magic lantern

OUT

昼寝とだけ告げたヴァイズは、本当に寝てしまったらしい。わざわざ居所を探したところで何を言えばよいものか。テジロフは結局、食事時もヴァイズを起こしには行かなかった。もうとっくに夜は更けていて、ラウンジで雑誌を読んでいるのもテジロフ一人だけだ。長期航路を行き来する船だから、それなりに娯楽の類は揃っている。どこかの誰かが持ち込んでそのまま置いていった本や雑誌、簡単なボードゲーム、少しばかり日付の古い新聞など。ボードゲームは全く同じものがニンテルド城のゼリグの部屋にもあって、何度か付き合った覚えがあった。それももう、一年ぐらい昔の話になる。
「思ってたより普通だな……」
テジロフが手にしていたのは、これから行くゾルディアのエロ本だ。ニンテルドのものに比べれば格段に描写も精緻で、用途に適した作りには見える。が、どちらかというとエロさより暴力性のほうが強く漂っていて、あまりテジロフの好みでは無かった。こんな本を流通させる国か、と思えば知識でしかなかったゾルディアという国がわずかばかり実像を伴って見えてくる。
「順調に行けば、あと五日ってところか」
「なにが?」
期待外れだった雑誌を片付けてラウンジを出たテジロフの独り言に、のんびりとした声が返ってきた。
「…お前か。ずいぶん長い昼寝だったな」
「ん。よく寝たから腹減った」
「全く、しょうがないな……」
くあ、とまだ抜けない眠気をあくびで逃がしながら、ヴァイズは部屋へ戻ろうとするテジロフの後をついてくる。仕方なく、部屋へまっすぐ戻るのを止めて食堂に寄った。軽めの夜食なら、いくらか頼めば出してもらうことが出来る。食事というには貧相なものばかりだったが、甘いものが多かったのでヴァイズは機嫌を良くしたらしい。もらった果物を齧りながら歩いている。
「……ん」
しゃくしゃくと果物を咀嚼してテジロフの部屋に入ったヴァイズは、食べ終えたと同時にテジロフに向かって腕を伸ばした。自分と同じか、それよりも強い力でがっしりとホールドされたテジロフは小さくため息をつく。
「俺はお前のそういう所は気に入ってるんだが、少しは雰囲気ってモンを考えろ。ああ、お前に言ってもムダか」
ヴァイズはひどくシンプルだ。様々なものを恐らくは腕に痕を残す呪いで失い、それに伴って以前必要としていたものですら抜け落ちてしまったのだろう。欠落を不備と思えない歪さは、ある意味ひどく真っ直ぐだった。欲しいものは欲しい。ただ、それだけ。
「寝て食ってセックス、ってなぁ。ま、お前は『したいように』すればいいって言ったのは俺だ。仕方ない」
尚もぎゅうとテジロフを確保しているヴァイズだったが、ひとしきりテジロフの身体を抱きしめてようやく顔を上げた。
「ん、アンタが言ったろ。体力が戻ったら夜這いでもいいって。おれはアンタが欲しい」
「……ああ、そうだな」
ベッド際での応酬にはケリがついたのだが、ヴァイズはまるで姿勢を変えようとしない。ひょっとして俺としたことが欲しいの意味を履き違えたか、いやキスだの愛撫だのはさんざしてきたのコイツだし…とテジロフが乗船してからの記憶をざっと洗い出した時、急に天地がひっくり返った。
「うぉっ!?」
何ということは無かった。単に、テジロフを抱きしめたままだったヴァイズが、テジロフを安普請のベッドに押し倒しただけだ。ただ、ヴァイズの方がベッドに近い位置に立っていたため、テジロフの身体は軽く大回りをして、ぐるりと振り回されたような状態でベッドに横たわった。
「お前ほんとパワーあるな……」
感心する点がズレていることは百も承知だが、何故かそんな言葉しか出ない。ウェイトはほぼ同じだが、何せ上背が違う。同じ体格の人間を軽々と振り回す勢いで抱え上げるのは、筋力の問題では無いだろう。筋力とてヴァイズとテジロフの間に差は無い。見た目上の差も、数値としての差も無いのだがやはり生命子の差だ。キラーの、しかもテジロフが所見する限りで誰かを吸収したことのあるだろうヴァイズと、能力はともかく筋力としては人の範疇でしか無いテジロフでは全く比べ物にならなかった。
「あれ、痛かった?」
どう捉えたのか、ヴァイズはほんの少しだけ気遣わしい様子で眉を潜める。呪われし竜の兄弟、なのだから生き物に例えるのならば竜にでもしてやればよいのだろうが、どこかしら犬のようなものを連想させる時がヴァイズにはあった。ちょうど今の様に。
普段、己の倫理にしか従わないこの男が、他者を慮ることなどさしてない。国主や弟、同輩ならばさておき、テジロフは単なる他人だ。出遭いは戦場、一度は不戦勝で二度目は完勝。鍔ぜり合った仲だというのに、ヴァイズはひどく無防備だ。己の生死ですら、おそらくヴァイズ自身の頭には無い項目なのだろう。『勝つことすなわち己を生かし続けること』を自分に科したテジロフには、到底理解出来ない境地だった。
幼子のようにと例えるにはいくらか血生臭いような獣くさい雰囲気があるから、この男の透徹した単純さはいっそ犬のようだなとテジロフは自分を組み敷いている男を見上げる。ヴァイズは髪も目も黒に近い色合いなので、一気にテジロフの視界は薄暗くなった。
「いや痛くはないさ。もう完治してるってお前が一番良く知ってるだろ」
「まあね。一応、確認。おれはアンタが欲しいけど、アンタが痛がることしたくは無いし」
「……思ったより優しいな」
「なんで?」
会話が繋がっていない、とテジロフは微かに眉根を寄せた。が、ヴァイズは全く気にせず不思議そうにするだけだ。心底不思議そうなヴァイズを見て、テジロフはようやく自分たちの間にある齟齬に気づく。簡単なことだ。テジロフや大多数の人間にとって『他者への労わりや優しさの発露』に見える行為は、ただヴァイズにとって『自分が見たくないものを避ける、したくないことをしない』ための行為にすぎない。徹頭徹尾、ヴァイズは自分自身の衝動だけで生きている。その昔備わっていただろう優しさや道徳は、おそらく腕に残っている呪いと共に消え失せたのだろう。
「いや。何でもないさ。にしても、ずいぶん悠長なんだな。チェリーにも見えないが、抵抗されないと燃えないクチってわけじゃないだろ?」
「抵抗、されたらめんどいからヤだけど。どうせ夜は長いから、ゆっくりでもいいだろ」
「……なるほどね。ま、お前の流儀に付き合うさ。とことんな」





