magic lantern

THE HIGH PRIESTESS

「あなたがロックオンね、話は聞いてるわ。初めまして」
「ミス・スメラギ?」
ロックオンの問いに、にっこりと笑うことで応えた女性は目の前の椅子を指して座って、と告げた。まるで自室のような振る舞いだが、ここはシンジュクのとあるビルの地下にあるバーで、バーテンはカウンターの奥でこちらを伺うでもなく作業をしている。
「ロックオンは何が好き?醸造酒?それとも蒸留酒?」
これはヤバイ、とロックオンは唇の端を引きつらせた。この問い方はアルコール類に詳しい人間のもので、詳しいということは往々にしてアルコール類が大好きということで、まるで水が入っているように見えるグラスは蒸留酒のストレートがなみなみと注がれているかもしれず、目の前の見るからに朗らかな女性情報屋はとんだ酒豪ということになる。ロックオンは酒にわりあい強い方だと自負しているが、アルコール度数の高い蒸留酒をまるで水のようにストレートで飲む人間に勝てる気はしない。
「水でいいです、単なる水で」
命の水、とウイスキーを差し出されてはたまらない。とロックオンは慌てて念を押す。
「何よ、水もビールも同じ値段なのに」
スメラギは不満そうに赤い唇を尖らせたが、それでもバーテンにミネラルウォーターを4つ注文した。それとなくバーテンのいるカウンターに目をやったロックオンはグラスを出そうとしたバーテンに声をかける。
「あ、待ってくれ」
「何か」
「1つをミルクにしてくれないか、あったらでいいんだが」
「ございますよ」
だろうな、とロックオンは呟いてスメラギに向き直った。バーテンのいるカウンターにはベイリーズもカルーアも置いてあったのだ、ホットミルクと相性の良いリキュールを用意しているのならミルクを常備しているはずだった。ユニオンに完全封鎖されているこの街でこれほどの品揃えを誇るバーはそう無いだろう、とも思いながら。
「で、だ。ミス・スメラギ、本題だが」
「せっかちね、一杯ぐらい付き合ってちょうだい」
一杯、とスメラギが掲げて見せたのは、透明な液体がなみなみと注がれているグラスで水のように見えるが一杯付き合えというからには酒であることは確定だ。ホワイトスピリッツを水で薄めて飲んでいるのでなければ、さきほどロックオンが推察した通りにグラスの中身はスピリッツのストレートなのだろう。スメラギの言葉にティエリアがはっきりと眉をひそめる。
「スメラギ・李・ノリエガ、我々はあなたの情報に基づいて目的地を定めるようにヴェーダから指示を受けている。情報を早急に開示して頂きたい」
「……もう。ティエリアは相変わらずなんだから。真っ直ぐ進むことが最短距離じゃないって言ったでしょう。アレルヤ、刹那、久しぶりね」
「お久しぶりです、スメラギさん。お元気そうで」
ティエリアの言葉の棘を気にする風もなく、まるで姉や母のような慈愛に満ちた目線を向けたスメラギはアレルヤと刹那にも同じように笑いかけた。アレルヤの横に立つ刹那は小さく頷いただけだが、それで十分だったらしくスメラギはあなたたちも元気そうで良かったわ、と応える。
バーテンが置いたグラスのうち、ロックオンはミルクが入ったグラスを刹那に差し出した。
「刹那、これはお前さんのだ。少しでも身体に良さそうなの摂ったほうがいいぞ、まだ小さ…痛ぇ!」
小さいんだから、というロックオンの言葉は不機嫌さを隠そうともしない刹那の攻撃によって遮られる。アレルヤは苦笑いを浮かべたがティエリアは全く表情を変えない。
「余計だ」
余計な世話だ、なのか一言余計だ、なのかは分からないままロックオンは涙目で思いっきり刹那に踏みつけられた足を摩った。仏頂面の刹那はそれでもグラスを受け取り、こくこくと飲んでいる。これでグラスを叩きつけられたりはたまた中身をぶちまけられたりすれば、可愛げの無いヤツめと恨み言を呟くところだが、文句を言いながらロックオンの手を拒まないので可愛く思えてくるから困ったものだ。
「しょうがねえだろ、研究所を出てから簡易食ばっかなんだから気にもなる。俺はいいがお前はちゃんと栄養摂らないとダメだ」
「いいお兄ちゃんが出来て良かったわ。ねえロックオン、あなたのカードは何だった?」
ロックオンと同じグラス同じ色の液体をすいすいと飲みながら、スメラギは見せて、と笑いかけた。
