magic lantern

DEVIL SUMMONER


一度ロックオンと顔を見合わせてイアンに訊ね返したアレルヤの言葉に、イアンはけっこう有名人だぞ、とおどけて返す。
「悪魔と交渉出来る人間も、悪魔とまともに戦える人間もこの旧都心の中にはお前ら以外存在しない。さっきの軍人はひょっとしたら出来るかもしれんがな。旧都心にはコミュニティも報道機関もまともに機能してないが、人の噂ってやつに戸口は立てられねぇもんだ。誰かがお前たちの様子を見かけて、流行ってるドラッグに誰かが結びつけて、噂ばかりが一人歩きしてる。スメラギが寄越した情報じゃ、お前さんたちのことをデビルサマナーって呼んでるらしいぜ、誰が言い始めたか知らねぇが」
「デビルサマナー…悪魔召喚士、か。正解っちゃ正解だな」
召喚する手順全てを四人はプログラムに委ねているのだが、プログラムの存在を知らない人々から見れば何らかの超常的な力によって悪魔を召喚していると思われたのだろう。三人は装備をつけているがティエリアはそもそもがプログラム実行用なので装備は一切無い。
「まぁ、そうだろうな。デビルサマナーになろうとしてこのドラッグをいくら摂取したところで、得られるのは幻覚ぐらいのもんだが。常習性がさほど強くなさそうだ、それで付加価値をつけようとして噂を流したのかもしれねえ。幻覚作用は強いから常習すれば廃人行きだが、それでなくとも幻覚の最中に不用意な行動をとって死ぬヤツは大勢いるだろう。全く、厄介なシロモノだ」
「……一晩でどうこうってことはなさそうだな、問題は幻覚の最中に意図しない行動を起こすってとこか」
念を押すようにロックオンが言うと、イアンはそうだな、と同意して解析結果を映しているモニタに視線を戻した。
「摂取した本人の体調、相性なんかにもよるが一度摂取して一晩で死に至る、ってことは少ないだろうよ。幻覚を見ている最中、悪魔にケンカを売りに行ったり自殺行為をしたりしなきゃ、即死ってことにもならない。幻覚で何が起きるかは本人次第だが、それまで与えられているドラッグの情報や本人の心理に左右されるからな、デビルサマナーになりたいと思って摂取すれば悪魔に挑みたくなるかもしれんし、この街の現状に悲観してれば自殺したくなるかもしれん。唐突に空を飛びたくなることだってあり得るし、メシア幻想を見るヤツもいるだろう」
ドラッグ、というものをおぼろげにしか理解していないアレルヤは何も言えず、ただただロックオンの横顔を見つめている。ドラッグに家族を殺された、と言っていたロックオンの横顔はアレルヤがじっと見つめていても変化が見えない。
「ハオマ、か。そもそも大昔にハオマ酒と呼ばれていた飲み物は宗教的な飲み物で、トランスするために幻覚を見せるものだったって説がある。先史以前にそう使われていた飲み物が宗教や文明と結びついて神格化され、神として崇められていた時代もあるぐらいだ。アムリタやネクタルと一緒で、神話伝説なんかで言う霊薬の一種だな。誰が名づけたか知らんが、悪趣味な洒落だ」
「全くだな」
ロックオンは強い口調で同意して頷き、アレルヤもその横顔を見守ったまま頷いた。悪魔と呼ばれる異形のモノたち、それに対抗するためと銘打たれた悪質ドラッグ。アレルヤの記憶によれば、ハオマはゾロアスター教という大昔の民族宗教に起因する名で、ひょっとしたら街にいる悪魔たちの中にもゾロアスター教の人々が崇めた、もしくは忌避した神々がいるかもしれない。神の名を冠するドラッグ、神の名を持つ悪魔。
「軍人の話が途中だったな。まだ憶測でしかものを言えないし、第一おれが持ってるデータが旧都心にいる全ての悪魔のデータってわけでもないが…」
