magic lantern

first phase-3

ロックオンが初めて召喚を行ってから、二週間が過ぎた。明日、満月を迎える。地下にある研究所暮らしでは月を眺めるのもモニタ越しだが、わざわざ真円に近づいていく姿を見なくてもロックオンには次第に月が満ちていくことが実感として分かっていた。
不思議な感覚で、召喚の翌日から行われている戦闘訓練や召喚訓練の際に感じる負担が少なくなっているし、同じスペルの魔法をかけても威力が違う。日々の推移はさほどのものではないが、召喚した翌日と今を比べれば違いがあることは明らかだった。召喚したときに感じる悪魔の魔力が高まっていることも感じられ、同じことが外で闊歩している悪魔たちにも起きているのだろうと推測出来た。
悪魔は月の魔力や引力の影響を精神面で受ける。もともとがアストラル体、つまり精神体なので精神面の影響は悪魔の行動規範にまで及び、満月に近づけば精神的に高ぶって好戦的になるし新月に近づけばやや落ち着いてくる。ロックオンたち、契約者と召喚している悪魔はひどく好戦的になって契約者の意に反したり落ち着いている状態だから戦闘を拒んだりということはしない。悪魔の常として月の影響を受けるが、それよりも精神が同期する契約者の影響を受けるので契約者の意に反する行為は取れないのだ。
「あれ、ロックオン。どうしたんですか」
ヴェーダのモニタではなく、住居スペースにいくつも設置されている外部モニタの前で外の情景を映していたロックオンに、背後から声が掛けられる。声で判断がつくほどには研究所に慣れてきたロックオンは振り向かずに片手を上げてみせた。
「アレルヤか。お前こそどうしたよ」
「散歩かな。……これ、外の景色ですよね」
アレルヤはそう言いながらロックオンに近寄り、ソファの空いたスペースに腰を下ろす。
「ああ。こんな閉鎖空間にいたことが無いんでな、外を見ると落ち着くのさ」
研究所はシブヤのターミナルビル地下にある。ターミナルビルの地上部分は廃墟だが、難民や移民のシェルターとして機能していた。首都移転前までは主要ターミナルの一つだったので、ビルの造りはとても頑丈で入り組んだ造りは隠れ住むのに最適だった。屋上から以前は街を映し出していたカメラ映像をリモートで調節し、研究所が外部モニタリング用として利用している。監視用のカメラは無数に設置されているが、監視用ではなく、外の景色を単に見るためのものだ。
研究所から一歩も出たことのないアレルヤにとっては、まるで絵本で見るような景色で二週間後にあの場所へ出て行けと言われても実感が少しも伴わない。
「外、ってどんなとこですか。刹那も時々ロックオンみたいに外の映像を見てたけど、そんなにいいところなんですか?」
初対面の時、憂鬱そのものの表情でロックオンを戸惑わせたアレルヤは、不思議そうに尋ねて首を傾げる。ロックオンは外の景色を映すモニタとアレルヤの横顔を交互に見て、ゆるく首を振った。
「いや。決して、いいところなんかじゃない。安全で、暮らしやすい場所をいいところって言うんなら、この研究所はすごくいいところ、なんだと思うぜ」
「じゃあ、どうして?二人とも似た表情で外を見てますよ、何だろう、外に戻りたい、みたいな?」
研究所で生まれ育ったアレルヤには、何かを懐かしんだり過去に戻りたいと願ったりしたことは無い。ただ、エンジニアのイアンや度々訪れる情報屋のスメラギが、昔を懐かしむ表情を見せることがあって、その表情に外の様子を眺める二人の横顔は少しだけ似ていた。
「戻る、か……。そうだな、俺の居場所はあそこだ。刹那も多分そうなんだろう。俺が生きる場所は、あそこにしかないんだ」
生きる場所。
