magic lantern

双子の金星

レプブリカ・デ・グアテマラ。古代マヤ文明の遺跡を数多く持ち、未だにマヤ系の先住民族が三割ほど残っている国だ。植民地支配時代のスペインの影響も色濃く残っているが、純粋な白色人種がそういるわけではないので、到着したばかりの九龍や皆守の姿が浮くことはない。
「賑やかだねえ甲ちゃん」
「まァな」
現地の人たちが身にまとう服は原色豊かなものばかりで、少し前までいた霧煙る国に比べると明るく派手だった。
「この街からはあんま離れてないトコらしーけど、どんなのだろう」
九龍の心は既に新しい遺跡へと向かっている。マヤ文明関係の遺跡ではあるだろうが、全く違う古代文明の遺跡かもしれないし、オーパーツが多く見つかった土地柄なので否が応にも九龍の期待は高まった。
「明日になったらガイドが来ンだろ?まあ下見程度に行ってみるか」
「いいの?甲ちゃん疲れてない?」
皆守が正式に九龍のバディになってから、三年。相も変わらずこちらを気遣ってばかりの九龍に皆守は首を振った。出逢った頃に皆守の身を縛っていた呪いはとうに消え失せていて、身体能力だけはそのまま残されている。アロマもまれにしか口にしなくなったし、睡眠に関してもコントロール出来るようになった。
「このまま宿に篭ったって、落ち着かねェんだろうが。傍でソワソワされるよりマシだ」
「うう……。でも!いいっていうならすぐ行こう!」
すっかり見透かされている自身にやや凹んでいた九龍だったが、さっと切り替えていそいそとレンタカーの手配を始める。遺跡はこの町、サン・ルイスから車で一時間ほど飛ばした先にあるという。

「甲ちゃん?」
車を無事に借りて、事前情報に従って運転していた皆守がきゅっと眉根を寄せた。異常といっていいほどの目を持つ皆守は気配にも何かと敏い。その彼が警戒しているのだから何かある、と九龍は返事を待たずに戦闘用の準備を整えた。
「……ちっ…協会め」
協会が寄越した資料は新たに発見された遺跡の調査及び、そこに眠る秘宝の奪還だった。だが、その遺跡が他の機関にバレているとは聞かされていない。聞いていたなら、もっと別の接触方法を考えたというのに。皆守の目には、遺跡の手前で何事か談笑している三人組の姿が見えていた。再会を懐かしもうにも、そういうわけにはいかなそうだ。
「九ちゃん、すぐには発砲するなよ。あと車からも出ンな」
懐かしさ余った九龍が車を飛び出して…なんてことになると厄介だ。皆守がそう告げると、九龍は表情を少し強張らせて大人しく頷く。そして皆守はアクセルを思い切りベタ踏みした。




