magic lantern

Schwärzung

「よぉ」
暗がりの中でかけられた声にロックオンは意識を起こして目を開ける。近くで眠っているはずのアレルヤが起き上がり、こちらに歩み寄ってきていた。爛々と光る金色の目が、肌を見なくともハレルヤだということを教える。
「ハレルヤか。どうした」
アレルヤと身体を共有しているハレルヤが夜になってロックオンの前に姿を現すことはそう珍しいことではなかった。そもそも陽を嫌う種族だったのか、刹那とティエリアに会う気が無いのか、全員が寝た後(といってもロックオンはほとんど起きているが)になってから眠っているアレルヤの意識と代わって現れることがほとんどだ。
「どうしたじゃねえよ、喰わせろ」
ロックオンの傍でハレルヤは腰を下ろし、膝を立てる姿勢で休んでいたロックオンと目線を合わせる。にじり寄って顔を近づけ、いつものようにエネルギーを吸い取ろうとするハレルヤから身体を捩って遠ざかりロックオンは眉根を寄せた。今さら止めろと言うつもりは無いが、あまりにも頻度が高いのが気になる。
「お前、やけに頻繁に喰いに来ねえか?研究所にいたときはどうしてたんだよ」
まさかフェルトたちに同じことしてたのかよ、と顔を顰めて言い出したロックオンにハレルヤは珍しく首を竦めて見せた。
「まずいモンで腹を満たす趣味はねーよ、お前のは美味いって言ったろ」
「美味いって、男の俺がか?やれとは言わねーが、どうせなら可愛い女の子とかがいいんじゃねえの?」
悪魔に性別があるのか、外見以外の判断がつかないロックオンではそもそも分からないのだが、どう見ても男のハレルヤが男である自分の首筋に唇をつけて『食事』をするわけだから、傍から見ると不気味な絵になっているだろうという自覚がある。誰も見ていないし、そもそも見ても二人は気にしないだろうがそれでもロックオンの意識としては気になった。
「……お前、おれを吸血鬼だと思ってんのか、悪魔だ悪魔。処女の生き血なんて要らねーっつの」
「いや気分的に女の子のほうが良かないかって話だ。やれとは言わねーけど。やるなよ」
勧めるようなことを言いながら同時に制止しようとするロックオンの前で、ハレルヤはくすりを笑みを浮かべる。最初に対面したときからおかしな男だと思ってはいたが、どこかチグハグな印象を見せる男だ。悪魔であるハレルヤと同質の闇を身の内に抱えながら、いかにも善人であるかのようにアレルヤたち3人の世話を焼き悪魔に襲われる人間を守ろうとする。そして何より、身体が同じでもその本質が全く別であるハレルヤにもアレルヤと同じように接するのだ。仲間だと言い拒絶をせず、エネルギーを与えることすら許している。ハレルヤがロックオンから得るエネルギーは決して明るいものでも清らかなものでも無い。同質の闇を抱えているとすぐに分かる性質のものだ。
「お前のが美味いんだよ、今まで会ったヤツの中じゃ一番な」
「……それは褒められてんのか?」
料理が美味いと言われれば褒め言葉だろうが、ハレルヤが言っているものはロックオンの生命エネルギー自体だ。
「さあな、お前はおれに一番近いからな、あいつらみてえなおキレイで味気無い精気じゃない」
「キレイなほうが美味しそうだろう、イメージ的に」
あいつら、と顎の先でハレルヤは眠っている刹那とティエリアを示す。おそらくは研究所にいる他の人間も含まれているのだろう。
「そりゃお前ら人間のイメージだな。キレイなものを壊したり汚したりすんのは最高に楽しいが、おキレイなものを取り込んだってつまらねえ」
楽しそうなハレルヤの声にロックオンは尚更眉根を寄せて、顰め面を作った。
