magic lantern

6年越しのクリスマス

クリスマス、朝。夜明けを照らした銀色の光が二人の巫女と王を昇らせて姿を消してしばらく、空は冬らしく澄んで晴れ渡った。バディや残された生徒会のメンバーに囲まれている九龍と皆守、阿門たちを遠目に見ながら龍麻は一つ、伸びをする。ようやく、終わったのだ。
「お疲れ様、龍麻。これで全て終わったな」
「ああ。この制服も今日で終わりだ、ったくこの歳で学ランなんて……ん?」
固く閉ざされているはずの天香學園の正門から、人影が近づいてくる。龍麻はその姿を認めるとすぐに如月へと視線を移した。
「翡翠。何であんな大所帯になってるんだ。どこまでバラした」
「バラした、とは失礼だな龍麻。僕としては君の意を汲んで、君の仲間を彼らに示そうとしただけだ。こうなることは予測できていたけどね」
予測できたと言いながら、如月は龍麻にやってくる仲間たちの詳細を告げはしなかった。消息不明だと思われていた間に仲間たちがどれほど龍麻を案じていたのか如月にはよく分かっていたから、心配料としてささやかな意趣返しのつもりで仲間たちに声をかけた。ちょっとしたサプライズも兼ねている。
「久しぶりだね、龍麻。まさか君が瑞麗さんとバッティングしているとは思わなかった」
意図的に1人分の名前を抜いた壬生はそう言って微かに笑った。壬生の隣にはこの街で占い師として名高い劉がいる。
「まあな。弦月を呼んだのはお前だろ?忙しいんじゃないのか?」
「君と会えるのだから、都合ぐらいつけるさ。それに僕が会いに行くというのに、この街にいる劉くんが君に会えないという法は無いからね」
「アニキ、久しぶりやなぁ!なんや、学ラン着とると昔みたいや」
劉の言葉に頷きながら、龍麻は瑞麗の姿を探した。おそらく、劉に残された唯一の肉親である瑞麗は穏やかな笑みを浮かべて頷くだけでこちらにはやって来ようとしない。
「……この制服も今日限りだ、やっと脱げる。この年齢で学ランはきつかったぞ、いろいろ。翡翠は翡翠でおかしな格好してるし」
「よう先生、なかなか似合ってるぞその格好」
おかしなとは失礼な、という如月の当然の反論は黙殺されて、村雨はついこの間逢ったような顔で片手を挙げてみせる。実質、龍麻はこの仲間たちに会ったのは1年ぶりだ。
「村雨、暇人のお前はともかくどうやって御門たちを連れてきたんだ。どう見てもこの中で一番忙しいのは御門だろう」
龍麻の言葉に御門の傍に控えていた芙蓉が会釈をする。長い髪がさらさらと揺れた。
「お久しゅうございます、龍麻様。清明様は殊の外お会いになるのを楽しみにされていらっしゃいました」
「今日の予定ならば式に任せてきましたよ。私の式を見破れる者などそうはいませんからね」
「相変わらずだな、お前ら。そうだ、皇神にいるマリィはどうしてんだ、元気か?」
「ええ。確か今年大学受験だったと思いますよ、成績も中々で交友関係も良いものだと聞きました」
本当は2つ下になるマリィだが、実験の悪影響で遅れていた成長に合わせて学校に通わせたので、天香の生徒たちと同じ歳という扱いになっている。マリィは美里家にいるが母校の皇神にいることもあって御門も多少ならば様子を把握していた。最も、御門が様子を把握しているのはそれを龍麻が望むだろうから、という理由だけだが。
「そっか、良かった。……なんかおかしな気配がすンな、何隠してる?御門」
気にかけていた妹のような存在の少女が元気でいると知らされて安堵したのもつかの間、龍麻は何か違和感を覚えて眉を潜めた。明らかに、術の気配がする。目の前にいるのは符術士と稀代の陰陽師、それに式神なのだから気配がしてもおかしくはないが、何かを封じ込めているような、隠しているような気配だった。
「おや、もうバレてしまいましたか。さすがですね龍麻さん。村雨、あれを」
「へいへい。先生にクリスマスプレゼントだぜ、ほらよ」
村雨は言いながら隣にある空間に向かって手を伸ばした。近くまで来て見守っていた天香の生徒たちが注視している最中、今まで誰もいなかったはずの場所に突然、人間が現れる。縄のようなものでぐるぐると縛られていたが、姿を現してすぐに縄は自然に切られて解けた。何が起きたのか、ぽかんと呆気に取られている生徒たちを尻目に縛られていた男は勢い良く村雨たちに吼える。赤茶けた髪を揺らして、明るい茶の目でギッと睨みつけた。不本意ながら縛られた縄はすぐさま気剄で切っている。