一方、同時刻。
ぴくりと背を正した壬生の動きに龍麻も京一も気づいていたし、壬生が何を警戒したかにも気づいていたが、そのまま食事を続行した。なにせ、久しぶりのまともな食事だ。がつがつと喰らい続ける二人に壬生は視線を戻し、やれやれとわざとらしいため息をつく。
「龍麻……どうする気だい。あれは君の客のようだが」
咀嚼しながら龍麻は小さく首を振った。自分の友人ではあるし、弟分のようなものでもあるが彼らは自分に会いに来たわけではないだろう。
「ん。客じゃないだろ紅葉。あいつらもお前と同じでお仕事」
「でもって俺らも仕事な、今ンとこ」
食べ終えた京一がコークを飲んで立ち上がった。さっきまで傍に置いていた阿修羅を掴んでとんとんと肩を叩く。
「……そうだったね」
元々、グアテマラにある遺跡に派遣されたのは壬生だけだった。レイライン上にある遺跡ではあるのだが、今のところ激しい霊的反応が見られないので軽い調査のつもりでエムツーは近くで仕事をしていた壬生を向かわせたのだ。壬生が現地に着いてみると、そこには懐かしい氣が二つほどあった。龍麻と京一だ。彼らはいつものように旅の途中だったのだが、遺跡の地下にいる異質なものを感じとった龍麻の提案で寄り道をしていて、壬生に出会ったのだ。
機関の調査では出なかった異常を感じとったという龍麻の言葉を聞いて、壬生は一つの提案をした。そもそも調査のつもりだったから、協力者という形で手を貸してくれないかと。現地の協力者ということにして名前を出さず、滞在費の一切や謝礼を機関から引き出すという壬生の言葉に京一が乗った。京一が乗れば龍麻に否やは無い。金はあるに越したこたねェだろ、と言う京一に大人しく頷いた。
よって、今、エムツーのエージェントである壬生がしようとしている遺跡の調査の邪魔をするロゼッタのハンターは龍麻と京一にとって敵、ということになる。顔馴染みであっても、だ。
「んで、ひーちゃん」
「うん?」
あ、ここにおべんとくっ付いてる、などと言って指を伸ばす龍麻を京一は諌めもせずに放置して、龍麻が口元からクスクスを取ってぺろりと舌で舐めるのさえ注視せずに足元に視線をやった。
「こっちはまだいいんだな?ヤバそうか?」
「そうだな、今は大人しいみたいだけど寝てるわけじゃないから、上が騒がしかったらマズイかも」
レイラインと呼ばれるものは、龍麻たちにとって馴染み深いものだ。龍脈の一部と同じものをレイラインと呼ぶことがあり、龍麻が反応しているこの場所はいわゆる龍穴だった。龍脈の力が一点に集中して吹き出る場所、パワースポットに立てられた遺跡。遺跡はマヤピラミッドの例に漏れず、階段状で頂上が祭式場の土台になっているものだったが、龍麻は地下にいるものに反応した。地上に立てられたピラミッド遺跡の中ではなく、その下。
「ってことはここで戦いになったらヤベーってことか」
「うん。多分ね」
龍麻は言いながら京一と同じように地面を見て、さらにその下に感じる存在とコンタクトを取ろうとした。食事の前に遺跡を覗いた際、地下に下りる階段は見つけている。地下の階段は隠されていたが、罠や仕掛けの類いは見られなかった。侵入者を予想していない、もしくはこのピラミッドそのものに近づくことを想定されていない造りということになる。階段を見つけた際に壬生は前置きをして、もう一つの可能性に言及した。
罠や仕掛けが見られなかったのは、地下に降りる人間を想定していて、その人間が遺跡の地下にいる存在への奉げ物──供物であるという可能性。供物が神の御前にたどり着く前に傷ついたり死んでしまったりすれば無意味だから、地下にはピラミッド内部ほどの仕掛けがない、という壬生の説に京一は思いっきり顔を顰めたが龍麻は否定しなかった。マヤに限らず、供物として動物や人間を奉げた例は枚挙に暇がないのだ。人柱とでも言えそうな、そういう存在をこの遺跡や遺跡を作った人々が必要としても不思議ではない。
マヤの階段ピラミッドを模して作られているだけで、地下は全く別の古代文明や神々の空間であることも考えられる。完全に冬眠しているわけではない、地下の存在は静かにこちらの様子を伺っているだけのようだが、自分の頭上で壁を破壊したり銃火器をぶっ放したりなどすれば、怒りながら目を覚まして暴れる危険性もあった。よって──
「この遺跡は現在、M&M機関による調査対象になっている。いかなるハンター・エージェントも立ち入りを許されていない」
壬生は砂煙を上げて止まった四輪駆動に向かってそう告げた。
「ひーちゃん!? 何でエムツーにいんの!? ずりィ!」
「よ。久しぶりだな、九龍、皆守」
片手を挙げてみせた龍麻は口の端をも上げてみせたが、九龍は興奮気味に続ける。
「ずるいよ!協会にもエムツーにもいかないつったじゃんか!」
「おー元気だなー。若ェなー」
「京一、なんだかお師匠みたいになってるよ」
「マジでか。アイツに似るのだけは勘弁してくれ」
皆守はようやく車のサイドブレーキを引き、ハンドルから手を離した。先刻の注意通り、九龍はまだ車を出ようとはしていない。
「エージェントの立ち入りも禁止なんだろう?じゃあ何でアンタらはそこにいるんだ」
そこ、と指差した皆守の言葉に壬生は片眉を微かに上げて反応したが、首を竦めて小さくため息をつく。
「僕は遺跡には立ち入れないよ、単なるエージェントだからね。ここに誰も立ち入らせないのが僕の仕事の一つ。もう一つはこの遺跡の実体調査だけど、それはこっちに任せたし」
「おいひーちゃん、いつの間にか丸投げされてっぞ」
「だな。まあいいや、後で酒奢ってもらうってことでどうよ」
「しゃーねェ。美味い酒の前には少々の運動も必要ってか」
