magic lantern

愛してるって言ってやる

貞操の危機とかなのもしかして、と爆弾を落として完二を結果的に追い出してしまった陽介は、どことなく完二を心配しているような顔でぽつぽつと事件のことを話す。
「あいつ、カッコ良かったよな。俺らみんな、認めたくないって何度も言ってお前に助けてもらったけどさ、あいつは自分で知ってるって言い切った」
「……まァな。おれの出番が無かった」
「はは、そうでもねえだろ。あれからあいつ、お前に懐いてるみてぇだし」
完二が残していったおっとっとをつまみながら、陽介は足元に目線を落とした。
「ああいうのが強い、っつーんだろな。ナリもでけぇし力も強ぇけどさ、心が強いっつうか。俺は……」
目線を落としながら俯き気味になった陽介の頭に手を伸ばす。わしわしと撫でると陽介は小さく笑った。
「なに、俺、犬か何かなの」
「お前が強いのはおれが知ってるから大丈夫、それにそういうのって比べるもんじゃないだろ」
「……うん」
大人しくされたままになっている陽介の頭を撫でて髪を梳く。首や顔を撫でてやるとさすがにくすぐったいのか笑った。
「ちなみに陽介」
「ん?」
眠たいのか、陽介は曖昧な表情で小首を傾げる。
「貞操の危機は今訪れてると思うんだけど」
「………はっ!?お前何言っちゃってんの!?」
がばっと身体を起こして距離を取ろうとするが、そもそも狭いテントの中なので大して離れない。
「完二からかってる場合じゃないよ、お前がやばいのはむしろ今だろ」
「いやお前何言っちゃってんの、ちょ、何で近づいてくんの!!」
「ストレートがお好みなようなのでストレートに迫ってるんだけど」
じりじりと距離を詰めて、テントの隅に陽介を追いやった。陽介は腕を突き出して距離を保とうとしている。明かりに照らされた顔はほのかに赤い。
「ストレートすぎ、っつうか、お前ホント何やって」
「分かってると思うけど」
陽介の顔を捕まえて上げさせ、身体を寄せた。陽介は視線だけでも外そうとそっぽを向いている。
「おれはお前が好きだよ、言ったろ、欲しいって」
「……ッ」
かぁ、っと顔や首がいっそう赤くなったのがよく見えた。逸らした視線を戻そうとはしない。
「ジョークにする気も、無かったことにする気も無いからな」
「止め、」
「別に強姦する気も無いし、お前を泣かしたくも無い。出来れば…嫌われたくも、無いけど」
言いながら手を離し、後ずさろうとすると手首を掴まれる。
「陽介?……大丈夫だって、お前の嫌がることは絶対したくないから何もしないよ。もう、こういうの言うなって言うなら、そう…陽介?」
握り締められた手首を、床というか地面に押し付けるようにして陽介は視線を逸らしたまま、もごもごと何か呟いていた。
「…なわけ、ねーだろ、バカ」
「へ?」
「俺が…お前のこと嫌いになんてなれるわけ、ねーだろ……バカ」
卑怯者、と言った声はどことなく熱っぽい。ちらりとおれを見上げた目が薄く濡れている。
「ありがとな。…じゃあ遠慮なく口説かせてもら…ん?」
起きてる?とテントの外から掛かった声は千枝のものだった。


完二と知らずに蹴りでのびさせてしまった千枝と雪子にテントの広い場所を譲り、荷物で作らされたバリケードの奥、岩の側にある狭いスペースに陽介と追いやられた。ここはおれたちのテントなんだが。いや女子を硬いところで寝かせようとは思わないけど。
「なあ、もうちょっとどうにかなんねえ?」
隣で密接している陽介は小声だ。千枝と雪子はさっきまで何か話していたようだったが、もう静かになっている。
「…こうしていいなら」
「え、わ、わわっ」
陽介の身体を腰ごと掴んで抱き寄せる。そもそも、一人分程度のスペースに二人で寝てるんだから狭いに決まっているのだ。陽介の身体を抱えて上に乗せ、抱き枕のように抱き込む。
「これなら暖かいしお前はどこも痛くないだろ」
「…や、そーなんすけど…これ、さぁ」
もぞもぞと動く陽介を押さえ込みの要領で固定した。
「大丈夫、さっさと寝たら気にならない。まだ平気だし」
