magic lantern

君となら

「あーっ、くそ!落ちねえ!」
女装コンテストでたっぷり笑い物になった後、会場である体育館の男子トイレでさっそく顔を洗っていた陽介だったが、思うように化粧が落ちないどころか手まで汚くなってきたような気がして声を荒げた。
「おい月森、これどうやったら…月森?」
「化粧落とし借りてきた。ついでにその衣装も買い上げてきたから」
「はい?」
ぽん、と置かれたクレンジングで顔を擦っていた陽介は泡だらけの顔を上げて、鏡越しにスケバン衣装のまま化粧のままでいつものように飄々としている月森と目線を合わせる。
「今何か聞き捨てならないセリフが聞こえましたけど?」
「別に、千枝がおれたちの衣装にお金掛かったーって言ってたんで買い上げただけ。バイトしまくってるの、知られてるしな」
「……はぁ」
金欠の仲間に資金援助か、リーダーは大変だなと陽介は泡と一緒に話を流そうとした。
「もうちょっと今度は可愛くしてやるよ、千枝は普段化粧しないから加減が分からないんだろうな」
「いやいやいや、お前何言っちゃってんの!? 今度とか、ねーから!! もう着ないっつの!!」
さっぱりした顔をタオルで拭い、こんなの、とまだ着ている女子制服を無遠慮に引っ張る。
「ギャラリーが言ってただろ、お前はあんなもんじゃない、もっと可愛くなれる。いや、今でもこれはこれですげえそそられるけど」
「はい、意味が分からない」
むしろ分かってたまるか!と陽介は何度も首を振った。月森はイチゴの飾りがついたぼんぼんで括られた髪の毛から、未だに内股気味の足もとまで何往復も眺めて、いけるいける、と繰り返す。
「あー、携帯持ってくるんだったな、写メりたい。まあそれは次回でもいいか、どうせならすげえ美人にして撮ろう」
「きーこーえーなーいー!」
耳を両手で塞いでぷるぷると首を振っている陽介はそういう生き物のようで、顔にはっきり焦点が合わない分、遠目から見れば十分『どこかにいそう』な女子高生に見える。本当にいそうで怖い、と言っていたのは男子生徒でどこぞでカメラのフラッシュが焚かれたのも月森は確認していた。
「自信を持て、お前そもそも元がいいんだから。まあこんなに」
言いながら月森は近づいて、するりと腕を腰に回した。女子のようにくびれが存在するわけではないが、薄くて細い身体なので腰も薄い。
「腰が細くて足も細いから、男って分かるのは喉仏と肩ぐらいのもんだし」
指の背で喉仏を猫にするように月森が撫で上げると、陽介は小さく声を上げて月森のセーラーを掴んだ。セーラー服(スケバン風味)にすがりつくコギャル風女子高生、の図を鏡で確認した月森は満足そうに口の端を上げる。レズものに興味はさしてないが、こうやって見ると悪くないかもしれない。などと悦に入って口紅を落としてもまだ艶やかな唇を指でなぞった。
「……、っつうかさ」
「うん?」
月森が小首を傾げると、視線を合わせた陽介はすぐに目線を反らす。化粧を落としたはずの頬が、ほのかに赤い。
「お前のが、キレーだよ。ちょっと迫力ありすぎっけど」
「そうか?気に入ったなら二人揃って女装プレイでもいいな」
「じょ、女装っておま、プレイって!!!!!」
ばっと身体を離した陽介は頬といわず顔を真赤にして酸欠の魚のように口をぱくぱくと動かした。
「一種のイメージプレーだろ、イメージっていうかコスチュームプレイというべきか、そうか正しくコスプレというやつか」
「お前はどうして淡々とした顔でそーゆーネタ言うかな!!」
こっちがいたたまれないよ!と陽介は声を上げたが月森は淡々とした表情を少しも崩さない。
「あんまりコスプレものに興味無かったし、レズものにも興味無いけどこれならアリだ、むしろやりたい」