二人の酒量を分かっている壬生はやや頬を引きつらせたが、ロゼッタのハンターを前にしている状態で贅沢は言っていられない。この遺跡にいる地下のもの、機関が真に守ろうとしている存在をどうにか出来るのはこの中で黄龍である龍麻だけだし、さらに言うなら龍麻をどうにか出来るのは隣立つ剣士だけだった。
「あのな九龍。おれも京一もエムツーになんて入ってないぞ。今はなんだろう、バイト?」
「そーそー。フリーターだもんな俺ら」
その歳で嬉々として言う単語だろうか、と皆守は思ったがとりあえず黙った。人様に堂々と披露できない職についているのは全員一緒だ。
「えー、じゃあおれが雇ったらひーちゃん来てくれんの?」
「前も言ったけど、お前が潜ろうとしてる遺跡におれか京一が行く必然性があって、お前が二人まとめて雇うってんならいいよ」
「必然性……天香の時はそうだったっていうことか」
皆守の言葉に龍麻は頷いて、ぽん、と京一の背を叩く。
「じゃあ任せた」
「おうよ。さっさと済ませてこい」
「りょーかい」
九龍の返事も聞かずに龍麻はすぐさまその場を離れた。皆守が目で追ったが、残像のようにしか残らない。分かったのは、遺跡の中に消えたということだけ。
「ひーちゃん!?」
「つーわけでな、ひーちゃんの仕事が終わるまで邪魔させるわけにはいかねーんだ」
京一は阿修羅を片手で握っているだけ、構えてもいない。楽しそうに笑っているというのに、皆守と九龍は思わず息を飲んだ。京一に近寄った壬生がこちらもうっすらと微笑みながら手袋をきゅっとはめ直す。
威圧感、とでも言いたくなるような吹き寄せられる気配が汗を呼んで、皆守は奥歯を噛み締めた。龍麻が常人でないことは分かっている、その力の一端を天香の遺跡で皆守は見ていた。しかし、龍麻の仲間だと言っていたこの二人の気配もただならぬものだった。
「壬生、お前どっちがいいよ」
「どちらでも。…ああ、やっぱりこっちの彼がいいかな。飛び道具はどうにも苦手でね」
「オッケー。九龍、お前が俺の相手だ、来いよ」
九龍が携えているハンドガンとライフルを見た壬生がそう言うと、京一は事も無げに頷いて九龍を指先だけで挑発する。にやりと口の端を上げ、阿修羅を持っている右手ではなく左手の人差し指をくいと動かした。
「っ……」
「このまま帰ってくれるというのなら、それでもいいけどね」
黒衣のエージェントは微笑みを崩さなかったが、そこで分かりましたと踵を返せるわけもない。皆守は一つため息をつくことで覚悟を決め、隣の九龍に声をかけた。
「気をつけろよ」
「甲太郎もね」
その言葉と同時に、互いに車を飛び降りる。そしてそれが開始の合図だった。
壬生は皆守の攻撃スタイルを知らなかったが、一度自分が放った蹴りを避けた仕草からすぐさま距離を取って氣を練り始める。全くといっていいほど無駄がない避け方、まるで動き全てをゆっくりと捉えているかのような流れる動き。来る方向が分かっても避けられない攻撃、スピードと威力がそれを可能にする。動きが読める相手に小細工は無用、策は無意味。相手を凌駕するスピードを、欠片でも相手を破壊する威力を。元が暗殺者であった壬生だ、気配に聡い敵などいくらでも相手にしてきた。
京一は何がやってくるのかとしばらく九龍の出方を伺っていたが、九龍が戦いとなれば慎重な姿を見せて仕掛けてこないので、餌として剄を放つ。九龍はそれを避けてから、ハンドガン──M92FMAYAとファラオの鞭を手にした。ライフルで狙うほどの時間を与えてはくれないだろうし、凄腕の剣士に似た獲物で挑むような馬鹿をするつもりはない。
「へー面白い獲物持ってンなァ」
美里に持たせたらおっかねえなあ、芙蓉ちゃんでも面白い、などと言いながら京一は何の予備動作もなしに再度剄を放った。鞭で斬るようにして防いだ九龍に尚も面白いとはしゃいでみせる。
「あんたは、エムツーの人間じゃないんだよね?ひーちゃんも」
「おう。今は壬生に雇われてっからこれはオシゴトだ」
「……ひーちゃんは、何をしてんの?」
「お前が潜りに来たこの遺跡の地下に、けっこうヤバそうなのがいるんだと。大昔にはカミサマだの何だのって呼ばれてたようなヤツだ。で、大人しく寝てりゃいいはずのソイツが起きて上を伺ってるのにひーちゃんが気づいた」
「伺ってる?」
「ここ最近、龍脈が乱れてっからな、この辺。そのせいで起きちまったんだろーよ。龍脈関係ってならアイツが宥めに行くのが一番だ。アイツは黄龍…龍脈の主みてーなもんだからな」
「コウリュウ……」
「御門ってェ陰陽師のヤローが言うには、黄龍は龍脈の力を具現化したモノ、大地のエネルギーそれ自体、要はすっげー氣の持ち主ってことだ。龍麻自身はその黄龍の器、イレモンであって龍とかじゃねえけどな」
「あんたは?ひーちゃんが黄龍の器ってやつだとして、あんたもそういうのなの?」
「うんにゃ」
京一は言いながらようやく阿修羅を構えてみせた。九龍が警戒して後退る。
「まだお前さんにゃ名乗ってなかったか。俺は蓬莱寺京一、単なる剣士だ。ひーちゃんに比べりゃ普通の人間、だろうな。あっちにいる壬生もだ。ただ──」
ぶわ、と京一から多量の氣が吹き寄せられて九龍は硬直した。それは九龍に向けられたわけではなく、京一自身が阿修羅に通わせて練っているだけだったが、その切っ先が自分に向けられている九龍は避ける方法を探して視線を彷徨わせる。
「アイツを殺せるのは、俺だけだ」
どこか甘い響きのある言葉と同時に叩きつけられた氣、爆風のようにさえ感じるそれに押されて九龍はそのまま跳ね飛ばされてしまった。皆守が発した焦り声さえ、遠くに聞きながら。



主京で主皆。皆守に紅葉の技を習わせたい(だってモーション同じだもん)という願望により壬生が巻き込まれました。どっちかっていうと主京がメイン。つーかラストの京一のセリフが出したかった。