magic lantern

千と一つ

イザナミ──伊邪那美大神の呪言を振り払い、真言で持って呪いを返した月森の周りには、いつの間にか仲間たちの姿があった。滅び行く女神へ、言葉が次々と投げかけられる。
「……イザナミ」
姿形が保てなくなっている女神を、月森はそう呼んで一度だけ隣に立つ陽介に目線を向けた。
「ごめんな」
「え?」
小さな謝罪に陽介が首を傾げると、月森は女神に向き直ってもう一度名前を呼ぶ。
「イザナミ、お前のしたことを許せるわけじゃないけど、それがきっかけで死んだ人だっているけど、でも」
なんだ、とでも問い返すようなイザナミの視線はどこか暖かい。全てを受け入れていく、神々の母。
「おれにこの力をくれて、ありがとう」
「…ッ」
陽介が息を飲んだ声に、月森は己が握っている剣を強く握り締めた。自分がそう言うことで傷つく人がいると分かっていたが、それでも。
「お前がおれにこの力をくれなかったら、おれはこの世界に関われなかった。この世界に関わって、みんなと出会って、大切なことを山ほど学んだ。ただの傍観者でいたなら、きっとおれは気づくべきものから目や耳を塞いで流されるままに無為に時間を過ごしていた。今おれの周りにある全ての大事なものを得たきっかけは、ムカつくけどお前が力をくれたことだっただろうと思うから。だから、ありがとう」
『…君はやはり、私の背の君に似ているね…あの方も』
やさしかった、という言葉はイザナミの姿が消え去ると同時に立ち消える。そして。

世界から霧が晴れていく。

「……月森」
美しく変容した世界に目を奪われていると、横から声を掛けられて手を取られた。剣を握ったままだった、手。
「もう、これは要らない。この世界に、武器なんていらないんだ」
陽介はそう言って月森からゆっくり剣を奪って大地にそっと置く。そして月森の顔を正面から捉えて、笑った。
「お前がアイツにありがとうって言うなら、俺も言わなきゃいけなかったな。……小西先輩が死んだ要因の一つがこの世界で、この世界を生み出して霧を発生させたのがアイツだったとしても、お前が言うように俺だってこの世界に関わらなきゃ、大事なことに気づけなかった。自分と向き合えなかった。お前と、一緒にいることも、なかったかもしれないから」
「ああ」
「俺なんかが言っていいことじゃないけど、アイツのせいで失ったものはいっぱいあって、でも、俺たちには得るものだっていっぱいあったよな」
「そうだな。……陽介、お前、強いな」
「そうか?」
ありがとうとイザナミに言ったことを、陽介だけは許さないのではないかと月森は思っていた。陽介が慕う小西先輩が亡くなったきっかけはこの世界にあり、手を下したのが足立だとしても、足立にその手段を与え世界を作ったのはイザナミだったから。
「……先輩のことで、全部が全部アイツを憎んじゃいけない気がするんだ。それじゃ、生田目が全ての元凶だって決め付けてテレビに落とそうとした時と同じだ。確かにアイツがあんな世界を霧を作らなかったら、先輩は死ななかったんだと思う。足立に力をやらなかったら。そのことは許せないけど、お前と出逢えたことや自分と向き合えたこと、そのきっかけを与えたのもアイツなんだろうから、全部を憎めない。こういうぐちゃぐちゃしてるの、苦しいけど…生きるってさ、結局、そーゆーことだろ」
苦しくても、辛くても。自分から逃げない、誤魔化さない。目を開いて大事な声に耳を澄まして。そう生きたいと、願ったから。
「陽介、なんかすげー大人の人みたいだ」
「はは…俺、苦労人ですから?なんちって」
けろりと笑って陽介はほら、と月森の手を取った。見渡す限り美しい世界。
「帰らなきゃいけないけど、ちょっとだけ遊ぼうぜ、ここはお前が守ってお前が創った世界だ」
「おれじゃないよ」
「え?だって、イザナミ倒したのお前じゃん」
「おれだけの力じゃない、みんながいたから。お前が…行くなよ、って言ったからお前のとこに戻ってきた。お前に言いたいことが、あったから」
「なに」
「お前を変えたのがおれなら、おれを変えたのはお前だよ。おれは明日、あっちに戻るけど、でも」
ぐい、と手を引き寄せて月森は陽介を抱きしめる。
「別れてなんてやらないからな。あいしてるよ、陽介」
「……うん、うんッ」
陽介は自分も腕を伸ばして月森の身体を抱きしめ返し、肩口に顔を擦り付けるようにして泣いた。

この一年でいろんなものを失った。大事な人を失い、たくさん泣いて、それでも前に進んだ。そして残ったのは。
美しい心象世界と、愛してると自分の全てを受け入れてくれる人、大事な仲間や友人たち、いつの間にか好きになった町。
どうしても抗えないものはたくさんある、訪れる不幸は人を選ばない。
けれど、それでも。
楽になる生き方を選ばないと決めた。誰かのせいにして環境のせいにして何かのせいにして、自分から逃げないと決めた。
一人でそうやって生きていくのは辛くても、自分は一人ではない。無闇に全てを怖がって怯えて生きる必要はもう無い。
だから。

「俺もあいしてる」
顔を上げて、笑って。いつだって誤魔化さずに、生きていく。



イザナミにお礼を言いたいなーと。全ての元凶ではあっても、イザナミがした全てのことの中に悪いことがたくさん含まれてても、それでも良い影響を及ぼした事実は消えないので。ちゃんとそれを分けて理解してるオトナなヨースケのお話。気づけば告白大会になっていたのは仕様。