magic lantern

誰が神のようになれようか

チーム・トリニティとしてのミッション開始はまだだったが、プトレマイオスにいる四機のガンダムは昨日正式にミッションを開始した。イオリア・シュヘンベルグの理念を全世界に知らしめるために。
「なー、兄貴ってばあ」
大型モニタに映し出されているのは、昨日のミッションの様子だ。ミハエルが数えただけで、もう十回以上ヨハンはこの映像を見ている。十回になったところでミハエルは面倒くさくなって数えるのを止めた。モニタに向かい合う操舵席に座っているヨハンの背中に、何度目か知れない声をかける。
「何回見てんだよ、それ。どーってことねえじゃん。エクシアもさあ、なんであのパイロット生かしてんだって話だっつの。全部殺しちまえば早えーのに」
愛機の傍に腰かけたミハエルは、ぷらぷらと足を揺すった。
「俺だったら秒殺だってのによぉ」
昨日、リアルタイムで見ていたときも同じことを言っていた弟にヨハンはくすりと笑みをもらす。俺がやれば早い、俺にやらせろと言いながらミハエルはヨハンが指示しなければ動くことは無い。絶対にだ。
ヨハンの目前に広がるモニタに、AEUの野外演習場が映し出されている。GN粒子によってふわりと飛翔したエクシアの周りに、巻き起こる砂。はらり舞い上がって、すぐさま落ちる。

私たちは、一渥の砂ですら、無い。
波紋を作り出すために投げ入れられた一石に過ぎない。
見えない争いを繰り広げながら、形ばかりの水面を保つ世界に投げ込まれた、石。
波紋は水面の隅々にまで広がり、やがて新たなうねりを作り出すだろう。
そのうねりが世界を飲み込むのか、洗い流すのか、沈めてしまうのか、それは人が決めることだ。自分たちの関与するところではない。
前時代の預言書も、後世の歴史家も、おそらくこの争いの真実を知ることはないだろう。
投げ込まれた石は、ただ落ちていくだけだ。

「ミハエル」
ヨハンはそう言って、身動きもせずに弟を呼ぶ。すぐさま、青い髪が視界に広がった。
「何?兄貴」
くるりと椅子ごと身体を回転させ、ヨハンはミハエルの身体を膝の上に持ち上げる。ミハエルは嬉しそうに笑って身体を擦り付けた。
「へへー。やっと構ってくれた」
大天使長、最後の日に人を天へ救い上げる大天使の名前と天上の青を持つ弟。
救い主に洗礼を授けた、また救い主の使徒であった名前を持つ自分。
これから行うことに対して、ラグナが示した自分たちの名前は皮肉でもあり啓示でもあった。神は、そしてその御使いは決して慈悲に溢れた存在ではないのだ。契約に背いた人々を容赦なく断罪し、最後の日には世界そのものを滅ぼす。
「どーしたんだよ?」
抱きついたものの、全くヨハンが喋ろうとしないのでミハエルは不満そうに唇を尖らせる。もともと兄は言葉数が少ないほうだが、まるでミハエルに関心が無いような態度を見せるので、額をつき合わせて視線を合わせた。ミハエルとネーナのものとは違う、浅黒い肌に黒い髪。
「兄貴ってば、ぼーっとしてるとちゅーすんぞ」
そう言いながら睨みつけても、ヨハンは身動きしない。不満ではあるが、自分からキスをしたことが無いのでどうしたらいいか分からず、ミハエルもヨハンを見上げるように睨んだまま身動きを止めた。
「……」
唇をキスの形に尖らせたまま、自分を見上げている弟の姿をこれ以上無い至近距離で観察していたヨハンは、全ての思考を小さなため息で追いやって自分からキスをした。
「!!」
驚いたのか、抱えているミハエルの身体がびくりと揺れたが、ヨハンは腕で抱き込んだまま唇を重ねる。
「ん……っ…」
ラグナが示す未来も、今、地球で起きていることも、こうしているとどこか遠い次元のことのように思えた。この熱が、触れ合っている感覚が、全てだと思えた。

それが全てではいられないことは、最初からわかっていた。







ミハエルはヨハンが行動規範なので、ヨハンに怒られたり呆れられたり嫌われたりするのが何より怖いのです。ちなみにタイトルは「大天使ミカエル」の名前の訳。