ロックオンの言葉にアレルヤはふっと自嘲気味な笑みを浮かべる。生きる場所、生きる意味、それを自ら選び取ることの出来る人間らしい、人間。アレルヤには選び取るほどの自由など、生まれたときから存在しなかった。ロックオンや刹那と同じ元素で出来ている肉体を持っていても、自分は人間じゃないのだろう、とアレルヤは思う。
「アレルヤ?」
「……眠くないのなら、少しだけ僕の話を聞いてくれませんか」
ロックオンは意味が分からないまま、とりあえず頷いてアレルヤの言葉を待った。ミッションをするよう定められた四人の中にあって、ロックオンと普通にコミュニケートできているのは今のところアレルヤぐらいのものだ。刹那とは必要最低限ギリギリのラインでしかコミュニケーションが成り立たず、ティエリアに至っては必要最小限以下程度にしか成り立っていない。その分、というわけではないだろうがアレルヤとはたくさん話をする機会があった。
「僕は研究所で生まれて、この歳まで研究所を出たことがありません。研究所のメンバーもあまり外に出ませんけど、彼らと僕は違うのだと教えられました。僕は召喚プログラムの適性があっていずれ重要なミッションに参加しなければならないから、それまで何かがあってはいけないのだからと」
「……何か、ねえ。外に出てから何かがあってもいいってのか」
「いいというわけではないでしょうけど、僕に何かがあったとしても研究所は新しい適性者を探し出そうとするでしょうし、ティエリアみたいなプログラム実行用の独立AIをまた作るかもしれません。イオリアやヴェーダが目指すものは安寧ではなくて、プトレマイオスが召喚してしまった悪魔をこの世界から彼らの世界へ戻すこと、旧都心から全ての悪魔を排除すること。そして僕らはその手段にすぎない」
アレルヤの言葉にロックオンは眉根を寄せる。強制的に参加させられたロックオンには当初から示されていたことだが、生まれ育った施設の人間にそう言われたアレルヤのことを思うと、自然と表情は険しくなった。
「研究所がそのつもりで俺らを手段と見做しているとしても、実際に外に出て行動するのは俺らだ、俺らは研究所から伸ばされた手の先についてる人形ってわけじゃない」
「ロックオン……」
夜の景色を映すモニタには、円に近づいている白い月が浮かんでいる。そしてアレルヤが視線をロックオンに移すと、ロックオンの深緑色の目にもうっすらと白い月が反射していた。アレルヤが書物でしか見たことのない、木々の色に似た美しい色。剣呑な光を帯びることもある、深緑の目に浮かんでいる強い意志にアレルヤはどうしていいか分からずに笑みを浮かべた。
「貴方は強い人なんですね」
それとも、人間というのは誰もがこのような強さを持ち合わせているのだろうか。研究所のメンバーたちを思い浮かべてアレルヤは考えを巡らす。イアンやスメラギ、イオリアたちに見て取れる強さと類似の強さをアレルヤはロックオンに見出していた。刹那にも似通ったものがあると思い、そういったものが感じ取れない自分はやはり人ではないのだろうと自嘲する。
「強かないさ。……強かったことなんて、一度も無い。俺はな、アレルヤ」
「はい」
ロックオンはアレルヤがいつ見ても外したことのない黒い皮手袋に包まれた両手に視線を落とした。
「旧都心の移民だって話は前にしたよな。アオヤマって移民の集まるとこに住んでたんだ。家族がいた。両親がいて、妹がいて……でも、十年前に全部失った」
「全部?」
「家族も、家も、近くに住んでいた顔見知りの人たちも、ほとんど失った。アオヤマにはある頃からおかしな病が流行って、特効薬だと言われた薬を飲んだ人の全てが一晩で死んだ」
「たった一晩で?そんな強い副作用のある薬が?でも全ての人って……」
アレルヤの不思議そうな声にロックオンはくっと口の端を上げる。ドラッグなどとは縁の無い暮らしをしてきたのだろう、研究所育ちの人間。食べる物を奪い合ったことも、寝る場所を探して倒れそうになるほど歩き回ったことも、無いに違いない。アレルヤにはアレルヤの苦労があり苦痛があったのだろうが、と配慮出来る程度にはアレルヤのことを好意的に思っていたが、何も知らずにいる人間を前にすると意味の無い苛立ちを覚える。
