magic lantern

Ti Amo

「テメェは本当に役に立たねェな、ドカスが」
長年その顔を見てきたとザンザスは思っていたが、ブランクが二度あったせいかその実大して長い月年ではないのだなと改めて気づかされる。傲慢そのもので笑う顔も気狂いのように血に酔って笑う顔も、自分自身ではなく主であるザンザスが無傷であることを確認して安堵する顔も忌々しい眠りから醒めた時のいっそ泣きそうな笑顔も、見飽きたと思っていたのに。
まるで表情が全て抜け落ちた、全くの無表情と言えるスクアーロの顔を見たのは初めてだと、思った。
「……100回、だなぁ。思ったより早かったぜぇ」
何のことだ、そうザンザスが尋ねるより早くスクアーロは隊服のコートについてる肩章をむしり取る。ヴァリアー次席、ザンザスの片腕である証を埃であるかのように造作無く取ってザンザスの執務机に放った。何のつもりだ、さらにそう重ねようとしたザンザスの言葉を遮るようにスクアーロは隊服そのものを脱ぐ。ボンゴレの紋章が左上腕部についているコートも執務机に放られた。
「じゃあなぁ、ボンゴレの御曹司。本部潰してくるからよぉ、上手いこと立ち回って乗っ取れよぉ」
言葉の中身と裏腹の穏やかな声。ザンザスと自分は無関係なのだとでも言いたげに、名前もボスとさえも呼ばずにスクアーロは長い銀髪を揺らして踵を返そうとする。
「何の真似だ。綱吉を殺すつもりか、あそこには守護者が今揃っている、それも分からないのか」
自分たちではなく、リングに認められた正統なボスと正統な守護者がいる上に本部にはヴァリアーのように暗殺に長けてはいなくとも、ヴァリアーの数倍構成員がいることは常識だ。
ザンザスの問いにスクアーロはだからいいんじゃねえかぁ、と暢気に言いながら振り向いてみせた。執務机から離れた距離で。
「さすがにドン・ボンゴレを殺そうとしたらよぉ、守護者の奴らも本気で来るだろぉ?……それぐらいじゃないとよぉ、意味ねぇんだぁ」
「貴様、死ぬつもりか」
ザンザスはスクアーロの意図を察したが、察した瞬間に今まで二度感じた、底知れぬ憤怒に自分が満たされていくのを感じた。自分の所有物であるはずのこの銀髪は、ヴァリアーの次席である証を全てここに置いて、殺されるためだけにドン・ボンゴレになった綱吉を狙うのだという。何のために。何のつもりで。
オレのものだ。
オレのものだ、オレのものだ、これはオレのものだ!
その言葉だけが全てで、ザンザスはそのまま衝動にまかせて銃を抜く。と同時に、スクアーロの仕込み剣がぴたりと首に寄り添った。
「綱吉を狙うなってんならよぉ、アンタが今ここで殺っちまってくれてもいいんだぜぇ?ボンゴレの御曹司」
「……テメェに自殺願望があったとはな」
スクアーロは本気だ。理由までは超直感でも分からなかったが、少なくとも、本気で死のうとしているとザンザスに教えてきた。スクアーロは剣の刃をザンザスの首元に添えたまま、子どものようにくしゃりと笑う。
「だって、アンタ、もう要らねぇんだろぉ?俺のこと」
「──!!」
泣くかと、思った。思ったが、スクアーロは驚くザンザスをよそに少し目を細めただけだった。
「アンタが要らないんなら、俺も要らないんだぁ、俺なんてよぉ。アンタを二度も守れなかった、アンタが欲しがってたものもやれなかった、刀小僧にも負けた、要らなくて当然だもんなぁ。本当ならよぉ、アンタに要らねぇって最初に言われた時にこうすりゃ良かったんだろうけどよぉ」
身を犯していたはずの、憤怒がまるで凍らされたように急速に冷めていく。
「ついつい、ここまで未練たらしく数えてたんだぁ。さっきので100回目、100回言われたらさすがに女々しい俺でもよぉ、さっぱりしようって思ってたからよぉ。だから」
ひゅっとスクアーロは剣を振りかざした。超直感などに因らなくとも、自分を殺すつもりではないのだとザンザスには分かっている。スクアーロはただ、殺して欲しくて、引き金を引かせるためだけに剣を振りかざしていた。ザンザスの鍛えられた防衛本能、暗殺者としてマフィアの御曹司として反射で対応してしまう身体を揺さ振るためだけに。
「……ッの、カスが!」
ザンザスは乞われるままに引き金を引く。ただし、銃口を金属に向けて。
金属が折られ、床に落ちる。スクアーロの義手と接続されている、専用の剣は見る影も無い。
「言った、はずだ」