イアンはそう言いながらラボで一番大きなモニタに悪魔のデータを表示していく。アレルヤがロックオンに告げたものと同じ、ピクシーのデータだ。
「羽の枚数や形状が融合した際に変化したものだとしても、単体魔法を好んで使う以上はそう高位の悪魔じゃない。そもそも、高位の悪魔が簡単に捕まるわけもないからな。研究所みたいにある程度の対策が取れる場合はともかく、何の備えも無いんじゃ一個師団を持ってきても即壊滅だ。こいつぐらいなら、何とかなるだろう。一部隊程度は、犠牲になったかもしれんがな」
「くだらねぇ。山ほど犠牲を出してあのちっこい軍人に悪魔を融合させて、それでどうしようってんだ」
「軍のお偉方の思考なんか、一介のエンジニアに分かるわきゃないだろ、ロックオン。ま、人革なら人間も物資も量はあるからな、数でモノを言わせるのはあちらのお得意技だ。質は、別モノだが」
「…イアン、彼女は僕のようにプログラムを使える可能性があるんじゃないですか?軍人、しかも別陣営で秘密裏に行動しているというのなら、同意なんかはもらえなさそうですけど」
アレルヤの言葉に、イアンは考え込むように片手で顎をしゃくっていたが、首を振った。
「多分それは無理だろうな。というのも、あの召喚プログラムは人間が己の精神エネルギーを媒介に召喚することが前提なんだ。そもそも悪魔のハレルヤがお前さんたちと同じように召喚できたのは副産物的なことで、アレルヤと融合させられることで適性を得たのかも知れん。純粋に悪魔そのものといえるほど、もうハレルヤ自身の魔力は強くないからな。ただ、その軍人はお前たちよりも悪魔本体に近い。己の意思で魔力を自由に使える以上、最早人間の精神エネルギー部分は魔力に変換されている。アレルヤ、お前はハレルヤからある程度魔力を受け取っているだろうが、それを自由には扱えんだろう?」
「ええ。彼女と接触した際、共鳴しているような頭痛を覚えましたが僕の意思ではどうにも出来なかった」
「あの時立ち止まったのはそのせいか」
再度頷いたアレルヤは、自分の手のひらに目線を落とした。アレルヤが悪魔のハレルヤから否応無しに受け取っている魔力はアレルヤの好きに出来るものではない。内在する力として実感は出来ても、あの少女のように形には出来ない。
「前にも説明したがな、悪魔が召喚に応じるのにはいくつか条件がある。力を貸すに値すると認められること、召喚者の精神エネルギーを好ましいと思うこと、他にもいろいろあるだろうが大きなのはこの二つだ。人間の精神エネルギーは異界に住む悪魔たちにとって物珍しいし、反応を見る限り、少しの精神エネルギーを大量な魔力に変換できるらしい。悪魔の魔力なんて珍しくもないし、ピクシーの魔力を得ようと思ったらその場で食らうほうが早いだろうよ」
人の精神エネルギーを食らう以外にも悪魔は他の悪魔を食らって取り込むことが出来るからな、と付け足して新しい煙草に火をつける。
「ってことは、あの軍人さんはかなりの魔力を自由に扱えるってことか?そもそもが人間なんだから」
「かもしれんな。何せ実物を見てないんでよく分からんが」
ゆっくりと煙草をくゆらせているイアンをよそに、ロックオンはモニタに映し出されているピクシーのデータを眺めた。ロックオンたちが──というよりコンタクトしたのはロックオン一人だったが、少し前に話したことのある悪魔。
悪魔に年齢という概念があるのかロックオンは知らないが、人間に例えるならばクリスティナとフェルトの間ぐらいの年頃のようだった。少しおませな少女のような口ぶりで、明るい性格をしていて人間と話すのは初めてだと面白がっていた。そもそも悪魔と話が出来る人間などこの街にそうはいないから、初めてなのは当たり前なのだが。面白かったから、という彼女なりの判定で召喚スペルを教えてくれ、始終仏頂面で黙っていた刹那のことを妙に気に入ってオマケまでくれた。オマケ、と言ってもその前の戦闘で疲弊していた刹那に治癒魔法をかけてくれただけだが、治癒魔法を使える悪魔はロックオンとティエリアのものだけなのでとても助かった。
