magic lantern

514回の夜を越えて

起きて一番にしたことは、テレビをつけて日付を確認することだった。5/13。携帯のカレンダーもそう示している。外だって寒くない。そう、クリスマスじゃない。
「……なんでウマイ棒?」
窓の外にひっかけるように小さな袋が置いてあって、誰かの忘れ物かとも思ったがウマイ棒だけぎっしり十本以上(しかも全部ピザ味だ)袋に詰めておいて人の家の窓枠に忘れるってのは無いだろ。
季節はずれのサンタクロース、まあ今日は誕生日だしこんなラッキーもあっていいもんかもな、と適当に流して家を出ようとしたら。
「つうかなんで焼きそばパンオンリー?」
今度は焼きそばパンだ。白い店名も何も無い袋に、どこかの店の焼きそばパン(手作りとかじゃなくて心底ほっとした)がみっちり入っている。
「……なーんかひっかかるような…」
焼きそばパンをよく食ってたヤツがいたはずなんだが、そんな高校生男子は日本中にいる。新宿中探しても、数え切れないぐらいいるだろう。学校の頃のことだろう、とこれも適当に流して昼飯にしようかと焼きそばパンを持って家を出た。

 

朝ウマイ棒と焼きそばパンが置いてあった家に、今度は明かりがついている。いよいよ侵入者かよ。というか、なんかもう犯人が分かった気がするぜ……。
こんなボロアパートの部屋を漁る馬鹿はいないはずだが、人の留守中に上がりこんでサプライズ決め込む馬鹿ならいくらか覚えがあるんだよ!
鍵が掛かっていないと確信して勢い良くドアを開けた……はずが鍵が掛かっている。勢い余って思わずドアに頭をぶつけてしまった。ドちくしょう。
「……アホかッ」
家主締め出す侵入者がどこにいるッ!
部屋の中から爆笑が聞こえるのが腹立たしい。さっさと鍵を開けて、靴を脱ぐのももどかしく部屋に向かって怒鳴った。
「てめェ千馗!笑ってねェでいるなら開けろッ」
「あははは……いやー、だってお前がドアにガン!ってなってるの想像したら面白くて…ははははは」
想像通り、俺の部屋に主同然で座り込んでいるのは千馗だった。何かしていたのか、右手のグローブを取っている。
「……これもひょっとしてお前か?」
ウマイ棒の袋と焼きそばパンの袋(食べ切れなかったので持って帰ってきた)を見せると、千馗はおお!と何故か声を上げて驚いた。お前の仕業じゃないのかよ。
「おれっつーか、こっちが白でこっちが零な。今日がお前の誕生日だからお祝いしに行くって言ったら何か二人でいろいろ考えてたんだよねー。こうなりましたか」
「自分の好物をくれたってとこか」
ようやく思い出した俺に千馗は嬉しそうに頷いて、子どもの成長を喜ぶ親みてーな顔でにこにこしている。
「零は焼きそばパンの買占めでもしたのかな…美味しかっただろ?アイツ、気に入りの店があるんだ」
「まァな。昼飯に食わせてもらった。美味かったって伝えて……って、アイツら連れてきてねーのか?」
いつも千馗の傍を離れたがらないはずの二人がいないことを不思議に思って辺りを見回すが、この狭い部屋に二人も(しかも一人はタッパのある男だ)隠れられるスペースは無い。
「当たり前だろ。お前を独占しに来たのに、おれがアイツら連れてきてどーすんのよ?」
「……お、おう…」
どことなく部屋の空気が気恥ずかしい感じになって、俺はこうなるといつだって千馗を真正面から見られなくなってしまう。ちら、と視線を落とした俺に苦笑する千馗の声がして、立ち上がる音が続いた。
「燈治二十歳記念ってことでー……ほーれ飲むぞー」
テーブルに音を立てて置かれたのはビールやら酎ハイやらの缶と、千馗が作ったらしいおつまみの入った皿。
「おれはケーキが肴でも飲めるけど、まずはオーソドックスなのからいこうぜ」
「……ん?」
「ん?」
千馗は慣れた仕草で缶ビールを二つ開け、一つを俺に寄越した。
「お前、いつから飲んでんだよ?卒業してからか?」