「カード……これか。俺のはこの2枚だ」
イアンが守護悪魔を分類するにあたって、ロックオンに馴染み深いカードを使っているのには理由があった。この4人の中で一番最初に召喚プログラムを行ったのはティエリアだが、ティエリアが初めて召喚プログラムを実行した時にCOMPに示された文字があったのだ。二つの単語、そして召喚によって姿を見せた半透明の守護悪魔と2枚のカード。そしてそれはアレルヤのときも、刹那のときもそうだった。無論、ロックオンのときも。
ロックオンはイアンに手渡された2枚のカードを取り出し、テーブルに並べた。スメラギに向かって、正位置に。
「High Priestess&Judgement、ね……」
ひらりとカードを摘み上げてスメラギは2枚のカードの隙間からロックオンを見る。
「どういう意味だかはもう聞いた?イアンが教えてくれたと思うけど」
「一応な」
「ロマの出だというあなたに説明する必要は無いのかもしれないけど」
そう前置きしてスメラギはカードをテーブルに置き、簡単にロックオンが取り出したカードの説明を始めた。
「High Priestess、聡明で冷静で知性溢れる人物を示すカード。Judgement、決断、再会、そして再生を示すカード。そして」
くるりと指先でカードの上下を返し、尚も続ける。
「同時に冷淡で神経質で独断的な人物を、未練や過去への後悔、疑念、堂々巡りなんかを示してもいる」
ロマの人々が占術で使うカードは、カードそのものに二種類の意味があると言われていた。正位置と逆位置によって、カードが示す意味は真逆と言っていいほど変わる。
「他にも意味はたくさんあるわ、なにせ寓意だからどう受け取るかでしょうね」
「……俺は占いには明るくないんで」
カードの意味は、イアンやスメラギに言われるまでも無く知っていた。ロックオンの前にニケーとともに現れたカードは見たことのない絵柄だったが、典型的な寓意を含む構図ですぐに意味が分かった。母は占いを生業にしてはいなかったが、一揃いのカードを持っていて妹はそれで遊ぶのが好きだった記憶がある。古びた、長い旅をしたカードは母や妹、父とともにアオヤマのある樹の下に埋まっていた。
占いは、未来を知り問題の解決方法を示すのだという。なら、どうしてあの出来事を防ぐことが出来なかったのだろう。占い師でもない母に予知が出来たはずもなく、また占い師であったとしても自分自身のことを占うのは不可能だと分かっていて、それでも、そう思った。占いに意味などない、この世界に神などいない。こんな世界を創ることしか出来ない神など、それは神ではない。



「待って、ロックオン」
スメラギから告げられた情報は、とあるドラッグについてだった。それを飲むと、悪魔に対抗しうる力を得るドラッグがあるという。悪魔、とドラッグ、という結びつきにロックオンはきつく唇を噛む。エージェントの王がスナイパーだったニール=ディランディをソレスタル・ビーイングに勧誘しに来た時の言葉は今でも覚えている。

『フォールダウンが出回った時期と、アオヤマ周辺に悪魔が増えた時期は微妙にリンクしています。その関連を調べるのには、うってつけの場所だと思いますけれど』

通称、フォールダウン。ニールの家族を死に至らしめたドラッグ。どういうドラッグだったのか、何が目的でばら撒かれたものだったのか、十年過ぎた今となっては手がかりは無に等しい。ギャングに身を置いていても、フォールダウンに関する情報はほとんど入ってこなかった。
硬い表情のまま、4人分の代金を置いて足早にバーを出ようとしたロックオンの背中にスメラギの声が掛けられた。ティエリアや刹那、アレルヤは先に出ている。
「女教皇というのが、カードの呼び名ではなくて文献に載っていることを知っていて?女教皇ヨハンナ、西方カトリック教会が決して認めようとしない1人の女性」
西方カトリック教会、ヴァチカンなどロックオンにとってどうでもいい存在で情報として存在は知っているし、一応の教義も理解してはいるが信仰しようと思ったことなど一度も無い。ロックオンは振り向いた姿勢のまま、黙ってスメラギの言葉を待った。
「彼女が存在したか、教皇位にあったかは問題ではないかもしれない。でもね、こんな話があるの。女教皇ヨハンナが産み落とした子ども、教皇位を失う原因になったその子どもが反キリストになりやがて世界を滅ぼすのだ、とね」