「お前らッ!俺はキョンシーでもゾンビでもねーぞッ!大体、もっとまともな…うぉあ!」
「京一!!」
半年程逢えなかった、唯一無二の相棒を目の前にした龍麻は何も考えられずに自らの気持ちに従って思い切り京一を抱きしめた。
「破ッ!」
ぎゅっと龍麻が両腕を回して抱きついた直後、掛け声と共に龍麻は遥か後方に吹っ飛ばされる。もちろん、京一の発剄によるものだ。背中に紫紺の太刀袋を背負ったまま、今度はぎりっと半年振りに逢う相棒を睨む。
「人前でンなことするなって何遍言ったら分かんだ、この馬鹿!」
怒りで毛を逆立てる猫の仔よろしく、ぎゃんぎゃんと声を荒げた京一を龍麻は信じられないものでも見るような目で見ていた。
「ひーちゃんが…」
「軽々と吹っ飛ばされた…」
一方、天香の生徒たちも別の意味で信じられないものを見た、と顔を突き合わせては大人びた転校生が尻餅をついている姿に目を移す。遺跡の知識では九龍に遠く及ばない龍麻だが、その強さや不可思議な能力は九龍と共に遺跡に潜ったバディたちなら誰もが知っていた。体格差があって腕力の差が歴然というのならばともかく、龍麻に向かって怒鳴り散らした男は体格差などなく、龍麻同様に鍛えられた身体をしていたが格別に太いわけでもない。
「京一、お前、どこにいたんだ、どうやって帰って来られたんだ?」
モロッコのフェズではぐれてから、半年。龍麻は呆然と尻餅をついたまま、半年経っても変わらない相棒の笑顔に釘付けになる。
「あの後か?お前とはぐれちまってよ、エジプトに行ったらしいってのは分かったんだが、気付いたらドバイにいたんだよなー」
「……ドバイ?」
ドバイはアラブの都市のはずだがどうやって日本に、と龍麻が尋ねる前に村雨が近づいてきた。ゆっくりと立ち上がりながら村雨の話を聞く。
「御門の仕事が終わって暇してたオレとたまたま会ってな、そっから先はオレが面倒見てやったんだよ。な、京一?さんざイイ思いしたよな、お前」
「イイ思い?」
ゆらり、と立ち上がった龍麻の氣が少しずつ変化していったが、村雨にからかわれたと怒る京一は気づくのが少し遅れた。
「てめェだって同じだろうがよッ!俺ばっか肉体労働させやがって。……って、ひーちゃん?」
「肉体労働…村雨…お前…何があったか逐一言ってみろ…」
天香の生徒たちは初めて見た龍麻の様子に思わず固まり、白岐は龍麻の背後に金色の龍を見出した。
「わ、何こんなとこでキレてんだひーちゃん、落ち着け、ここはもう普通のガッコだろうがよ!」
龍麻の様子に気づいた京一は慌てて龍麻に近寄り、片手を龍麻の背に回す。
「!!」
「ほら、落ち着けって」
ぽんぽん、と背を叩いて宥めた京一に龍麻は深く息を吐いて怒気を収めたが、当の京一は龍麻の頭越しに唖然としている生徒たちの姿が見えて首を傾げた。幾人かの生徒は目が点になったような状態で立ち尽くしている。京一が知る術は無かったのだが、生徒会の人間だけが京一の言葉に反応していた。
「ん?どーしたお前ら、揃いも揃って間抜けな面して」
「あんた、『ここはもう普通の学校』ってどういう意味だ?」
間抜け、と言われたことに腹を立てる余裕も無く皆守がそう尋ねる。天香が普通の学校ではないことを、この場にいる阿門の次ぐらいには知っているつもりだったが、突然現れた大人は事も無げにそう言ってのけた。
「へ?ここにゃおかしな陰気も何もねェじゃねーか。ひーちゃんがいたってことは、何かあったんだろ、このガッコ。で、もうそれは綺麗さっぱり無くなった。だからひーちゃんはここを出てく。そういうことだろ?」
皆守に尋ねられた京一は、何でそんなことも分からないのかとでも言いたげに、こちらも不思議そうな顔で尋ね返した。阿門が苦々しげに口を挟む。
「……何故そう言い切れる」
「普通のガッコにひーちゃんが3ヶ月も潜り込んだりしねえよ、何つうか、巻き込まれやすいんだよな、こいつは。おかしなことにばっか巻き込まれるタチみてぇでな。おかげで退屈しねえけどよ。って何やってんだ、おいこら、バカひー!」