よく見れば、千馗はいかにも飲み慣れている。おつまみもよく見るようなものじゃないし、おまけにケーキが肴でも飲めるって試したことがあるのかそれが好きなのかのどっちかだ。
「とりあえず乾杯しよっか。二十歳の誕生日おめでとう、燈治」
「おー……」
軽く缶をぶつけて乾杯する。酒も煙草もやろうと思わなかったから、文字通り初めてのことだ。缶ビールは少し苦いような気もするが、炭酸が強いのは嫌いじゃないしコレが酒だといわれても変な味は特にしない。
「でさ、実はおれももう二十歳なんだよねー」
「……はァ!?」
唐突な千馗のカミングアウトにもうちょっとで俺は口にしていたビールを吹くところだった。もう二十歳、ってコイツの誕生日は八月のはずだ。八月じゃないのか?
嘘つかれてたのか、と思ったら去年の千馗の誕生日のことが急に白けたものに思えてきて、俺は黙って缶を置いた。鴉之杜に来る前に誕生日過ぎたって言われたから、去年は初めてコイツを祝ってやれると思ってみんな一生懸命になっていて、俺もそうで──。
「あ、ごめん、誕生日は八月一日であってる、年が違うんだよ」
「……年?」
ごめんな、と千馗はもう一度言って自分も缶を置き、俯いた俺の頭をゆっくりと撫でた。こんな風にされることに嫌悪も不快も無くなったのは、ずいぶん前からのことだ。今ではすごく落ち着く。少しだけ自分から擦り寄ると、もう一度千馗は本当にごめんね、と言った。
「特課がどんな書類を学校に出したか知らなくてさ、確認する間もなく花札の事件が起きちゃって…終わったら今度言う機会がなかなか見当たらなくて、ずるずる黙ったままで来ちゃったんだよ。言ったのはお前が初めて」
「一個上、なのか」
俺が初めてだと言われたら嬉しくなって、顔を上げて千馗と目線を合わせる。俺も大概ゲンキンな野郎だな、ちくしょう。他の誰も──白と零は知ってるかもしれないがあいつらはそういうことを気にする次元にいる存在ではないから──知らないことを、千馗が俺だけに教えてくれたのが嬉しい。
「うん。おれさ、鴉之杜に入る前っていうか封札師になる前に留学してて」
「留学?ああ、それで一年ズレたのか」
「そーゆーこと。一年イギリスにいて、戻ってきて下の学年に編入し直すはずが富士の樹海に呼び出されて封札師で鴉之杜、ってワケ。だから本当言うと一個上になる」
「全然年上っぽくねェのな、お前」
学校で一個上ってのはけっこうデカイ年齢差だ。社会に出ちまえばそんなの大したことないって分かるけど。俺がそう茶化すと千馗はだろ?とどこか嬉しそうに笑った。
「イギリスに留学してたって言っても、教科書は違うしいろんなことが違いすぎたし、イギリスに行く前は鴉之杜にいたみてェに楽しかった高校生活、ってわけじゃなかったし」
「……武藤も、似たようなこと言ってたな」
目の前にある千馗の顔に手を伸ばす。千馗の目は秘法眼という、俺とは違う眼だ。俺たちの見えないものを見てしまう、眼。俺が手を伸ばすと千馗は笑ったまままぶたを閉じる。ゆっくりと、まぶたの上から眼を撫でた。こうしていると同じように思えるのに。
「分かりやすいイジメに遭ったことは無いし、酷いこと言われたこともあんま無いよ、だからいっちーのほうが大変だったと思う。でも…自分は違うものが見えてるって思ったら、まるで自分が普通の人間じゃないみたいでさ。同じ学校にいても同じ教室にいても、普通にテレビの話とかしてても、おれはすごい遠い距離がある気がしてた」
「そんなことない、って簡単に言っちゃいけねーんだろうけどよ。でも……俺はお前の傍にいたい。いるつもりだった、ずっと」
自分の拳を預けると決めてから、俺はいつだって千馗の傍に在りたくて悩んだり足掻いたりしていたんだと思う。俺には見えない世界で戦わざるを得ないこいつの、わずかでもいいから助けになりたくて。
一人になんてしたくなくて。
「うん。おれが勝手に距離取ってた部分もあるかもしんない。今はそんな風に思わないっていうか、お前らに会ってそんな風になんて思えなくなった。けど、地元にいた頃はけっこう苦しかったりして、誰も知らない、見たことのない世界に出たくて留学したんだ」