「特効薬ってのは、嘘だったのさ。王ってお嬢さんが言ってた通称は『フォールダウン』、悪質極まりないドラッグ。バッドトリップだったのか、そもそもまともに機能するモノじゃなかったのか、飲まされて無事だったヤツはいない」
「じゃあ、ロックオンの家族はそのドラッグで…」
「ああ、薬を飲めば元気になる、すぐには無理でもやがて前のように元気な姿を見られるのだと思って起きてみれば、見ることが出来たのは干からびた家族の亡骸だ。病にかからなかった俺だけが、生き残っちまった」
何と言えばいいのか分からない、と正直に顔に出しているアレルヤを見てロックオンは一つため息をつき、首を振った。
「悪質ドラッグの行方を探して、裏稼業って言われるような仕事をしてここまで生き延びた。一月ぐらい前にお嬢さんに声を掛けられるまで、俺はこの研究所の所在も知らなかった。悪魔をどうこうしようってヤツらがいることも、自分にその適性とやらがあることもな。ここに来る前の、俺の名前はニールって言うんだ。ニール=ディランディ」
「待って下さい、そんな大事なこと」
唐突に名前を知らされたアレルヤは慌てて自分の耳を塞ごうとしたが、ロックオンの腕に掴まれる。
「お前さんは悪魔じゃないし、俺なんかよりずっと詳しいんだ、ヘマはしねえだろ」
「気をつけますが、でも、名前を簡単に教えるなと言われませんでしたか?貴方も刹那も」
「気安く教えるなとは言われたな、自己責任だとも。ま、一人ぐらい名前を知っててもらうのも悪くねぇかなって」
ニール=ディランディという存在が、輪郭を失わないように。ロックオンと呼ばれるうちに、家族を奪ったドラッグやドラッグを撒いた誰かに対する怨嗟の念を忘れてしまわないように。ニールが望むたった一つのことは、家族の仇を討つことだけだ。そのほかの全てのことは手段にすぎない。イオリアや研究所が手段の一つとしてアレルヤを扱ったように、ニールにとっては周り全てが手段にすぎなかった。
「……呼んでみても、いいですか?」
困ったような照れたような笑みを浮かべるアレルヤを利用しているのかもしれない、と思いながらロックオンは心内で詫びるに済ませる。神が説く愛のように、全てに等しく優しいものなどこの世界には存在しない。大事なものは一つだけ、十年願い続けた復讐を果たすためなら何と思われようとかまわなかった。
「許可を求めることじゃねえだろ、遠慮深いヤツだな」
「えっと。……ニール」
「ん」
人から名前を呼ばれたのは久しぶりだった。ニール、という名前を音を聞かされたのも。アレルヤの声はどこか優しげで落ち着いていて、若い頃の父の声のようにも思える。
「綺麗な名前ですね。ニール、か…」
アレルヤは嬉しそうに幾度もその名を呟いていた。



二度目の新月の日がやってきた。四人が、研究所を出る日だ。悪魔には昼夜で行動を変えるパターンは無く、種族によって好む時間帯はあるようだったが、押しなべて昼の方がやや少ない。夜のほうが月の魔力をダイレクトに受けられるので活動しやすいのではないか、というのがイアンの推論だった。
「気をつけて下さいね、頑張って」
「……無理、しないで」
クリスティナとフェルトからの言葉に頷いていたロックオンはフェルトから球体の機械を手渡される。
「フェルト?これが独立AI、か?」
「そう。名前はハロ」
フェルトの声に呼応して、球体部分から耳状のものが二枚持ち上がり、ぴこぴこと目の部分のライトが点滅した。
「ハロ!よろしく!よろしく!」
「……ああ。俺はロックオン=ストラトス。よろしくな、ハロ」
「ロックオン!ロックオン!よろしく!よろしく!」
女の子が作っただけあって可愛いな、とロックオンが思わず相好を崩すと、リヒテンダールが珍しそうに近寄ってきた。
