magic lantern

彼の声が聞こえる


トレミーの食堂に刹那が入ると、そこには先客がいた。ロックオンがマグカップ片手に本を読んでいる。珍しい眼鏡姿に少し目を留めていると、やがて顔を上げた。
「おう刹那、どうした」
「……別に。珍しいな」
「ん?こいつか」
ロックオンは眼鏡を外してテーブルに置き、読んでいた本を一度閉じて刹那に笑いかける。
「読書するときは掛けるようにしてるんだ、目に負担かけるわけにいかないからさ。見えなきゃ、撃てるもんも撃てない」
「本なんて、あったのか」
「興味があんのか?いいことだ、お前さんみたいな若者は本を読まなきゃな。これはこの間地上に降りたとき、買った古本だよ」
「…セルフィッシュ、ジーン?」
「利己的な遺伝子、とでも言うかな。人は全て、己がためにしか動けない、という話だ。誰だって…自分のために戦う。俺たちも、軍のやつらも」
「自分のために戦っているのか?お前は」
「そうさ。俺はこんな世界を変えたい、俺がそうしたい、だから俺はガンダムに乗る。世界のためとか、大事な何かのためだとか、形の無い平和なんてもののためなんかに人は戦えやしない。世界のためだと思うなら、それは自分が世界を守りたいからだ。自分の世界が大事で、それを守れる自分でいたいからだ。大事なものを守るためだというのなら、それもまた自分のためさ。自分のためでなきゃ、人は戦えない──戦っちゃ、いけない。自分のために、自分で選んだ行動で、いずれ自分で責任を取るんだからな。全ては己が手で掴むためにある。覚えとけよ刹那、自分で拳を振り上げたならそれを誰に打ち下ろすのか、いつ拳を収めるのか、それは全部自分で決めるんだ。人のせいに…宗教だの国家だの何かのせいにするのは楽だが、他人や何かは責任を取っちゃくれない。もしお前に大事なものが出来たなら、それに恥じない自分でいるために自分で全てを選び取れ。どうしようもできないことも、意味が無いことも、この世の中には無いんだ」


ロックオン。いや、ニール=ディランディ。
お前に恥じない自分でいるために、おれは未だに銃を握りガンダムを駆って戦っている。お前がいつか教えてくれたように、おれはお前が望んだ世界を得るために戦う。お前のためではなく、自分のためだけに。
そうしたいと、おれが願うから。お前が望んでいた世界をおれも望んでいるから。歪みを抱えて再生しようとしている、この世界を破壊して、おれたちが望んだ世界を得るために、おれのために。


彼の声は、いつも近いところにある。彼だったらどうするか、この四年間何度もそう考えた。こんな世界の歪みを、彼は許しはしまい。見ないふりをして、仮初の平穏に身を浸すこともせず、思いのままに戦うだろう。戦争はもうしたくない、テロなんてもう見たくない。だから──武力を捨てないこの世界を、許さない。そのためにどれだけの犠牲が積み上がり、自分もその一部になり、後世に何と罵られようと、自分の信じるもののために戦う。
たった一つ、彼に謝らなければならないことがあるとすれば。彼ではない人物を同じ名前で呼び、同じ役目を背負わせたことだ。けれどそれさえ、彼は謝る必要など無いと言うだろう。なぜなら、それを選んだのはアイツ自身だから、と彼なら言うはずだ。刹那はそう、信じている。




1話を見て、衝動的に書いたものです。戦う、理由について。