magic lantern

ターゲット

これはただの興味本位だから怒っちゃやーよ、としなを作りながらネイサンに前置きされた虎徹は意味が分からないままに話の先を促した。
「何がだ?」
「私たち『NEXT』は何か共通した能力があるわけじゃないでしょ。共通しているのは普通の…一般市民の皆様とは違う能力を持っているっていう点だけ。その中で貴方たちだけが同じ能力を持ってるのよねえ、と思って。自分と同じ能力者がいるってどんな感じなのかしら」
「……どんな感じ、ったってなあ。同じ力があっても俺とあいつじゃ使い方が違う。でも──そうか、俺たちだけ、か」
視界の端でネイサンがバーテンダーに何か話しかけているのが見える。虎徹は自分も新しいグラスを頼むためにグラスを空け、そのまま自分の手に視線を落とした。
──幼い頃、自分は人に触れてはいけないんだと思っていた。小さな犬猫ならなおのことで、自分は全部を壊してしまうとんでもない化け物なんじゃないかと思ったこともある。
壊し屋などという不名誉な二つ名を大々的に与えられてはいても、もう全てを壊すなどと徒に落ち込んだりする必要は無くなった。能力は制御できるようになったし、命を育むことを知っている。この力は壊すためのものではなく守るためのものだということも。
それを、あの皮肉屋の若者は知っているんだろうか。本人のガードが固すぎて虎徹はバーナビーのプライベートをほとんど知らない。けれど、頑な過ぎるガードがいろんなことを虎徹に教えてくれてもいた。親や周囲から与えられて当然の愛情を受け取り損ねた子どもだということ。辛辣な皮肉を言いもするし可愛げという言葉の意味を知らないような青年だが、根っからの悪人でもなければ感情が欠落しているわけでも無い。虎徹を始終うっとうしがる癖に、徹底的に冷酷に振舞うなどということが出来ないでいる。本来は素直なのかもしれない。本当に冷酷で他人をどうでもいいと思うのなら、虎徹の言葉や行動に苛立ちを覚えたりもしないだろうから。全く無関係だと切り捨ててしまえばいいのに、それが出来ない、戸惑っている姿はどこかいじらしい。
「なあ、ネイサン」
「どうしたの?新しいのなら頼んだわよ」
「サンキュ。いや、こいつも興味本位ってやつなんだがな。──お前さんに、『自分が壊せるもの』はあるか?」
「あらあら、正義の壊し屋さんからそんなこと聞くなんてね」
虎徹がまっすぐにネイサンを見返すと、ネイサンは分かってるわよう、と呟いてふっと視線を落とした。
「会社と自分自身、ぐらいのものじゃない?私が壊せるものなんて。自分が壊してしまえる、自分の所有物なんてそう多くは無いものよ」
「さしずめ俺は家族なんだろーな。想像したくもねーが、俺が壊せるものなんて精々ビルだの車だの、そんな物質を除けばそれだけだ」
「それでいいじゃない。世界が壊せるなんて、ぞっとしないわ」
「ああ。でも、壊せるものが何もねーってのも、な」
自分自身をコントロール出来なくなって何かに当たりたくなった時、人は誰だって壊す対象を持っているものだ。恋人、家族、ペット、場合によっては国家なんてこともあるだろう。守るべきそれらを壊した場合に待っているのは破滅だけだろうが、その対象すら持っていないのだったら、凶暴な衝動は何に向かうというのだろう。
「ほんっと、ハンサムにぞっこんね」
「はあ!?」
惚気なんて嫌ねえとわざとらしく身を捩ったネイサンは虎徹の前でくっとグラスを呷り、バチンと音がしそうな勢いでウィンクしてみせた。
「だってそれハンサムのことでしょ。それに貴方なら、同じタイミングで能力を使えば互いに壊れることも無い。まさに運命のパートナーねッ」
「運命、ねえ……」
ネイサンの指摘は薄々虎徹が感じていたことでもあったから、それ以上の大声を上げるのは止めることにした。同じ能力を持った人間だ、同じような過去があったかもしれない。能力を制御出来ずに何かを壊したり、人と触れ合うことを自ら遠ざけるような、そんな過去が。互いに力を使って、それでも触れ合って無事でいられるのは互いだけ──。
「……ッ」
酔いが醒めてきたというには、あまりにもセクシャルな怖気が背筋を這った気がして虎徹はそのままカウンターのスツールから立ち上がった。このまま考えていてはマズイ。
「悪い、ちょっと」
「いいわよぅ気にしなくて。あの子のステージまでには戻って来なくちゃダメよ」
分かっている、と手を振って虎徹はレストルームに急いだ。
──矛盾を山ほど抱えて生きようとする青年の『壊せるもの』に自分が入ればいい、だなんて。俺はどうしちまったんだ。あいつが能力を出しても『壊れない』のは俺だけで、そのことがぞくぞくするほど嬉しいだなんて、本当にどうかしている。



もだもだ虎。これも4話の後ぐらいに書いたはず。ネイサン好き過ぎて、この頃書く度にネイサンが出てきてた。夢に出てきた気もする。お互いが全力を出し合えるのはお互いだけ、という私のドストライク。