「まだって何!?怖いことゆーなよ!!」
怖いなら聞き出さなければいいのに、陽介は小声でぎゃいぎゃいとわめいている。
「いや言わないほうがお前は幸せに眠れる。おやすみ」
「どゆこと、だって、お前、俺のこと……」
「愛してるよ」
「……ッ、おま」
「まだ平気、なのは主におれの息子の話だからさっさと寝るぞ、このままだったらヤバイ」
「───!!!!!」
腕の中の陽介は完全に硬直して身体に力を込めた。アホだなあ、聞かなきゃいいのにさ。思わずため息が漏れた。くすぐったかったのか、陽介が身体を震わせてぎゅっとまぶたや手を握り締めたのが分かる。
「……嫌がることはしないって言ったろ、こんなんじゃ眠れないって言うなら外で時間潰してくるから」
身体を起こそうとしたおれのジャージを脱がす勢いで引っ張られた。陽介は無言のまま、ジャージを握った手を離そうとしない。
「陽介、お前が気にすることじゃない、だからちゃんと寝ろ。おれは大丈夫だから」
「やだ」
「あのなぁ、お互いの精神衛生の話をしてるんだぞ。別にお前が」
「寂しいならそう言えってお前が言った。一人にすんな」
この場に千枝と雪子がいてくれて本当に良かった、と思わずどこかの神様に感謝しそうになった。完二が寝てるぐらいだったら突っ走ったかもしれない。
どうしてくれようこいつ。とりあえず姿勢を戻して、ジャージを握り締め続けている手にそっと触れた。陽介はぴくりと身動きしたが、ジャージを離さない。
「分かった、お前がいいならここにいるから。だから手を離せよ」
「……目ぇ覚ましたら一人とかぜってーやだ」
「何でもいいからとっとと寝てくれ、何だったら寝かしつけてやろうか」
「子守唄でも歌ってくれんの」
抱き合っている姿勢で甘えたくなったのか、普段からはおよそ想像もつかないような言動をしてばかりいる陽介の身体をもう一度抱えなおす。陽介はジャージを握る手を離そうとはしなかった。
「いや、ペルソナの魔法とか延髄極めてブラックアウトとかの方法で」
「こえーこと言うな、ここじゃペルソナ出てこられないだろーが」
「まあね。でもそんぐらいとっとと寝て欲しいっつう話。つうかおれが先に寝ればいいのか、よし」
目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。出来るだけ早いうちに眠れるように。
「よしってそんな簡単に寝られるか。……眠れねえよ、俺…」
陽介はそこで口ごもり、おれの言葉を待つようにこちらを見ていたが何せおれは寝ようとしているので構ってはいられない。というより寝ないとヤバイ。
「マジで寝たの?……ドキドキして、眠れねぇ俺がバカみてーじゃん…お前、あんなこと、言うし…」
ジャージの裾を掴んでいた手を離して、陽介はおれの身体に手を回した。ぎゅ、としがみつかれる。いやお前よせ、くっつくな。
「すげえヤバイって分かってんのにさ、どうして俺、嬉しいんだろな。お前が皆に好かれてて、人気者だから優越感感じちゃってるとかそういうのかな。そりゃ、俺だってお前のこと好きだけどさ、同じ好きじゃねえし」
分かっていたことだから、改めて言われても特に衝撃は無かった。それより陽介の口をふさぐなり何なりしないと、下半身事情がまずい。
「同じ好きじゃないって思うんだけど…こうしてんの、やじゃねーんだよな……完二のこと笑えねー」
おれが寝てしまったと思っているのか、陽介はぽそぽそと小声で呟いている。
「なんで俺のこと好きとか言うかねお前…女子でお前のこと好きっぽいの、けっこういるのにさ…今は恋愛とかしてる場合じゃねーし、そりゃ女避けにはなるだろうけど……」
「……女避けでホモを名乗れるかバカ」
「うぉ!?起きてたのかよ、盗み聞きかタチ悪ぃな!!」
陽介の声が落ち込んでいたので思わず間に入ると、驚いたのか腕の中の身体が跳ねた。さすがに小声だったが。
「勝手に一人でお前が滔々と喋ってたんだろ。さっさと寝ろって何回言わせる気だ」
「だって」
