DEVIL SUMMONER
「で、アムリタを追うとして、おチビさんたちはどこ行ったのかね。確かけっこう前にラボに着いたと連絡があったんだが」
一向に姿を見せない刹那とティエリアを探すようにロックオンがぐるりと視線を巡らせる。たどり着いた視線の先でイアンは首を竦めて笑みを浮かべてみせた。
「さてな、お前さんたちが来る少し前に来たんだが、一度顔を見せたきりだ。どこにいるのやら」
ラボと呼ばれているイアンの研究施設は、シブヤのターミナルビル地下にあるソレスタル・ビーイングの研究所ほどではないものの、それなりの広さを持っている。地上部分に出入り口はあるのだが、地下に広がっているスペースを主に使用していた。研究所を出る前に旧都心内に点在する主要ポイントについての概説は受けているが、メグロにあるラボを訪れたのは四人とも初めてになる。
初めての場所だから物珍しくてついつい動き回ってしまう、などという子どもらしい特性を二人が具えていないことぐらい付き合いの浅いロックオンでも分かることだったので尚のこと不思議に思って首を傾げていると、アレルヤが口を挟んだ。
「刹那はともかく、ティエリアはヴェーダやイオリアと話しているでしょうから気が済まないと出てこないかもしれませんね。すぐに出るのであれば、COMPを通じて連絡をとれば来ると思いますよ」
「いや、まあそうなんだろうけど…」
アレルヤの言っていることは正論だったが、その方法を取ることをロックオンが躊躇っているとイアンがまあ待て、と会話を遮る。
「急いては事を仕損じる、てな言葉があってな。あいつら…特にティエリアなんかは急ぎたいだろうが、急いでさっさと片付くミッションでも無い。せっかくだからゆっくりしていけ。ヴェーダには繋がってるから情報はいくらでも取れるし、スメラギとも連絡が取れる。おれはお前らの悪魔の状態も確認しておきたい」
「…いいのか?普段、一人なんだろう。四人も増えたんじゃ、備蓄の減りが早いぜ?」
茶化してみせた言葉にイアンは声を立てて笑った。このラボに来ることがあるのはエージェントの王とそのお付きである紅龍、情報屋で同じく外部にいるスメラギぐらいのもので、こんなに大勢が一度に来たのは初めてのことだった。
「はは、確かにそうだろうな。でもまぁ…食糧やら何やらを揃えるのはおれの仕事じゃないし、金も研究所のだ。そもそも給料をもらった覚えもないから、まあ、必要経費ってとこだな。お嬢ちゃんに言えば、すぐにでも持ってきてくれるだろうよ、あちらさんはそれが仕事だ」
「お嬢さんはそんなこともしてたのか、何ルートなんだか」
絶対封鎖されている旧都心に外部から物資を入れるのは不可能なことではないが、骨が折れることだとロックオンは認識している。封鎖しているユニオンに話を通さないといけないし、研究所はどうやらユニオンや他陣営でさえ交渉が可能なようだったが面倒くさいことに変わりはない。まして、旧都心ほどではなくても交通封鎖されているTOKYOに物を運ぶのは普通に輸送するより金がかかる。旧都心で物資を得ようとするとほとんどの場合命がけになってしまうのは、そもそも旧都心に物資が少なすぎるという理由が主だが、闇市において高値で取引されるからそれ目当ての者が大勢いるという側面もあった。
「何ルートかは知らん。知らんがそれで特に困ることもないし、変なもの食わされてるってワケでもない。おまけに煙草は旧式の上物だ、酒もついてくるとなりゃ文句の言い様が無い」
「へえ、すごいな」
煙草やアルコール類、いわゆる嗜好品とされる物を旧都心の住民が手に入れることは非常に難しい。配給などに縁の無い移民であれば尚更で、ロックオンはアオヤマで暮らしていた時分に甘い物を食べた記憶があまりなかった。ギャングに潜り込んだ後、上の人間の気紛れで菓子を貰って初めて食べた時は驚いたものだ。
仕事の報酬というわけではないのだろうが、言われた仕事を成功させてアジトに戻ると菓子やアルコールを貰うことがよくあった。食事も寝床も与えられたし、ロックオンが今思い返す限りでは良い待遇を受けていたのだろう、と考えられる。ドラッグ漬けにされて、ドラッグと引き換えに危険なことをやらされる構成員も山ほどいたのだ、そうならなかったのは幸運というより他にない。手先や視界が何よりも優先されるべきスナイパーに感覚を鈍らせるようなドラッグを打つはずもないのだが、ニールに射撃の才があったのは偶然に過ぎないし銃を上の人間に持たされなければ気づくことも無かっただろう。
「お嬢ちゃんには連絡を入れておくが、何か頼みたいモンでもあれば早めに言えよ」
「そうだな、携帯食糧と7ミリのライフル弾があったらありがたい」
「了解、伝えておく。アレルヤは?」
突然話を振られたアレルヤは興味深げに辺りを見回していた視線を慌ててイアンに戻す。設えてある機械は研究所にあるものとさほど違いが無いが、主の違いなのか部屋にはアレルヤが見知らぬものがいろいろ置いてあるのだ。
