magic lantern

だから全てを

「はッ」
裏門の少し手前まで走り、そのままの勢いで跳躍する。裏門の上に飛び乗って、すぐさま飛び降りた。長物を持っているにも関わらず先に乗り越えていた京一が、道端で埃を払っている。
「ひーちゃん、メシどーする」
「んー?リクエストあるなら作るけど。今日はけっこう良い出物あったから懐暖かいし」
旧校舎で何故か得られるアイテムは如月骨董品店に並べられており、龍麻は如月に売却してはそのお金で仲間たちの武器を買い揃えたりみんなでご飯を食べたりしている。如月は既に今日の分の換金を終えて(どこからあれだけの現金が出てくるのか、京一はいつも不思議に思っていた)商品として並べるべくアイテムを持ち帰っていた。
「リクエストたってなァ……」
「ラーメンを一から作ると時間かかるからなー、ま、いつも通りな」
「おう」
帰り道にあるスーパーに寄って、ああでもないこうでもないと言いながらその時に食べたいと思ったものを買って作るというのが二人の『いつも』で、元々自分の家に寄り付かない京一はすっかり龍麻の家に入り浸っている。京一の私物がスペースを占領しているようなことはないが、空き気味だったクローゼットが少し埋まってきていたり洗面所や食器棚などには京一用の物が自然に置かれていたりする。
一度、他の仲間が来たときに同棲相手がいるのかとちょっとした騒ぎになったほどだ。相手は京一なので同居や同棲というよりは入り浸りという判定を受けたらしく、あまり迷惑を掛けないようにと要らぬ説教を食らって京一はすっかり拗ねてしまった。龍麻は京一の拗ね顔が特にお気に入りで、というか覿面に弱くて、拗ね顔を思い出すだけでにやけ笑いが出てしまうほどだ。人前でやらない程度の分別はある龍麻だが、今は京一の隣であって人前ではないので遠慮がない。
「何ニヤニヤしてんだひーちゃん、ただでさえ暑ィのに」
スーパーからの帰り道、公平に荷物を分けて互いの手にぶら下げながら京一はにやけ顔の相棒を見咎めて片手で流れ落ちそうな汗を拭う。旧校舎で戦っているときのほうがよっぽど汗かきそうなのによ、と不満気ながらも汗をかくこと自体はあまり嫌いではない。
「京一可愛いな、と。まあ思い出し笑いだな」
「この馬鹿がッ!堂々とおかしなことを言うなッ」
思い出し笑いはエッチなことを考えているから、という俗説を素直に信じている京一は暑さのせいではなく顔を赤らめて、龍麻の家へと帰る足を速めた。悪い悪いと全く悪びれずに言いながら龍麻が後を追う。
「しょうがないだろ、おれにとっちゃ本当のことなんだから。おれにとって一番可愛いのはお前なの」
玄関を開けて中に入り、鍵を閉めながらの龍麻の台詞に京一は二の句が告げなくなったらしく、スーパーの袋をどさっと冷蔵庫の前に置くとクーラーをつけるべくリビングへ逃げようとした。
「いい加減慣れなよ京一、そういうとこが可愛いからおれはいいけどさあ」
慣れないとお前の身が持たないだろ、と無責任なことを言いながら龍麻は買ったものを冷蔵庫に仕舞いこむ。リビングのソファで冷風を独り占めしている京一に後ろから近づいた。無防備に晒されている項に、つうと汗が伝って落ちる。
「ッ!」
ぞわ、と怖気のようなものが背筋を抜ける。それが怖気ではなくて極度の興奮からきたものだということは、項に舌を這わせている自分に気がついてから理解した。汗ばんだ首筋を舐めあげられて京一の背が跳ねる。
「龍麻ッ!」
「しようぜ、なァ……京一」
首の付け根から生え際までを舐めあげ、そのまま耳元へと舌先を滑らせた。耳から脳へと注ぎ込むように龍麻が低い声で囁くと、京一はばっと両手で耳を塞ごうとする。
「だめ。さっきから京一可愛いことばっかするし、やらしいしで限界」
耳へと伸ばされた腕を後ろから掴み、喋りながら耳朶を口に含んだ。
「ッ、ぁ……たつ…」
「んー?メシなら後でちゃんと作ってやるから。京一……」
「待っ、龍麻、待てッ!!」
腕を掴まれたまま、じたばたと暴れる京一に龍麻が動きを止めて手を離すと京一は即座に間合いを取る。
「ンだよ、何そんな慌ててんだ」
初めてというわけでもないし、何か特別な日というわけでもない。連日連夜無理を強いているつもりも龍麻にはないし、拒まれる理由がさっぱり分からない。
「い、いいから、待てって言ってンだろ!」
「待ってもいいけど、あんま自制が持たないんで手短に」
「手短たァなんだ、こっちはマジで──」
はた、と言葉を切った京一はまた顔を赤く染めて、違う、そうじゃないと首を振った。
「京一?」
「だァッ!喋ンなッ!っていうかお前風呂入ってこい、風呂!!俺も入るけど!」
勢いで喋らないと恥ずかしさから逃れられないらしく、京一はぎゃんぎゃんと声を荒げてバスルームを指差す。龍麻は思わず制服のカッターシャツを摘んで汗で嫌な臭いでもするのかと確認してみた。とりあえず、自分ではあまりよく分からず、そもそも京一は潔癖というほど綺麗好きではないのだから、なぜそこまで…と辺りを嗅ぎ回ってふと気がついた。
「なんだ、お前もその気になったんじゃん」
「なッ!!じゃんとか言うな!」
「えー?違わねェだろ?……ほら」
京一が自然と測る間合いは龍麻の間合いよりは剣の分だけ、長い。しかし、龍麻は己の間合いの外から一歩で京一に詰め寄って、窓を背に逃げ切れなかった身体を捕まえる。
「汗と戦いの気配とが混じった京一の匂いがする」
「……ッ!!」
日頃は体臭など感じないし気にしないが、旧校舎でさんざ戦った後で汗もかいているからお互いのものだとしか認識出来ない匂いがして、それとベッドで嗅いだことのある匂いを記憶が結びつけた。
「はは、すげえ……」
龍麻の声は興奮を示すように低く掠れ、押し付けるように抱きしめている身体もはっきりと興奮を伝えてくる。しているときと同じ匂い、同じような声、同じように興奮している身体。実際にしているわけでも無いのに、記憶が呼び起こす快楽で京一は思わず龍麻にしがみついた。
「もう待たなくていいな?」
しがみつきながら、必死な勢いで京一は首を横に振る。待てないほど高ぶっているのは京一とて同じことだったが、している最中ならともかく、する前からこれほど興奮したのは初めてだったので何か要らぬことを言いそうで冷静になりたくて何度も首を振った。
「っ、ダメだ、風呂……風呂入って」
「……入ってからなら、いいんだ?」
この期に及んで風呂など悠長に入ってられるか押し倒すぞ、と言いたいところを堪えて龍麻がそう尋ねると京一はややあって頷く。
「よし。ならいいや、風呂入ってこいよ。どうせシャワーだろ?」
「お、おう」
何となく力無い足取りでバスルームへ消えた京一の背中を見送って、龍麻は夕飯を作るべく台所に立った。



