magic lantern

ブラインド・ワールド

なあ、ヨハン兄遅くねえか?」
「えー?だってヨハン兄ラグナのとこでしょ?いっつもこんぐらいだよー」
ヨハン兄が、俺とネーナを残してラグナのところへ行ってもう二時間は経つ。ずっと前からラグナとコンタクトしてミッションを聞くのはヨハン兄の役目だったから、ヨハン兄がどんだけラグナのとこにいても気にならなかった。そんなに何やってんだろ、ぐらいにしか。
でも。
ミッションがスタートしてから、ヨハン兄はラグナのとこに長居するようになった。気がする。
そして俺たちのとこに帰ってきたヨハン兄は、俺たちの顔を見るなりほっとしたような顔になるんだ。そんな兄貴の顔を見ると、俺は胸のあたりがぎゅっとなって痛い。
早く帰ってきてよ、そんで次の標的の話してよ、んでもってキスしてよ。
「あ、ヨハン兄!ミハ兄、ほら、戻って来たよ」
ソファに倒していた身体を勢い良く跳ね上げると、入り口でネーナを抱きしめてるヨハン兄と目が合った。
「……ミハエル?」
あからさまにほっとした顔で、嬉しそうに笑ったヨハン兄を見てたら、何だかたまらなくなった。
「どうしたんだ、ミハ…」
間近に伸びたヨハン兄の手が俺の頭に触れた途端、涙がぼろぼろ出てくる。
「え、ちょっと、ミハ兄!?どーしたの!?」
ヨハン兄はラグナのとこで何を見てんの。何でそんな顔してんの。何か嫌なもんでも見せられてんの。だから、俺たちを見てそんなにほっとしてんの。
どうして、俺にそれを分けてくれないの。俺はヨハン兄を苦しめるものを、許したくないのに。
「……ネーナ、ちょっと二人にしてくれないか」
「えー?ネーナ仲間外れやだぁ」
「ネーナ、頼むから」
「……もう!しょうがないなー。行こう、ハロ」
「シャーネーナ、シャーネーナ!」
ドアの閉まる音がして、ネーナの声とハロの声が遠ざかった。その間も、何でか分かんないけど出てる涙は止まらない。
「ミハエル、ミハエル、大丈夫だよ。……お前は、お前たちは、私が守るから」
そう声をかけて、抱きしめてくれたヨハン兄の胸を拳で叩く。そうじゃない。そうじゃないんだよ、兄貴。
「ミハエル?」
そうじゃない、と言いたくても涙が止まらなくて唇が震えた。
「お前がこんなに泣くのを見るのはずいぶん久しぶりだな。本当に、どうしたんだ?」
いつの間にか身体が抱え上げられていて、ソファに座るヨハン兄の膝に座らされている。背中を丸めて顔をヨハン兄の首筋に擦りつけた。すん、と鼻がなる。
「俺は、兄貴のことが、好きだから」
「……ああ。私もお前のことを愛しているよ」
「兄貴が辛そうなのは、なんか、嫌だ。ラグナんとこから戻った兄貴は、いつだって俺とネーナを見ると安心してるだろ。そんな、ひどいもん見てんのかよ」
「ミハエル」
ヨハン兄の手が俺の顔を持ち上げようとしたけれど、抗って自分から腕を回してぎゅっと抱きついた。きっと今、俺ものすげえカッコ悪い顔してる。
「ラグナは別にひどいものなど見せはしないさ。ラグナが見せるのは現実、そして未来予測のデータだ」
「じゃあ何で」
あんなに辛そうなんだよ、兄貴。
「何でだろうな。……私にはお前が、お前とネーナがいればそれでいいんだ。だから、お前は泣かなくてもいいんだよ」
背中を撫でる手が優しい。俺はこの手しか知らない。
「俺だって、兄貴とネーナがいればそれでいい」
「ああ、そうだ。それだけで、いいんだ」







ヨハン兄はミハエルとネーナをある意味純粋培養で育てたと思う。トリニティは3人で世界が完結していて、だからこそなんだけれども、それはすごく美しくて脆い。