視界の端で缶ビールが汗をかいている。でも、そんなのより俺は千馗がまだ閉じたままのまぶたにそっと唇をつけた。俺たちの見えないものを見て、たくさん傷ついてきただろうコレに触れたかった。
「そこで逢った人に、これは《力》なんだって教えてもらったんだよ」
千馗は俺の唇を避けることもなく、俺の頭に手を伸ばして髪を梳いている。千馗が止めないのをいいことに両目にそれぞれ唇をつけて、額にも、鼻の頭にも同じことをした。
「これはいつか大切なものを護る《力》になるって。悪いものじゃないって。この眼を誇って、いつか護りたいものが見つかったときに護りきれるようになれって」
「……イイ奴だな」
「うん。恩人って言っていいと思う。だから花札の事件が始まっても迷ったり怖気づいたりしなくて済んだ。おれはただ、おれの手が届く範囲、おれが護りたいものを全部護るって決めてたから」
「規模がデケェんだよ」
花札を全部集めるのが役目だったはずなのに、気がつけばそれはこの国の存亡に関わっていて。ほとんどの人は知らないまま、千馗はこの国を救った形になる。
「ホントにな。実を言うと国がどうこうとか言われてもピンと来ないし、人間がどうこうって言われても知らねーって感じなんだけどよ」
「お前らしい」
万黎とかいった男は人間ではなく人間を超越した存在へどうこう、と言っていたが(なにせ一年半も昔だ、細かいことは忘れた)千馗はその全てを一笑に付した。ずっと傍で戦っていたから、その全てを覚えている。
「……燈治」
「ンだよ」
いつになく詰まった距離を元に戻すのが何だか惜しくてそのままにしていたら、千馗はん、と唇を突き出してみせた。………。
「こっちにはしてくんねーの?」
「なッ……」
かぁ、と全身が熱くなったのが分かる。慌てて逃げようとしてもいつの間にかがっちり腰と首を掴まれてて逆に引き寄せられる始末だ。毎度思うけど、マジこいつには勝てねェ。
「じゃあおれが勝手にしちゃうからいいやー」
軽いノリで千馗がそう言うのと、唇が塞がれるのはほとんど同時だった。
「…ッ、ん、ん……ぅ、かず、き…」
止めろと言ったはずなのに名前を呼ぶだけに終わって、口の中から背を貫くような痺れが全身へ回って震えさえ起きて。
「んッ、ぁ、…千馗……ッ…」
くらくらする。別にディープキスをしたのは初めてじゃない、でもいつだってこうされると俺はもう本当に駄目で、こいつの名前しか言えなくなってこいつのことしか考えられなくなる。
「……は、ぁ…っ……」
ようやく解放された身体を、そのまま千馗に預けた。力が抜けて、でも身体中が熱くて、いろんなとこが痺れて震えて、もうどうしようもない。
「ケーキ食べるの明日になるけど、いいよな?」
もうどうしようもなくて、千馗の言う意味はいやってほど分かったけど、そのまま頷く。酒も煙草も大したもんじゃない、コイツに比べたら。俺はあの時からずっとコイツにだけ狂わされてるんだ。
……ずっと。これからも。


オチが…オチが…(WEBドラマの巴並に以下略)。
主壇はもう出来ちゃってるバージョンで。こういう主壇はいかがでしょうかっつーか主壇ってもしかしなくてもドマイナーですよね知ってる…。
このネタ(二十歳のお祝いで「実はおれとっくに二十歳なんだよね☆」)が書きたくて一個上設定、ってわけでもないんですがとりあえず七代は一個上です。
ちなみに七代の恩人は九龍と皆守です。遺跡から持ち出した秘宝の謎が解けなくてあれこれ弄ってたら秘法眼の七代にさっくり解かれてしまったので、ある意味こっちも恩人でした。
九龍経由で黄龍と剣士とも知り合いになったりならなかったり(新年明けてから)しています。
主壇の七代は(主義でもそうですが)白と零が家族、燈治(主義なら義王)が恋人です。義壇の場合は主零だと思います☆(どの道ホモなのかよ)