女教皇ヨハンナは男装して神学を修め、徳高い人格や聡明さを認められて空位となった教皇位に就いたが、教会へ向かう路地で子どもを生み女性であることが露見して存在そのものを否定された。本当にいたのか、いなかったとしてもどこからその伝説が生まれたのか、未だに多くのことは分かっていない。
「仮初の女教皇から生まれる、アンチ・キリスト?ずいぶんと…オカルティズムだな」
ロックオンが嫌悪では無く不審で眉を顰めると、スメラギはグラスに残ったスピリッツを全て飲み干してそっとグラスを置いた。
「そうね、でももともと神と悪魔に純然たる差異が無いように、天使と堕天使の間に違いは無いように、聖職者から反キリストが生まれても不思議じゃないわ。反キリスト、というのがどういう存在なのか私にはよく分からないけどね。悪魔なのか、滅びそのものなのか」
「女教皇から生まれる悪魔、か……」
聖職者から生まれた悪魔、それは人が悪魔を生み出すということなのか、人と悪魔に存在する世界の違いはあっても存在に差異が無いのか、ロックオンは分からないままにスメラギに別れを告げて地上にいる3人の後を追った。



ビルの隙間から見える満月のせいで、十日前のスメラギとの会話を思い出していたロックオンは不意に全身を刺すような視線にぞくりと身体を震わせた。殺気であれば刹那も起きただろうに、気配は無いまま視線のみが真っ直ぐにロックオンを貫いている。
「……ハレルヤ?」
何だ、とゆっくり視線をやってそこに見えた金色の目にロックオンははっきりと警戒を解いた。彼は敵ではない。悪魔ではあるが。
「ンだよ、ビビれよ、つまらねえな」
ハレルヤは立ち上がり、音を立てない歩き方でロックオンに近づいてくる。月が投げる微かな光でお互いの様子が確認出来るほどの距離で、ハレルヤは座り込んだ。元々、ビルの壁を背に座っていたロックオンは眠たげに髪をかきあげる。
「アレルヤはどこか怪我をしてたのか?それとも、お前は簡単に出てこられるのか?」
「簡単だぜ?アレルヤをずっと眠らせておくことも、殺してこの身体を離れることも、な」
人間であるアレルヤと、悪魔であるハレルヤは正確に言うと肉体を共有しているわけでは無い。アレルヤとハレルヤが融合しているのはアストラル体の部分だ。
物質体、エーテル体は現存する肉体を形成するもので、生命全てに存在する。アストラル体は精神体の最も内側に存在し、肉体に精神の働きを伝えている。感情や意志を肉体に伝える働きがあり、物質体である身体が感じた感触や感覚を理解できるのはアストラル体までだとも言われている。アストラル体の外側には精神体がいくつも存在するが、それは超自我とでも言うべき存在で肉体感覚を必要としない。
悪魔たちは総じてアストラル体、この世界に現存する肉体である物質体やエーテル体は持たないが感覚も感触もアストラル体で理解出来るし、魔力によって影響を及ぼすことが出来る。ハレルヤは自分のアストラル体をアレルヤと同期させ、アレルヤのエーテル体・物質体である肉体を動かしていた。ハレルヤの悪魔としてのアストラル体が影響を及ぼし、アレルヤの肉体に黒い文様と魔力が満ちた金色の目として現れる。精神体であるアストラル体を同期しているが故に、ハレルヤは常に魔力をアレルヤに与えていてアレルヤはロックオンや刹那と違って悪魔と契約せずに魔力に対抗することが出来た。そのせいでハレルヤ自身の魔力は枯渇気味で、契約したブレスのような悪魔から補ったりロックオンから奪ったように人間の精気を喰らうことで飢えを満たしていた。
ロックオンはハレルヤの言葉に一度だけ唾を飲み込む。相手は悪魔で、優しいアレルヤでは無い。そんなこと止めてくれ、と大人しく願ったところでそうしてくれるとは思えない。けれど。
「なぜ、そうしないんだ?今夜は満月だし、もうここは研究所じゃない。お前たちの世界に戻る手立てが見つからないにしろ、俺たちと一緒に行動させられる必要は無いんだぜ?」
いくらハレルヤの金色の目に剣呑な光が宿っていようが、すぐさまアレルヤを殺すことが可能だろうが、ロックオンにはハレルヤが実行するとは思えなかった。
「そうして欲しいような口ぶりだな、アレルヤを仲間だと言ったその口でアレルヤを殺さないのかと言う。とんだ偽善者だ」