とことん付き合う、などと言い出した自分がどれほど早計であったのか。テジロフがそう気づいたのは、ベッド際から見上げる夜空の真上に月が姿を移した頃だ。初めに視界の片隅、窓枠の側にあったはずの月は歪な円の形を輝かせている。
「ッ、ん……も、いい、だろ…!」
「なんで?だめ」
主導権を試しにとヴァイズに与えたことは失敗だった。そう何度思っても抗うだけの力は既に残っていない。ぐい、と腰を掴まれて奥まで押し込まれ、テジロフはひゅっと咽喉を反らせた。
「……ッ、ん、んッ…ぁ、あ、あぁッ」
聞かせまいと出来るだけ堪えていた声が、堰を切ったように溢れていく。ぐっと奥の奥まで叩き込まれるように突かれて、突かれる度に耳を塞ぎたくなるような声が漏れてしまう。唇を噛もうとしたが、まるでその隙を見定めるかのようにヴァイズが律動を繰り返すので、馬鹿みたいに上擦った嬌声しか出てこなかった。
「も、イケ、よ…ッ、ヴァイ、ズ…!も、ぅ…や、め……ッ」
受身でセックスをしたことは初めてでは無かったし、ヴァイズの好きにさせたのだって勝算があったからだ。そうでなければ、テジロフはたとえセックスだろうと相手に主導権を渡すなんてことはしない。ヴァイズはあの弟と違って淡白なように見えたし、そもそも経験もさほど無いだろうと思っていた。テジロフの予想通り、挿入に至るまでの過程は多少しつこい気はしてもノーマルだった、といえる。
「付き合うって言ったろ。おれの好きにさせてくれるって。なぁ、テジロフ」
「あ、ぁあ…ッ! ひぅ…ッ、そこ、や、め……っん、ぁあ!」
ただそこから先が全くの想定外だった。ヴァイズは延々と、もはやテジロフにとって永遠にも思えるほどの長い間、一息入れることも落ち着かせることも無くテジロフを貪っている。餓えた獣が、ただその欲を満たすためにがつがつと獲物を食らうように。
「…っは、そろそろ、かな…。アンタもイケそう?」
「……ぁ、んッ、も、とっとと…イケ、って…!」
早く終わらせてやろうとテジロフがぐっと下腹に力を入れて締め上げると、ヴァイズは微かに顔をしかめた。だが、ちょっとだけ意趣返しに成功したテジロフが気を抜いた隙に、挿入してからはほとんど触れていなかったテジロフ自身に指を絡ませた。
「ひ、ッ……ぁ、ぁあ、や、ぁあっ」
あられもない声がどんどん大きくなっているような気がして、テジロフは自分の口を覆うために手を伸ばそうと動かす。
「だめ。アンタの声、けっこうすきだから聞かせて」
力の抜けきった腕は身じろぎもしない。ヴァイズがテジロフ自身から離した手で指ごと絡めてしまったせいだ。ぐちゃり、と指の間で温かいものがぬるつく。
「テジロフ、もっと」
これ以上何をとテジロフが問う暇も無かった。
「──ッ、ぁ、馬鹿、中で…ッ!ぁ、あぁ、くそ…ッ、ぁああッ」
さらに勢いを増したヴァイズに飲み込まれて満たされて、テジロフは己で制御できないままに達してしまう。
「…………は、あ……」
ここまで一方的に乱されるようなセックスをさせられたことなど無かった。自分の失策であることは疑いようが無い。己の一面を知れたという意味では悪くないのだろうが、ある意味最悪だ。
「ヴァイズ…?」
終わったはずなのに、ヴァイズは抜こうともしなければ動こうともしない。よもや寝たか、とテジロフが顔を上げて真正面からヴァイズの様子を伺った時。
「──ぁ、ああッ!?」
またしても、テジロフの視界は反転した。今度は天井も窓の外の月も、ヴァイズも見えない。見えるのは織りの粗いシーツと薄っぺらい枕だけだ。
