ワールドエンド・フューチャー 後編
バーナビーの沈黙を何だと捉えたのか、虎徹はそんなことを言って笑ってみせる。あの時、バーナビーから視線を反らしてから初めてちゃんと顔を見合わせたというのに、安堵するどころか鈍い痛みになってバーナビーの胸奥を刺した。
この笑みで、虎徹はいつだって全てをはぐらかしてきた。
自分のことは後回しで他人に気取らせず、その癖に他人の心へずかずかと押し入って自分の感情をありったけ押しつけて、相手が近づけばそうやって笑って後ずさる。気にするな手を伸ばすな触れるなと笑って牙を剥く。
ワイルドタイガー、とはよく言ったものだ。いつだったか見たネイチャー系のTV番組で“虎は群れを作らず単独で狩りをして生きていく動物”だと聞いた。そう、たった一人で。いつだって一人でどうにかしようとする彼にこれほど相応しい名は無いだろう。
「……ええ。許すつもりはありませんし、謝って欲しくもありません」
「ッ……そう、だよな…」
弱々しい、いくらか涙を滲ませたような声がまたバーナビーの胸を刺した。涙を拭おうにも、抱きしめようにも、腕が届かない。貴方も僕も、どこもかしこも傷だらけだ。
「貴方は、僕を傷つけたくてあんなことをしたわけじゃない。貴方は己の信条の下に行動して、結果がああだった。そうですね」
「え……」
「……あの日からずっと、僕は一人だった。世話をしてくれたサマンサと僕を保護してくれたマーベリックさん以外に、僕は誰とも関わろうとしなかった。だから、誰かと関わり合うということが、どんなことか知らなかった。自分の意図が全部、別の人間に分かるはずがない。そんなこと知ってた。分かるはずがないと思ってたのに、貴方には分かると勝手に思い込んでいた。僕の甘えです」
「え、あ、……バニー?」
揶揄するなとあだ名を呼ばれる度に怒っていたことが、はるか昔のようにさえ思える。バーナビーは胸の重しがゆっくりと溶けていくのを感じていた。
「貴方には貴方の意思があって、それは僕がどうこう出来るものじゃない。僕も同じで、だから僕は貴方の行動に傷ついて貴方を傷つけた。傷をつける距離にまで踏み込んできたのは貴方が初めてで、僕はまるで自分の全てが裏切られたように思ってしまったけど、そうじゃなかった」
──僕はどこかで、貴方との繋がりは切れないのだと信じていた。僕が全てを拒絶しても、また貴方は僕の隣にいてくれるのだと勝手に思っていた。そう、僕は貴方と繋がった糸を断ち切るつもりなんて最初から無かったんだ。
「アカデミーに行ったとき、折紙先輩に向かって言ってましたよね。またやり直せるって。諦めるなって。僕だって、貴方のことを諦めたく無いです。やり直せるって信じたい。何度傷を付け合っても、隣に立っていたいと思える、相棒と呼んでもらえることが誇らしい、そんなヒーローなんですよ。……僕のヒーローは」
「バニー、ちゃ……っ…」
虎徹の擦れた声は、明らかに涙が滲んでいた。届かなくてもせめて顔が見たい、そう思ってバーナビーは痛む身体を無理やり動かして身を乗り出す。届け、と腕を伸ばした。
「僕たちは、いや誰だって、全部を分かり合うなんて無理なんでしょう。だから喧嘩をしたり傷つけあったりする。でもそこで諦めなかったら、互いを望んだら、何度だってやり直せる。僕が貴方にそれを望むことは、今さら、ですか?」
「バニー……バーナビー…」
バーナビーの方を身体ごと向いた虎徹が、涙を隠そうともせずに恐る恐る腕を伸ばしてくる。細い指輪の嵌められた手がバーナビーに伸ばされ、指が触れ合った。
「っ、今さら、じゃない、遅くない、遅いなんてこと、絶対無い…!」
虎徹が伸ばしてきた手をバーナビーはきつく握る。離さないと決めたのだ、諦めないと、喪わないと決めた。
