magic lantern

first phase

AD23XX、ユニオン領経済特区日本。百年前に首都機能を西部に移転してから、TOKYOは荒廃しあちこちにスラム街が見られるようになった。無法地帯と化したTOKYOは交通規制が敷かれ、ユニオン軍に封鎖され孤立していた。そして、ある日。
スラム街の一つ、シブヤに突如悪魔が出現したのだ。
彼らは昼夜となく街を跋扈し、時には人を襲い悪魔同士でも争いを繰り広げる。悪魔の生息地はシブヤだけでなく旧都心に広がりを見せ、事態を重く見たユニオンは旧都心を絶対封鎖し、人も物も出入りを禁じた。旧都心にいる、逃げる力の無い人々は事実上見捨てられ、悪質なドラッグが横行し犯罪が多発し治安状態は最悪に陥っていた……。




旧都心には、たくさんのビルが今でも昔のままの姿を留めている。無論、窓ガラスなどはほとんど残っていないし中に働いている人間などもいない。ただ、がらんどうの建物としてそこにあった。風雨を凌げる場所ではあるし、日もある程度は遮られるから住む家を失った人々のシェルターとして機能し始めているビルも多い。外にいるよりは建物内にいるほうが悪魔と遭遇する可能性も低いと人々は信じているので、かつての賑わいが嘘のように街に人通りは無かった。
ほとんど誰とも出会うことなく、ニールは初めてシブヤの街にたどり着いた。街、と言っても箱のような建物が並ぶばかりのゴーストタウンにしか見えない。元々シブヤはスラム化していたが、悪魔が最初に出たのがこの街だったので急速に人の姿は減った。シブヤは初めてだというのに、何故か感傷を覚えてニールは首を傾げる。
「どうかなさいまして?」
「……いや。何でもねえよ。んで?あんたらの研究所ってのはどこだい」
「こちらですわ」
髪の長い少女、そしてぴったりと彼女の後ろを歩く長身の男、2人の背を着いて歩きながら静かに辺りを見回した。懐かしい気がしたのは、ここがアオヤマに近いからなのだろう。確か、昔見た地図ではそうだった。アオヤマには、もう二度と会えないニールの家族が樹の下に眠っている。父と母と妹と。彼らを失って十年、死に追いやった原因である悪質ドラッグを追っていたはずだったのに、何故かおかしなことになってしまった。
流行り病にかかった家族に、誰かが特効薬だと言って薬を渡した。慈善活動のようなことを言っていたが実態は違った。薬を飲んだ家族は、一晩経たぬうちにニールを残して死んでしまったのだ。今でも、あの凄惨な現場を覚えている。毒でも飲まされたのかと思っていたがそうではなく、同じ薬はアオヤマ全体にばら撒かれており様々な症状を発した者がいた。精神異常をきたした者、脳死状態に陥った者、ニールが見たような何かに生命を吸い取られたようにミイラ化した者。
症状は違ったが、同じ薬が原因であることに疑いは無くニールは悪質ドラッグを追うためにドラッグの売人を束ねているギャングの一つに自ら接触し、潜入した。そこで銃を持たされ、適性を認められてギャングの狙撃手として活動を始めたのが15の頃だ。売人の組織を探りながら、不審に思われないために見知らぬ誰かをスコープ越しに撃ってきた。ニールのいたギャングは、主にストリートチルドレンを利用して薬をバラ撒いていたがその薬は悪質ドラッグでもニールの追っていたものではない。また、ギャングはTOKYOの中にいくつもあり、薬を作っている場所もいくつもあった。その上、ニールが捜し求めているあの薬は、十年前、ニールの家族を奪った事件の数ヵ月後には姿を消していたのだ。売人を使った風もなく、代価も求めていない。何のためなのか、さっぱり分からなかった。目的を失いかけたニールの前に、ある少女が現れた。今のように青年を従えて。

『私は王瑠美、こちらは紅龍。対悪魔組織、ソレスタル・ビーイングのものです』
『対、悪魔組織?』
『ええ。悪魔の被害はご存知ですわよね?被害を食い止めるために、私どもがおりますの』
『そのソレスタル・ビーイング?のお嬢さんが何の用だ。悪いが俺は他人を助けてる余裕なんてない』
『貴方がここをお気に召しているというのなら別ですけれど、そうでは無いのでしょう?私は貴方を迎えに遣わされた者です』
『迎え?俺をか?』
『貴方をソレスタル・ビーイングに迎え入れることが私の役目ですわ。組織との交渉も私の仕事。貴方はイエスと言って下されば良いのです。それに』
『それに、何だよ』
『貴方のご家族のことも、こちらにいるほうが調べやすいですわ、きっと』
『……何を知ってる』
『貴方のご家族があるドラッグのせいで亡くなられたこと、そしてそのドラッグは十年前に既に姿を消していること。通称、フォールダウン』