「お前…ッ、入れたままとか何、考えて…ッ!」
体勢を変えさせたいのなら、抜けばいいだけの話だ。そのほうがお互いに痛みなど無いはずなのに、とテジロフが後ろを振り向いて睨むとヴァイズはおかしな顔をしていた。
「なんでだと思う?」
「はぁ?」
セックスの後、後なのか前なのか謎ではあるが──そんな時にする顔ではない。
元々ヴァイズは表情に乏しい男なのだが、そのほとんどが抜け落ちている。ただ、困っているとだけ現れていた。欲を晴らした充足感や爽快感も垣間見えず、煩悩が解き放たれて冷静になったわけでも無い。
「おれはアンタが欲しかった。なのに、足りない」
「──ッ!」
ぐっと息が詰まる。テジロフは一瞬、真剣に練成魔法でこの場を切り抜けようと算段した。
「なあ、どうして足りないと思うんだ。今アンタはここにいるのに。おれはアンタに触れて、抱いて、でも、だめだ。足らない。テジロフ」
背後から圧し掛かる勢いで抱きしめられ、テジロフは直前まで考えていた逃走を諦める。ヴァイズを怒らせずにこの場を切り抜ける方法ならいくつかあったが、それはおそらく意味を成さない。
「テジロフ、教えてくれ」
「…………ヴァイズ」
カデンシアまではあと五日か、ひょっとしたらそれ以上掛かる。さすがにこのことをあとの二人に話すわけにはいかないが、ヴァイズが治癒魔法を十二分に使えることは分かっているのだから、問題は無い。肉体的に問題が無いとして、精神的な影響を考えたがすぐにそれも止めた。どうにかやり過ごして一時の平穏を己だけが得るよりは、こちらのほうがまだマシのはずだ。
「ヴァイズ、俺はお前になんて言ったか覚えてるか」
「したいようにしろって、言ったな」
「そうだろ。で、もう一つ教えてやる。俺の名前はアレクセイだよ。アレクセイ=テジロフ」
自分の質問の答えじゃない、とヴァイズは微かに眉を潜めた。気配でそれを察したテジロフは、背後から抱きしめられたまま伸ばされている腕に触れ、さきほどと同じように指ごと絡めて手を繋ぎ合わせる。
「ま、アリョーシャって愛称もあるけど、ベッドの中でぐらいは最低限名前を呼ぶのがマナーってもんだ。で、最後。欲しいものがあるならちゃんと言え。お前の欲を見せてみろ」
「言ったらくれるのか。……アレクセイは」
さっそく自分の教えを実践したらしい、出来の良い生徒にテジロフはこっそり心内で笑みを零し、なんとか首を動かしてわずかばかり振り向く。
「それはお前次第だな。お前はいつだって自分のしたいようにしろ。俺だってそうするんだからお相子だ」
鼻が触れ合うほどの位置にヴァイズの顔があって、テジロフはらしくないと思いながらヴァイズの頬に軽いキスをした。構わないと許可を与えるつもりで。
「……ん。分かった。じゃあアレクセイ。アンタが欲しい。まだ、全然足らない」
「いいぜ、あんま勝手したらまた閉じ込めてやるから、せいぜい気をつけろよ」
冗談というよりは、半ば本気で言ったテジロフの言葉にヴァイズはぱち、と両目を見開いて、わずかに表情を緩める。
「怖いな。でも、アンタごとっていうなら、悪くないか」
何も怖れてなどいない、どちらかといえば楽しそうにヴァイズはそう言って、キスを返した。

 

カデンシアまで、あともう少し。かの大陸に着く頃自分たちがどうなっているのかは、やっぱりテジロフにもまだ分からないままだった。







ところでアニメ版のヴァイズがまだ見られないんですけど、どういうバグなんでしょう。可愛いヴァイズちゃんに逢わせて下さい。