見下げたようなハレルヤの視線にも、嘲笑にもロックオンは表情を変えない。ハレルヤが焦れて睨みつけると、小さくロックオンは笑った。
「お前はアレルヤを殺さない、って知ってるからだ」
「てめぇ」
ロックオンが浮かべた笑みは決してハレルヤを嘲る意味では無かったが、ハレルヤは気色ばんで拳を握る。
「だってそうだろう、お前はアレルヤを殺して出て行こうと思えばいつだってそうできた。最初に研究所を出た日でも、アレルヤが大怪我してお前が初めて出てきた日でも、いつだって」
「そうしないのはお前にそうする気が無いからだ。それとも、今実行するか?」
ひた、とロックオンがハレルヤを見据える目には曇りも歪みも無い。からかう色さえ無かった。アレルヤが文字でしか見たことの無い、ハレルヤも見たことの無い、森を思わせる深い緑。
「…してやろうか」
「止める、と言ったら?」
本気でアレルヤを殺すつもりなど、ハレルヤには無かった。目の前にいる、いけ好かない男を狼狽させられたらそれで良かったのだ。隙をついて精気を喰らい、自分をなめるなと忠告できればそれで上々だと思っていた。
なのに、深い緑の目に映る自分の姿と来たら情けなくて、方向性の分からない怒りが湧く。
「忘れてねえか、てめえ。俺は悪魔だぜ?本当の名前を呪ってお前の魂を縛るなんざ、わけねえんだよ。それとも、生命ごと喰らってやろうか」
ロックオン=ストラトス、というコードネームを必要とするのは、ニールがただの人間だからだ。人間についている名前は、それ自体が短い呪詛の形になっている。本人を本人たらしめ、縛り、表している短いスペルのようなものだから、精神的なコンタクトを行う上で本名を相手に知られることは魂を縛られることと同義だ。ニール=ディランディ、という本名はアレルヤが教わったものだが、アレルヤの表層記憶を読むことはハレルヤにとって朝飯前だった。
「それは無いな」
真摯な表情が穏やかに揺れて笑みをつくる。柔らかく笑ったロックオンを本当に喰らってやりたいと思うほど、苛ついたハレルヤはきつく睨みつけて辺りに魔力を漂わせた。
「ふざけてんのか」
「そんなことしたら、後でアレルヤが悲しむ。アレルヤは敵対する悪魔に攻撃するのも嫌なぐらい優しいやつだ、まして事情があるとはいえ多少なりとも知っていて同行している人間が死んだとなったら悲しむだろうからな。手を下したのがお前で、となればなおさらだ」
「……」
俺が死んだらアレルヤが悲しむ、というハレルヤが最も嫌う言い方ではなかった。ハレルヤが誰かを傷つけたことをアレルヤは悲しむ、というのだ。傷つけるのが悪魔でも悲しむだろうが、見知った人間なら悲しいだろう、と。
ロックオンの言葉の真意を量りかね、ハレルヤは黙って彼を睨みつける。この男は、命が惜しくはないのだろうか。人間の命は短く、身体はとても脆い。だからこそ人間は生にしがみついて足掻き、その様をあざ笑うのが悪魔として楽しいのだが、この男にそういった自分への執着が見えない。
「なあ、ハレルヤ、お前も召喚出来るんならお前もカード持ってんだよな?」
俺はこれだ、とロックオンは二枚のカードを指に挟んで示す。満月を見て、十日前に会ったスメラギの言葉を思い出していたのは、女教皇に対応する天体が月であるせいだった。満月は悪魔を否応無く興奮させ、攻撃性を高める。目の前にいる、人間の姿をしている悪魔もさきほどからむやみに苛立ってはロックオンに突っかかってきていた。
「胡散臭いてめえに似合いだな、女教皇に審判」
ハレルヤはカードを一瞥し、鼻で笑う。神の家の長である教皇、最後の審判、どちらも神に連なるもので胡散臭いことこの上ない。ばかげている。
「アレルヤと同じこと言うな、お前。だいぶ言い方は違うけどよ」
アレルヤは初めてロックオンが召喚をしてカードを出現させたとき、なんだか似合いますね、と言って照れたように笑った。出てきたのがギリシャの女神ニケーで、カードが女教皇に審判とは悪い冗談だな、とロックオンは思ったがただ曖昧に笑い返した。
「……っ」
何をハレルヤが言っても、ロックオンはハレルヤの意図通りに苛立ったり怒ったりしない。それがまたムカついて、なぜムカつくのかも分からなくて、今すぐ眠っているアレルヤを叩き起こして交代したい気分だった。そうしたら負けだと分かっているから、それだけはしない。
