magic lantern

求めた先には

「よォー来てやったぜ、燈治」
「…………」
高校を卒業してから一人暮らしをしている。およそ治安が良いとは言いづらい街の、古いというよりボロいアパートの一階。家賃を考えるとそれしか選択肢が無 かったんだが、そんなことは問題じゃねェ。今までそれで困ったことは一度も無いしな。気温が高くなって窓を開けて寝ていたって、何の被害に遭ったことも無 かった。──今までは。
「おい、オレ様が来てやったっつーのにシカトこいてンじゃねェぞ」
「……なんで来てんだテメェ」
シカトしたくても出来ない近距離にどっかり座り込んどいて言う台詞じゃねェ。
こんな偉そうな喋り方をするヤツを俺は一人しか知らない。鬼丸義王──寇聖高校三年で、どうやらまだ活動しているらしい鬼印盗賊団の頭目。本人言うところの、御頭。
去年の秋からの出来事で縁あって知り合う羽目になり、敵対していたはずなのに気づいたら一緒に戦うことにまでなって、あの事件は終わった今でも何くれと俺 の前に姿を現す。別に嫌なわけでもないし、たまにムカつく物言いをする以外は実害の無いヤツなので(なにせ俺はコイツの好きなお宝とやらを持ってるわけ じゃない)それなりに付き合ったりもして。
だからと言って、一応玄関の鍵をかけて寝たはずなのに起きたら窓が全開で、寝てた俺の腹に座り込んでる、ってのはどう考えてもおかしいだろ。
どうやって入ったというのは分かりきってるから(カーテンがはたはたしている)理由を尋ねただけなのに、義王はすっと眉間に皺を寄せていかにも怒っていると言いたげに俺を睨みつける。朝っぱらからテンションの高い野郎だな……。
「携帯貸せ」
「…は?あ、テメ、義王ッ」
枕元に置いていた携帯を勝手に奪って開き、何やら操作した義王は飽きたのかぽんと畳み直して投げて寄越す。一体なんなんだ。気が済んだのか、さっきよりも 機嫌の良さそうな顔でずいと近づいてくる。距離を取ろうにも腹の辺りに座られてるし、後ろは枕に挟まって壁だしで距離が取れねェ。なんつー状況だコレ。
「今日が何日か忘れたのかよ、バーカ」
「……何日、って…あ」
さっき戻されて手の中にあった携帯は5/13と示している。俺の誕生日だ。……ん?
「オレ様が一番乗りみてェだな。ま、当然だけどよ」
一番乗り。
携帯の何を見てたって、ひょっとしてバースデーメールみたいなのを探してたのか?0時ぴったり、なんて可愛い真似をする知り合いはいない…と思う。ほとんど男ばっかだしな。で、その男の一人が目の前でヤンキー座りしてニヤニヤしてるわけだ。
「あー……」
年が明けていつだったか、千馗が言ってたことを思い出した。くだらねェことで俺と義王が喧嘩してたのを見てた千馗は(千馗は仲裁をしないで見てるだけだ、いつも)その後になって言い出したのだ。
『義王もあれで可愛いトコあるヤツなんだけどなァ』
マジでか、というよりそれはお前限定だろうと返した俺だったが、意外中の意外、千馗限定じゃないらしい。
「ンだよ、呆けたツラしやがって」
「いや、お前がこういうことすると思わなかったんでびっくりしたっつーか、それが思いのほか悪くないっつーか」
そう、悪くない。
義王はお宝とそれを奪うこと、あとは精々千馗ぐらいにしか強い興味を持たない。自分から行動を移すのもそこら辺だけだと思ってた。だから、義王の狙いが何 にしろ、俺の誕生日を知ってて(教えたことは無いので御霧か千馗が教えたんだろう)わざわざ一番最初に祝おうとやってきた、ってのは妙に嬉しい。
「悪くないたァ、ふざけた言い様だなテメェ」
「そうか?嬉しいモンだなと俺は思ってんだけどよ」
今度は義王がそれこそ呆けた顔をしている。嬉しいか嬉しくないか、って言ったら嬉しい部類なのでそう答えただけだったんだが。
「かーッ、テメェ、ほんっとシャベェ野郎だなァ、オイ」
「……つうかいい加減退けよ、何なんだよこの状況はよ」
いまさら追い出すつもりもないし、話すにしてもこの体勢は無いだろ。窓から見えたらどんだけ誤解される体勢だと思ってやがる。俺は上半身を少し起こして枕 と壁に頭がもたれかかってるだけ、義王は俺の腹に腰降ろして拗ねてんだか怒ってんだか判別の付かない顔してる。朝っぱらからこんな状況ってどんな誕生日な んだ。
「嫌だね」
「はァ!?…ッ!」
不名誉な誤解を避けるのはお互いにとって一番だろうに、何故か義王はそれを一言で切り捨ててTシャツの襟元をぐいと掴んで自分に引き寄せようとする。あまりに急で(こんなことすると思ってなくて反応が遅れて)何も出来ないでいたら、なんか、顔が近ェ……
「ん…ん、んッ……んぅ…」
すげーことが起きると、人間ってのは固まるしかないらしい。
俺の口を塞いでるのが何で、つうか口の中に入ってるのが何で、って分かりきってるのに身体が動かねェ。動かねェどころか、なんか、力が抜ける感じがしてヤ バい。考えたくないことが起きてるとしか思えない。息が苦しくて、頭がぼうっとして、何でこんなことしてんだコイツって思うのに、突き飛ばすことも殴るこ とも出来ない。