「俺が汚い、ってことか」
「汚い…そうだな、汚いってよりはどす黒いのさ、お前の腹の底に溜まってる黒い感情がな」
気色ばむわけでもなく、いつものように落ち着いた声でハレルヤに問い返したロックオンは、ハレルヤの答えに息を飲む。
「……ッ…」
「あのチビは秩序や束縛に興味は無いし、混沌や自由を好む性質だがお前と違ってこの街を変えたい、ってな馬鹿げた前向きな感情がある。眼鏡はコンピュータだからな、秩序だってないと気が済まないしその秩序のためなら破壊も創造も問わないだろう。アレルヤは混沌や自由に触れたことが無いから秩序を心地よく感じてるし、何かを壊すよりは守るほうが好きなヤツだ。だが、お前は違う」
反駁するどころか、声さえ出せずにいるロックオンにハレルヤはにやりと笑って指をつきつけた。さながら、罪を曝すように。
「お前は破壊にしか興味が無い」
「……どうして、そう思う」
ロックオンが言葉を返せたのは、しばらくの間の後だった。声は上擦って、動揺を明らかに示す。ハレルヤが初めて出てきたときから今まで、ロックオンはハレルヤに恐怖を感じたことも嫌悪を感じたことも無かった。悪魔だと言われても行動を見ていればハレルヤが敵でないことは分かったから、アレルヤ同様に仲間だと本当に思っていた。なのに。
今、ロックオンは真っ直ぐに自分に向けられた金の目から己を隠したいと思っている。身体の奥底を全て暴かれるような、心や魂を犯されるようなハレルヤの視線に耐え切れず、抑え切れない震えを堪えようと目を瞑った。ハンドガンに手を伸ばすことさえ出来ずに、空いた手を握り締める。
「お前はこの街や悪魔や研究所の命令なんてどうでもいいはずだ、そうだろう。お前の敵は悪魔でも悪魔を増やしてるヤツでもない、お前の家族を奪ったドラッグでドラッグをばら撒いたヤツらだ。そいつらを破壊することにしか、お前は興味が無い。他はどうでもいいのさ、召喚プログラムのことも、こいつらと一緒にいることも、街で悪魔に襲われるヤツらも。束縛や自由やそんなことさえ」
偽善者。
ハレルヤはそう言わなかったが、ロックオンにはそう聞こえた。人の良さそうな笑い方をして、社交的な言動をしていながら、真に望んでいることは、誰かを助けることではなく積年の怨みを晴らすために人を殺すこと。全てはその手段に過ぎず、生さえも復讐の糧でしかない。
「……それの、何が悪い。家族を奪ったヤツらを憎んで、何が悪い!!」
震えを抑えきれないまま、ロックオンは自分を守るように両腕で身体を抱えてそう叫んだ。
あの時。十年前のあの時から、ニールの世界はモノクロで匂いも無ければ意味も無い。ただ、そこにあるだけのもの。ニールのわずかな幸福を理不尽に奪い去った相手を滅ぼすために、幾多の人を命令のままに殺しロックオンというコードネームを得て悪魔たちを殺している。もう、復讐することしか、残されていないのだ。復讐を遂げさえすれば、その直後に罪人として刑に処されようが殺されようがどうなっても、良かった。殺意と憎悪を身体の底で煮え滾らせている自分は、ハレルヤが言うまでもなく悪魔なのだろう。アレルヤのことを守ろうとするハレルヤのほうが、よほど人間らしいほどだ。
「悪くねえよ、ばか」
身体をぎゅっと抱きしめているロックオンの髪をそっとハレルヤの手が撫でた。アレルヤと同じ指には、黒い文様が這っている。ハレルヤは何度もロックオンの髪を梳き、唇をつける。精気を吸うためではなく、何となくそうしたくなった。人間は脆く愚かで馬鹿げた生き物だが、この男の愚かさがハレルヤは嫌いではない。震えている魂を宥めるように、髪越しに頭に唇をつけて腕にロックオンの身体を抱え込む。ロックオンは呆けたように口をぽかんと開けて、目すら開ききっていた。
