magic lantern

Paty

AEU内のフランス軍には、はるか昔から外人部隊が存在する。パトリックのような士官学校出の者はもちろん、一般の下級兵士にさえ関わり合いを避ける風があった。様々な移民を広く受け入れて歴史が長く雑多な人種がいるユニオンとは、少しばかり事情が違う。差別を良しとする国家などありはしないが、白色人種がほとんどを占めるAEUにおいて外人部隊に籍を置く彼らはひどく目立った。外人部隊の一小隊を率いている隊長、ゲイリー・ビアッジ少尉ことアリー・アル・サーシェスはその中でもひときわ人目を引く。
それは、がっしりしているというよりは隆々たると言った方がふさわしい体躯のせいでも赤色というよりくすんだ血の色に近い巻き毛のせいでも、人を食ったような表情のせいでも、無い。
「よぉ、パティ」
「パトリックだ、パトリック!PatsyでもPaddyでもねーよ!大体俺はフランス人だ!」
予想通りの反応があったことに気を良くしたアリーは、髭を蓄えた口元を緩めた。パティ、というのは本人が否定するようなアイルランド系に対する蔑称に近い意味合いの短縮名ではなくて、男性名パトリックの女性名パトリシアの愛称のことだが気付いていないらしい。これからも気付かないだろう。
「それにオマエに名前なんか呼ばれる筋合いねーっつの!何度言ったら分かるんだよテメーは」
「知るかよ。……そうだ、お前、この後暇だろ」
「決めつけんな!」
「いや暇だね。お偉いさんはユニオンや人革と協議中だし、折衝中に模擬戦やる必要はねーし、第一お前この間ガンダムとか言うアンノウンにイナクトぶっ壊されたばっかじゃねーか」
「テメェ……」
何も反論出来ず、おまけに距離を詰められて狭い廊下の壁に追いやられたパトリックは唸るように低い声をもらす。
「ま、そういうこった。さっさと来い」
手間かけさせんじゃねえよ、と言いながらアリーはパトリックの軍服の後衿を掴んで引きずりながら歩き始めた。訓練場と本部とを繋ぐ地下廊下は、上層部や要人が使用する上空の通路に比べて狭く掃除も行き届いていない。
「おい、待てよ、おっさん、どこ行くんだよ、おいって!」
進む先が本部の通用口ではなくて、別棟に近づいていると分かったパトリックは大声を上げたがアリーは立ち止まらない。
「おっさんじゃねーって言ってんだろーが。お前にゃ名前教えてんだろ、パティ」
パトリックは士官学校を出てさほど経っていない、実戦経験の乏しい新兵だ。士官学校での成績は上位で、模擬戦の成績においては他の追随を許さない。士官学校を出て少尉になり、パトリックが軍の本部に出入りし始めた頃からアリーは何かと付きまとってきた。パトリックが正式に配属される前から、アリーは第4独立外人騎兵連隊の小隊長、ゲイリー・ビアッジとしてフランス軍に籍を置いている。南欧系、ラテン系にも思える名前と容姿だがルーツがまるで違うとパトリックが知ったのはつい最近のことだ。
「ああ?ンだよ、車ァ?どこ行く気だテメー」
「いいから乗れ、おら」
無理やり助手席にパトリックを押し込み、すぐにドアを閉めて外からロックをかけた。
「ちょ、お前、ふっざけんな!」
誘拐紛いの手荒な対応にパトリックが抗おうとすると、運転席に座ったアリーはすぐさま車を発進させる。
「いちいちうっせーな、誘拐でも拉致監禁でもねーよ、飯喰い行くだけだっつーの」
生娘かお前、と自動運転に切り替えたアリーがからかうと、パトリックは首を傾げた。
「はあ?飯?なら最初っからそう言えよ」
あまりに強引だから、何か変なことにでも巻き込まれるのかとパトリックは警戒していたのだが、食事だと言われて一気に身体の力が抜ける。初対面というわけでも、可愛いガールフレンドと約束が入っているわけでもないのだから、同僚と食事をするぐらいなんてことはない。ガールフレンドと約束があったならば、もちろんそちらが最優先だが。
「飯なら飯って言えっての、お前の奢りだっつーなら付き合ってやってもいいんだからよ」
「……そうかよ」
助手席のシートに深く腰掛け、後頭部で腕を組み足も組んでいるパトリックを横目にアリーは知れずため息をついた。きちんと士官学校を出ているお坊ちゃんの軍人なのに、パトリックはどこか判断基準が妙だ。その部分も含めて気に入っていることを否定はしないが、それでこいつは誰かに騙されないのか、と要らぬ詮索もしたくなる。ゲイリー・ビアッジではなくアリー・アル・サーシェスという名前を教えた時も、偽名で外人部隊に所属してあまつさえ士官の地位にいることを責めもしなかったし、上官に報告した様子も無かった。ルーツに対してもさして興味が無いのか聞いてはこない。つまり、どこの誰だかはっきりしないというのに車に同乗して食事に行くのは問題無いのだという。それでいて、自分の名前を呼ばれる筋合いは無いと声を荒げるのだからおかしな話だ。
「奢りだろうな?俺は野郎に払う金なんて1ユーロも持ってねえんだからよ」
「パティ、お前さんさ、実はバカだろう?士官学校なんて良く出られたな」
「はぁー!?ふっざけんなよテメェ!2000戦負け無しのスペシャル様だぞ!」
模擬戦の成績ではなくて座学だ、と訂正せずにアリーは首を竦める。これだけ無防備で、無知で、上下関係だけでは生き難い軍隊社会をどうやって過ごしてこれたのか不思議なほどだ。
おい、聞いてんのかテメェ!と元気良く叫ぶパトリックの顔がサイドシールドに大写しになっている。








パトリックの「関わる全ての人間からシリアス分を奪う能力」は素晴らしい。世界平和に必要だと思う(笑)。