もともと短い入浴時間がシャワーのおかげでさらに短く、京一はすぐにリビングへと戻ってくる。龍麻はとりあえず下ごしらえだけした材料を冷蔵庫にしまって、タオルで乱暴に頭を拭いている京一に近づいた。
「京一、乱暴にするなっていつも言ってンだろ」
色素が薄いのか、抜けてしまったのか京一の髪は一般的なこげ茶を通り越して赤茶に近い。陽に透かすとオレンジのように見えることさえある髪は雑に扱われているわりに手触りが良くて龍麻のお気に入りだ。
「ほらそこ座って、タオル貸して」
「んー」
ソファに座った龍麻が自分の足元を示すと京一は冷蔵庫から出したジンジャーエールを飲みながら大人しく床に座る。タオルを奪って雫を拭き取り、丁寧に乾かした。
「もう石鹸の匂いしかしねェな。…これはこれでいいけどさ」
髪の毛に唇を近づけて言った龍麻はバカ、と一言で切り捨てられてしまう。後ろから見える耳や首筋まで赤い京一にバカと言われても龍麻にとっては可愛いだけ、誘ってるのかお前と返したくなるだけだ。
「おれも入ってくるから待ってろよ」
「……ん」
一緒に入れるほど広いバスルームだったら、と余計なことを龍麻が空想し始めたとは知らない京一は冷えたフローリングから暖を求めてさっきまで龍麻が座っていたソファによじ登る。龍麻の、としか言いようのない匂いが微かに残っていて、暖かく柔らかな氣が身体を包み込むように感じられた。
「龍麻……」
人前では転校初日に教わったあだ名で呼ぶことにしている京一だが、この部屋に来てしまうとするりと名前が口をつく。冷房が効いている部屋なのに、龍麻の残された氣と匂いだけで温かな身体で抱きしめられているようにさえ思えてソファの上で身を捩った。