「……お前はどうしてこうバカなの、学年トップが何言ってんの!?」
慌てふためく陽介の様子に、月森はそうかと短く相槌を打つ。
「なら、陽介の女装があまりに似合ってて可愛くてぶっちゃけムラムラするんでその格好でセックスしたい、と言えばいいのか」
「わー!!!! 何言ってんだバカー!!!!」
「今のおれの端的な気持ちを率直に表現しただけだ、おれ自身の女装はどうでもいいがお前が気に入ったのなら二人とも女装でレズでもいいかと」
わーだのぎゃーだの騒いでいた陽介は、月森のさらなる爆弾発言に思わず片手でツッコミを入れた。
「レズじゃねえだろ、単なるホモだろ!!」
「あ、ホモって認めた」
「は!? いや違う、ホモじゃねーけど、だって…しょうが、ねえだろ。お前も俺もオトコだもん」
不機嫌そうに唇を尖らせた陽介の頭をおざなりに撫でて、ぺちぺちと月森は頬に手を滑らせる。化粧を落としたばかりの肌は冷たくて触り心地がいい。
「まあな。というわけで開き直って女装プレイだから。任せろ、今回一番メイクが巧かった直斗にばっちり習ってくる」
「頼むから止せ、アイツの夢を壊すな!! 直斗、お前のこと尊敬してるっぽいのに、当のお前が単なる変態なんじゃ可哀想だろうが!!」
「……まあいい。おれの学習能力を舐めんな、大体のコツはされたから分かったし、お前の魅力を最も理解しているのはおれだ」
「その意味不明な自信止めてもらえる!?」
陽介が声を荒げた時、男子トイレのドアが開いて叫び声が上がった。
「…うわ、女子!? ……ってなんだ、お前らかよー」
一条はびっくりしたーと言いながらすたすたとトイレの中に入ってくる。
「女子なわけねーだろ、どっからどー見てもオトコだろーがよ!」
「いや?女子に見える、遠目からだったら。ちなみに長瀬は間違えました」
「はぁあああ!?」
目を見開いて大声を上げた陽介に一条はからからと笑って、まあ長瀬だし、と失礼な言葉を返す。
「長瀬はミスコンの前に女装コンがあるの知らなかったってのもあるけど。巽完二、だっけ。あの一年のことでさえでけえ女がいる、とか言ってたぐらいだからな」
「陽介のこと何だって?」
「わりと可愛い、だとさ陽介ちゃん」
「わりと、か。…見る目が無いな。いや惚れられても対処に困るけど」
自分たちの仲を学校内で知る唯一の友人である一条の前で、配慮が全く無い月森の様子に陽介は慌てて首を振る。知られていると分かってはいて、一条がそれをからかったりはしても引いたり言いふらしたりしないと分かってもいるが、それでも素直に友人の前でカミングアウトなど出来るはずもない。
「何言って、何言ってんだお前ら!! 運動部はバカばっかか!!」
「あ、ちなみにお前のことは本当のスケバンだと思ってた。貫禄アリアリで」
「ヨーヨーとか持ってくるべきだったか、雪子も言ってたけど」
きれいにできたのに…と雪子は月森が一位でなかったことをたいそう悔しがっていて、スケバンならではのオプションがもうちょっと必要だったかと頭を悩ませていたのだ。
「それネタ古いから。天城さんって意外とそういうの好きなんだ」
「ん。おれが雪子で陽介をプロデュースしたのは千枝」
「!!」
月森の言葉に一条はばっと目を見開いて陽介の全身をくまなく眺める。一条の気迫に押された陽介はやや後ずさった。
「な、なんだよ…言っとくけど、俺は里中のおもちゃにされただけで」
「里中さんてさ、普段化粧とかしないからかな…花村の化粧がすごかったのって」
「多分正解。加減が分からなかったんだろうな。雪子はまあ接客にも出るからメイク慣れしてるし」
「なるほどね」
一条は数回頷いて、小便器のある衝立の向こうへと移動する。
「え、なに?なにこの微妙な空気。里中がバリバリにメイクしてたらこえーじゃん、海老原みてーだったらこえーじゃんか。そりゃ海老原は美人だけどさ」
