magic lantern

DEVIL SUMMONER

情報屋のスメラギはシブヤで出回っているというドラッグの情報を四人に与えた。悪魔に対抗出来うる力を得るとして旧都心の人々の間で持て囃されているドラッグの一つはハオマと呼ばれている。悪魔に対抗するには神聖な酒、というそのセンスにロックオンは思わず冷笑を浮かべたしアレルヤも首を竦めた。
「これが……なぁ」
シブヤの中心部から外れた坂上にある裏路地で、ロックオンが小瓶を陽に透かすように揺らす。薄い緑色をした液体がたぷんと波を立てた。
「ジュースみたいに見えなくもないですけどね」
「ある意味ジュースだな、これは注射でも吸引でもなくて飲用ドラッグだ」
ドラッグは巷に出回っているが、カプセルや錠剤にするほどの技術や物資が旧都心には無いので、液体ドラッグを器具か経口でそのまま摂取することが多い。
「こんなもので悪魔共に対抗出来ると本気で思っているのか?」
ティエリアは忌々しそうな表情でロックオンが摘んでいる小瓶を睨む。イオリアが組み上げた悪魔召喚プログラム無しに悪魔に対抗出来るなどとティエリアは全く思わないし、こんな少量の液体で何が出来るとも思えない。
「藁をも縋るってな心境なんだろうよ、何せ普通の人間は魔力に無抵抗なんだからな。誰だって……死ぬのは、嫌だろう」
ロックオンの言葉に三人が押し黙った時、人気の無い裏路地に慌しい足音が響いた。
「こちらです中佐!こちらの方角にドラッグを入手した四人組が向かったとの報告が!」
折り目正しい男性の声に四人は思わず顔を見合わせる。ロックオンは手で持っている小瓶に目線を落とし、アレルヤと目線を付き合わせた。
「これだよなあ、どう考えても」
「それでしょうね、四人組ですし」
「中佐って言ってるってことは軍の人間だよな。……面倒事はごめんだ、とりあえず逃げるぞ。COMPを通じて連絡を取る、可能ならイアンのラボへ」
そもそもの目的地を告げてロックオンは小瓶をしまってハロを抱える。素早く姿を消した刹那とティエリアに続いて走り始めたロックオンだったが、後ろにアレルヤの気配が続かないことに気づいて振り向くとアレルヤは頭を手で押さえて立ち尽くしていた。
「アレルヤ!? どうした!」
「行って下さい、早く!……僕と、同じ人がいるなんて…そんな…」
小さくなったアレルヤの声をかろうじてロックオンは拾うことが出来たが、その意を問い質す間もなく押し寄せる足音に追われるようにしてその場を離れる。中心部ではなく、未だに森として機能しているハラジュクとの境目へと足を向けた。
「ハロ、アレルヤの居場所は分かるか?」
「ちょっと待って!ちょっと待って!」
ハロが検索している間もロックオンは足を動かして、鬱蒼とした森の中へ入る。古びた建物を見つけ、中に入った。
「アレルヤ、いた、アレルヤ、いた!追われてる!追われてる!」
「追われてる?さっき来たヤツらに見つかっちまったのか、どこだ」
明かりなど一切無い建物の壁にハロの両目を向けると、ハロは壁をスクリーンにして地図を映し出す。シブヤの中心部、坂を下る方向の道にアレルヤと数名が移動しているのが分かった。確かに、追われているように見える。
「そう大きな部隊じゃないな、アレルヤなら捕まるこたぁないだろうが…さっきの言葉が引っかかる」
アレルヤは痛みを堪えるように頭を手で押さえ、僕と同じ人がいるなんて、と呟いていた。同じという意味を図りかねてロックオンは眉をひそめる。研究所に作られた、という意味なのか、悪魔とミックスさせられた、ということなのか。研究所に作られたというのなら仲間のはずで、でも研究所以外で悪魔とミックスさせるなどという技術を持っている軍などロックオンには想像がつかない。
