magic lantern

喜びの歌 上

アレルヤとティエリアが人類革新連盟のスペースコロニーへ武力介入を行うと同時に、ロックオンと刹那は地上へ降りて南アフリカ国境付近での紛争へ武力介入を行っていた。人類革新連盟から払い下げられた大量のアンフをなぎ払った後、インド洋の小島にあるCBの待機基地へ移動する。アレルヤとティエリアが行うミッションの概要を知らされていただけに、ロックオンはデュナメスの整備をハロに任せて通信端末を離さないまま空を見上げた。
ついこの間、人革連が取った物量任せの鹵獲作戦でアレルヤはかなりのダメージを負った。本人が頑丈だと言うだけあって肉体的なダメージはすぐに回復したけれど、精神的にもそうだったのかロックオンには分からない。
いつもより少しナーバスになっているようだったが、アレルヤが自室に篭もってばかりいたので詳しいことは聞けず終いだ。
コロニー内での戦闘は国際法で禁止されているので、コロニー内でミッションを終えるまでは無事だろうがコロニーから出てポイントを離脱出来るかが気にかかる。なにせ相手は人革だ、人においても武器においても単純な物量は世界一を誇る。総合的な戦力であるとか、経済力であるとすればまた話は違ってくるが。
「アレルヤ…ティエリア…」
赤道近くの空は果てしなく青く澄み渡っていたが、いくら目を凝らしても成層圏までは見えるはずも無い。再度空を仰いだロックオンは、振り切るように基地へと戻っていった。


ミッションクリア及び2人の無事をロックオンと刹那に教えたのは、その日の夜に専用ジェットで来た王瑠美だ。いつものように、紅龍を従えている。
「あちらのミッションも、無事クリアしたそうですわ。マイスター2人と、もちろんガンダム2機、プトレマイオス共に大した被害はないそうです」
「そうかい、そら良かった。で?俺たちはトレミーが待機ポイントへ戻るまでここに?」
基地内にある簡素なリビングルームのソファに腰かけた王は、頷いて出された紅茶を口にした。
「ええ、そう聞いています。プトレマイオスが移動を終えるには少々時間がかかるかもしれませんけど」
「了解した。こんな海のど真ん中じゃ、何もやることねえけどなあ」
背もたれに身体を預けて、ロックオンは天上を仰ぐ。
「そうですわね。お買い物ぐらいでしたら、頼まれましてよ」
「はは、お嬢さんにお使いなんて頼んだら俺がミス・スメラギに怒られちまう」
「あら、そうですかしら」
王がそう言って笑ったとき、ロックオンが携帯している通信端末から小さな電子音が聞こえた。
「悪いな、席を外させてもらう」
片手を上げてそう告げるとロックオンはすぐにリビングを出て、ベッドルームに移動しながら端末を開く。通信してきたのは、アレルヤだ。
「どうした?アレ……ミス・スメラギ?」
端末には通信相手としてアレルヤの名前が出ているのに、画面に見えるのはどう見ても酔っ払っているスメラギの顔だった。かなり飲んだらしく、画面の端に空き瓶が転がっている。コップを離さないままのスメラギは、必要以上に端末に近づいているらしく近すぎて画像が乱れていた。
「ミス・スメラギ、どうしたんだよ。これ、アレルヤの端末じゃねえの」
『アレルヤのよぉ』
酔っ払いらしい、間延びした口調でスメラギはそう答えて急に画面から姿を消す。酒瓶ばかりの画像を怪訝な顔で眺めているロックオンの耳に、微かにアレルヤの声が聞こえてきた。
『スメラギさん、そんな、いいですから』
『いいから、ほら、もう繋がってるんだから!』
わ、という小さな声と一緒に画面に飛び込んできたのはアレルヤだ。
「アレルヤ、どうしたんだ?酔っ払いに付き合うと大変だぞ?」
すぐ寝てしまうような他愛ない酔っ払いならともかく、スメラギはかなり酒量が多い上に場合によっては絡んでくるので危険極まりない。
『あの、僕はいいって言ったんですけど、その、スメラギさんがどうせならって』
「何がだ?」
画面に映るアレルヤは照れているのか、恥らっているのか、挙動不審になってしまっていてロックオンは首を傾げる。
『あー、もう!焦れったいわね!ロックオン、アレルヤがね、今日誕生日なんですって』
「そうなのか?」
訓練していた間を入れると、ロックオンもアレルヤもCBには数年在籍している。けれど誕生日がいつだとか、そういう話をしたことはなかった。クルーに比べて、マイスターはかなりの個人情報が守秘義務の対象になるので気にしたことはなかったのだが。
『えっと、そうなんです』
『あとはそっちでやってちょーだい』
恥ずかしそうに頷いたアレルヤを、スメラギがぐいぐいと押しやっていて、アレルヤはどうやら部屋から追い出されたらしかった。
「今日…ああ、もう日付が変わってんだな、27日か」
『ええ。本当は誰にも言うつもりじゃなかったんですけど、ちょっとスメラギさんにお酒をもらいにいって、話の流れで』
アレルヤは、酒を好まない。飲めないというよりは、飲んだことが無いはずだった。ロックオンが前に進めたとき、未成年だからという理由で断られたことがある。
「……そうか、二十歳になったのか。おめでとう、アレルヤ」
『ありがとう、ございます。僕は、誕生日って何の意味も無いって思ってましたけど……意味は、あったんですね』
「そうさ、意味はある。お前が生まれて、今まで生きてきたことへの祝いだ。俺はお前に逢えて良かったと思ってるよ、アレルヤ。たとえ逢った理由がヴェーダに選ばれて、ガンダムに乗るためだったとしても、それがお前で良かった」
『……』
「アレルヤ?眠いんなら」
アレルヤが瞬きもせず、微動だにしないのでロックオンは訝しんで小さく声をかけた。
『そうじゃないです、嬉しかったから。本当は、今すぐにでも貴方に話したいことがあるけれどそれは貴方が帰ってきてからにします』
「オーケイ。楽しみにしとく。そうだ、何か欲しいモンあるか?誕生日にはプレゼントだろ」
『そんな、気にしないで下さい。気を使わなくて大丈夫ですから』
「バカだな、俺がお前の誕生日を祝ってやりてえの、大人しく祝われてればいいんだって」
『そう言われても、すぐには思いつかないです』
「じゃあ思いついたらメール寄越せよ、こっちで買って行くからな」
大人しく頷いたアレルヤに、ロックオンは満足げに頷き返す。二十歳まで誕生日を祝われたことが無いのなら、プレゼントの記憶もそう無いのだろう。
『もう遅いですから、そろそろ切りますね』
「ああ。……アレルヤ」
『はい?』
「誕生日おめでとう。お前が生まれてきたことに感謝を、一つでも多くの幸運がお前に降るように。……じゃあな」
もう思い出せないほど遠い昔、ロックオンに掛けられていた祈りの言葉。今の自分にそんなことを言える資格は無いと分かっていても、それでも伝えたかった。



アレルヤ。
お前が今生きていることには、確かに意味がある。
この世界に、厭われた生命も要らないものも意味の無いものも無いと俺は信じたいんだ。
戦うことしか出来ない俺たちにだって、きっと意味はある。
それが何かを知るとき、生きているかどうかは分からないけれど。





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