magic lantern

かわいいひと

汗には不快なものとそうでないものがある、と教えられたのはハイスクールの頃だったか。もっと前にテレビか何かで聞きかじったかもしれない。でも、しっとりと汗をかいたままでも気持ち良いなんて、あの頃は知らなかった。ほっそりとした美しい指が、濡れて額に張り付いてしまっている前髪を掻き上げている。何度も、髪を梳いては頭を撫でたり頬に手のひらを沿わせたりと、バーナビーの手遊びは止む気配が無い。
虎徹は指の持ち主へと視線を上げて、へらりと笑み崩れる。
「どうしました?」
まるでTVのアナウンサーみたいな、嫌味たらしいほどに正しく発音されるヒーローの声ではなくて、おそらくは虎徹とごく少数の人しか知らないだろう、柔らかい声。いつも素顔を隠している眼鏡も、掛けられてはいない。
「お前もお馬鹿さんだねえ。こんなオジサンに捕まっちまって、まぁ」
大人気のヒーロー、バーナビー・ブルックスJr。ファンレターは文字通り山のように積みあがるし、顔も名前も知れているので街に出ればそれだけで多くの人々を釘付けにする。そんな、前途洋洋たる青年が若くて可愛くて綺麗なお嬢さんではなく、何で自分みたいな中年男を……などという意味で虎徹は言ったわけでは無かった。バーナビーは微かに眉を吊り上げて驚いてみせただけ、ちょっとだけ笑いさえして、むにむにと虎徹の頬っぺたを優しく指で摘む。
「貴方こそ、お馬鹿ですね。俺みたいな男を愛してしまうなんて」
疑う余地さえ与えない、きっぱりとした声に満面の笑みを足されて虎徹は顔を赤らめて唸るしかなかった。ちょっとからかうつもりで言っただけだったのだ。
「貴方を愛することが馬鹿になるということなら、もうとっくに俺も貴方も度の外れた馬鹿でしょう。違いますか?」
「……ち、がわねえよ!っくそ!」
互いのバックボーンや置かれた環境の違い、世代差やその他諸々が引き起こす問題を山ほど踏み倒して、どうにかこうにかクリアして、今がある。虎徹はバーナビーの家のベッドでアッパーシーツ一枚しか身につけておらず、バーナビーは素のままの姿で虎徹から手を離さない。真っ赤になっている顔やら頭やらを好きに撫で回している。
「本当に貴方は可愛いひとだな。当たり前のことを、こんなに恥ずかしがって」
「東洋人はシャイなんだよ」
愛情表現の差異については乗り越えたというより、虎徹が一方的に慣らされた、に近かった。バーナビーはいつだって虎徹が恥ずかしくて悶え死ねそうなぐらい、甘ったるい。
「まあ、貴方の場合は人種よりお国柄というヤツなんでしょうけどね。お国柄と言えば、そうだ、虎徹さん」
「ん?」
バーナビーはすっと手を伸ばして、窓のブラインドを開ける。低い位置に満月が出ていて、高層階にあるこの部屋からだとぐっと近く見えた。
「『月がきれいですね』」
「……!」
「満月だ。小さな頃はあれが大きなパンケーキに見えたり、自分のものにしたくて駄々をこねたりしたこともあります。今日のは少し…蜂蜜みたい、ですかね」
首筋まで赤らめてあーだのうーだのと唸っていた虎徹だったが、辛うじて動かせる手を伸ばして、バーナビーの手を掴む。指の節を絡めてきゅっとベッドに押さえつけた。
「おいちゃんからすりゃあな、お前さんのがよっぽどかわいいっつの。わざわざそんな昔の、しかも外国の言葉調べたりしてよ。……『私、死んでもいいわ』なんて言わねえぞ」
「もちろんです。俺は愛したからって死にたくないし死なれたくも無い。貴方はもっと俺に愛されるべきだし、俺を愛するべきでしょう?だからダメです」
「そーいうことにしといてやるよ、俺のウサギちゃん」



ラブラブ兎虎。本編の二人の過去が気になって妄想が迷走したので、本編後と銘打って捏造激しくラブを書くことにしました。二人が幸せそうにいちゃいちゃしてる姿が見たい!