「だってもクソもねーよ、寝ろって言ってんだろ。ちなみに」
「なに」
「女避けのためだけに親友とデパートの屋上でディープキスする趣味はないぞおれは」
どうにも真意を疑われているようなので釘をさしておくと、陽介は黙ってしまった。そうだそのまま寝てしまえ。
「仲間に見られるというリスクを犯した意味をきちんと理解しろ、お前頭いいんだから」
まあ理解したくはないんだろうけど。理解しても認めたくないとかそういう類だろう。
「……分かってるよ」
「!?」
「お前がどういうつもりでああいうことしたのかぐらい、分かってる。でも、おれは…お前を失いたく、ないから。お前と離れたくねえし、嫌われるなんて絶対やだし、だからってお前とどーこーなるっていうのもなんか違う気がする。そういう理由で付き合うとか良くないって思うし」
ゆっくりと陽介の髪を梳いた。頭を撫でるようにして髪を梳き、背中を叩く。
「そんなに考えなくていい、お前は気にしなくていいから寝なさい」
「やだよ」
「陽介?」
「お前が、俺のことちゃんと考えて言ってんの、分かってる。あ、あい、してるとか言うのが嘘じゃねーのも、分かってるから…分かっちまったから、俺は逃げない。お前がくれるものを、見ないふりしたくないよ。答えとか出ないけど、どうしていいか分かんないけど、でもそれでもさ」
「俺が見ないふりしてた、嫌な俺を受け入れる勇気をくれたのお前だからさ。ちゃんと、向き合っていたいんだ。対等でいたいよ俺は。相棒…って呼べる関係でいたい」
「おれの言葉なんて、ちっちゃなきっかけだよ。受け入れられたのはお前の勇気でお前の力だ。対等に決まってるだろ、相棒」
「……うん」
同じ間隔で軽く背中を叩くことを繰り返す。前に菜々子を寝かしつけようとしたとき、これで成功した。
「お前がどういう答え出しても、おれがお前を嫌いになれるわけないだろう。それぐらいは愛してるから安心しろ。相棒で親友でってのは、変わらないよ」
「ん」
それで我慢しきれないのはおれが欲深いからで、お前のことが全部知りたくて全部欲しくておれのものにしたいから。おれの我儘。
「ちゃんと向き合ってくれようとするの嬉しいけど、お前もいろいろあるだろうし事件のこともあるから、あんま一人で悩まないでくれな。悩み増やしてごめん」
ただでさえ、陽介が悩んでいることを知っている。表層にしか触れられていないそれと事件のことは深く結ばれていて、事件を追う限り陽介は小西先輩のことをずっと考え続けるだろう。彼女に向けていた感情や、周りの反応や、彼女の死の原因を。それだけでも十分大変そうなのに、よりによって初めて出来た親友だと喜んでくれたおれが告白なんてしたものだから、陽介はいっぱいいろんなことを考えているんだろうと思う。
「謝んなよ……なんつうかさ…お前のは、嫌な悩みじゃ、ねーし…」
とろとろと弱まってきた声で陽介はそう言って、眠たくなってきたのか寝姿勢を探してもぞもぞとしている。
「嫌な悩みじゃない?ほんとに?」
うん、と陽介は頷いておれの胸元に顔を寄せて目を閉じた。眠れそうなのか、良かった。いやマジで何とかなった。実は半勃ちだけど。
「よくわかんねーけど、お前に好きとか言われるの、やじゃない」
「…………」
落ち着けおれ。
陽介は深い人間関係とかが嫌で築いてこなかったから、親友が初めて出来たとか言ってたし、好きって言われるのにも慣れてないのかもしれないし。つまりこれは『好きって言われるの嫌じゃない』→『俺も好き』とかいう図式じゃないし。それ飛びすぎだろうって話だしな。
うん、落ち着け。半勃ちどころじゃなくなってきてるけど、それどころでもない。好きって言葉にもいろいろ意味があるし。
「お前のこと、好きなのかなぁ……」
お・ち・つ・け!!!!
心内で盛大に叫んでみたがどうにも落ち着けない。今までさんざ落ち着けって周りに言ってきたが、マジで落ち着けない。だってこいつ何言ってくれちゃってんの、お前、自分が何言ってるか分かってんの!?いや分かってないよな!?
