magic lantern

ひかり

「何かキミって裏表とか無さそうな感じする。天然系の魅力…って言うの?」
里中がそう言った時、適当に誤魔化した月森だったが疑いもせずにいる二人を前に、どことなく決まりが悪いような気持ちを覚えていた。
「最初にテレビ入れたのもお前だし、戦闘で一番強いのも」
花村がそう言った時も、違うと言いたかった。

裏表の無い人間なんて、いるはずがない。シャドウは裏面というより、本人が内包している鬱積したマイナス感情を屈折させて凝固させたような存在であって、マイナス感情を一切持たない人間などいるはずがない。つまり。
「からっぽ、なんだろうな」
「ん?どうした、月森」
小さな声に気づいた花村に月森は首を振って、独り言、とだけ返す。花村はそれ以上追及してこなかった。何故か折に触れて思い出す、イゴールの言葉。
『ワイルドは何にでもなれる特別な能力、からっぽと申しましょうか』
特別だと言われても、特別からっぽだと言うのならそれは単なる欠陥ではないのだろうか。何も──無いのだと。
「月森?お前、何か変だぞ?」
こちらを伺うような声に意識を引き上げると、花村が心配そうな目で月森を見ていた。何でもない、と言おうとした矢先に腕を掴まれる。
「ちょっと、来いよ」
屋上の片隅に連れてこられ、さあ話せ白状しろと花村の目が訴えかけてきた。白状するも何も。
「お前さ、何か悩んでんだったら、話してみねえ?……俺じゃ無理だっつーんなら別の誰かでも」
「花村、あれさ」
見下ろせる位置にある、屋外プールを月森は指差す。花村は指差す方へ視線を向け、プール?お前泳げないとか?と首を傾げた。
「あれ、からっぽじゃん、今」
「そりゃまだプール開きには早ぇだろ、ここんとこ雨も降ってねぇし」
「からっぽだよな。からっぽのプールって、何の役にも立てないよな」
「……月森、何が言いたいんだよ」
花村はプールから視線を戻し、まっすぐに月森を見つめる。淡い、紅茶色をしている瞳に顔が映った。
「いつだったか、里中がおれに裏表無さそうだって言ってくれたこと、あるだろ。覚えてる?」
「里中のシャドウと戦った後だよな。覚えてるぜ。お前が意外にボケをかますと気づいた」
「…裏表の無いヤツなんて、いないと思わないか?」
テレビの中に入れられてシャドウが出てこなかったのは、月森だけだ。クマはもともとがテレビの中の存在だし、今の所正体不明なので保留するにしても。
「誰だって多少は裏表があって当然じゃねえの、たまたま、お前はシャドウになっちまうほど裏が無いっつーか、真っ直ぐなだけでさ」
月森は花村の言葉に首を振って、違う、と語気を強める。違う、そんなきれいなものではない。
「違う。おれは…お前が言ってくれたみたいに、すごいヤツってわけじゃないし、里中が言ってくれたみたいに裏表の無いイイヒトってわけでもない」
「じゃあ、お前はどんなヤツなんだよ?」
「からっぽ、だ。あのプールみたいに。飲み終わったサイダーのビンみたいに、からっぽ。何も無い」
「……」
花村はもう一度プールにちらりと視線を移し、すぐに月森を正面から見据えた。微かに、眉間に皺が寄っている。
「おれがどうやらペルソナをいくつも持てるのは、おれがからっぽだからだ。明確な形がないから。正確に言うと、おれはワイルドとかいう能力があるらしくて、それは特別だって言われたけど……特別にからっぽ、ってだけだ。クマみたいなもんなのかもな。アイツは中身詰まってないから。……花村?痛いって」
さっき掴まれたように、手首を握り締められる。痛みを覚えるほどの強さで、花村は月森の手首を握り締めていた。
「痛いだろ?お前は痛みを感じる、探索のときにシャドウに攻撃されりゃ血だって出る。俺たちと何も変わらねぇ。自分のシャドウに飲み込まれそうになった俺たちに、認める勇気をくれたのはお前だ。お前の言葉が、からっぽで薄っぺらで適当なモンだったら俺だって里中だって天城だって、気づいてたよ。お前が何で一番最初にペルソナ持ってて、シャドウが出なくて、そのワイルドっつー能力持ってるのかは知らねえし分からねえ。けど」
ぐい、と掴まれた手首を引かれて月森はそのまま花村の肩に頭を乗せる。花村は両手で、月森の両手首を握った。
「お前はからっぽなんかじゃない。役に立たないモンじゃない。お前がいっぱいペルソナ持てるのも、何か知らない能力があるのも、ちゃんと意味があるんだよ。俺らにはまだそれが分からないだけで、お前のその力に俺たちみんな助けられた。お前がいてくれて良かったよ、月森」
「俺は単純にお前のことすげえって思ったし、だからリーダーやってくれって言ったりもしたけど、お前がもしそういう風に言われるの重たいっていうなら、もう言わねえし。リーダー…は下りてもらったら困るから俺が出来ることなら何でも手伝うし。だから、その……お前が一人で、辛そうにしてんのは、やだ」
「……手、離してくれ」
慌てて手と一緒に身体ごと離そうとした花村の背に、今度は月森が腕を伸ばした。両腕を回して抱き寄せる。ようすけ、と初めて名前を口にした。太陽の、陰陽の陽。ひかり、という意味を持つ名前。
「ありがとう。お前がいてくれて良かった、ってのはおれの台詞だ、陽介。お前だったから」
花村がコニシ酒店の前でシャドウに襲われそうになった時に目覚めた、ペルソナの力。あの変な夢を見た時に既にあったのかもしれない力だが、初めて己のものとして使えたのは、花村を守らなければと思ったからだった。あの場にいたのが自分ひとりだったら、そう思えただろうか。
いつの間にか得た、おかしな力に怯えずに使うことが出来ているのは、この力が仲間を守れると分かったからだ。花村が助けてくれてありがとうと言ってくれたから、この力に花村が怯えたり気味悪がったりしなかったから。からっぽの入れ物に、意味をくれたから。
「あの時シャドウに襲われたのがお前だったから、おれはイザナギを召喚できた気がするんだ。里中や天城に言葉をかけてやれたのも、お前があの時おれの言葉を信じてくれたから」
自分自身をそのまま信用することが難しくても、花村が信用している自分を信用することならば、出来そうな気がした。
「本当に、お前がいてくれて良かった。陽介がおれのペルソナとか変な力とか信じてくれてるから、おれは今戦えてる。お前が隣にいてくれるから」
「……うん。俺だって、お前がいなきゃアイツを受け入れきらねえで終わってた。お前がいたから、だよ。だからお互い様ってことで…な、相棒」
恥ずかしい体勢だと気がついたのか、腕の中でもぞもぞと花村が身動きを繰り返す。月森はもう一度そっと抱きしめた。
「ああ」
からっぽの器にだって、光が当たれば影が出来る。色だって変わって見える。空虚な、ただのがらんどうな空洞としての存在ではなくて。そういう形をした、ものなのだと。
お前はおれの光だ、おれに意味をくれた。



花村陽介に夢を見すぎです(主人公というより私が)