magic lantern

fall doun


メグロにあるイアンのラボで、四人は少しばかりの休息と情報収集を行っていた。今までつけていた守護悪魔とは別の新しい守護悪魔を呼び出すため、イアンはロックオンたちが持っている悪魔のスペルやデータとの照合作業に入っている。作業終了までロックオンたちにはやることが無く、情報収集を行っているのはティエリアのみ、それも長時間というわけではない。
「アレルヤ?そんなモン睨んでどーしたよ?」
ロックオンがアレルヤを見かけた時、既に夜遅い時間帯だったがアレルヤは一人でデジタル時計の掛かった壁を見ていた。時計といっても少し大きめの電子パネルで、カレンダーも兼ねたものだ。
「睨んでませんよ。ただ、もうこんな日なんだと思って」
「こんな日?」
アレルヤは指で電子パネルに映る日にちを指差す。2月27日。もうあと数分でやってくる、明日だ。
「僕が──人工子宮から出てきた日です。ハレルヤと一緒に」
ロックオンは黙ってアレルヤの横顔とカレンダーを指差す手を見ていたが、やがて、そうじゃない、と静かに訂正した。
「そうじゃない、アレルヤ。明日はお前の誕生日なんだろう?お祝いじゃないか」
「お祝い……でいいんですか?やっぱり?」
穏やかに笑うロックオンの顔を見返したアレルヤだったが、どことなく決まり悪そうに眉を寄せる。
「おいおい、なんだその情けねぇ面は。誕生日なんだ、お前だけのとっておきの日だろう。いくつになる?」
「えっと、今、19だから20ですね」
軽い口笛を吹きながらロックオンはアレルヤの腕を掴んだ。途惑うアレルヤが決まり悪げな表情を崩さないので、殊更に笑ってみせる。
「20のお祝いだろ?酒でも飲もうぜ。おやっさんは作業中だから事後承諾になるけど、ま、いいだろ。たまにはな」




