magic lantern

Kus

新しい情報を基に、4人で再びアカサカ近くを歩いていたロックオンは刹那に急に腕を引かれてバランスを崩した。身体ごと振り向くと刹那は険しい表情を浮かべている。
「おいおい、何だよ」
頑是無い子どものような仕草に笑いを浮かべると、刹那はしっかりとロックオンの腕を掴んだまま急にマルドゥークを召喚した。
「行け」
「悪魔か?どこに…うわっ」
守護悪魔はある程度の距離ならば、召喚者から離れて活動することも出来る。刹那のマルドゥークは一目散にロックオンの後方、さっきまでの進行方向へと飛んでいった。
「だから何が」
確認しようとしたロックオンの腕を刹那はぐいぐいと引っ張り、尚も反対側へと誘導する。片手にハロを抱えて引き摺られるように路地に入った。
「刹那、どうしたんだよ、ちゃんと言えって」
「……ここにいろ」
「は?戦闘なら俺も」
刹那の行動の意味が分からず、ロックオンは道を塞ごうとする刹那の頭上からひょいと頭を出して辺りを窺う。アレルヤとティエリアが並んで立っており、やはり悪魔を召喚している。けれど、ハロは悪魔が周りにいるとロックオンに教えてはこない。
「どういう…」
全身でもってロックオンを路地に閉じ込めようとする刹那の身体を抱えるようにして、ロックオンは路地から出てアレルヤたちの向こうに目を凝らす。きらきらと、何かが光っていた。
「ンだぁ?」
何だろう、と疑問に思った次の瞬間。
「そこにいたのかロックオン!!」
「グラハム!?」
きらきらと光っていたもの──太陽の光を受けたグラハムの髪──が揺れて、勢い良くロックオンへ近づいてくる。勢い良く、というよりは最早全速力で突っ込んで来ていた。
「待て、何だお前、犬みた……ぶっ」
あまりの勢いに怯んだロックオンを、すぐさま目前に現れたグラハムが抱きしめる。
「久しぶりだ、私の女神」
「いい加減にその女神ってのは…じゃない、離せって」
初対面の時からおかしなグラハムの語彙にツッコミを入れようとしたロックオンは、現状に気づいて慌ててグラハムの身体を引き剥がそうと試みた。上背は微かながらロックオンの方があるというのに、グラハムが回している腕がなかなか外れない。さすが軍人、とロックオンがおかしな方向で感心していると尚もグラハムは続けた。
「君のガーディアンは本当に手強いな、麗しい女神を護っているのだから当然といえば当然だがね」
「…ガーディアン?」
初対面の時、というよりもグラハムを助けようとしてロックオンが気を失った後、グラハムはやはり同じようなことを言っていた。ガーディアン、守護者。守護悪魔のことでは無いようで、ロックオンが不思議そうな声を上げるとグラハムは腕を緩めないまま、顔を合わせて笑う。晴れやかで、女性が見たら見とれてしまいそうなほど引き込まれる笑顔だ。
「君を私から隠そうとした彼らのことだ、無論、私はどれほど離れた距離でも君を見間違えたり見失ったりすることはないが」
いっそ見間違って見失ってくれないだろうか。
視認された瞬間に突進されて抱きつかれて離してもらえない現状に、ロックオンは心からそう願った。グラハムを囲んでいるのだろうが、刹那のマルドゥーク・アレルヤの北斗星君・ティエリアのアリアンロッドが今にも攻撃しそうな気配でいるのが恐ろしい。3人は何を命じたというのか。視界の片隅で刹那がナイフを抜いたのは気のせいだろうか、気のせいに違いない。陽の光を受けてナイフがきらりと光っていたとしてもそれは気のせいだ。アレルヤが手甲を嵌め直しているのもきっと気のせいだ。ロックオンはそう何度も心の中で繰り返して、グラハムに向き直る。
「あのなグラハム、再会を喜んでくれたのは嬉しいがとりあえず離れてくれ、大体女神ってのはああいうのを」
ティエリアのアリアンロッド、ウェールズで愛されている美しい時と月の女神を目で示すとグラハムは一度だけアリアンロッドに視線をやったが、すぐにロックオンを正面から見つめた。初対面の時と同じ、明るい青の目が輝いている。