「……ヘッ、感じたかよ?朝っぱらからエロい顔しやがってよォ」
「──ッ!!」
ようやく自由になった口を慌てて片手で拭う。なんだ、これ。なんなんだよ。
身体の力が上手く入らない、理由は分かってても考えたくない、何よりもう片方の手がまるで縋るみたいに義王の袖を掴んでるなんて、見たくない。どうしてい いか分からなくなってぎゅっと目をつぶると、また義王に引き寄せられた。今度は背に腕が回っている、ようだ。今何時とかよく分からねーけど誰も見てません ように、マジで。
そんなこと考えるぐらいなら突き飛ばして蹴り倒して殴ればいいのに、身体が上手く動かない。力も入らないけど、何でかコイツを引き剥がせない。
「くだらねェな」
……そりゃこっちの台詞だ、と言いたかったのにどこか義王の声が弱々しくて笑い飛ばすことも言い返すことも出来なかった。ホント、何なんだか。調子狂っちまう。
「たかだか、一年だ。大した差じゃねェ。そうだろ、オイ」
「……ま、そうだろうな」
まだ義王の袖を掴んでいた手を動かして、ぽんぽんと背を叩く。こういうトコを千馗は可愛い、と言ったのかもしれないとようやく思い当たった。
いつも偉そうで自信家で自分が負けることなんて微塵も考えてなくて、自分に望んで得られないものはないと思っているような男なのに。
「オレ様がどうやったって越えられねェってのに、生意気にも増えやがって」
今日19になった俺とまだ17の義王じゃ、実質2歳の差があることになる。それがどうにも気に食わないらしい。……その気持ちは分からなくも、ない。
「あのな」
「……あンだよ」
「俺はお前のこと年下だとかガキだとか、そんな風に思ったことは一度も無ェよ。お前自身が言ったじゃねえか、一歳なんて大した差じゃねェって」
年下だと富樫に知らされても普通に驚いたぐらいだ、どう考えたって年下なんかにゃ見えない。長秀みてェな可愛げがあるわけでもないしな。
「アイツと同じこと言うんだなテメェも」
「千馗か?そりゃそうだろ、実際そうなんだからよ」
「違ェ、御霧だ」
「へ?……あ、そっか。あいつは俺らとタメだったな」
義王の世話役とすら言っていいほど、コイツに何くれと世話を焼いて盗賊団の参謀をしていた鹿島は、よく考えなくても俺らとタメだからコイツよりは一個上っ てことになる。腐れ縁だの長い間面倒見てるだのって鹿島が言ってたとこからして、付き合いは相当に長いらしい。俺と長秀みてェにガキの頃からなのかもしれ ねえ。
「オレが頭張ってたのはオレがアイツより強いからだ。強さには年なんざ関係ねェ。けどよ、テメェは違うだろ」
「──義王、同じことを千馗にも聞いてみたか?」
ふる、と義王の頭が揺れたのが分かった。義王はなんていうか千馗に懐いてるようなトコがあったから、こういうことは聞けなかったのかもしれない。
「アイツも似たようなこと言うだろうけどな、強かろうと弱かろうと関係ねーんだよ。ダチってのは、そういうもんだろ?年も、強さも、何も関係無ェ」
「ダチ、かよ」
「なんだ嫌なのか?少なくとも、俺も千馗もそう思って……ッ、痛ェよ、馬鹿」
少し低めの声が聞こえたと思ったら、背に回されている腕に力がこもってぎゅうぎゅうに締められる。俺よりタッパは無いが悔しいことに力があるので、マジで苦しいというか痛い。折れる。
「足りねンだ」
「義王?」
さっきから人の身体を好き勝手引き寄せたり締め上げたりしてる義王だが、今度は引き剥がされて額を合わされた。つうか、なんでこいつ泣きそうになってん だ?俺の誕生日を一番に祝いたくて(の割りに祝う言葉なんてそういえば言われてねー)俺の部屋に朝一で上がりこんだ癖に年の差が広がってムカつくって凹ん でて、んで、次はなんだよ。
「テメェはダチじゃねェ、そんなんじゃ、足りねェんだよ」
泣く一歩手前みたいな義王の顔はうっすら赤い。それが移ったみたいに、俺まで何だか熱くなってきた。なんつーこと言いやがる。
義王に見つからない言葉は、俺にだって分からない。ダチなんかじゃ足りないって言い募るコイツを馬鹿言うな、って笑い飛ばすことなんか俺には出来なかった。

どうすればいいのか分からないまま、義王の熱が伝染するみたいに顔だけじゃなく身体まで熱くなって力がまた抜けていくのを感じていた。





オチ…オチはどこ…(WEBドラマの御霧並に地べた這いずり回って探索中)。
実はもうちょっとで義王が告りそうになって「いやそれ義王チガウ」と思って慌てて修正しました。しかも微妙に義王受っぽく見えるとか気のせいですよ。これ、義壇ですよ!!!!(必死)
義王と壇は喧嘩したら五分五分だと思ってます。WEBラジオでもそうだったし。七代は無双なんで誰も勝てません。……ある意味、零と白は勝てる。