magic lantern

仕返し

これは一体、どういうことだろう。
ロックオンは自分に起きた事態を把握するために辺りを見回そうとして、視界が暗いまま変化しないことを理解してため息をついた。
「刹那?そこにいるんだよな?」
人の気配はする。それもごく近いところに。けれど視界が閉ざされ、声も聞こえてこない状況では本当に目の前にいるのは刹那なのか判断がつきかねる。
「何か知らんが、俺が悪かったからもう解けって。怒ってんだろ?」
目の前にいるはずの少年を怒らせた理由は分かっていた。ちょっとした遊び、というか年長者としての役得とまで言えば大袈裟かもしれないが、ロックオン自身は軽い気持ちで彼をからかっただけなのだが潔癖なきらいのある刹那はそれを嫌がって反撃に出た、というところなのだろう。
「からかって悪かったよ、俺もちょっと調子に乗っ…おい、何して」
出来る限り宥めるように優しい声音で語りかけたロックオンの耳に聞こえてきたのは、少年の声でもなければ視界と両腕を戒めている布を解く音でも無い、金属音だ。
「刹那?」
呼びかけても返事がない。そのくせ、小さな金属音は続いてジッパーが下りる音に変わる。少年が何をしようとしているかを悟ったロックオンは、慌てて膝立ちになっていた足を動かしてどうにか阻止しようと試みた。腕の戒めを取ろうともがいてもみたが、両足の間にいるだろう少年を退かすことは出来ず、腕も仰向けになった体の頭上で括られたままだ。
「止めろって、おい、刹那」
布が擦れ合う音が聞こえて、下肢に直接シーツを感じて、ロックオンはますます焦る。自分の憶測が正しいのなら、刹那はさっき自分が彼にしたことを仕返そうとしているのだ。
「もう止め…っ」
ひやりとした手が自身に触れて思わずロックオンは息を飲む。憶測通り、ロックオンは文字通り仕返しにあっていた。少し、前のことだ。


あまりにも協調性が無さ過ぎる上にとっつきにくい刹那とどうにかコミュニケーションを図ろうとして、ロックオンは年頃の少年が一番興味のある話題を振ってみた。ガンダムマイスターだろうが、戦争屋だろうが、学生であってもこの年頃の少年なら一番興味があるだろうと思われる話題──セクシュアルな話を刹那に投げかけたのだ。
刹那は、ロックオンから聞いた言葉の意味が分からない、とでも言いたそうに少しだけ眉を寄せて首を傾げた。
「知らねえの?自分でやんねえ?」
あけすけな言い様だったが、ロックオンにすれば少年が自慰すら知らずにいる、ということに驚いて口調に頓着などしていなかった。刹那は不思議そうな顔をしたままだ。
「自分で?何かする必要があるのか」
自分は知らないことをロックオンが知っている、そしてそのせいで今自分がからかわれている、と理解できた刹那は早急な解決を求めてロックオンに迫った。さっさと教えろ、と詰め寄る刹那を制しながらロックオンは髪を乱暴にかきあげる。からかったは良いが、知らないとは思わなかった。まして、言葉でいちいち説明するなど。
「……分かった、そこ座りな」
自分のベッドの端に刹那を腰掛けさせ、椅子かかっていたタオルで刹那の視界を塞ぐ。刹那が抵抗しないことに少し気を良くしたロックオンは、手で刹那の自身を愛撫して吐精を促した。ロックオンは単なる興味と好奇心と、少しばかりの義務でもって刹那に自慰を教えたに過ぎなかったのだが、刹那はロックオンが手を拭いている隙に反撃に出て今のような状態になっている。ベッドに仰向けに押し倒され、両腕は頭上で戒められ、おまけに下肢に纏う布は一切無い。


「……ぁ…っ…」
子どもの悪戯だ、と頭では分かっているのに微かな声を殺すことが出来ない。ロックオンは何度も唇を噛もうとしたが、その度に刹那の指が顎にかかって阻止される。小さく冷えた手がロックオン自身を弄り、くちゅ、と水音さえ聞こえる始末だ。
「せつ、な…も、止め……」
何度目か分からない制止の声を上げると、自身がいきなり温かいものに包まれる感触がした。温かく柔らかいものが自身をなぞるように這って、口に含まれているのだと分かる。
「止せ、刹那……ッ…ぁ……」
手でお互いのものを擦りあうぐらいなら、若気の至りだの遊びだの、そんな言葉で済ませられる。けれどこれは遊びで済ませるには刺激が強すぎた。
「…ぁ、…ん……刹那ぁ」
もう止めてくれ、そう言おうとしたのに言葉が続かずロックオンの声は甘ったるく名前を呼んだだけに終わった。技巧を比べられるほど、オーラルセックスの経験があるわけではないロックオンは、ただ刹那のいいように翻弄されている。
「もう、だめ…だ…ッ」
「ロックオン」
初めて、視界がふさがってから初めて声をかけられてロックオンは瞬こうとしたが視界をふさがれた布に阻まれて上手くいかなかった。けれど、聞こえた声は確かに知っている少年のもので、どこかホッとする。刹那だろうと思ってはいたが、視界がふさがっているだけに確証が無かった。刹那なら、自分がしたことの仕返しがしたいのだろうから、仕返しだけなら甘んじて受けるつもりにはなっていたのだ。
「これは、泣くようなことなのか」
刹那の言葉に首を傾げると、身体に覆い被さってくるような感覚があって、視界を覆っていた布が取れる。眩しさに目を眇めたロックオンの前に、さっきまで視界を塞いでいた布に広がる染みが突きつけられた。
「いや、泣くっていうか…」
まさか涙を零しているとは思っていなかったので、ロックオンは語尾を濁す。子どもに仕返しをされた挙句、泣いただなんて。いろんなプライドが傷つきまくりだ。
「まあいい、続きが残ってる」
「なっ…もういいだろ、止せ……ッん…」
刹那はまた足の間に顔を埋めて、ぱくりとロックオン自身を銜え込む。まじまじとその様を見てしまって、ロックオンは目を固く閉じて首を振った。頬がいっそう熱くなるのが分かった。
「ぁ、あ……や…っ…」
自分を追い込む刹那の姿が閉じた目蓋に張り付いていて、尚のこと快感を煽る。
「…も、……ぁ、刹那……ッ」
追い立てられ、思わず名前を呼んで果ててしまったロックオンは、今度こそ本当に泣きたい気分だった。からかっていた相手に逆襲されただけでなく、幼さの残る少年に良いようにされてよがり声を上げてしまうなど。夢ならすぐに覚めてほしい、夢でなくても記憶をなくしたい。
「ロックオン」
「ンだよ。もうこれ解けって」
腕を何度も動かして示し、ロックオンが強い口調で声を掛けると刹那は黙って腕を戒めていたタオルを外す。ようやく自由になった腕を擦りながら上体を起こし、刹那に脱がされて放られていた下着をジーンズを手に取った。
「……まだいたのか」
ようやく衣服を直して、まだ痛む手首を擦って椅子に腰掛けても刹那は部屋の中に所在なさげに立っている。
「ロックオン、は」
「何だよ」
「可愛いな」
ドアが閉まる音が聞こえるまでロックオンはフリーズ状態、口さえ開けたままだった。
「はぁー!?」
ロックオンの大声は防音性ばっちりのプトレマイオス艦内にはほとんど聞こえていない。ただ、フェルトと一緒にいたハロは小さく目を点滅させ、フェルトは不思議そうに首を傾げた。











刹那、逆襲。これがきっかけで刹那が恋に目覚めたらいいのに、と半ば本気で思います。