magic lantern

LOSS

E3会場はコンシューム大陸の北西、そして目指すカデンシア大陸は南方にある。テジロフたちは南方を目指す船へと乗り込んだ。四人一室でも、と軽口を叩いてはみたが、ハリトノフに一蹴された。ヴァイズと同室でも構わなかったのだが、治療をやるには個室であったほうが便利がいい。面倒になってハリトノフに言われるまま、テジロフは個室にいた。昼間はドロシーが手当てをしてくれていたが、既に眠るために引き上げている。
とりあえずやることもなく、莫大な依頼料を生み出す事情についてぼんやり考えていたテジロフだったが、部屋のドアが軽く軋んだ音を立てて思考を打ち切る。
「…ああ、お前か。どうした?夜這いならもうちょっと体力戻ってからにしてくれよ」
いつもの調子でテジロフが軽口を叩くと、部屋の入り口に立ったままのヴァイズは小首を傾げた。
「手伝おうかと、思ったけど。夜這いでも良かったのか」
「え?いや、体力戻ったらっていうか、お前……」
まさかそう返されるとは思っていなかった、とテジロフは自由の利く片手で後ろ頭を掻く。船室はさほど広くない。すぐにヴァイズはテジロフの側に近寄って、何も聞かずに手を翳した。
「お前、何?」
勝手に治癒の魔術を掛け始めたヴァイズは、じっとテジロフを見て言葉の続きを待っている。テジロフはどうしたものか、と一度視線を床に落とし、ヴァイズの方ではなくドアを見ながらゆっくりと答えた。
「お前がそういう冗談を言うヤツに見えなかったから、驚かされた。だってお前、別に俺じゃ……っ」
勃たないだろうと言いかけたテジロフの声は口の中で消える。片手で治癒をかけたまま、器用にもう片方の手でテジロフの顎をさらったヴァイズが、いきなり唇を重ねたのだ。
「おれは平気。平気って言うか、どっちかっていうと、したい、かな?」
「……マジか」
さきほどの返しでテジロフには薄々予見出来ていたことだとは言え、いつも通りの淡々とした調子で返されると冗談などでは無いと言外に念を押されているようで困惑する。テジロフの推察を証明するように、ヴァイズはこっくりと一度頷いてみせた。
「わりとマジ。だってアンタ綺麗だし、面白いし、あ…それに強いし。なんか捕まえたくなる」
「俺は虫でも希少動物でも無いぞ」
「嘘」
綺麗な蝶々を収集する子どもみたいな言い方をあげつらうと、一言で切り捨てられる。ヴァイズの顔はいつものように無表情に近い。からかう意図などどこにも見受けられなかった。
「アンタは一つきりのとっておき。ものすごいお宝」
「……あのなヴァイズ」
「うん?」
ぺたぺたと自分の言葉を確認するようにヴァイズはテジロフに触れ、その都度治癒をかけてやるという器用な真似を見せた。治療してもらっている手前、そう強く出れずにテジロフは軽くヴァイズの腕を押しやる。ヴァイズは、ん?と首を傾げて素直に従った。
「ひょっとして俺は、お前に口説かれてんのか?本気で?」
「おれはアンタが欲しいけど……ああ、それを口説くって言うならそうなんじゃないかな」
淡々とした肯定。ヴァイズは一度押しやられた腕をまたテジロフに近づけ、ギアとの戦いで傷ついた腕や腹を撫でていく。触れる手にセクシャルな意味合いは全く無く、言葉との差異にテジロフは眉をひそめた。
「あー……。マジか…いや、ちょっと想定外だな。お前は何かに執着するようなタイプに見えなかった」
正確に言えば、わざと自分でそうしているのだろうと思っていた。どこかヴァイズは達観していて、好んでいるシャボン玉のようにふわふわとしている。すぐ膨らんで飛んですぐ割れる、その繰り返しを好んで眺めている男が、何か一つのものに執着するようには思えなかったのだ。
思い返せば、この男は初めからテジロフに特別な意味づけをしている。オボロナで閉じ込めた後に魔道学院の名前を教えると、素直に一年ほど滞在して自分流に似たパズル技を身につけてきた。そしておそらく、テジロフとは違って賞金などに用の無いヴァイズが大会に出たのは、テジロフが出場を早々に表明したからだ。面倒なことを嫌いそうな男だというのに、少し水を向けるとこれまた素直にここまでついてきた。食事を奢ってもらうため、というのもどこまで本気だか分からない。食事を奢るだけなら港だけでよかったのだ。タトランドのキラーとして有名なヴァイズがわざわざ傭兵のテジロフにくっついて他国へ赴く理由にはならない。
そもそも、このテジロフへの興味すらいつまで続くものかは分からないのだが、それにしてもこの男にしては異例のことなのだろうと思う。
ヴァイズはふいと視線をテジロフから反らし、幾度か船室の中を彷徨わせてぽつりと呟いた。
「ん。……そうかも。別に欲しいものとか、無かったけど。ケーキぐらい。でもアンタは欲しい」
「欲しい、たってなあ」
傭兵を欲しがるのなら金を用意しろ、とは無粋すぎてさすがに言えなかった。ヴァイズの興味は、テジロフ自身にある。テジロフがいずれタトランドと敵対している国へ雇われ、戦場で会ったとしてもその興味は消える類のものでは無いのだろう。そもそもの出会いが戦場だ。
「なあテジロフ、こんなに欲しいって思ったの、初めてだ。どうしたらいい?」
「それを俺に聞くかお前」
反則技にもほどがある言葉にテジロフが呆れて笑うと、ヴァイズは何故かすっと表情を全く消してしまった。
「……初めて、のはずなのに。なんか覚えがある気がする。何でだろう」
「──……何でだろうな」
テジロフには、ヴァイズの言わんとする所も言葉が示唆している中身も推測出来たが口には出せなかった。
竜に呪われた兄弟、その呪いの源と理由についてテジロフはある程度の知識がある。本人たちに確かめたわけではないので確定とまではいかないだろうが、目の前のヴァイズの様子を見ていればほぼ正解なのだろうと分かった。
拭い去れない喪失と、力の代償。喪失を後生大事に抱えて生きる、その姿はどこか似ている。
だから、なのだろう。
「お前はお前がしたいように、すればいい。俺はお前の所有物にはなってやれないけどな」
「……ん。別に、所有したいわけじゃないから、いい。あんたは多分、そういうの誰にも無理だ。だから、いい」
誰のものにもならない。セクシャルな意味合いの冗談は呼吸をするように出てきても、テジロフは誰かと添う生き方を選ばない。
ただ、自分のしたいようにしたいことをする。それだけだ。
ヴァイズがするりと顎をさらって唇を重ねようとした。何の前置きも無い動作にテジロフは少しだけ目を見開いて、やがて大人しく閉じる。
カデンシア大陸までの船旅はまだまだ日数が掛かる。大陸に着く頃、ヴァイズは自分に何と言うだろうか。そればかりは全く予想がつかなかった。








カデンシア編・外伝があまりにもヴァイテジすぎて震えて戻ってこられない。もうこいつら添い遂げろよ…