「なぁ、月森」
「…………」
答えたらオワリだ、喋ったら魂抜かれる。ぎっと唇を噛んで堪えた。これ以上何か言われたら、千枝と雪子がいようが陽介が寝ぼけていようが合意の上じゃなかろうが、絶対、犯しちまう。
「……好き、かも…?よくわかんね……」
耐えろおれ、よく分からないのはこっちだがとりあえずこれは試練とかいうやつだ、違いない。寝ぼけてるからよく分かってなくて、起きたら何だよコレとか言って大騒ぎするオチだ、気のせいだ、むしろ忘れろ、頑張れおれ。
必死になっているおれをよそに、陽介はすり、と身体を寄せて小さな寝息を立て始めた。ようやく、眠った。
「……おれのこと殺す気か…」
はぁああ…と思わず長いため息がもれる。陽介が何故ああいうことを言い出したのか、深く考えるのを避けて目をつぶった。
翌朝。そもそも眠れるような状態じゃなかったおれはかなり早くに目が覚めた。まだ周りは静かで、でもある程度明るかったから千枝と雪子を起こしてテントへ戻し、代わりに完二を引っ張ってテントへ寝かせる。ここまでしても起きないとは。千枝は一体どこをどう攻撃したのか。完二って分かればやんなかっただろうけどさ。
「……」
テントの中、起きないというより落ちたままの完二と少し広がったスペースで丸まって眠っている陽介の寝姿をぼんやり眺める。昨夜のことなんて、きっと起きたら全部忘れてるんだろう。好きかも、なんてお前は酷いヤツだね、陽介。
陽介はいろいろあって混乱してるし寂しいって言ってたし、要は『自分を求めてくれる誰か』を手放したくないだけなんじゃないのか。
たとえばこれがおれじゃなくて、まあありえないみたいだけど千枝でも雪子でもクラスの女子でも後輩の子でも、誰かが陽介のことを好きで陽介が必要だって真摯に思ってそう言えば、陽介はそこでその子と付き合うんだろうな、と容易に想像出来る。冗談だとか上っ面だとかはすぐ見抜けるヤツだから、本気でそう思ってないと通じないだろうけどさ。
知らず、握り締めていた手に爪が食い込む。
影を含めた本当の自分を見られた、ってこともあるから陽介はおれに相当気を許してくれていて、それは嬉しいけどだから余計に陽介はいろんなものに怯えているように思えた。全部知ってしまったおれが陽介を否定する、ってことに陽介は耐えられない。誰だって嫌われるのは嫌に決まっているけど、自分を全て知られた相手に嫌われるってのは想像しただけでも辛そうだ。特に、陽介はそういう機微に敏いし軽佻浮薄を装っているだけで本当は繊細だし。
「分かってた、けどな……」
陽介が流されやすいとこがあって、おれに気を許してくれていることは分かってた。だから、千枝や雪子たちを巻き込んでのっぴきならない状況に追い込んでやろうと思ってあんなことまでした。でも。
一緒にいればいるほど、事件を追えば追うほど、今の状態で恋愛がどーのなんて陽介に正しい判断が出来るわけがないんだって分かってきた。当分恋愛はいいと言っていたし、それに何より小西先輩のこともあるから。憧れとか途中で立ち消えた片思いの決着がつけられなくてもやもやしているのだろうと思っていたけど、陽介の中で彼女は未だに大きな存在で陽介は彼女のことが多分まだ好きなんだろう。
置いていかれたんだよ、とジュネスのフードコートでバイトの先輩たちに怒鳴った陽介の言葉に、おれが置いていかれたような気がした。
この事件にいつケリがつくか分からないし、犯人も目的も何も分からない。全部分かったからってそれで割り切れるもんでもない。
「……ごめんな。もう、無理だ」
冗談めかして皆の前で迫ることも、二人きりのときに粉かけるようなこと言うのも、もう出来そうにない。それに流されて騙されておれのものになってくれないかとも思うけど、そんなやり方で手に入れて何になる。霧が晴れて…目が覚めて気付いてしまったら、そこで終わりだ。離れられなくするような手練手管も陽介の視界を塞いで真実を覆うようなやり方も思いつかない。
嫌われたくないから、離れたくないからで付き合ってもそれじゃ意味がない。陽介自身がそういった。だから、もう。
好きでいるのは止められないし、何をどう言われても嫌いになんてなれない。それだけは確かだけど、もう、近づけない。それでいい。
幸い、やることは溢れている。事件も追わないといけないし、部活だってあるし、バイトもあるし頼まれごとだっていろいろある。そうやって日々に埋没して、好きだからと近づきたくなる自分の足を縫い付けてしまえばいい。
それが一番いいんだ。