「ハロ、ヴェーダに照会したいことがある。コネクトしてくれ。今、旧都心に外部から入ったことが確認出来る軍、団体を洗い出して欲しい」
「りょーかい!りょーかい!」
ハロは地図を映し出したまま、耳部分をぴこぴこと動かして無線でヴェーダに連絡を取っている。ロックオンは黙って地図が示す点を見つめた。アレルヤはシブヤの中心部、明らかに研究所に近づくように動いている。追われているので焦って見知った道へ動いているのだろう。
「まずいな…助けてやらねぇと」
二人で捕まるわけにはいかなかったので置き去りにしたが、本当の意味で置き去りにするつもりなどロックオンには毛頭無い。仲間だと、言ったのだから。
「ロックオン!ロックオン!返事来た!返事来た!」
「よし、俺のCOMPに転送してくれ、ハロは地図の尺を変えて三人を」
広域になった地図では刹那が既にシブヤエリアから抜け出している。追われる影もなく、ロックオンが伝えたとおりにメグロにあるというイアンのラボへ進路を取っていた。ティエリアももうすぐシブヤを抜けそうで、こちらもメグロ方向へ向かっている。
「二人は問題ないな、アレルヤだけか。……国連、ユニオン、…人類革新連盟!?」
国連やユニオンが旧都心に入っているのは驚くことではない、当然のことだ。しかし、ユニオンと必ずしも良い関係とは言えない人類革新連盟が旧都心に入ってきていることにロックオンは思わず目を見開いた。
「何のために人革が……」
COMPに転送されたデータを見つめて考え込んでいたロックオンだったが、ぷつりと画面を消して立ち上がる。
「とりあえずはアレルヤだな。ハロ、アレルヤが移動してるルートをくれ」
「了解!了解!」
ハロが示すアレルヤの移動ルートは研究所があるターミナルへ向かっていたが、途中で気づいたのか廃ビル街に入り込んでいた。付近の地図を頭に入れ、ロックオンはハロを抱えて建物を後にした。



その頃、アレルヤは執拗に追いかけてくる軍人たちをどうにかやり過ごそうとシブヤの街を走っていた。
「…ほんと、しつこいな……」
TOKYOを含めて、日本は経済特区としてユニオン陣営の一部とされている。ユニオンの軍人の姿を旧都心で見たことは無かったが、ユニオンの軍服ならアレルヤは見たことがあった。ネットワーク放送される各陣営の公式発表や各国のテレビ放送など、ほとんどのものはヴェーダを通じて視聴することが可能だ。アレルヤが追われながらちらりと視界に入れた軍服は、ユニオンのものではない。旧都心のことを知らずに来たのか、途惑うような声を幾度も聞いたし悪魔に恐怖する言葉もアレルヤは聞いた。
この街の惨状に途惑うのは分からなくもない、と思いながらアレルヤは大きく息を吸う。様々な方法で鍛えさせられた身体は大して疲労を訴えてはこないが、追われているという状況が息を乱れさせた。この街に途惑うのも悪魔を怖がることも分かる、だが、移民ではない、明らかに外から入ってきた軍人が何故そんなことを言うのだろうか。TOKYOの旧都心に蔓延る悪魔たちのこと、そのせいで廃墟と化した街、その情報は既に全世界に広がっているはずなのだ。分かってきて入ったわけではないのだろうか。
「それに、あの女の子」
少尉、と呼ばれている少女がいた。研究所にいるフェルトと同じぐらいじゃないかとアレルヤは思ったが、それより気になることがあった。少女から、守護悪魔のものとは違う、悪魔の気配がした。悪魔と同行しているのか、と勘違いしそうになるほどの近さで少女は何らかの悪魔と接している。契約をしているわけでもなく、悪魔は姿を現してはいない。