「女子の隣でションベンするみてーでやだなー」
顔見なかったら女子みてーだしなー、と続けて一条はカチャカチャと金属音を立てた。
「って言いながらスルーしてやんのか一条。お前ほんっとお上品な顔でおっとこまえだよなぁ」
「いやそれほどでも」
「褒めてねーし!月森、俺先に戻ってる。一刻も早くこんな服脱ぎたい」
「…着替えても勝手に処分すんなよ」
「うっせ!」
「……お前マニアックすぎないか、それは」
陽介がトイレを出て、さらに用を足し終えた一条が淡々と手を洗いながら声をかける。化粧を落とし終えた月森が顔を上げ、鏡越しに目を合わせた。
「あれ、さっきので全部バレると思わなかった。すげーな一条」
「バレバレだ。そもそも俺はお前がマニアックなの知ってるからな、花村と違って。確かに遠目からだったら女子に見えなくもねーけど、だからってアレで立つか」
「むしろ立たないわけがないな」
顔を拭き、何故だか堂々たる威風を兼ね備えつつ答えた月森に一条はげらげらと笑う。
「こーえーえー!段々花村が可哀想になってきた、俺。お前マニアックだしさ、Sだしさ、あいつけっこう泣かされてる?」
「想像すんの禁止。もったいないから」
「おーおー言うねえ。大丈夫だっていくら想像しても俺、あいつじゃ立つわけねーだろって話だし。にしてもお前、この若さでそのマニアックさどうよ?ひょっとして二人とも女装とか言ってドン引きさせたろ」
「……一条、お前エスパーか」
沈黙の後、珍しく驚いたような月森の声を聞いて一条は尚も笑い転げた。腹を抱えて笑っている。
「マジで当たりか!!!! 腹、腹いた…バカすぎる…!!」
「言っとくけどな、ドン引きはしてない、ドン引きは。キャパ超えてたから動揺してただけで、いざとなれば乗るからアイツも」
おれが乗せるとも言う、と言いながら月森はカツラを外す。
「なんか調教済みっぽくて嫌だそのセリフ…マジ可哀想…つうかそんなのが友だちな俺もかわいそう」
「人のことマニアとか言えた口か、調教ってお前な。コーちゃんコーちゃんって言ってる他校生に聞かせてやりたい、あと千枝とか」
「ばっ…止せよ!! 里中さんは関係ないだろ!!」
席が隣とか羨ましい、と以前口にしてしまったことのある一条は見るからに慌て、月森は勝ち誇ったようにわざとらしい笑い声を立てた。
「はっはっは。そーですねー千枝は一条とは何も全く関係ないですねー無関係デスネー」
「ぐっ……このヤロウ…」
棒読みの台詞にさえ腹が立ち、どうやって復讐してやろうかと一条が算段を練り始めたとき、月森はうそうそ、と軽い声で訂正する。
「まあ言わないって、そもそも言ったら墓穴掘るのおれらだし。こういう下世話なネタで盛り上がれる友人は貴重だしな」
「ん。お前も花村可愛がるのほどほどにしろよー」
虐める、と言わずに可愛がる、と言った辺りが同種だな一条と思いながら月森はトイレを出ていく友人を見送った。









サッカー部のコミュイベでの強烈セリフ「(合コンするから)キレーなパンツはいてこいよ」「少々下世話な話で盛り上がった」があまりに印象的だったために、名家のお澄まし康ちゃんが一気にきれいな顔してばばんばん(ネタ古)みたいなイメージになりまして。一条とは悪友っぽい、けっこうエグい話とかも普通に出来そう。ドン引きしたAVの話とか。
「この間貸したのどーよ」
「いやあれエグいだろ萎えるどころの話じゃねーよ」
「やっぱ想像の余地っつうの?そういうの大事だよな、モザイクって偉大」
「だなー、直接ハダカ見て楽しいのは陽介のぐらいだ」
「それは断じてお前だけ」
「いや可愛いよ?陽介の。慎ましやかで」
「あっは、ひっどー!」
みたいな。