「え?僕ですか?」
「お前さん、何か要るモンは」
「要るもの?」
鸚鵡返しで尋ね返したアレルヤが首を傾げるとイアンは相変わらずだなァと朗らかに笑った。研究所で生まれ育ったアレルヤをそれこそ生まれた時からイアンは知っている。アレルヤがハレルヤと融合させられる形で生まれた頃、イアンは若いながらも有能なエンジニアとしてイオリアの理念と理論をプログラミング化する仕事を研究所で行っていた。試験的に運用していたデビルサモンプログラムが整い、データ収集のために旧都心の街へ出るようになったのは十年ほど前のことだ。
「外に出るのは初めてだろう、アレルヤ。まだひと月も経って無いが、要り用な物でもあるかと思ってな」
「あ……えっと、特にはありません。僕はこちらに疎いですし、必要なものもよく分からなくて。ロックオンに任せきりなんです。それじゃいけないなって思ってはいるんですけど」
「任せきり、ねぇ。頼もしい限りじゃねーか」
二人の会話を幾分微笑ましい気持ちで見守っていたロックオンは急に矛先が自分に向けられて、微かに眉根を寄せる。イアンがそれ見たことか、とでも言いたげに嬉しそうに笑うものだからどことなく居心地が悪い。研究所を出る前に殊更突き放したような態度をとってみせていたのに、改めて信頼を言葉にされるとどう反応していいのか困ってしまう。
「そうなんです、悪魔に関する知識はやっぱりティエリアが一番ですけど、コンタクトとか生活のこととかはもう本当に頼ってばっかりで」
「……刹那たち、探してくるな」
ふい、と姿を消したロックオンをアレルヤは目線で追ったが、音を立てて閉まったドアに遮られた。そのまましゅんと肩を落として俯いてしまったアレルヤを見ながら、尚もイアンは笑い声を立てる。
「はは、そう落ち込むなよ。良い傾向だ、ありゃァ」
「良い傾向?だってロックオン、僕のこと呆れちゃったんじゃ」
違う違う、とイアンは大仰に手を振った。
「呆れてなんかいないさ、嫌がってもいない。なんつうかな、前までの暮らしがそうさせるんだろうが、人に頼られるだの好かれるだの、そういうのに慣れてねえんだろうな。慣れてないから、どう返せばいいのか分からないのさ。可愛いトコあるじゃねーか、なァ」
同意を求められたのは分かったが、アレルヤはその声に返すことが出来なかった。少し前、刹那が言っていたことを思い出したせいだ。
『害意の無い、好意を見せる人間が怖いのだと、ロックオンは言っていた』
害意のある敵なら銃を向けてしまえばいい、そうやって対峙する以外の方法をロックオンと名乗る前のニールは知らなかったのだという。無条件に与えられているように見える好意にどう対応していいか分からない様子で、あの時以外にも途惑った風を何度か見せることがあった。けれど、それは決して無条件などでは無いとアレルヤは思う。
ロックオンがアレルヤたちを仲間と呼び、きちんと考えて行動してくれているのが分かるからアレルヤはどんな些細なことでも手助けになりたいと思っているし、態度にはあまり示さないが刹那だって同じように思っているはずだ。ティエリアでさえ、イオリアとヴェーダの意思を尊重した後ではあるが、ロックオンの言うことをある程度は聞くし戦闘ともなれば慣れないだろうフォローだってしてみせる。ハレルヤのことはアレルヤには分からないが、今のところ問題は無いようだった。
「ま、気にしなさんな。アイツならそのうちテメェで折り合いつけてくるだろう」
イアンの言葉にアレルヤは生真面目な表情で頷いた。折り合いとやらがついたら、いつかちゃんと横になって並んで眠ったり出来るようになるのだろうか、と思った。
これからの行動予定をきちんと4人揃って確認した、その後の夜。4人にと宛がわれた部屋はさして広く無かったが、並んで横になっても十分なスペースがある。寒くもなく、固すぎるわけでもない寝床は久しぶりだった。
ティエリアとアレルヤ、刹那が眠ったことを確認してロックオンは横向きになっていた身体を起こす。横になって眠れるわけなどないのだ。
「…酒があるって言ってたな」
スメラギと会ったバーでも飲まなかったし、研究所に連れられてからは一滴も飲んでいなかったが、酒を飲むこと自体は好きだしスメラギほどではないにしろ強い方だ。ラボが安全であることに間違いは無いし、久しぶりに飲んでみたいと単純に思ったのでロックオンは部屋を抜け出した。
その後を追うように、アレルヤが身体を起こしたことに部屋を出ていったロックオンが気づくことは無かった。
ロックオンのスナイパーライフルは7.62NATO弾を使用している脳内設定なんですが、ユニオンとAEUの時代にNATOはないだろうと。ユニオン規格にでもなるのかな。刹那が持ってたみたいに全部レーザーかもしれないけど。