「フェルトが作ってたの、完成したんだ、すごいねフェルト。地図も入ってるしデビルアナライズも出来るし月齢も分かるし、おまけに言葉が通じるから操作もいらないってすぐれものですよ、これ」
「へえ。本当にすごいんだな」
この丸い中に何が入っているのかさっぱり分からないロックオンが感心しきった声を上げるとフェルトがおずおずと顔を上げる。
「……あの、ロックオン」
「ん?」
「ハロは頑丈に作ってるけど、壊れたりしないと思うけど、でも、大事にしてあげて」
「了解。ありがとな、フェルト。たくさん頑張ってくれて」
フェルトは少しだけ頬を染めたが、すぐに首を振ってうつむいた。
「ううん。いいの。これくらいしか、役に立てないから……」
「そんなこと言いなさんな。イアンもいつか言ってたが、適材適所って言葉があるだろ。フェルトは自分の出来ることを頑張る、俺たちも出来ることをやる、それでいいのさ」
「分かった。……いつか、ミッションが終わったら、戻ってくるよね」
「ああ。いつになるか分からないけどな」
ロックオンが頷くと、フェルトは顔を上げて微かに笑ってみせる。
「待ってる。お帰りなさいって、言いたいから。だから、いってらっしゃい」
「行ってくるぜ」
研究所とシブヤの街を繋いでいる唯一の扉が重たい金属音と共に閉じられ、電子ロックの音が廃墟の地下に響いた。思わずアレルヤとロックオンは顔を見合わせたが、そんなことに構っていられないティエリアと刹那はさくさくと歩き始めている。
「こら、待てって、二人とも!」
普段仲が良いわけでは無いのに、こういうときに波長が合うのもどうだろうなと思いながらロックオンは慌てて二人を追いかける。アレルヤも続いた。歩幅が違うのか、二人にはすぐに追いつくことが出来たが、アレルヤはロックオンの背から視線を外すことが出来ない。 フェルトがさっきロックオンにかけた言葉はアレルヤにも聞こえていて、ひどく気にかかっていた。
ロックオンはミッションが終わったら戻ってくるのかというフェルトの言葉に確かに頷いた。それは少女を気に掛ける優しさからだったのか、それとも本当に一度は研究所に戻るつもりがあるのだろうか。アレルヤには分からない。 ロックオンが来てすぐの頃、イオリアがいるヴェーダのメインルームから聞こえた話声が今になってアレルヤを困惑させる。

『イオリア、確認したいことがある』
『……何かな』
『このミッションに参加することは了承した、でもミッションが終わった後のことは聞いてない』
『ミッションがもし無事に終了し、悪魔の存在を確認出来ない状態になれば君ももう一人のプログラム実行者、刹那・F・セイエイも自由だ。何か支援が必要ならいくらでもしよう』
『支援?金もらってもこの街じゃ役に立たねえだろ』
『悪魔が仮に消えうせてもユニオンが絶対封鎖を解くまでには時間がいくらか掛かるだろう。旧都心の外に出ることも、別の陣営側の国へ移動することも、望めば可能だ』
『へぇ……。ま、覚えとくよ。終わった後は自由なんだな、それだけは確認しておきたかった』
『ミッション終了後の君と刹那の自由に関しては確約する。この会話は残されているし、研究所に何かがあっても外部のメンバーによって果たされるだろう』
『私も覚えておきますわ、もしここに何かがあっても私は無事でしょうから、私に仰って』
『分かった。これで安心したぜ』

何が安心、だったのかアレルヤには未だに分からない。分からないが、ミッションの終了が彼らとの別離を指すのなら、それはあまり歓迎できないことのように思える。ミッションの終了自体、アレルヤ自身の存在意義、生まれてきた意味そのものを失うことと同じだから、あまり良いイメージは無い。
「アレルヤ?どうかしたか?」
「いえ、すぐ行きます」
