magic lantern

唯だ一つ

マケドニアとドルーアの国境にある、竜の祭壇。そこでの最終決戦を終えて、マルス王子はアカネイア・パレスへと凱旋した。だが、その中にオグマとナバールの姿は無かった。地竜王・メディウスはマルス王子に よって葬られ、暗黒皇帝と呼ばれたハーディンも亡き後、アカネイア大陸はようやく戦乱の時代を終えたのだ。戦乱の終焉と共に傭兵や一部の戦士たちは解放軍 から姿を消している。
「で、何の用だ?ナバール」
オグマはタリスのシーダ姫に捧げた剣を抜いて、眼前で自分を射抜く剣士へと向けた。話の 接ぎ穂として尋ねてはみたものの、目の前の男が何を望んでいるかなどとっくに分かっている。
「おれが望むものはただ一つ、お前にも分かっているだろう」
「……まァな」
ナバールは先の大戦でマルス王子の下へ集う際に、オグマの命を自らの誇りに挙げた。主君はマルス王子だが、大陸一の剣士と謳われるオグマと共に戦っていて死なせるような失態は犯さないとオグマ本人に語っている。自分が傍にいて、自分以外の人間がお前を討つなど許しがたい、と。
そう、初めからナバールはオグマを討つのは自分だと主張していた。
生き残るために振るっていたはずの剣が強者を呼び寄せるように なったのはとうの昔から、こうやって自らにどれだけの戦士が挑んできたかもはやオグマは覚えていない。昔は生き延びるために、シーダ姫に拾われてからは姫 を泣かせないために、マルス王子の下へ集ってからは彼の力が欠けぬために、オグマは全ての強者を退けてきた。
シーダ姫は誰よりも姫の幸せを考えてくれるマルス王子の傍にいる。マルス王子は治世へと生き、敵対者を屠るオグマの力をもはや必要とはしない。だからこそ、ナバールはオグマに剣を抜いた。
互 いにただ自分のために振るう剣で、雌雄を決するために。
「……なにがおかしい?」
思わず笑みを浮かべたオグマを訝しんで、ナバールは眉間に皺を寄せた。オグマはいや、と短く遮って微かな笑みを消す。
──今、俺を誰より欲しているのがお前だとはな。冗談にしちゃ笑えない。
心 優しい姫や王子ではなく、島に残してきた部下でも王でもなく。間違いなく、誰よりもナバールはオグマを欲していた。オグマの命、を。
「…………」
互 いに剣を抜き、間合いを取る。呼吸を計って、互いの隙を伺う。
張り詰めた空気の中でオグマはふと、こんな終わりも悪くないものだ、と思った。
姫や王子は心を痛めるかもしれないが、真剣の勝負を受けた結果だとすればナバールを詰るようなことはしないだろうし、時が経てば受け入れてくれるだろう。そ して何より、こうまで一人の人間に己を望まれたことは無かった。オグマはこれからの生にさしたる未練は無いし、望まれた末に果てるのならばそれも幸福のひ とつかもしれない。
負けるならばそれで良し、負けなかったらそれもまた良し。
オグマがかちゃりと音を立てて剣を構えなおした途端、ナバールが構えを解いてさっさと剣を鞘に収めてしまった。
「え?」
「つまらん」
ぷい、とナバールは顔を背けてから、きつくオグマを睨み 返す。
「ナバール?」
ナバールの性格を熟知しているオグマはこれが油断を誘う手だなどとは微塵も考えない。自分も剣を収めて近寄った。
「つまらんと言ったんだ。お前、何を考えた」
「……それが分かったから止めたんだろ」
オグマが負けても構わないなどと考えたから、純粋な勝負を望んだナバールはそれに気づいて剣を収めたのだろうとオグマは考えたのだが、ナバールは違う、と語気を強める。
「お前の考えていることなど分か るか。お前が何かくだらんことを考えたのは分かったが、おれが勝負を止めたのはそれが理由じゃない」
「くだらん……まあ、そうかもしれんが。で、 お前さんが前から望んでた勝負を投げた理由は?」
じろっとナバールの目がオグマを睨み上げ、いかにも忌々しそうな低い声が続いた。
「どう いうわけか知らん。おれはお前を斬れそうに無い」
「…………」
力量の差、などという話ではない。オグマはそう分かっている。だからこそ注 意深くナバールの言葉を待った。
「お前を討つのはおれだと決めていたし、お前の背に初めて傷を負わせてやろうと思っていた。だが、どうにも斬れそうに無い。おれではお前を斬れない」
「……そりゃ、斬りたくないってことか?」
正確に意を汲み取ったオグマがそう尋ね返すと、ナバールはしばらく黙っていたが小さく頷く。思わずオグマは笑みをこぼした。
「オグマ」
「怒るなよ、俺はお前を笑ってるわけじゃない。まあ、なんだ、嬉しかったんだよ」
「……何がだ。お前は生き汚い性質ではなかろう」
「お前みたいなヤツにそこまで望まれて、嬉しかったってことだ。 俺はお前に望まれて死ぬのも悪くないと思ったけどな」
そんなことを考えていたのか、とナバールの眉がひゅっとつり上がる。
「人に望まれるってのは悪くないもんだな。俺の剣を望む人間は多くいたが──」
オグマは一度そこで言葉を切って、ナバールに向かって穏やかに笑いかけた。戦が終わったと同時に感じていた、虚無感のようなものが晴れていく。
「俺自身をここまで欲したのはお前だけだ、ナバール」
オグマの生き死にを自らの誇りとして掲げたのは無論ナバールだけ。オグマを討つことを望み、そして今オグマを討ちたくないと望んでいる。
「ならば、もらおうか」
「…… うん?」
「お前はおれが望むまま死んでも構わなかったのだろう。ならば、おれに寄越せ」
なにをだ、とオグマが尋ね返す前にその言葉は口の中で留まってしまった。ナバールの薄い唇に塞がれて。
「お前を斬る気はないが、お前を放す気も無い」
「ナバール」
「言っておくが反論は聞かない。命を差し出すつもりがあったのなら、おれに預けろ」
オグマは何か言おうと口を開けたが上手く言葉がまとまらず、視線を彷徨わせて言葉を捜しあぐね、ようやく。
「お前、すごい物好きだな」
「知るか」
数刻前までは考えもしなかった道──ナバールと二人で行く、 という──が目の前に開けてしまい、オグマは笑うしかなかった。姫や王子を泣かすことにはならずに済みそうだし、この男といるのなら退屈することも生に倦むことも無さそうだ。余生としては悪くないかもしれない。




本当はサムトーがこれを見守ってて「おれも一緒!」って割り込 むはずだったんだけど…いつのまにか二人の世界に。
お互い斬る気満々の出会いだったんだけど、なんだかんだで斬れなくなっちゃうどころか…みたい な。ナバールはこのままヤる気満々ですが(笑)オグマはそこまで察してなくてすごいびっくりするという後日談が。え、お前、寄越せってそういう意味もな の、っていう。
なにせ元剣闘士奴隷なのですることに抵抗はなさそう。男にヤられんのは久々だなーぐらいにしか思ってなさそう。……あれ?不憫だな ナバール…(笑)。でもしばらくしたら気持ちに気づくといいんじゃないかな。相棒なんだか夫婦なんだかみたいな域に到達すればいいんじゃないかな!
…… サムライチャンプルーのジンとムゲンもこうだったらいいのにと真剣に思っています(笑)。

オグマ受にコメント下さった方へ一方的に捧げま す!わーい増えろ同志!!