magic lantern

memories

プロローグ


夏に留学先から帰国して、二ヶ月。後輩の中に混じることになった高校生活は、驚くほど何も変わりが無かった。留学帰りということで多少の注目を浴びたのもつかの間、元が一学年上なので扱いにくいという評価になりつつあるらしい。
あの国にいた頃は、こんな風になるなんて思ってなかった。
やっと自分の《力》を認めて向き合えるようになり、全てが上手くいくと──そう思っていた。

オレの瞳を喜んで真正面から見てくれた人は、すごいすごいを連発しながら興奮気味にまくし立てた。
『ほんっと千馗はすごいよなー。甲ちゃんみたいなのもいいけど、千馗みたいに面白いモノが見えるってのも捨てがたいよなァ』
『九ちゃん、お前な…』
呑気な、下手すると無神経な言葉もあの人が朗らかに笑うものだから嬉しいものでしか無かった。あの人のバディもオレの瞳を見返すことに躊躇わない。オレとは違うけれど、やはり普通とは言いがたい目を持った人。
『俺は《力》をもらって…いや、違うな。俺は望んでこれを得たんだ。何も分からないままに《力》を得て、いろんなものを壊して、捨てて、失って、間違えてばかりだった』
穏やかに笑う顔に、特徴的なウェーブの前髪が掛かる。
『お前みたいに生まれつき《力》を持ってるってのは──俺が知る限りじゃ二人しかいない。どっちも、ムカつくぐらいに澄ました野郎だったよ』
『二人?ひーちゃんと阿門?』
相槌に頷いて、オレの頭に手を伸ばした。まるで小さい子どもが褒められるときみたいに、頭をゆっくりと撫でられる。
『《力》を持って生まれたってことは、きっとお前にその《力》が相応しいってことだ。俺みたいに力に溺れず、正しく使うことが出来る。だからお前はその《瞳》を持ってる。その資格がある。ありきたりだが──お前はもっとお前を信用しろ』
『そうそう!千馗の《瞳》はものすげーんだからさ、もっと偉そうになったっていいんだぜー?』
『…そうだな、簡単に謎解きしちまわずに依頼料ふんだくっちまえ。お前の《力》はこいつにボランティアで提供するにはもったいなさすぎる』
『ええっ!?せめてものお礼でご飯奢ってるし、遺跡で見つけたお宝も提供してるのに、これ以上って甲ちゃん鬼!!』
『留学してンだから、金はあって困らないだろ。俺たちに付き合わせてバイト出来ない以上、お前が払ってやれよ九龍?それに』
二人が真正面からオレを見て、一拍置いて顔を見合わせて笑った。この人たちは笑ってばかりいた。きっと楽しいばかりの、ただ朗らかなだけのこれまででは無かっただろうと思うのに。
『お前はもっといろんなものを見たほうがいい』
『その《瞳》でもっと世界を見て欲しいんだ。世界の真実を。千馗、お前の《瞳》に映る世界ってのはどんなんなんだろうな。おれはそれが見たくてしょうがないよ。きっとおれが見てるみたいに綺麗で、時々恐ろしくもあるだろうけど、素晴らしいモンなんだろう?』
『俺たちにはお前の《力》の全ては分かりそうにない。ひーちゃんなら、分かったかもしれないけどな。でも、これだけははっきりしてる。お前のそれは何かを護る《力》だ。お前が大切だと思うものを、護りたいと願うものを、お前自身を、護るためのものだ』

だからこの瞳を誇り、力を自信に変えていけばいいと教えてくれた人たちはもう傍にいない。彼らは次の任務に向かったらしいが、どこかは分からなかった。落ち着いたら連絡すると言ってはくれたけれど。
「だめだって分かってるんだけどな……」
屋上の給水塔裏は誰もやってこない。秘法眼で空を見ても誰かに見つかることはなかった。空に何かの残滓が過ぎり、遠いどこかから濃い力のようなものが漂ってきている。何が視えているのか、これが幻覚では無い正しい『何か』を視ているのか、あれほど二人が教えてくれたにも関わらず、自信は無いままだ。
このままでは何も変わらない。一年前と同じだ。視ている世界が違う人たちの中に上手く入れず、勝手に孤独を募らせて倦んで。変えなければ、変わらなければ。そう焦れば焦るほど何も出来ず、戻ってきて一週間という早さでエスケープに走って今に至る。全く、情けない。
甲太郎さんは屋上の支配者、なんてあだ名があった不良だったらしいのでもういっそそれを目指すしかねーかも。
そんな馬鹿なことを考えていた矢先、校内放送で呼び出される。面倒だと思いながら、腰を上げた。それが、全ての分岐点だと気づかずに。

「…富士山麓に行けって、東京に転校って、そんなの──」
意味が分からない、と目の前の教師に言ったところで教師もよく意味が分かってないらしかった。教育委員会からのお達しとかで断る権利は無いらしい。
「七代?やはりイギリスから戻ってすぐというのはきついだろう、先方にもう一度掛け合っても……」
「いえ、いいです。行きます。今までお世話になりました」
これは──何かが来た。いや、オレがそちらへ行こうとしているのか。
こんな眼を持ったせいか、勘には自信がある。これに乗らなければいけない、という声がどこかから響いてくる。一年以上前、イギリスへ行きたいと思った時と同じだ。イギリスへ行きたいと思って留学した先で九龍さんたちに逢ったように、東京できっとオレはまた誰かに会える。何かが起きる。富士山でなのかもしれない。


今度こそ、間違えない。この眼を、何かを護る《力》だと信じて。
そして翌朝、オレは故郷である奈良を出て富士山へ向かった。




⇒第一話 稲妻の転校生



なんかこんな感じで本編の隙間をぺしぺしつつく小話シリーズ。うちの七代は奈良出身、留学経験者です。