距離の開いたアレルヤを窺う声にアレルヤは走って傍へ近づく。研究所とシブヤを繋ぐ地下通路の出入りは研究所側から管理されていて、外から自由に出入りすることは不可能だった。四人揃った所でティエリアがヴェーダを解してロックを外し、四人は外へ出た。
研究所の中も光は自然光に近いものが取られているとアレルヤは聞かされていたし、何の不自由も感じたことが無かった。しかし。太陽の光を直に浴びるのは初めてで思わずアレルヤは目を細める。ティエリアも同じなのか、憮然としていた。
「やっぱこっちじゃねえと俺は落ち着かねぇな。な、刹那」
刹那はロックオンの言葉にしばらく黙って、小さく頷く。
「ハロ、ミス・スメラギって人のいるシンジュクにはどの道を行けばいい?」
「検索中!検索中!待ってて!待ってて!」
四人に示された最初のミッションプランはシンジュクにいるという、情報屋の女性、スメラギに会うことだった。メグロにラボを持っているイアンのように、外部メンバーとして情報を集めている女性が最近の情勢に最も詳しいはずだと聞かされている。悪魔が減る気配を見せないことに、人々はかなり前から気づき始めていた。どこそこのエリアは増えた、今まで姿をあまり見せなかったエリアに初めて悪魔の姿を見た、など情報を統制する機関が機能してない以上、人々の情報は価値を持って取引される。普段は人々と情報の売買をしているスメラギだが、研究所のメンバーであるとなれば無償で最新の情報を提供してもらえるのだともイアンはロックオンに教えていた。拠点はシンジュクで、ほとんどの場合人々がたむろするバーにいることが多い、とも。
「検索終了!検索終了!…危険!危険!300m内に悪魔の存在を確認!準備!準備!」
「さっそくおいでなすったか。あれだな」
右手に見えていた姿が近づき、契約している四人の悪魔とは全く違う悪魔たちが姿を現した。さっと刹那とアレルヤがロックオンとティエリアの前方に移動する。ロックオンはハロを地面に置いて、ライフルの安全装置を外した。
「ハロ、あれ何だか分かるか」
「あれは邪霊、幽鬼の下級悪魔、ガキだ。射撃は無効だ」
「ありがとなティエリア。二ケー、出て来い」
ティエリアの言葉にロックオンがニケーを召喚し、コンタクトを取れないかとCOMPで確認しようとした、その時。
『フレイ』
「なっ!?」
ティエリアが持つ悪魔、ヴェスタの唱える単体対象の核熱魔法が聞こえてロックオンは思わず顔を上げる。目の前に確認できたのは爆発に近い熱で消滅しようとする、邪霊の姿。
「ティエリア、新月ならコンタクトが容易なんだ、それをいきなり…」
「ダメですよロックオン、もう彼らはこちらの声を聞こうとしない。仲間を倒されて、頭に血が上ってます」
「ちっ…」
アレルヤの指摘にロックオンは舌打ちをして、刹那の青面金剛とティエリアのヴェスタが悪魔たちを倒していくのを見届けた。
「安全確保!安全確保!」
ハロの声が悪魔の消滅を告げ、四人はすぐさま悪魔をCOMPへと戻す。COMPが光を失い、ヘッドマウントディスプレイも応じるように収納されてからロックオンはティエリアに歩み寄った。
「ティエリア。新月ならコンタクトで余計な戦闘は避けられると言われただろ、何でこっちから先制するんだ」
「それならば聞かせてもらいたいロックオン=ストラトス。コンタクトで戦闘を回避して、その悪魔が消滅するとでも言うのですか。悪魔を旧都心から駆逐する、これがミッションの大義ではないのですか」
眼鏡を指で押し上げるようにしながら、ティエリアは真正面からロックオンを睨みつける。ロックオンは気にもせずに、そうじゃない、と静かに言った。
「コンタクトで戦闘を回避するのは俺たちの安全のためだ、避けられる戦闘なら避けたほうがいい。召喚の時に削られる精神エネルギーは無尽蔵じゃない、いつ長期の戦闘を強いられるとも限らない以上、温存するに越したことはないだろう。悪魔を旧都心から排除する方法は、何も俺たちが全部消滅させることだけじゃない。そもそも、増え続けている悪魔を全て俺たちだけで消滅させるなんて無茶な話だ」
