magic lantern

確定未来についての話

気に入らない。
全くもって、気に入らない。

別に周囲全てを自分がコントロール出来るなんて思っていないし、そんな面倒くさいことは想像ですら御免蒙りたい。出来ることなら、誰かに干渉する面倒も誰かに干渉される面倒も最低限以下に抑えたい。
──何を言っても、何をしてもされても、結局何も変わらないのだから。
あの時から朝目が覚めたと同時に自分は一人で、家で強いて言葉を使う必要など無く、おやすみのキスを贈る相手もくれる相手もいない。そしてこれからも何も変わらない……はずだ。
自分が何のアクションを起こしたところで状況が変わらないのなら、それは単なる無駄だ。合理的なことを好むというより、非合理的なやり方には嫌悪さえ覚える。さっさと現況を判断して割り切って、それに見合う行動を取ればいいというのに、十年もヒーローなどという危険な仕事をしているとその判断がつかなくなるらしい。
「ちょっとバニーちゃん聞いてる?」
「…バニーなんて人はいません。僕はバーナビーです」
何度同じことを繰り返しても(同じことを2度言うことですら無駄に思えるのだから、このやり取りは苦痛でしか無いというのに目の前の相手は未だにそれを理解しない)時代遅れのロートルとしか表現しようのない男は全く堪えていない表情で頭を掻いた。
「へいへい、おじさんが悪かったですよーだ。ってそうじゃない、これから仕事じゃねんだろ?トレーニングももう終わってるし」
「……確かにそうですが、それが何か?」
不本意ながらパートナーにさせられている以上、仕事のスケジュールを把握されているのはしょうがない。トレーニングをやっている間中、隣のベンチで横になっていたのだからこれもしょうがないだろう。
「今から飯食いに行こうって話になってよー、たまにはお前も来い。な?」
だからと言って、目の前で小首を傾げてみせる中年男に『行きません』と口が動かなかったのはしょうがないんだろうか。
「……話になって、って誰とですか?目的語や主語が抜ける会話はやめてください。老化の始まりじゃないですか」
「お前な!いちいちどうして……ああもう、アントニオだよ、アントニオ。ロックバイソン。スポンサーから食事券もらったとかでイワンたちも行くって言ってて……おい、バニー!」
男の口から出たのは彼の親友(聞いてもいないのにわざわざそう紹介された)と、彼が日頃から何くれと世話を焼く少年の名前だった。その名を聞いた途端、口ではなく足が動いていることに少しばかり自分でも驚きながら、そのまま男に背を向ける。
「そんなうるさそうな子守の会になんて出ませんよ。どうぞごゆっくり」
「わーったよ、また今度な。お前もちゃんと飯食えよー!」
友好的な態度を取っているわけではないのは自分でも理解していた。だから、余計にこの男が気に食わない。
周囲と馴染ませようなんて、『仲良く』なろうなんて考えずにさっさと自分に見切りをつけてくれればいいのに。仕事上、自分の足を引っ張らない行動をしてくれればそれでいいのに。
自分が何を言っても何をやっても、虎徹はまるで諦めようとしない。いつまでたっても自分の視界から外れない。あれこれとうるさく世話を焼こうとする。
早く『お前なんか知らない』と怒ってしまえばいい。早く、出来るだけ早く。

だって分かっているのだ。
彼が望んでいるのはバーナビー・ブルックスJrが彼と──鏑木・T・虎徹と親密になることなどでは無い。彼が望むのはあくまで周囲との協調や連帯感、パートナーとして虎徹と親交を深めることも入ってはいるだろうが、それこそ仕事上のものに過ぎないだろう。円滑に仕事が出来る程度に親しく、という。
虎徹個人が望んでいることはそれで、バーナビー個人を彼は望んでいない。ヒーローでないときのバーナビーを必要としているわけじゃない。
なのに、十年来の親友だとかいう男やまるで保護者のように振舞う少年たち相手と同じに、自分の懐に入れようとするのだから気に食わないのだ。

ずっと一人だった。これからもずっと一人なのだろう。ヒーローというのはそういうものでいいのだろうから。
手に入らないものを望むぐらいなら、遠ざけたほうが楽だ。取り返しのつかないことになる前に。
自分で設定した目標をクリア出来なかったことは無かった。手に入れようとして失敗したものも無い。

でも、本当に欲しかったものはいつだって与えられなかった。目が覚めたら、いつだって一人だった。
これからもずっと一人なのだから、あんな手はいらない。馬鹿の一つ覚えみたいに手を差し伸べようとする男なんて、どこを取っても気に食わない。
彼がこのゲームに飽きてしまうまで、どれぐらいかかるだろう。何一つ変わらない自分に嫌気を差して去っていくまで。
面倒なことは嫌いなのに、ゲームの終わりが出来るだけ先だといいなと思った。退屈凌ぎにはなるからだ、と自分に念押しをして事務所を出る。ヒーローの自分に気づいた女子高生が声を上げ、そちらに自然な笑みを振りまきながら、もう一度心の中で強く念じた。強く、強く。
あの人が自分に背を向ける瞬間が、もうしばらく後のことになるといい。そうなったとしても何の変わりも無いだろうけれど、でも、出来るだけ長く。
どうしてそんな風に思ってしまうかについては、考えないことにした。



やきもき兎。4話の後ぐらいに書いたはず。おじさんはそーゆー意味でずるくて悪いオトコだと思う。