『フォールダウン?ドラッグの名前か』
『ええ。まあ、私どもがつけた通称ですけれども。フォールダウンが出回った時期と、アオヤマ周辺に悪魔が増えた時期は微妙にリンクしています。その関連を調べるのには、うってつけの場所だと思いますけれど』
『あんたらは俺を入れて何の利がある?俺は多少射撃が出来るだけで大した役には立たねえよ』
『貴方にしか出来ないことがあるのですわ。ヴェーダに選ばれた貴方にしか、召喚プログラムは使えないんですもの』
『召喚、プログラム?』

初めて王に会って話を聞いたのが一ヶ月前、交渉は任せろという言葉通りに王はギャングとの交渉をスムーズに行い、ニールは半ば送り出されるような形でギャングを後にした。あまりに円満すぎて気持ちが悪い思いを覚えたのだが、王はすぐに種明かしをしてくれた。要は、ギャングからソレスタル・ビーイングという組織に売られたのだ。何をギャングに渡したのだか知らないが、結局のところ自分が誰かの子飼いであることに代わりはない。何を目標にする組織だろうと、ニールにとって大差は無かった。
TOKYOで育ったというのに、ニールは先祖がえりをしたような真白い肌と茶色がかった赤い髪、深い緑色をした目を持っていた。元々移民で、何せロマだから混血の果ての姿で先祖といっても親兄妹以外の親族は知らないのだが。
移民は山ほどこの街にいる。ニールのような根無し草の流れ者は数知れない。正式なIDなど今まで家族の誰も持っていなかったから、配給をもらったことも医療施設に行ったこともなかった。ユニオンが配給を行い医療施設を作ってはいるが、それも正式にIDを持っている者だけに限られた。移民や、不法入国者や、その子どもたちには最初から全ての権利が無い。
家族を失ったニールがギャングにもぐりこんだのは、ドラッグの行方を捜すためでもあったし生き延びるためでもあった。大人しく引き金を引いていれば、とりあえず食べるものと寝る場所は与えてもらえた。ターゲットが誰で、どんなことをしているのかなんてどうでも良かった。任務完了は、明日の自分の命の糧になった。そうやって繋ぎとめる命に何の意味があるのか、分からないままに月日を重ねて今日を迎えている。
「このターミナルビルの地下が研究所ですわ」
そう告げた少女の声に、重い金属音と軽い電子音が混じる。従者であろう青年がセキュリティを解除していたのか、目の前の扉がゆっくり開いた。
「さ、お待ちかねですわよ」
地下の研究所と言うから薄暗く、不気味な雰囲気を想像していたのだがとても明るくターミナルビルというよりはホテルのような設えに思えてニールは肩を竦めた。これは確かに、自分を買う金などいくらでもあるに違いない。
「サマナー候補をお連れしましてよ」
王の後ろについて入った部屋は、前面が全て巨大コンピュータのような作りで、おまけに中央に人の脳らしきものがふよふよと浮いている不気味な部屋だった。
「……」
死体など見慣れているが、脳単体でふよふよ浮かれているのは何だか気味が悪い。
「ようこそソレスタル・ビーイングへ」
部屋の中にいる数人が喋ったわけではなく、目の前にあるコンピュータの一部がぴかぴかと光り、部屋全体から声が聞こえてきてニールは辺りを見回した。確かに天上の四隅にはスピーカーらしきものがあるが、声の主はどこにいるのか。
「私はイオリア=シュヘンベルグ。悪魔召喚プログラムの立案者にして、この街に悪魔を呼んでしまった罪人だ」
「あんた…イオリア?どこにいるんだ?」
「君の目の前にいる。身体は脳しかないがね」
声に応じるように前面にあるパネルがいろんな色で光り、中央にある脳が浮いている円柱がぼうっと明るくなった。
「!!!!」
脳が入っている円柱は何かの液体で満たされていて、気泡らしきものも確認出来る。
「悪魔を呼んでしまった報いとして、身体のほとんどを失ったのだよ。気味が悪いかもしれんが、慣れてくれ」
「……一応、努力はしてみる」
この状態で生きていると呼べるのか、そもそも何故この状態からどうやって音を発しているのかさえニールには分からなかったがとりあえず顎を引いて頷いて見せた。不気味ではあるが、この組織に買われた以上慣れるより他ないのかもしれない。
「宜しい。さて唐突だが、君はこれからロックオン=ストラトスと名乗ってもらう」
「ロックオン、ストラトス?コードネームとか言うやつか」
ニールは肩を竦める。ストラトス、という苗字は聞いたことが無かったしロックオンというのはあまりに皮肉めいた名前だ。