「彼女は確かに女神かもしれないが、私の女神は君だ」
「いやだからな、俺は男で単なる人間で召喚してるのは確かに女神だがそれは単なる相性の問題でだな」
「相性?君と私はさぞかし相性が良いのだろうよ、私は君に会えてとても幸せだ」
「誰か…」
グラハムの言葉を翻訳してくれる人間が、いやいっそ機械でもいいから教えてくれ、とロックオンは空を仰いだ。初対面の時、悪魔や召喚の話をしているときは確かに話が通じていたというのに、何故か話が通じなくなっている。
「君と一緒にいられれば尚のこと幸せだが、私には相応の役目があるしそれを果たさなくては君がああまでして守ってくれた意味が無くなる」
「そのことなら気にするなって言っただろう、あれは俺の自己満足だ。だから」
ロックオンがグラハムを守ろうとしたのは、グラハムを守ることで自分を安堵させたかったからだ。グラハムを守ることが出来る自分を自分で証明したかった。自分はもう人殺しではないのだと、何かに証明して安堵したかっただけなのだ。偽善で欺瞞に満ちた自己満足。
「別に恩を感じているわけではない、感謝はしているがね。私が君に抱いているのは純粋な興味と好意だ。美しく、強く、私の心を様々に乱す君は私にとって興味深く好意を傾けるに値する」
唇を噛んで表情を歪めているロックオンに、グラハムは微笑んでそう告げる。ロックオンに二度助けてもらったことには感謝しているし、感謝の言葉ならば尽くしても足りない。けれど、だからといって恩を感じて彼を助けたりしたいわけではないし、グラハムが感じているのはロックオンのことを好ましく思う気持ちともっと知りたいという欲求だ。
「……そんなの、錯覚だ」
自分は美しくもなければ、まして強くもない。偽善で欺瞞だと分かっていても自己満足を得て安らぎを得ようとしている、そうでなければ耐えられない、3人の面倒を見ているふりをして彼らに何かを与えられる自分にほっとしている。自分の存在価値を他者に求めて他者から求められる自分を見て、初めて自分の存在を許している。最低だ、ということは自分で一番よく分かっていた。
「ロックオン?」
微かに歪んだ表情が、泣きそうにたわむ。グラハムが驚いて両手を離した途端、グラハムの前に立ちふさがる姿があった。
「そんなに石になることをご希望ですか?エーカー中尉」
遮ったのは刹那、そしてロックオンを抱き寄せたのはアレルヤだった。ティエリアは憮然とした表情で腕を組んでいる。
「ガーディアンを出し抜くのは困難らしいな」
「当たり前です。石になりたいと仰るのなら、止めませんけど。部下の皆さんもご友人も驚かれますよ。お一人でここへ?」
「いや、パトロールの帰りさ。女神の姿を見た気がしたのでこちらに来てみたら、やはりここに彼がいた」
「グラハム、あんた、部下のところに戻れよ、何かあったら大変だろ」
グラハムの部下は悪魔に対抗する手段を一切持たない。ロックオンの言葉にふむ、とグラハムは頷いてアレルヤが肩を抱えているロックオンの前に跪いた。あっさりかわされた刹那があっけに取られている間に、片手を取って手の甲に口付ける。そして指をそっと押し戴いて指の先にも唇をつけた。
「全く、狂気の沙汰とはよく言ったものだ。女神に軍人が恋をするなど、正気ではない。……それでは、失礼する」
ぽかん、と口を開けているロックオンの顔がうっすらと朱に染まっていく。間近で見ることになってしまったアレルヤは現実逃避をしようとしたが、ロックオンの痛い、という声に我に返った。
「こら、刹那、痛ぇって、指を食うな!」
仏頂面の刹那がさっきグラハムが口付けた指を噛んだらしく、ロックオンは涙目で噛まれた指を擦る。くっきりと歯型がついた指は血こそ出ていないが、それなりに痛い。
「お前なあ俺はビーフジャーキーじゃねーぞ」
「分かっている」
「分かってんなら…アレルヤ?」
隣で肩を抱えたままのアレルヤが無反応なのでロックオンが顔を覗き込もうとした途端、アレルヤの身体に見知った文様が広がっていく。
