magic lantern

喜びの歌 下

プトレマイオスが待機ポイントへ帰還するまでの間、地上に待機していたロックオンと刹那はアザディスタンの内紛に武力介入することになった。無事にミッションを終えた二人に再度待機を命じたスメラギは、自身もプトレマイオスのクルーを連れて地上へ降りていった。アレルヤは降りるべきか少し迷ったが、肝心のロックオンが許可を取ってAEUへ出かけたと聞いてイアンを手伝うことに決めた。キュリオスの整備なのだから、手伝ってしかるべきだという思いもある。
『おっ前なあ、どんだけマゾなんだよ』
「ハレルヤ、君ね」
『だってそうだろ?降りりゃあアイツに逢えるんだろうよ?それをわざわざ一人残って…何か、お前、焦らしとか好きなタイプか』
「別にずっと逢えないわけじゃない、みんなはここに帰ってくるんだから。急ぐことでもないし」
そう、急ぎの用ではない。アレルヤが自分の誕生日にロックオンに告げた話の内容は自分の過去、そしてハレルヤのことだ。
『オレのこと話すって、お前正気じゃねえだろ、分かってたけどよぉ。どーせキチガイ扱いされて終わりだ』
頭に響く半身の声に、アレルヤは首を振る。きっと、彼はそうではない。アレルヤの中に、ロックオンへの信頼は少しずつ前から育っていたが、別の気持ちが生まれつつあった。
呪われた生を、神の作らざる命を、純粋に人とは呼べなくなっているだろう自分を、彼は肯定した。

誕生日おめでとう。
お前に逢えて良かった。
お前が生まれてきたことに感謝を、一つでも多くの幸運がお前に降るように。

それは自分を祝福する、祈りの言葉。忌まわしい身に投げられた赦しの光。
彼なら、ロックオンなら自分を受け入れてくれるかもしれない。そんな微かな期待がアレルヤの胸の内に広がり続けている。けれど、それは同時に暗い不安を抱えていて拒絶されることへの恐ろしさから踏み切れないでいた。
そしてアレルヤが踏みとどまっている間に、慌しく世界の動きが加速する。




三陣営による、最大の軍事演習。それは明らかにテロを誘発し、紛争介入を題目にやってくるガンダムとの戦闘を望んだものだ。怯んで出撃せず、紛争を見過ごせば今まで掲げてきた理念が水泡に帰すことは、スメラギでなくとも分かることだった。
「ロックオン」
「アレルヤ」
同じ待機ポイントを指定されたアレルヤは、久しぶりにロックオンと再会した。今までにない大きなミッションを前にした状態で、緊張状態になっているせいか再会しても危惧していたような不安に苛まれることは無かった。
「久しぶりだってのに、ゆっくり話しもしてらんねえな。敵さん、着々とこっちに向かってるそうだ」
「……そう。もうすぐ、ですね」
三陣営まとめて、全軍精鋭状態の敵を相手にしたことは今までに無い。大多数の敵を相手にしたことはあっても、敵のポテンシャルの高さが違った。そして、敵はガンダムの破壊ではなく鹵獲を目指している。アレルヤの中に、鹵獲された時受けた苦痛が蘇った。正確には、鹵獲されたときというよりは超兵と出遭った時、だが。
「ロックオン?」
アレルヤの黒い髪を梳いて遊ぶロックオンは、いつも通り飄々としていて薄ら笑みを浮かべている。
「なあに、大丈夫だ。俺たちは生き残る。そう信じるんだ」
「ええ。こんなところで、ガンダムを手放すわけにもいきませんし」
まだ、何も話をしていないのに、死ぬわけにもいかない。このミッションを終えたら、二人生き残ることが出来たら、その時に全部話そう。たとえ、拒絶されても。何も話せないまま、いつか生を別つぐらいなら全て話してしまうほうがいい。
決心してしまうと気持ちが次第に落ち着いて、アレルヤはようやくロックオンに笑い返すことが出来た。
「そうだ、アレルヤ」
「はい」
互いの機体を半ばドッキングした状態で上空を飛びながら、ロックオンはアレルヤを呼びとめる。
「トレミーに戻ったら、プレゼントあるからな」
「僕も、貴方に話したいことがあるんです」
「おう。だから、」
「無事に戻ります。何があっても」
「そういうこった」
モニタの向こうで、ロックオンが笑った。アレルヤは頷いて、高度を少しずつ落とす。目的の西タクラマカン砂漠まで、すぐだ。




