、一部隊が治安対策ってことで派兵されてきた。治安対策っていうよりは、対悪魔戦でもやらかすみたいな行動ばかりしてるが。……軍人だろうと何だろうと、この街じゃ普通の人間は悪魔に勝てねぇってのに、馬鹿な連中さ」
吐き捨てるようにイアンはそう言って、長い息で煙を吐き切った。くるりと背を返して、解析結果が映っているモニタに目を通す。ずらずらと並べられた解析結果に一通り目を通してから、向き直って中身が半分ほど残された小瓶を掲げてみせた。
「解析結果が全部出たな。……このドラッグ、巷じゃ悪魔に対抗出来るとも悪魔と同等の力を得るとも言われてるが、お前らみたいな力を得られるという噂が急速に広まりつつあるのは知ってたか?」
「そんな噂が…っていうか、僕らの存在が知られているんですか?」



あんまり長いこと更新してなかった上に、さらに長くなりそうな感じだったので一旦区切り。