「……うぉ!?」
ハレルヤ、と声をかけようとしたロックオンの片手をいきなりもぎ取るように掴んだハレルヤは、グラハムが口付けた手の甲ではなく、掌よりもっと上の手首に唇をつけた。
「…ッ……待て、お前、力抜ける…っ」
きつく吸い付いて、跡を残すどころかエネルギーごと喰らいつくすハレルヤにロックオンは足を震わせる。最初に出てきてロックオンのエネルギーを喰らってから、ハレルヤはどうもそれが気に入ったらしく、度々出てきてはロックオンのエネルギーを奪う。奪うといっても休めば回復する程度のものだったし、奪われてロックオンが身動きできなくなったらアレルヤが助けてくれるので、今までロックオンはそこまで文句を言ったことは無かった。獰猛な動物がじゃれてくるような、そんなイメージでハレルヤに接していたせいだ。
「あんな童顔に好き勝手させんじゃねえ」
「俺がしたくてさせてんじゃねーよ、アイツが……っ、ハレルヤ、止せ…!」
手首から唇を離したハレルヤが、ぐいと引き寄せた腕の中にいるロックオンの首筋に唇をつけて歯を立てる。悪魔ではあっても吸血鬼ではないので牙があるわけではないが、薄い皮膚に歯を立てられてロックオンは尚も身体を震わせた。
「まだ喰わねーよ、安心しろ」
まだって何だいつ喰う予定だよお前!そもそも安心しろとお前に言われて安心できるか!と声を上げることも出来ず、ロックオンは力が抜けて思うようにならない身体を何とか支えようとハレルヤの腕にしがみついた。
「あー、やっぱお前の美味ぇな、好きだわ」
「は、あ?」
そりゃどういう意味だ、とロックオンが問いただそうとした途端、ハレルヤの身体から文様がたちまち消えていく。ロックオンを腕で抱えた体勢のまま、だ。
「……!ロックオン!?」
腕から離れようにも身体が動かず、ロックオンは驚きのあまり目を見開いているアレルヤと至近距離で対面した。
「え、ちょっと…うわ、待って」
自分の身体を地面に落とそうと手を離したロックオンの身体を慌てて抱えたアレルヤは、腕の中にいるロックオンがまったく身体の力を抜いていることや顔が赤いままで首筋が何故か濡れているように見えることに気がついて、ロックオンをしっかりと抱え込んだままフリーズする。アレルヤは顔といわず首といわず、かっと朱に染まった。なんというか、目のやり場に非常に困る。
「……くっそ…あいつら…」
ここにはいない、グラハムとハレルヤをとりあえず心中で呪いながらロックオンは未だに力が抜ける身体をアレルヤに預けた。ハレルヤが勝手に現れて勝手にエネルギーを喰らうのには慣れてしまったが、これほど一気に力を抜かれたことが無いので自分の身体が思うようにならない。声さえも出すのが面倒くさい。
今度会ったらただじゃおかない、と思ってはみたもののどう考えても被害を蒙るのは自分であるという確信があって、ロックオンは力なくため息をついた。
悪魔と戦うということだけでも大変だというのに、いったい何がどうしてこんなことになってしまったのだろうか。
昔、本で見た「前門の虎後門の狼」という慣用句の意味をひしひしと感じながらロックオンは目を閉じた。全くもって、昔の人は正しい。







手の上 ならば 尊敬のキス
額の上 ならば 友情のキス
頬の上 ならば 厚意のキス
唇の上 ならば 愛情のキス
瞼の上 ならば 憧憬のキス
掌の上 ならば 懇願のキス
腕の首 ならば 欲望のキス
その他 ならば 狂気の沙汰







誰かハレルヤとグラハムの暴走を止める手段を教えて下さい。ハレルヤが子どもの前で構わずおっぱじめそうで恐ろしいです。ヤツならやりかねない。いきなりアレルヤと交代したのは単なる嫌がらせです(笑)。
ハレルヤはアレルヤが表に出ているときでも表層を読めるので記憶や感情ぐらいは分かります。もともとがアストラル体なので。グラハムが跪いて手の甲にキス、はグラハム攻をやる上での必須事項だと信じて疑いません。だってグラハムは王子だもん。