ロックオンの一存で始まった、小さな酒宴。ふと目線をテーブルに落とすと、グラスを掴む手に見慣れた黒い文様が這っている。そのままロックオンが目線を上げると、金色の双眸は目線を捕らえてにやりと笑った。
「ん?ハレルヤか?」
「あいつなら潰れちまったぜ」
そう言いながらハレルヤは掴んだグラスをくっと空ける。そのまま自然な仕草でロックオンの前にあるウイスキーの瓶を掴んだ。
「そーか、やっぱまだ早かったかな…って止せ、お前が飲んだら同じだろうが!」
「ケチケチすんな、金なら出してやるよ」
瓶を取り上げようとしたロックオンの手を逆手に掴み直し、瓶を手前に置いてから身体ごと引き寄せる。
「その金はアレルヤのっていうか俺たちの共有だっつーの!そもそもこれはおやっさんのだ!」
「……ちっ、騙されねーか、強いなお前」
身体をハレルヤに抱き寄せられた不自由な体勢で、ロックオンは何とかウイスキーの瓶をハレルヤから遠ざけた。身の安全よりも酒を遠ざけることを優先したせいで、ロックオンの身体は逃れようもないほどがっちりとハレルヤに抱え込まれている。
「酒には強い性質なんだよ、もういいから飲むなお前、身体はアレルヤのだろ」
「今ここにいるのはおれだ」
むっとした口調がすぐ傍で聞こえて、ロックオンは思わず声を荒げた。
「だーかーら、お前はアストラル体だろ、酒を摂取する身体はアレルヤのなんだから、それ以上飲んだら身体に毒だ」
「毒、なぁ…」
ロックオンよりも軽い酒を少し飲んだだけで正気を保てないというのなら、アレルヤは酒飲みの素質が無いことになる。軽い気持ちで勧めた自分を戒める前に、ロックオンはふと浮かんだ疑問を口に乗せた。
「そういや悪魔って酒飲まねーの?酒みてーなもんがあっちにはあるのか?」
「あるにはあるな、こんなヤワなもんじゃねーが」
「へー、すげーな。やっぱ悪魔って酒飲むのか、天使とかは飲まねーんだろーなー」
「そりゃあいつらに聞け、おれは知らねー」
「ふうん?って、お前、何だ、近い…ッ…」
自分についている天使とそんな話をしたことは無かったが、何となくイメージでそう思う。葡萄酒なら飲むのだろうか。今度聞いてみるのも面白いかもしれない、などと思っていたロックオンは抱き寄せられた身体がいつの間にか密着していることに気づく。
「酒よりこっちのが美味いんだったなァ」
いつものように首筋に当てられた唇から、力が抜けていく気がした。力が抜けるだけでは無くて、何か痺れのような毒が回っているような感覚さえある。
「止め、ハレルヤ…ぁ…」
「なあ、おれの本体がアストラル体だって分かってんなら」
ただでさえ酒を飲んでいるのに、このままエネルギーを取られては前後不覚になりかねない、とロックオンがハレルヤの身体をぐいと引き剥がした。いつもより、素直に離れたはずのハレルヤの肩を掴んで押しやっているのに、何故か首筋から鎖骨を伝って舌が這っている。
「…へ…?何、触って…っ…」
「触ってねえよ、ほら」
ほら、と言われるままに脱力して重たくなった目蓋をこじ開けたが、確かに目の前にハレルヤの顔があった。それどころか、ハレルヤは笑っているだけで両手を上げているのだ。降参、とでもつけたくなるようなポーズをしているのに、ロックオンの身体からはハレルヤに触られている感覚が消えない。
「じゃ、何で……ぁ、ん……」
自らの身体を見ても、脱がされているわけでも手が伸びているわけでもない。幻覚を見ているとも思えない。なのに。
「イイだろ?どこも触ってねえのによぉ」
「…ふ、…っ…よせ…って…ば」
前戯のような愛撫は止むことが無い。あちこちを手が撫ぜ、舌が這う。その度にどうしようもなく吐息が漏れた。抑えきれない。ハレルヤは触れていないはずだが、こうなっている原因はハレルヤとしか思えなくてロックオンが何度も首を振って逃げようとすると、ハレルヤは苛立たしげにねめつける。
「ごちゃごちゃ抜かすな、よくしてやるからよぉ」
「ぁ、ああ!……何、して…ッ…や…ぁ…」
性感帯を探るように這い回っていた手がついに自身へと伸びて、ロックオンは思わず身体を仰け反らせた。無意識に堪えようとする表情は、いつもエネルギーを喰らうときとは比較にならないほど扇情的でハレルヤは興奮で乾いた唇をゆっくりと舌で舐める。
「ほんと、エロい面だな」
「ハレ…ルヤ…っ…止め、ろ…」
この身体でロックオンを抱いたところで、この身体はそもそもアレルヤのものだ。不本意ながら間借りしている状況とはいえ、そもそも物質体を持たない悪魔であるハレルヤにはもっと他のやり方がある。第一、自分の気持ちを理解しているようでいまいち理解してないらしいあの朴念仁に、身体だけとはいえ良い目を見させてなるものか、という反発もあった。
ハレルヤがロックオンに触れているのは、ロックオンのアストラルバディの部分だけだ。アストラルバディは物質体しか理解出来ない人間のロックオンたちには見ることは出来ないし、動かすことも出来ない。だが、アストラルバディは物質体に一番近い精神体なので、感覚が理解できる。本人の意思とは無関係に。
アストラルバディに与えられた快感をそのまま物質体である自分の肉体に受けたようにロックオンは感じていて、戸惑いながらも感じることを抑えきれずにいた。アストラルバディだけに意識を集中させるのは、アレルヤの肉体を間借りしているハレルヤには少々骨の折れる作業だったが、こんなイイモノが見られるならば話は別だ。
「まだ余裕かよ」
「ん…んぅ……ッ…あ、やめ、ハレルヤッ」
堪え続けるロックオンへの愛撫はそのままに、ハレルヤはそっと声だけを乗せる。
「もっと鳴けよもっとだ」
しかし、そう囁いたハレルヤに返ってきたのはにべもない言葉だった。
「止せ…ッ、こんなの、意味、無い…だろ……ぁ、ぁあ…!」
「意味だァ?人間ってのは面倒くせえなあ、お前もアレルヤもよぉ」
生きる意味、戦う意味、セックスをする意味。面倒くさいことばかり言葉を欲しがる生き物だ。
「別に痛めつけてるわけじゃねーだろ、なあ?」
「ん、…っ…」
痛めつけることでさえ、意味も言葉も欲しない悪魔であるハレルヤはロックオンの反応にわずかばかり笑みを作る。面白くないことばかり言う口だが、抑えきれずに感じきっている表情は悪くない。
「エロい面してよ、気持ちいいだろ?ならそれで十分じゃねーか。……それとも」
「…は、ぁ…っ……」
「スキ、とか言って欲しいのかよ?ああ、人間ならアイシテルってやつか?」
人間がそういう言葉を交し合うことぐらい、知識としてあった。あったが、とてもではないが気持ち悪くて使えそうにない。絶対的な善の感情、個人的な快楽とは別のところにある言葉、そんなもの必要ではない。
「そんな、の…要らね……ぁ…っ…」
「分かってんな、そんなの意味がねえよなあ?」
「だ、から…止め……っ…ん…」
「止めるわけ、ねェだろ?大人しく抱かれてろ」
初めてエネルギーを喰らった時から、セックスの快楽で堕としてやったらどんな反応をするのか、とても楽しみだった。闇を抱え、どこまでも孤独であることを選びながら気を許してみせた男。誰にも寄りかからない、自分の復讐のためだけに生きることを選び、誰の手も取らない男。その男を一時的とは言え、快楽だけで塗りつぶしているのは想像以上に気持ち良くて、どこか満ち足りた気分にさえなる。
堕天、という言葉をハレルヤはふと思い出した。天使が堕落し、堕天使になることを指す言葉だ。神への愛を失い、神を裏切り、幾多の天使が堕ちてきたように地下深い地獄へと堕ちるその様。この男が追っているドラッグの名前はフォールダウン。失墜、堕落という意味があったとも思い出してハレルヤは一人ほくそえむ。誕生日とやら、気色悪い習慣だと思ったがそう悪いものではないらしい。


王道の、「プレゼントはお前」(本人の意思はまるっと無視)です。ハレルヤの持つ反則技を書いてみたかった。傍から見たら、ロックオンが一人で耐え忍んでてハレルヤはにやにやしてるだけです。変態です。