人間としてでも探せばどこかにいそうな感じで、悪魔と人間の間には大差など無いのかもしれない、と少し前のスメラギの言葉を思い出す。身体を動かすエネルギーが何かということやもともと存在する次元や物質体の有無や…差異はあるが、大きな違いが無いからこそ自分たちは悪魔の手助けを借りることが出来るのではないか、とも。そして、だからこそ自分は本来悪魔であるハレルヤを拒絶しきれないのだろう、とも思った。
ハレルヤからエネルギーを奪われるのが嫌なら戦闘を辞さない覚悟で臨めばいいのだし、エネルギーを奪うという名目で接近してくるハレルヤを無視して完璧に拒絶することだってロックオンには簡単なことなのだ。ハレルヤと初めて出逢って、まだ十日ほどしか経っていないが既に数回エネルギーを吸われている。ロックオンが拒絶姿勢を固持すれば、ハレルヤは本当の意味で無理強いする性格ではないことも薄々分かってきた。露悪趣味はあるようだが元々が残虐非道というわけではないようで、それは人間のアレルヤが影響を齎している部分なのか本来のハレルヤの性質なのかロックオンには判断出来ない。
「ロックオン?これから、どうしますか?」
穏やかな声が掛けられて、ロックオンは思考の淵から意識を引き上げる。髪を片手でかきあげて、イアンの手元にあるドラッグの小瓶に目を落とした。ハオマと呼ばれる幻覚性のドラッグ。他にも流行っているドラッグはいくつかあって、流通ルートが限られるせいかエリアによって入手できるものが限られるのだと売人の一人が言っていた。
「ミス・スメラギが言ってたドラッグはこれらしいが、これは悪魔とは関係無さそうだからな。とりあえずはもうちょっとドラッグ関係を探るか。さっきの軍人も気になるが、他の軍人は普通の人間だから下手を打つわけにもいかないしな」
「まだ他にもドラッグの話をしていましたね、さっきの売人は。アムリタ──不死を約束するドラッグ、でしたか。確かに死ぬのは誰だって嫌でしょうけど……」
「この街で人は簡単に死ぬ。その気がある悪魔に遭えばそれまでだし、ドラッグでもギャングにでも顔見知りにだって殺される。スラムじゃ、食い物の取り合いで顔見知りが殺しあうことだって当たり前の光景だ」
そんな場所で生き延びるために、ニールは銃を取り刹那はナイフを握った。アレルヤは何も言えず、淡々と話すロックオンの横顔をそのまま見つめる。ロックオンがドラッグの小瓶に向けている視線も、家族を奪ったドラッグの一種に向けているとは思えないほど何の感情も込められていないようにアレルヤには思えた。落ち着き払ったその姿が、何故か見ていて安心できるものではなくて胸の奥に重苦しいものを覚える。
「……ま、死ぬやつがいりゃ俺や刹那みたいにこの街で生まれてしぶとく生き延びるヤツだっているからよ、そんな顔しなさんな」
アレルヤの無言を、旧都心で死にゆく人々への哀切と受け取ったロックオンが微かに笑ってみせた。そうですね、と短く返したアレルヤも反射的に薄い笑みを浮かべる。笑えるような心境では無かったし、浮かべた笑みの意味さえもアレルヤにはよく分からなかったが、目の前ですぐに笑みを消して解析画面を見つめている仲間を安心させることが出来たのだとしたら、それだけで良かった。嬉しいことがなくても、幸せだと言いたいわけではなくとも、笑い合うことには意味があるのかもしれない、と初めて思った。


ハオマの別名(というか言語違い?)がソーマ、です。