「僕はもっとちゃんと貴方に相棒として信用されるヒーローになる。貴方はもう少し僕を信じようとして下さい。上手くいかなくてまた貴方を傷つけることがあるだろうし、僕も傷つくことがあるでしょう。でもそれでいいんです。だって、僕たちは生きていて、触れることが出来て、声が届く。だから、僕は生きてる限り貴方のことを諦めませんよ。貴方を喪ったと思った時、僕一人が残された世界に意味は無いと思った。あんな絶望はもう御免です」
死んでしまったら、こちらの声は向こうに届かない。触れることは出来ない。別たれた大事な人たちが何かを伝えようとしていたとしても、何も知ることが出来ない。けれど、虎徹はバーナビーの隣にいて、泣いていて、握っている手は温かい。もしこの手を離されても何度だって繋いで、背を向けられたら蹴り飛ばしてでも振り向かせて、遠ざかってしまったら倍の速度で彼に追いついて、どんなにらしくない醜態を晒したとしても、諦めない。
バーナビーと虎徹を病室に連れ戻して、一時間。最初は神妙に待っていたヒーローたちだが、あまりにも部屋が静か過ぎてだんだんと不安の色が濃くなっていく。
「ねえ、やっぱり様子見ないとまずいんじゃないの?」
「そういえばバーナビーが起きたってナースさんに言ってないよね?」
「ワイルド君はそもそも絶対安静だったはずだが大丈夫なのかい?」
何で結論をオレに求める、と三人から矛先を向けられたアントニオは横にいるネイサンに視線を向けたが、ネイサンは取り合わない。
「もう少ししたら巡回の時間のはずだから、その前には部屋に入っちゃいましょ。どちらにせよタイガーを病室に戻さないといけないんだから」
ネイサンの言葉に廊下でヒーローたちが頷いていた頃。腕を伸ばしていた姿勢に限界が来たバーナビーだったが、どうにも触れ合う熱を離したくなくて、握ったままの手をゆるく振って声を掛ける。
「おじさん、こっちに来ませんか。そもそも貴方、絶対安静なんでしょう」
「病室には後でちゃんと戻……って、こっちって、ドコよ」
「こっちです」
バーナビーが空いている手でぽんぽんとベッドを叩くと、虎徹は一瞬目を丸くして、明らかに動揺した風に視線を彷徨わせた。
「いや、俺もお前も180オーバーのけっこうな大男だろ、二人は無理だって、そもそもバレたらあいつらにもナースにも何て言われるか」
「ちょっと窮屈だとは思いますけど無茶じゃないですよ、貴方細いですし。このままでもいいんですけど、腕が限界なんですよ。かといって貴方を離したくは無いです。せっかく手が届いたのに、隣に貴方がいるのは夢だったんじゃないかと思いそうで」
「……バニーちゃん、口説き文句もお得意だったの?ベタだけどおじさんキュンときちゃったかもー」
「口説いてもないですしベタかどうかなんて知りませんよ。ほら、こっち」
素かよ…と虎徹が呟いたような気がしたが、バーナビーは全く構わずに虎徹を引き寄せる。二人とも文字通りの満身創痍だったから、情けないほどに時間が掛かって、二人してベッドにたどり着いた頃には何だか笑えてしまっていた。
「思ったより何とかなったな。後でアントニオに怒られンの超怖ええ」
「……おじさん」
「んー?」
病院の簡素なベッドで二人並ぶのはきついものがあったが、触れ合った身体の熱と身体を軋ませる痛みが夢では無いとバーナビーに教えてくれている。だから、痛みすらどこか嬉しい。
「潮時だなんてもう言わないで下さいよ。僕らはTIGER&BARNABY、コンビのヒーローなんですから」
バーナビーが覗き込んだ虎徹の目には、ひどく情けない自分の顔が映っていた。そんな情けない顔の前で虎徹はニッと笑う。
「相棒置いて逃げるほど、俺ァ落ちぶれちゃいねーっての!」
すっかり疲れて眠ってしまった虎徹とバーナビーが、心配を募らせて部屋に入ってきたヒーローたちに怒られて泣かれてさんざ説教されるのは、もう少し後の話。
腕枕は出来ないけど添い寝。互いに遠慮しない、本気でぶつかりあうコンビの殴り愛が大好物です。今後、この二人はマヨネーズの有無などでマジ喧嘩するレベルになったらいい。常に本気で。おじさんが保護者ぶってるうちは恋愛にならないから。
