magic lantern

ブルー・オン・ブルー

空を身に映したかのような、スカイブルー。ユニオン軍のシンボルカラーが視界に入った途端、ニールは思わず身を硬くした。コクピットの中、ハロと共にモニタ越しで見るこの色は敵機を示す。もはや反射と言ってもいい。
「すまない、遅くなってしまったな。待たせてしまっただろうか」
小走りでニールの傍にやってきた男は気遣う言葉とともに、屈託の無い晴れやかな笑顔を向けた。いや、とニールは小さく目を伏せて身体の緊張を押し流す。
「……大して待っちゃいないさ。仕事、だったんだろ。あんたが気にすることじゃない」
「気にするに決まっているだろう、他ならぬ君を待たせてしまったのだから」
「そんなに気にしなさんな。いつだったか、俺が遅れちまったことだってあっただろ?」
知らず、ニールの目線はグラハムの左胸に掲げられているユニオンの軍章で止まった。僅かばかり目を留めて、すぐに笑い返してみせる。
「それはそうだが……。待たせてしまっただけならともかく、このような無粋な服のまま君と過ごすのは私自身が我慢ならないのだよ」
「無粋ねえ」
何かおかしな反応を見せていただろうか、とニールは微かな危惧を思い浮かべて再度緊張を走らせたが、グラハムはそれに気づいた風も無い。ほら、と白手袋のまま青い袖口を引っ張って見せた。
「私は軍人である己に誇りを持っているし、何一つ恥ずかしいことをしている覚えは無い。軍人が誰かを想い恋をしたとてそれは許されることだろうし、ありふれたことでもあるのだろう。……欺瞞と言われればそれまでだし自己満足に過ぎないのかもしれないが、私は君の前ではただの男でいたいのだ。ニール、君を愛しているというただの一人の男として傍にいたい」
「……っ、あんま、そういうこと言うなよ…」
暑さが抜けてしばらく経ちニールの髪をくすぐったのは涼しい秋風だったが、ニールは身体が芯から熱くなったように思えてふいと顔ごとグラハムの視線から逃げるように背ける。
ただの男として傍にいたいと言われて、安堵した気持ちが無いわけでは無かった。その言葉を免罪符に、今の自分はロックオン・ストラトスでは無いのだと言い聞かせる。糾弾されても仕方の無いことをしていると、ニールは何度だって自分を諌めようとした。今日だって前々からの約束があったわけでは無かったのだ。ロックオンとして戦場を渡り歩いているニールはグラハムときちんとした約束をした覚えがほとんど無い。それでも、互いの都合がつきさえすれば多少の融通を利かせて会うようにしていた。
今日会うことを決めたのは、昨晩の通信がきっかけだった。ユニオン領内で待機命令が出ていたニールはユニオン軍の動向を二重の意味で気にしながら、それでもグラハムに連絡することを躊躇っていた。ユニオン領内での待機命令、つまりミス・スメラギの予測ではユニオン軍が動くはずなのだ。そこにこの男──ユニオン軍の上級大尉がいないわけがない。
会って別れる間際、いつだって次会うのは生身だろうかと思う。互いにMSに乗って戦場で会うことになるのではないかと考えないことは無い。もちろん、戦場に出てきたのならたとえグラハムであっても──家族以外に初めてloveという言葉を使った相手であったとしても、引き金を引くことに躊躇いはないはずだ。敵はニール一人の敵でなく、刹那たちトレミーのクルーたち全ての命を奪おうとしている敵なのだから。
昨晩の通信でグラハムは突然休みをもらったからもし良かったら会えないだろうか、とこの男にしてはやや下手に出るような言い方でニールを誘った。様々なことを思案して即答しかねていたニールの目に飛び込んできた、カレンダーの日付。唐突に蘇った、いつかのグラハムの言葉。
『私はいわゆる孤児というものでね。父母の顔も知らないし、兄弟の有無も、家族というものの輪郭さえ知らないのだよ』