落ち着かせようとしていた龍麻が落ち着いたどころか不埒な真似に及び始めたので、京一はすぐさま話を切って間合いを取り、龍麻と対峙する。背負っている紫紺の太刀袋に手をかけて睨みつけた。
「あんまやってると阿修羅抜くぞテメー」
「そうこないとな」
修行中からそうだったように、話し合いや譲り合いでの解決を求めない2人は互いに構える。龍麻が楽しそうに舌でぺろりと唇を舐めた。天香にいた3ヶ月、龍麻は本気で戦っていなかった。本気で戦えば、遺跡そのものが危険だ。
「……あの2人が戦ったら、本人たちはじゃれあいのつもりでもこの學園は無傷じゃ済まないな」
「上手く技を相殺出来れば建物ぐらいは無傷かもしれねェが、何せあの2人は互いにだけは加減しねえから、どっか吹っ飛ぶだろ」
「まあそうですね、どこか吹き飛ぶぐらいで済めば御の字じゃないですか」
「!!」
學園が無傷では済まない、どこかが吹き飛ぶと言われて顔色を変えた阿門に目を留めて、御門はつかつかと歩み寄る。生徒会の役員が警戒するように近づいたが御門は意に介さない。京一と龍麻は互いに構えたまま、お互いの間合いを計りあっていた。
「君が責任者のようですね。安心なさい。私が居合わせながら、龍麻さんに不名誉なことはさせません。芙蓉」
「はっ……御意にございます」
「何、を…」
いかにも秘書、と言わんばかりのスーツ姿だった芙蓉が突然姿を消し、驚いた阿門はさらに大声を聞いて京一と龍麻のいる場所へ目をやった。京一と龍麻の周りにぐるりと球体が出現し、二人の周りだけが持ち上がっていく。
「うお!?何だコレ!?」
「御門、小1時間で戻してくれ、頼むな」
驚いている京一をよそに芙蓉の気配を察した龍麻はそう言い置いて、構え直した。京一も深く考えるのを止めて剣を構える。
「分かりましたよ、お好きにどうぞ」
御門がお好きに、と言い出す前から上空では激しい力のぶつかり合い技の応酬がなされていた。音だけが天香の生徒には聞こえていて、氣を察することの出来る仲間たちは一様に肩をすくめる。何より龍麻が楽しそうにしているのがよく分かったからだ。人前でベタつかれるのが嫌いな京一は半分ぐらい本気で怒っている。
「ま、先生もこれで落ち着くだろ。京一に半年ぐれぇ会ってなかったってのもあるし、何より暴れたりねーんだろうよ。先生の相手をまともに出来るヤツなんざ、そうはいねえからな」
「あんたら…一体、何なんだ」
単に龍麻の友人だと思って見ていれば、不可思議すぎることばかりが起きて皆守が問い返す。
「僕たちかい?龍麻の仲間、だよ。6年前に緋勇龍麻という黄龍の宿星に導かれ、生死をかけた戦いを生き抜いた仲間だ」
仲間、と今まで黙って成り行きを見守っていた九龍は口にして上空にいる龍麻を見上げた。
「あんたらも分かってるだろうが、先生はどっか人を惹き付けるトコがあってな、オレたち以外にもたくさんのヤツらが先生と一緒に戦うことを選んだ。6年前、オレらは今のあんたらと同じ学生だった」
「ひーちゃんってそんな年上だったんだ、落ち着いてるとは思ったけどさ」
「はは、若く見えてたか?オレらは全員タメでな、今年で25だ」
そういうあんたは25にすら見えない、と九龍や皆守をはじめとして天香の誰もがそう思ったが、さすがに大人相手に言うことではないと誰も指摘しなかった。
「ひーちゃんがずっと会いたがってたアイツって、あの人のことかな、皆守クン」
「……だろうな。逢いたい逢いたいってうるさくて仕方なかったぜ」
上空を仰ぎながら八千穂が尋ねると、皆守は心底面倒臭そうに返す。
「そんなにうるさかったかい、先生は。普段はそれなりに分別もつくし冷静沈着ってのが似合うタイプなんだがな」
村雨がそこで言葉を切って笑うと、如月も同じように笑った。
「確かに。龍麻は京一くんが絡むと、分別だの理性だのそういうのをすぐに捨て去ってしまうから。慣れた光景ではあるけれど、京一くんもよく付き合っているものだと思うよ。もう6年も一緒にいるというのに、飽きずに愛想もつかさずに」
「えーっと、それって……あの人はひーちゃんの恋人ってコト?」