「で、お前のは?」
静かに笑ってロックオンはハレルヤがカードを見せるのを待っている。ハレルヤは苛立ちに任せて髪を乱暴に掻き回し、ついでのようにカードを取り出して投げた。
「これだ」
ガラスなど無い、ビルの窓部分から差し込む月光にロックオンがカードを近づけるとハレルヤが投げたカードにはDEATH、DEVILと書かれている。死神、そして悪魔。あまりにもそのままだ、というか。寓意もクソもねえな、と思いかけてロックオンははたと動きを止めた。悪魔のカードは、何も神の敵対者であって堕落を導く悪魔そのものを示しているわけではない。つまり。
「そのまんま、って言いたいとこだが……でも、うん、お前らしいんじゃねえの?」
なぜ召喚術とカードが連動しているのかは分からない。イアンにも分からないことを、召喚を知って一ヶ月少しのロックオンに分かるはずが無い。けれど、これは召喚者の魂や本質を示しているのだろう、と思う。
「悪魔のオレが悪魔のカードってらしいもクソもねーだろーよ。オレは悪魔だけど死神じゃねーし」
「別にこれは死神みてーなヤツだとか悪魔みてーなヤツ、って意味じゃない、ハレルヤ」
「……じゃあ何だよ」
2枚のカードのうち、DEATHのカードをハレルヤに示して見せた。死神。
「死神が示すのは『完全な変化』、だ。生からの変化としての死、物事の終末、破壊、喪失、そんなもんだな。で、こうすると」
スメラギがロックオンたちに示して見せたように、ハレルヤの眼前でロックオンはカードを上下さかさまにする。
「破壊の後に訪れる再生、創造、新たな希望、回復、なんてものを示す。破壊と再生は1セットなんだよ。終わった瞬間から、次のものがスタートしているんだ」
「お前、占い師かなんかか」
「いや?俺は占いなんてやらないね。ただ…タロットには馴染みがある。こっちは」
今度はDEVILのカードを示した。
「悪魔が示すのは『堕落した世界』。暴力、束縛、耽溺、誘惑、下心なんてのもある。ただ、逆にすると束縛からの解放、執着を振り払う、目覚め、別れ、なんてことになるな」
面白いだろ、束縛する一方で束縛を解放するのも悪魔なんだ。そう続けて笑うロックオンの顔にすい、と引き寄せられてハレルヤは顔を近づける。
「ハレルヤ?眠たいなら……ん…っ…」
月明かりに白く浮かぶ首筋を舐めると、ロックオンはふるりと身体を震わせて息を詰めた。
「つまんねえ話は終いだ、喰わせろ」
「もう、喰ってんだ、ろ…ッ……」
唇を首筋に押し当て、思う様精気を喰らう。人間の精気など、大差無いものだと思っていたがどうしてかこの男の精気はとても美味く、ひどく満たされた。白い肌から喰らっているのに、ロックオンの精気は色に例えるならば新月の夜のような暗い色をしていた。刹那や、アレルヤのように眩しいほど明るい色ではなく、暗く闇に溶けるような色だ。
「…も、止せ、ハレルヤ…!!」
「あんた、ほんと美味ェな」
きつく吸ったせいで肌に残った痣をぺろりと舌先で舐めながらハレルヤがそう言うと、ロックオンは尚も身体を震わせて小さく声を上げる。薄く濡れた目がキッとハレルヤを睨んだ。
「お前…何、してッ…」
「ケチケチすんな、どうせこれから寝るんだろ」
「な……」
開いた口がふさがりません、という状態のロックオンから離れて、アレルヤがさっきまで寝ていた場所に同じように身体を横たえたハレルヤは後ろ手をひらひらと振って見せた。
「じゃーな」
お前待て、何を食ったんだそもそも、というか何故あんな喰い方なんだ、言いたいことは山ほどあったが口を動かす力すらほとんど残っていない。これでは悪魔が襲ってきても反応できるか怪しいほどだ。ロックオンは仕方なしに目を閉じる。ともかく、朝までに少しでも回復するように努めなければ。
アレルヤと刹那の視線が何故か首筋に集中することにロックオンが首を傾げ、その場にいないハレルヤを怒鳴りつけたい気分になるのは、数時間後のことだった。





ハレルヤのターン、再び。今回は守護悪魔を分類しているアルカナの話。刹那とアレルヤ、ティエリアのもいつか紹介したいです。寓意は省きますが刹那は「皇帝・正義」アレルヤは「教皇・力」ティエリアは「魔術師・女帝」。いやティエ様が女王だとかそういうことでは。