「は……?」
「お前ら人間の善悪なんておれには関係ねーな、悪魔だからよ。おれにはお前の憎悪が溶けた精気が一番美味い、ただそれだけだ」
他の人間どもがロックオンの行為をどう判断しようと、ハレルヤには関係が無い。そもそも悪魔には善悪の判断が無いのだ。飛天族の天使は絶対神に仕えている存在なので神に従えば善、逆らえば悪と判断する。人間のように社会的に道義的にという複雑な判断などない。悪魔であるハレルヤの種族には、天使たちのような善悪の判断をする習慣は無かった。自分が楽しいこと、気持ちいいことが是で、かったるいことは否だ。そして今、ロックオンの精気を喰らうことはハレルヤにとって楽しくて気持ちイイこと、だった。
「そう、か……」
「お前の周りのヤツらはお前のことをまるで神聖なもののように見てる節があるが、とんだバカどもだ、お前は女神でも天使でもねえよ、おれと同じ悪魔だ、そうだろう?だからおれにとって一番美味いのはお前なんだよ、ロックオン」
悪魔と同質の闇を抱えた、稀有な人間。それが召喚術では女神や天使を召喚できるのだというから、お笑い種だ。
「なぁ、だから喰わせろよ、待てねェ」
腕に抱えたロックオンの首筋に顔をもぐりこませるようにして近づけ、唇をつけて強く精気を吸う。
「っ…ふ……ぁ…」
ハレルヤが吸う度、ハレルヤの身体は飢えていたエネルギーを取り戻して力が戻っていった。そして同時に目の前でしどけない顔をしてなすがままになっているロックオンに愉悦を覚える。微かに抑えきれない吐息が漏れ、伏せた目の上で悩ましげに眉が寄せられている表情は別の快楽をも引き出しそうだ。
「あんまりエロい面するとマジで犯すぞ」
ロックオンの精気を吸うのが楽しいのは、精気自体が美味いからという理由の他に吸っている最中とその後のロックオンを見るのが楽しいから、だった。今も、ロックオンはくたりと力の抜けた身体をハレルヤに預けて肩で息をしている。
「何、言って…お前が、めちゃくちゃするから」
「もっとめちゃくちゃにしてやろうか?何も考えられねーぐらい、よくしてやるよ」
復讐だの、偽善だの、つまらないことを考えないで済むように。ハレルヤにはアストラル体しかないが、ロックオンもアストラル体を持つ人間(動物は全て持っている)なのだから、セックスに近いことはいくらでも出来る。ハレルヤが耳元でそう囁いてやると、ロックオンは小さく首を振った。
「やめ…止せ……」
否定の言葉は掠れて消え、ロックオンは気を失うように眠った。放っておけばほとんど眠らずに朝を迎える男だ、眠らせてやったことに感謝してもらいたいもんだと思いながらハレルヤはロックオンの身体を抱え上げて、壁にもたれかけさせるように座らせる。
「まァ、今日のところは許してやるよ」
この旅は短いものではない、チャンスなどいくらでもある。焦らせば焦らすほど快楽は大きいのだし、すぐに手に入るものより手間がかかったもののほうが楽しめそうだ。ハレルヤはアレルヤが眠っていた場所へと戻りながら、くるりと振り向く。
「忘れるなよ、お前に一番近いのは、おれだ」
ハレルヤの声は、暗闇に落ちてそのまま消えていった。






ハレルヤのターンというかもはや独壇場。つまりロックオンの属性はニュートラル・ダーク。という話。刹那はカオス・ライト、アレルヤはロウ・ライト、ティエリアはロウ・ニュートラル。ハレルヤはカオス・ダークなのでアレルヤと正反対。グラハムはロウ・ライト。ハレルヤは自主的に待ての出来る大型の猫科猛獣です(笑)。