「必然性ならある。君はこれから悪魔召喚プログラムを使って悪魔を召喚し、さらには他の悪魔とコンタクトすることになるだろう。悪魔とコンタクトするに当たって、本名を悪魔に知られるのは非常に危険だ。悪魔の召喚スペルと同じぐらい、人の名前というのには価値がある。スピリチュアルなコンタクトを行う上で、本名を知られることは命そのものを掴まれることに近い」
「へえ」
「現時点で君の本名を知っているのは私、エージェントの王瑠美、そしてこのマザーコンピュータ・ヴェーダの秘匿ファイル内だけだ。悪魔がいる場所で本名を呼ばれることにだけは、注意してくれ。命の保障が出来かねる」
禁則事項では無いらしく、イオリアは微妙な言い方に終始していた。ロックオンは片眉を上げる。
「つまり、他のヤツに教えるかどうかは俺の判断で自己責任、ってわけかい」
「そういうことだな」
「分かった。ロックオン=ストラトス、ね」
コードネームを名乗り、口にする度にニール=ディランディという自分はどこかへ消えてしまうのかもしれない。家族を奪われた薬を追いながら、同じ様に悪質なドラッグをばら撒くギャングに身を置いて人殺しをしてきた、ニール=ディランディ。
「ロックオン、君と同じようなプログラム実行者は他に三人いる。この4人が、ヴェーダが選んだプログラム実行者の全てだ」
「何で俺なんだ?」
ロックオンは同じ質問をエージェントである王瑠美にも尋ねたが、王は答えをくれなかった。選ばれたから、の一点張りだったのだ。
「適性があるとヴェーダが判断した、その一点に尽きる。この街にいる住民のデータが全てヴェーダには入っているが、その中から悪魔召喚プログラムを実行可能な者は君たち4人しかいなかったのだ。正確に言うと、2人だがね」
「?」
残りの2人は何だというのだろうか。人ではないとでも言うのだろうか。ロックオンは会ったことが無いが、世界にはヒューマノイド型のコンピュータがあるとギャングにいた頃に聞いたことがある。見かけも動きも人そっくりで、でも中身がコンピュータだから感情は乏しいのだという。
「他の3人にはすぐにでも会えるだろう。悪魔のこと、召喚プログラムのことを知ってもらった上で召喚を行ってもらい、ミッションに移ってもらう。一月もあれば準備には足るだろう」
「ミッション?」
コードネームにミッション、ますますもってギャングのようでロックオンは小さなため息をつく。暴力組織ではないだけマシかと思っていたが、対象が人から悪魔に移っただけで大した違いはないようだった。
「我々は、対悪魔組織だ。私の犯した過ちのせいで、この街には悪魔が跋扈してしまった。しかし、私が悪魔を呼んでしまったプトレマイオスはもう破壊したというのに、悪魔の数は増えるばかり。何かが悪魔を増やしているのだ」
「悪魔祓い、か。聖職者には程遠い俺がねえ」
ギャングの狙撃手だったニール=ディランディは、任務の最中に悪魔を見かけたことがある。間近で見たことは無かったが、悪魔が人の前を素通りするのを見たこともあるし襲う現場も見たことがあった。そして、撃った弾が突然現れた悪魔に吸い込まれたのをスコープ越しに見たことさえ、あった。吸い込まれた弾がどこにいったのか、あの悪魔は何故そんなことが出来たのか、そんなことを思い出したのはアジトに帰ってからだ。
「全ての悪魔が敵ではないと我々は考えている。君たちに召喚されて力を貸す悪魔のように、友好的な存在も多くいる。中立や無関係を保とうとするものたちもいるだろう。当面のミッションは、悪魔を増やす元凶を探ることになる。その元凶さえ分かれば、逆にこちらにいる悪魔を戻すことも可能だと推測している。無論、こちらでも方法を探るがね」
「まあいいさ、大体の話は分かった。んじゃ、これからよろしく」
「ああ、頼んだぞ……」
細りゆく声とともに、せわしなく光りつづけていた前面のパネルもいっせいに暗くなり中央の円柱も暗くなった。薄暗かった部屋全体の照明がついたらしく、今度は部屋全体が明るい。部屋にいる数人のうち、明るいへーゼルブロンドの少女がにっこり笑って近づいてきた。大人しそうな少女の手を掴んで引き連れている。
「ようこそ、ソレスタル・ビーイングへ!私、クリスティナ・シエラ、こっちがフェルトよ。プログラムエンジニアなの」
「フェルト・グレイスです…よろしく……」
「世話になるな、よろしく頼むぜ。俺はコンピュータ関係のことはどうにも苦手でね、頼りにさせてもらう」
クリスティナと握手を交わしながら挨拶をすると、クリスティナは嬉しそうに尚も笑った。フェルトにもロックオンが手を差し伸べると、少しの間戸惑っていたが、おずおずと細い手を差し出してきたので軽く握る。小さく、細い手だ。まだ幼い少女のように思える。