大人になって社会に属してからは別としても、子ども時代の、一番周囲に肯定して欲しくて祝って欲しい時期にグラハムは家族からの当たり前の愛情さえ受け取ることが出来なかった。今はトレミーにいるはずのアレルヤやAEUにいる刹那がそうだったように。グラハムは二人よりも幾分大人で、学校や軍といった社会できちんとした人間関係を築くことに成功している。だから祝われた経験が無かったわけではないのだろう。
でも。
愛している人から祝ってもらいたいという、当たり前でささやかな願いは叶ったことが無かったかもしれないのだ。
そのことに思い当たったニールはすぐさま行くと口にしていた。誕生日であるということを微塵も匂わせずに約束をしようとした、そんなグラハムの態度がいじらしくて可愛くて、かわいそうだと思った。
グラハムが孤児になった原因は知らない。おそらく、本人にとってはどうでもいいことなのだろう。理由がどうであれ結果が同じなのだ。
普通の恋人同士のように誕生日を祝うなど、今年だけかもしれない、最初で最後かもしれない。けれど、今、グラハムに愛していると誕生日を祝ってやれるのは自分だけなのだから、躊躇う理由などどこにも無かった。家族の代わり、にはなれなくても一番近くにいたいと願うのはきっと互いに同じだろうから。
「そんな可愛らしい顔を見せられると、我慢が効かなくなりそうだ。とっくに分かっているだろうが、私は我慢弱くてね」
「……しなくて、いいだろ、別に」
「ニール?」
らしくないことを言おうとしているとは分かっていたから、ニールは背けていた顔を今度は俯かせてグラハムの視線を遮った。
「だから!別に我慢とか、しなくていいって言って…ッ、グラハム!?」
ぐい、と強く腕を引かれたかと思えば同じように強く顎を捉えられ、姿勢を崩したニールはユニオンブルーとは少しだけ色合いの違う青い目にまっすぐ、貫かれる。
「──ッ、君は!」
「君はどこまで私を虜にするつもりだ。とっくに私は君への愛に囚われているというのに」
ユニオンブルーはスカイブルーに似た、色味の明るいブルーだ。グラハムの目はスカイブルーではなくマリンブルーに近く、深い色合いをしている。インディゴにも見える両目に写った自分はひどく頼りなげだとニールは思った。突然身体を捕まれたことではなくて、グラハムから絶えず寄せられる強くはっきりとした愛情や好意は時としてニールの自由をたちどころに奪ってしまう。
行き場が無い、と感じるのだ。逃げ場が無いとも。
逃げるつもりも行く宛も無いはずなのに、あまりの愛情の強さと激しさにニールはいつもどうしていいか分からなくなる。何も考えずに身を委ねられる立場であればどれだけ良かっただろうと夢想したことさえあったけれど、詮無いことだ。そんな立場の自分を今と同じようにグラハムが愛したかは分からないし、戦闘を知らない自分であればグラハムと出会うことも彼を理解しようとすることも無かったかもしれない。
「……俺だって」
そう。囚われているのは、己だ。ニールは震える瞼をゆっくりと伏せた。
「俺だってきっとアンタに捕まってる。だから」
我慢なんてするなよ。最後の言葉は強く抱きしめられたせいで言葉にならなかった。フラッグを駆ってガンダムを追い詰めた腕が、ニールの身体をこれでもかと抱きしめている。グラハムに回したニールの手は、フラッグに向けてビームライフルの引き金を引いた手だ。
「──愛してるよ、グラハム」
たとえ明日戦場で遭うことになり、ビームライフルの銃口を向けることになったとしても。
「ああ。私も愛しているよニール」
黒い機体が操るビームサーベルが自分に向けられたとしても。それでも。


それでも自分がグラハムを愛していること、グラハムが自分を愛していること。これだけは絶対だった。





……あれ?ハッピーバースデーって言って無くない?
ハム語が分からなくなって迷走して(いつもじゃねーの)「書き手が恥ずかしくて思わずドラクエで宝の洞窟に潜りたくなったり、Gジェネでアゲルヤに見蕩れたくなったりするのがハム語だ!」と勝手に定義して推し進めました。ハム語、ムズカシイ。