結果的にミッションをクリアし、ガンダムもマイスターも無事にプトレマイオスまで戻ることが出来たがそれは4人の力でもスメラギの予報のおかげでも無かった。新たに3機現れた、ガンダムを名乗るモビルスーツ。不意打ちと言っていい彼らの出現によって、4人はプトレマイオスで再会することが出来た。再会、と言っても刹那はエクシアのコクピットに篭ってしまったし、ティエリアはどこかへ姿をくらましたので実質、2人だったが。
「今日はもう休めってさ」
「スメラギさんも、大変そうですしね」
医療スタッフによる検査を終えて報告に戻ろうとしたところ、もう遅いから明日にして、と2人はスメラギに断られて食堂へ移動していた。なにせ、ほぼ一日ぐらい食べていない。
「なんかもう、食べる気しねーわ。栄養剤はもらったしな」
「そうですね。僕もお茶ぐらいで」
食堂に、2人で向かい合う。ロックオンはアイリッシュ・コーヒーをアレルヤは紅茶を。
「あー、美味い」
「それお酒が入ってるんですよね?美味しいんですか?」
「んん?何か、アレルヤはもう酒が嫌いになったのか」
こないだ飲んだばっかりなんだろう、と言いながらロックオンは疲れた顔で笑う。
「苦くて、ちっとも美味しくなかったです。スメラギさんが飲んでたお酒がそうだったのかもしれないですけど」
「ミス・スメラギは強いヤツが好きだからな。今度休みがあったら、バーにでも行くか。甘い酒だっていっぱいあるんだからな」
「へえ…」
ミッションを終えたら話すのだ、と心に決めていてもいざその機会が訪れると恥ずかしいやらドキドキするやらで、どうしたらいいか分からない。ごまかすように紅茶を飲むアレルヤの脳内にはハレルヤの罵声がこだましている。
「ずいぶん遅れちまったけどよ、ちゃんと持ってきたぜプレゼント。指定してくれりゃいいのに、結局お前何でもいいですとか言うから大変だったんだぜ」
「ごめんなさい。でも、本当に思い浮かばなくて」
欲しいものを思いついたら教えろ、と言われた彼に結局アレルヤは何でもいい、としか返せなかった。欲しいもの、というのが具体的には思いつかなかったし唯一思いついたものは「物質」ではなかった。
「まあいいさ、何でもいいって言ったのお前だからな、返品は受付ねーぞ」
「そんなことしませんよ、貴方がせっかくくれるものなのに」
「……。んじゃ、部屋に戻るか」
そう言って立ち上がったロックオンについて、アレルヤは久しぶりにロックオンの自室を訪れた。ほとんど同じ作りの部屋だというのに、部屋の主が違うせいか、雰囲気が全く違って見える。
「ロックオン」
「ん?そういや、お前話したいことがあるって言ってたな」
「ええ。座っても?」
ロックオンが頷いたのを確認して、アレルヤはソファに腰を下ろす。何だか喉が渇いた気がして、小さく唾を飲み込んだ。
「スペースコロニーにある人革連の研究施設に対するミッションを提示したのは、ヴェーダではなくて僕なんです」
「お前が?」
「最終的に決定したのは、もちろんヴェーダとスメラギさんです。でも、提案したのは僕でした。人類革新連盟、超人機関技術研究所。そこは僕が幼い頃過ごした場所です」
「超人、機関?」
意味が分からない、とでも言いたそうな顔のロックオンにアレルヤは笑ってみせる。
「ナノマシンによって遺伝子自体から作られた、改造人間、みたいなものですかね。研究の目的は、完全な兵士を作ること。肉体、精神、全てにおいて戦闘用に開発された人間のことを彼らは超兵と呼び、超兵を生み出すためにたくさんの子どもたちが施設で生まれては処分されていきました」
「脳量子波による改造の最中、精神や肉体に異常をきたしてしまう者が絶えませんでした。僕も、その一人です」
アレルヤの言葉に、ロックオンはぱちぱちと瞬きをして真正面からアレルヤを見つめた。
「僕の中に、ある日別の人間がいることに気づいたんです。彼は全てにおいて僕と違っていた。彼の存在に気づかれて僕は施設から処分されそうになりましたが、施設から逃げることに成功したのは彼のおかげです」
皮肉なことだ、と思う。ハレルヤの残虐性を恐れているアレルヤはそのハレルヤの行動によって、命を繋いだようなものだから。
「……ひょっとして、ハレルヤ、ってのは聖句じゃなくて」
「彼の名前です。便宜上、ですけどね。僕にも元々名前はありませんし。E57、それが施設にいた頃の僕の名前です」
ロックオンは組んだ指をきつく握り締め、皮手袋が擦れ合って小さな音を出す。
「名前なんてものは、個体識別以上の意味は無いんだ。お前が8で俺が5でも何でもいい。全世界の人類が、20桁の英数字であってもいい。でも」
「お前はやっぱりアレルヤだよ。俺が逢ったことのない、そいつもきっとハレルヤ、なんだと思うぜ」

