magic lantern

僕が君のためにできる全て

単機、先行突撃して行ったグラハムのカスタムフラッグは、新型ガンダムのビームサーベルという大きすぎるお土産を持って帰ってきた。無事に。
カタギリはさっそく解析を進めようと部下に指示を出して、いつものように自室でモニタ前に張り付いていた。小さく控えめなノックが響き、グラハムにしてはノックをするなど殊勝なことだ、と不思議に思いながらカタギリは顔を上げる。
「どうぞ、開いてるよ」
「失礼します」
カタギリの耳に届いたのはグラハムの声ではなく、整備担当の声だ。
「何かあったかな」
くるりと椅子ごと振り向いたカタギリに、整備担当者は俯いて視線を彷徨わせる。
「どうしたんだい、フラッグに何か」
「いえ、フラッグではないのです。上級大尉に」
「グラハムに?」
カタギリがそう尋ねると、整備担当者は直立して敬礼をした。
「フラッグには大きな破損は見当たりませんでしたが、上級大尉のパイロットスーツ及び、コクピットの一部に大尉の血液と思われるものが発見されました」
唇をきつく噛みながら、カタギリは片手を動かそうとしてギプスに固められ動かせないことを思い出す。二人揃って、満身創痍だ。
「量は推測で数ミリリットル、上級大尉はフラッグから降りられても普段通りでしたがやはり気に掛かりまして報告に上がりました」
「無茶を……」
「拭き取ろうとした、もしくは拭き取った後がありましたので上級大尉は出血には気づかれていると思われます。場所はコクピットの座席部分、及びパイロットスーツの左手部分、ヘルメットの一部です」
「……分かった。報告ありがとう。念のため、採取できた分を医療チームに回してコクピットとスーツは新しくしておいてくれ」
「了解です。では、失礼致します」
シュン、という機械音と共にカタギリは椅子を戻しモニタに目を向ける。次々と上がってきている新型ガンダムのビームサーベルの解析。グラハムは己の誇りと部下のため、失った仲間たちのために無理を通して出撃した。
「けれど、君を失うわけにはいかないんだ、グラハム……」
ユニオンにはグラハム以上にモビルスーツに対応できるパイロットはいない。ガンダムとやりあって尚、生き残ることが出来た貴重な人材でもある。そしてそれ以上に、カタギリにとってグラハムは大事な人だった。
「カタギリ!遅くなって済まなかったな、私が持ち帰ってきた新型の…カタギリ?」
いつものようにノックなどせず、飛び込むように自室にやってきたグラハムをカタギリは眇めた目で迎える。愛想笑いさえ浮かべない様子に、グラハムは首を傾げた。
「グラハム、お土産の前に僕に言うことがあるんじゃないかな」
「何だ?遅くなって済まないとは言ったぞ?ただいま、とでも言えということか?」
さらに首を傾げ続けるグラハムの前に立ったカタギリは、自由になる片手でグラハムの顎を掴む。技術屋であるカタギリの力は弱く、グラハムは眉を寄せただけで痛そうにもしない。
「いつもなら、まっすぐに僕のところへ来て興奮冷めやらぬままにガンダムのことを語るのに、今日はそうしなかったね」
「それは悪かったな、着替えの際にシャワーを浴びていたんだ」
「そして血を洗い流してきたのかい?」
「カタギリ!?何を」
「人は12Gに耐えられるように出来てはいないんだよ、グラハム。やはりあのシステムは無茶だ」
「ふざけるな!」
グラハムはカタギリの手を払い、荒らかに床を踏みつけた。
「私はどんな手段を使ってでもカスタムフラッグを対ガンダム用にチューンさせる。あのシステムも下ろさない!フラッグでガンダムを狩ってみせる!」
それはグラハムの誇り、部下との誓い、もはやグラハムが戦う全てだ。
「君や整備班をナイフで脅してでも、チューンナップさせるぞ、私は」
ぎり、とグラハムはカタギリの眼鏡の奥を睨みつける。大きな碧眼に睨みつけられたカタギリは、ふっと笑みをこぼした。
「君にそんな非道な真似はさせない。君がチューンナップしろというなら、言うままにするよ僕は。でもねグラハム」
「頼むから、僕には全部教えてくれないか。君を心配することを許してくれよ」
僕には、ここから祈るしか術が無いのだから。
「……済まない、カタギリ。吐血したと言ったら、君はきっとあのシステムを下ろすと言い出すだろうから、黙っていようと思っていたんだ」
俯いたグラハムの顔に、柔らかくカールしたブロンドがかかる。金糸を梳くようにカタギリは片手でグラハムの顔を撫でた。
「システムを進化させて、少しでも君の身体に負担が掛からないようにするのは僕の仕事だ。カスタムフラッグは君の機体なんだから、どうチューンするかを決めるのは君だ、僕は口を出さないよ。……だから、君は全部僕に教えてくれなくちゃ」
「ああ。済まない、カタギリ。そして……ありがとう」
「ん?」
「私は空にいるとき、ガンダムと戦っているときはそれが全てだ。ガンダムを討つためにフラッグがどうなっても、私自身がどうなっても省みる余裕を持たない。持てないんだ、情けないことに。けれど君がそうやって私を待って案じてくれるというなら、私はどれほど生き恥を曝そうとも帰ってくる。君のところに」
グラハムの言葉に頷いて、カタギリは片手をグラハムの背に回した。呼応するようにグラハムが両手をそっとカタギリの背に回す。
ユニオンはたくさんの兵士を失い、合衆国は多くの人民を失った。けれど、何があっても生き残った者が勝ちだ。美しく散ることにカタギリは意味を見出せない。
「そうしてくれグラハム。絶対に、生きて戻ってくれ」
ガンダムが現れてから、世界は加速度的に様相を変えている。この緊迫状態が、いつ、どのような形で終わりを迎えるのか誰にも分からない。おそらく、ガンダムのパイロットたちでさえ。
それでも、生き残ってみせる。どれだけ傷ついても、生きてさえいれば、二人で共に歩むことが出来るから。







もともとビリグラな人なので、吐血グラハムに感化されました。グラハムはいろんな意味で最高の男だ。