「無茶?無茶であろうと無理難題であろうとヴェーダとイオリアの作成したミッションはクリアしなければならない、それぐらいのことは分かっているはずでしょう」
「だからな、ティエリア。悪魔を排除する方法は、他にもあるはずなんだ。当面のミッションは悪魔が増えている原因を探ること。増えているということは、誰かが意図的に召喚して放逐していることも考えられるし、何かの拍子にプトレマイオスのように次元が繋がってしまったことも考えられる。もちろん、他の原因だってあるだろう。悪魔がこちらに来ている以上、その仕組みを理解さえすれば悪魔を向こうへ送り戻すことだって可能なはずだ。イアンはそう言っていたし、イオリアも似たようなことを言っていた。ミッションの成功をお前が第一義にするというなら、なおさら余計な戦闘は避けるべきだ。悪魔が増えている原因を探るのに何が必要でどれだけの時間が掛かるものなのか、俺たちは全く分からないんだから」
ロックオンが言い終えると、ティエリアは興味を逸したようにふいと踵を返してハロから転送された地図データを確認する。そして何かを待つように目を閉じた。
「ロックオン=ストラトス、言い分は分かりました。ヴェーダもその方針で間違いは無いと言っています。ヴェーダが賛同している以上、その方針に従います」
「じゃあ今後はコンタクトが可能であればコンタクト優先、無理であれば戦闘ってことで刹那もいいよね」
ティエリアに何と返せばいいのかと言葉を探しているロックオンをフォローするようにアレルヤが口を挟み、唐突に話を振られた刹那はこっくりと頷く。頷く刹那の姿を確認して、アレルヤはロックオンに視線を向けた。
「刹那も納得しているみたいですし、これからはそうしましょう。…ロックオン?」
「いや、なんつうか、うん……。ま、それでいいならいいんだけどよ」
強固なまでにヴェーダを尊重するティエリアの姿勢は研究所にいた時からロックオンは何となく理解していたが、実際に目の当たりにするとあまりのプライオリティの差にあっけにとられてしまった。どうやってヴェーダの意思を確認したのか、ロックオンには判断がつかないがあのわずかな時間でティエリアはロックオンの発言をヴェーダに問いただし、ヴェーダの賛同を聞いたらしい。
「あまり気にしちゃダメです、初日にも言ったけど。ティエリアにとって至上命題はヴェーダとイオリアの意思を尊重すること、それだけですから」
早く済ませたいとばかりに歩みを進めるティエリアと刹那の後ろを歩きながら、アレルヤはロックオンに再度声を掛ける。
「そうみたいだな。至上命題とか唯一とかそんな感じだ。でもアイツには自我があるんだよな?」
「ある、と思いますよ。独立AIは自己学習が可能ですし、行動規範はおそらくプログラミングされていますが学習結果をどう生かすかどう行動するかというのはティエリア次第ですね。ティエリアの他にも研究所には独立AIや自律AIがいたと聞いていますが、プトレマイオスが悪魔を呼んでしまったときにほとんどは壊れたそうです。閉鎖エリアにいた個体は確認すら出来ませんし、何対いたのかは分かりませんけどね」
「へぇ…他にもいたんだな。ティエリアの兄弟ってことになるのか」
アレルヤは小さく首を竦めてそれはどうかな、と笑った。兄弟、にあたると人間が規定してもティエリアは兄弟の存在など認めないだろう。
「兄弟、か……」
ロックオンが自嘲気味に呟いて、ほんのわずか目を伏せる。横顔を見ていたアレルヤは長い睫毛が頬に影を作っていることに気づき、思わず目線を逸らした。美しいという言葉の意味が分かった気がした。





アレルヤのターン…にしてみた。一応、これで初会編は終了です。