契約をしているわけでもないのに気配を漂わせる悪魔、姿を見せない悪魔。少女本人の気配は悪魔のものと完全に混ざり合っている。答えは、一つだ。
「僕と同じ人がいたなんて……」
最初、悪魔と人間の混じりあった気配がした時、アレルヤはハレルヤから与えられている魔力を制御できずに頭痛を覚えて立ちすくんでしまった。引かれ合うように魔力が呼応したのだ。驚いていたロックオンは気がつけば立ち去っていて、どうやら軍人たちには捕まっていないようなのでほっとしたが、少女が近づいてくれば微かに頭痛を覚えるのは変わらない。人間が得ることの出来ないはずの魔力、それをアレルヤは融合している悪魔のハレルヤから受け取っている。そのせいで守護悪魔と契約をしていなくてもアレルヤは悪魔たちの話している言葉が理解出来るし、多少ならば魔力に対して耐性がある。人間と悪魔を混ぜてしまおうなどと考えるのは研究所だけなのだと──研究所が目指す理念のために必要なことだからアレルヤを作ったのだと、そう思っていた。研究所のデータの中に、アレルヤの他に悪魔と融合出来た人間はいない。成功したのは受精卵の段階で融合させられたアレルヤだけだ。
ユニオンではない別の陣営、別の軍の中にアレルヤと同じ作られ方をした人間がいる。それが何を意味するのか、アレルヤにはよく分からなかった。少女と話がしてみたかったが、その本人に追いかけられているのでどうしようもない。
「こそこそと逃げ回りおって!今度こそ捕らえてみせる!」
「うわっ」
先回りされたのか、目の前に立ちふさがった少女がアレルヤに向かって指を突きつける。銃を持っているわけでもない、不思議な仕草にアレルヤが首を傾げる間も無く、少女はこう叫んだ。
「ジオ!」
「!!」
悪魔たちが使う、電撃系魔法がアレルヤを襲った。間一髪のところで交わしたアレルヤだが、少女の行動と姿形に声も出ない。少女は悪魔が使う魔法を生身で使い、背中には半透明の細い羽が四枚ついていた。
「君、もしかして悪魔と…うわっ」
「逃げるな!」
立て続けに降り注ぐ雷撃を避けながら、アレルヤは急いで己の守護悪魔を召喚した。普通の人間だろう軍人相手に使うわけにはいかなかったが、魔法を使う相手に遠慮をしていてはこの場を逃げ切れない。
「愛染明王!」
アレルヤの声に呼応して、COMPが光り召喚術が発動する。愛染明王がアレルヤの頭上に現れ、少女は一瞬驚きで目を見開いた。
「お前は悪魔なのか?しかし中佐はドラッグを入手した住民だと…」
「僕は、……!」
少女を追っていたのか、他の軍人たちの足音が近づいてくる。少女に攻撃することを躊躇って踏みとどまったアレルヤの前に、もう一体、悪魔が現れた。
「もう一体だと!?」
真白で包まれた体、二枚の大きな羽、頭上に掲げられた光輪。ロックオンがもっている守護悪魔、ニケーだ。ニケーはアレルヤと少女の間に立ちふさがるように、浮いている。
「中佐、少尉はこちらに……悪魔です、半透明の悪魔が二体います!さきほどの男も!」
「なに!」
少女が我に返って放つ電撃魔法をニケーが受け止めている間に、アレルヤは急いでその場から立ち去る。守護悪魔は召喚者本人からあまり離れることが出来ないから、近くにロックオンがいることは確かだった。ともかく遠ざかろうと走るアレルヤのCOMPが自動で光り、あるルートを示してくる。刹那が以前教えた寝床がある廃ビルの近くを示したそれは、ロックオンがハロを通じてアクセスしたものに違いない。
「了解」
誰がいるわけでもなく、アレルヤはそう独りごちて歩を早めた。十日前にアレルヤのことを仲間だと言って笑ってくれた、ロックオンの待つ場所へ。



人革さんと鬼ごっこ編。何だか長編になりそうな。