magic lantern

Calling

「……待ってくれ。ロックオン・ストラトス」
スローネのガンダムマイスターたちがトレミーにやってくるなり一騒動を起こし、もともと潔癖のきらいがあって他人と接するのを好まないティエリアは早々に場を立ち去ってしまった。場を収める立場である大人を自負するロックオンは立ち去ることも出来ずに、節度ある行動を心がけながら彼らの対応に終始していた。
奔放を絵に描いたような少女は嵐のようにどこかへ消えてしまい、粗暴が形になったような少年にはナイフを突きつけられ、唯一まともな対応を見せた彼らの兄と表面的な話で場を取り繕う。
刹那は自失気味で、いつの間にかミス・スメラギは姿を消していた。アレルヤと二人でとりあえずコミュニケーションらしきものを取っていたが、話に区切りがついたところで早々に立ち去ろうとロックオンは刹那を促すようにしながら兄弟に背を向けた。アレルヤと刹那が部屋を出て、続こうとしたロックオンに掛けられた声にロックオンは仕方なく立ち止まる。
「何か」
「狙撃手のコードネームがロックオン、というのは本当にそのままなのだな」
「……聖人サマには及ばないね」
振り向かずに、ロックオンはそう答えて首を竦めた。ヨハン、ミハエルという兄弟の名はどちらも聖人・天使に由来しているヨーロッパ地方で大昔からある名前だ。
「手厳しいことだ。こちらを向いてくれないだろうか」
ヨハンの大仰な喋り方に眉を顰めながら、それでもロックオンは静かに振り向く。彼らが本当にガンダムマイスターであるかどうかはロックオンにとって問題ではなく、彼らの行動及び存在が自分たちのミッション遂行を妨げたり難航させたりするかもしれない、ということが問題だった。友好関係を結びたいと思いはしないが、新たに敵を増やすのも面倒だ。
「名前の通り、アイルランド人らしい姿だ。赤毛で緑目、そして白い肌」
「!?」
ふわ、と差し伸べられた手を避けることもせず、ロックオンはさっき弟に向けた銃を兄に向ける。アイルランド人だということも、アイルランド系固有の本名も、何故知っている!?
「君たちにヴェーダが情報を提供するように、私たちスローネにも独自の情報網が存在する。君の本名を知るのはそう難しいことではないんだ、ニール」
「……何が言いたい」
銃の照準をヨハンの眉間から外さないまま、ロックオンは空いた左手を腰に回してスペアの銃を探った。ヨハンは微笑んでみせる。伸ばした片手はロックオンの巻き毛をゆるく撫でている。
「君の本名を知るのは難しいことではないが、本来なら知る必要は無い。私はヨハンで君はロックオン。それで、いいのだから」
「回りくどい話は嫌いでね。あんたの目的は何だ」
スペアの銃を左手にかけ、抜き出すタイミングを探りながらロックオンは殊更に眉間の皺を深めて鋭い視線を投げた。
「君のことが知りたくなったから、私が勝手に調べたんだ。誰だって、好きな人のことは少しでも多く知りたいものだろう?」
「は?」
同意を求めるような問いかけに、ロックオンは間抜けな声を漏らして思わず身体の力を抜いた。好きな人?
「私は君のことが好きだ、と言ったんだよ。モニタ越しの一目惚れだが、間近で見ると尚のこと美しいな」
目の前にいるヨハンの言葉が理解出来ず、ロックオンは銃の照準すら外して後退る。右足、左足、と少しずつ後退っていた身体が急に固定され、前に押し出された。
「ニール」
背中にヨハンの腕が回されていて身体が固定されたことにロックオンが気づいたのと、額にキスされたのは同時だった。
「お前っ」
反射的に飛び退って、二丁の銃を構える。心臓がひどく、煩い。
「君に撃たれるのは悪くないが、まだ私にはやらなければならないことがあるからね。今日のところは失礼するよ」
そう言って、ヨハンは自然な仕草でロックオンに背中を向けた。今なら正確に心臓でも脳でも狙い撃てる、頭の片隅では分かっていてもロックオンの指は動かない。
「ロックオン。私には弟と妹がいる。それだけで、いいと思ってきたんだ、ずっと」
「弟と妹の傍にいること、彼らを守り育てること、共にミッションを遂行すること、それが私の存在理由だと思っていた」
スローネの母艦にかかるブリッジの上で、ヨハンは振り向いて口の端を上げた。ロックオンはヨハンの心臓と頭から銃の照準を外さない。
「……誰かを好きになる、というのはすごいことだな。銃の照準を己に合わせられていても、それが君だというだけで、悪くない気がしてくるから困ったことだ。君が私に向けるもの、それが何であっても私は喜んで享受するよ」
すっとスローネの母艦のドアが開き、そのまま吸い込まれるようにヨハンは姿を消す。ロックオンは今だに銃をブリッジ上部に向けたまま、呆然と立ち尽くしていた。









ヨハン兄、初恋を知る(笑)。もうこの頃から、ロックオンに美しいという形容詞を当てはめることに躊躇いがなくなってきました。