声が知らずに震えた。今なら、三年前に対峙した子どもの言っていることが分かる。失う、ということは恐怖だ。ザンザスにとって、この銀色を己が世界から失うことは、恐怖そのもの。怖いものなどないはずだった、恐れるものなどいないはずだった、新しいドン・ボンゴレなど畏れるに足らない。でも。
「言ったはずだ。オレに逆らうこともオレから離れることも、勝手に死ぬことも許さないと、言った、はずだ」
四年弱前、一度目の眠りから覚めた後、確かにザンザスはそう言った。スクアーロはSi、と頷いてみせたはずだった。スクアーロが自分との会話を忘れることはないとザンザスは知っている、だからこの命令も覚えているはず。なのに。
「そうだなぁ。だからよぉ、これは俺の我儘みてーなもんだぁ。命令違反は許さねぇんだろぉ?」
尚も殺せと繰り返すスクアーロに近寄るため、ザンザスは椅子を立った。愛銃を二つ、机に置く。そしてスクアーロがしてみせたように、自らのコートも脱いでスクアーロが置いたものに被せた。
「お前の主は誰だ」
間近に、向かい合う。スクアーロは自分が携帯している短剣を抜いて、差し出した。
「アンタだ」
「お前の命は、お前は、全ては誰のものだ」
ザンザスも同じように携帯している短剣、こちらはスクアーロのものとは形が違うダガーに近い剣を抜いて切っ先をスクアーロに向ける。スクアーロが右手で掴んでいる短剣の切っ先を自分に向けさせた。嫌がるスクアーロの手首を掴んで締め上げる。
「アンタのものだ、だから」
「ならば勝手は許さん。どうしてもお前がオレからお前自身を奪うというのなら」
ぐっとスクアーロの手首を掴む手に力を込めて、ザンザスは短剣の切っ先をシャツに食い込ませた。シャツの下、左胸を間違いなく一突きで刺せるように。自らのダガーをスクアーロの喉に触れさせて、じっとスクアーロと目線を合わせる。灰色に近い、色素の薄い瞳。
「このまま刺せ。その覚悟がお前にあるんなら、殺してやる」
「…い、やだ」
「今更一人殺すのに躊躇うはずないだろう、肋骨は外している、このまま刺せばいい。そうしたら、望みどおり殺してやる」
「嫌だ!」
スクアーロはほとんど、絶叫するように声を上げて短剣を手から落とそうと躍起になった。だが、手首を掴むザンザスの手がそれを許さない。
「俺はアンタを殺せない、アンタを傷つけるものを許したくない、アンタに殺してほしいだけだ!」
「……オレは」
「オレはお前を殺さない。お前自身であってもお前を傷つけるモノなど許さない。──スクアーロ」
嫌がって身じろいでいたスクアーロは、名前を呼ばれて反射的に顔を上げた。二度の眠りからザンザスが目覚めても、まだ長いままだった銀髪が揺れる。
「一度しかチャンスは無い。これを逸したら、お前はオレから逃れる機会など無い」
スクアーロは呆然と、己が主の顔を見上げた。ザンザスは、今までのどの時よりも傷ついた表情で、見ているこちらが痛々しくて泣けそうなほどの顔で、スクアーロを見つめている。失いたくないのだと、訴えている。逃れる機会は無いと言いながら、逃げないでくれと願っている。
「……俺が死なないことが、アンタの望みかぁ?俺がアンタの傍にいることが」
「Si」
短い返答の後、尚もザンザスとスクアーロの視線は絡んでいた。
「今の俺でもアンタにとって傍に置く意味はあるのかよぉ」
今の。隊服を脱ぎ、ヴァリアーの次席である証すら剥がし、部下としているわけではない、今の。
「テメェが」
ザンザスはスクアーロの手首をようやく解放し、自分のダガーをスクアーロの右腕に沿わせる。
「この腕も失って」
「両足も失ったとしても」
暗殺者どころではない、日常生活さえ困難になったとしても。
「オレの傍から離れられると思うな。死ねると思うな。オレから、逃げられると思うな」
「Si」
「スクアーロ」
ダガーを投げ捨てるように、ザンザスは手を離した。同時に、スクアーロが掴んでいた短剣も床に落ちる。ザンザスはダガーの代わりに、揺れる銀髪を掴んだ。掴んで眼前に翳し、口付ける。
「これを切って、もう一度誓え」
「何をだぁ」
「お前がオレのために在るということを。お前の全てがオレのものであるということを」
「Si、ボス──ザンザス」
愛の言葉など必要無い。その身が、証。



指輪戦から三年後。ツナがボスになった直後ぐらい?スクアーロに自虐趣味は無いと思うけど(被虐趣味はあるだろう)、ザンザスから要らないって言われたら確実に死ねる方法を求めて特攻しそうだなーって。この二人は共依存に近いけど、依存度が高いのはザンザスだと思う。