ハレルヤ、アレルイヤ。
枝葉のように分かれていった神の家で、同じように神を賛美する言葉。
喜びの歌を、ヤハウェを褒め称えよ。

するりと組んでいた指を解いたロックオンは、立ち上がるとベッドに無造作に置かれていた紙袋を持ってアレルヤに差し出した。
「ほい、バースデープレゼントだ」
「ありがとうございま……え?」
笑顔で礼を述べて、紙袋を覗き込んだアレルヤは中身を見て思わず小さな声を上げる。中には、いくつもの包装されたプレゼントが入っていたのだ。いくつも、いくつも。
「お前が『誕生日に意味なんて無いと思ってた』なんて言うからよ、ひょっとして初めてプレゼントもらうんじゃねーかと思って、二十年分だ」
一つ一つは、手のひらに乗るほどの小さな包みで重さはさほどない。
「そんな、こんなに」
「ま、全部足しても大した額じゃねーからお前が気にするこたぁねーよ。俺がやりたいからやってんだしな」
アレルヤの手のひらに乗っている小さな包みには、直筆らしい文字で『Congratulations on Allelujah 8th birthday』と書いてあり、他の包みにも似たような文字が綴られていた。
「……ッ…」
溢れるほどの感謝を伝えたいのに、唇が震えて視界も滲む。アレルヤが片手で顔を覆って俯くと頭を撫でられる感触があった。
8歳だった頃、アレルヤはまだ施設にいた。ソレスタル・ビーイングの存在もガンダムのことも、何も知らなかった。数年後、自分の誕生を存在そのものを祝ってくれる人と出会えることさえ、知らずに実験に耐える日々を過ごしていた。
「そうだな、来年からは二つだ。お前とハレルヤってやつと」
そいつは何が好きなんだ?どういうやつ?と優しい声でアレルヤに尋ねるロックオンの気配に、動揺や緊張は一切感じられない。脳量子波を改造されたせいか、アレルヤは他人の気配にひどく聡い。それは気配というより、人が内在している感情による空気の変化のように感じられた。敵意、悪意、好意、全て違うように感じとれる。
『とんだ甘ちゃんだな、こいつはよぉ』
涙を堪えきれないアレルヤの頭に、ハレルヤの笑い声が響いた。
『聖人君子にでもなったつもりか、バカにしやがって』
笑いながら、悪態をつきながら、それでもハレルヤが途惑っていることにアレルヤは気づいていた。今まで、自分たち以外に自分たちを受け入れようとした人間なんて、いなかったからだ。スメラギはアレルヤの中のハレルヤを認めたが、それは認識であって受け入れではない。
「ロックオン」
ようやくアレルヤが顔を上げると、間近にあったロックオンの顔は静かな笑みをたたえていた。
「僕は、貴方に逢えたことを感謝します。貴方が貴方として、僕の前にいてくれることに」
「ああ。俺はお前が生まれてここにいることに、だな」


生きているものは みな 賛美の声を
ハレルヤ ハレルヤ
喜びの歌を
ハレルヤ アレルイヤ








アレルヤの誕生日からロックオンの誕生日まで日がないから、実はもうこの時点でロックオンの誕生日過ぎてる(笑)。本放送見てると、王が「ラグランジュポイントからトレミーが帰還するまで時間があってその間ホテル(略)」って言ってたんで、まだ会ってないのかなー、とこういう話を。