「よろこんで!良かった、普通に話が出来るメンバーはとっても貴重だから嬉しい」
「??」
「初めまして、ロックオン」
どういう意味だ、とクリスティナに聞き返す間も無く、反対側にいた青年に手を差し出されてロックオンはそちらに向き直った。
「俺はリヒテンダール・ツエーリ、こっちがラッセさん。研究所の雑用です」
「おい」
ラッセ、と呼ばれたがっしりとした体格の青年が不機嫌そうな声でリヒテンダールの自己紹介を遮る。リヒテンダールは気にせずに笑みさえ浮かべて話を続けた。
「だって雑用じゃないですかー。維持部隊とかカッコいいこと言ったって、何でも屋なんですから」
「所内で困ったら2人に頼めばいいのか。よろしくな」
「こっちに頼め」
「ラッセさん!」
未だ不機嫌そうにリヒテンダールを顎で示したラッセと握手をすることを諦めたロックオンは、了解、とだけ答えて小さく肩を竦める。これでクリスティナが言うように『普通に話が出来るメンバーはとっても貴重』なのだとしたら、他にはどんなのがいるのだろうか。
「あら、他のサマナー候補が参りましてよ」
今まで部屋の入り口で控えていた王の声にロックオンが振り向くと、入り口付近にいた3人がロックオンに歩み寄ってきた。サマナー候補、と王がロックオンのことを呼んでこの部屋に入れたのだから、この3人がイオリアの言っていた『他にも3人いるプログラム実行者』なのだろう。
「ロックオン=ストラトスだ。よろしくな」
どちらかといえば長身のロックオンよりもさらに背が高く、かなり鍛えられた身体をしている青年は物憂げな表情を浮かべているし、硬い表情を一度も崩そうとしない小柄な少年は口を開こうともしないし、少女のようにも見える線の細い少年は気難しそうにこちらを見つめている。一応笑みを浮かべて挨拶をしたロックオンに対する反応は芳しいものではなかった。
「……」
「アレルヤ=ハプティズムです、よろしく…」
「ティエリア=アーデだ」
イオリアの言葉が正しければ、4人でミッションとやらをやらなければならないわけで、つまりは4人でずっと一緒になってしまうわけで、先が思いやられてロックオンは思わず天を仰ぎたくなった。確かに、これは『普通に話が出来るメンバーはとっても貴重』に違いない。
「お前さんは何て言うんだ?」
「……刹那=F=セイエイ」
「セツナ、ね」
促されてようやく名前を口にした少年は、切れ上がった大きな深紅色の目でロックオンをじっと見つめている。野生動物を思わせる雰囲気があり、他の2人とは少しまとう空気が違う。アレルヤと名乗った青年は物憂げで争いごとを厭いそうだったし、ティエリアはいまどき珍しいほどの温室育ちに見えた。
「詳しい話はメインルームでしますから、どうぞこちらに」
リヒテンダールの後について歩くロックオンの横に、始終憂い顔のアレルヤが並ぶ。
「あの、ロックオン、さん」
「ん?何だ?」
コミュニケーション不全のまま常に一緒にいる、というのはどう考えても苦行だ。出来る限りコミュニケーションが取れるほうがいい、と判断したロックオンはことさら柔らかい声でアレルヤに応える。
「あなたはこの街の住人だったんですか?」
「……?住人と言えないことも無いが、正確には移民だ。正式なIDなんて持ったことはないけど育ちは旧都心」
自分は住人では無い、という意味だろうか。それとも自分もそうだ、という意味だろうか。ロックオンは内心で首を傾げる。
「そうなんですか。この街の人たちとは少し肌や髪の色が違うなって思って…それだけです、ごめんなさい」
「謝るこたねえよ、俺の親は移民で昔はロマと呼ばれていた民族らしくてな、混血の果てでこんな姿なのさ」
混血、と小さくアレルヤが呟いた。物憂げな表情が少しだけ和らぐ。
「ミックス…なんですね」
「まあ、ミックスつっても何が混じってんのか分からねえほどごちゃ混ぜだがな」
イオリアのいた部屋よりは少し小さめの部屋に通されたが、移動してきた10名全てが入っても部屋は充分に広く、前面には大型のモニタが設置され、モニタの下には机のような大きさのキーボードが置かれていた。クリスティナとフェルトがキーボード前の椅子に腰掛ける。
「これはヴェーダという私たちのマザーコンピュータに繋がっているモニタと、操作盤の一つです。ヴェーダの本体はさっき見ましたよね」
「あのでっけえやつか」
「そうです。イオリアはダイレクトにヴェーダと繋がっています。で、これが悪魔召喚プログラム──デビルサモンシステムの一部です。安全なとこだけ表示しますね」
ロックオンには分からない、謎の言語としか呼びようの無いアルファベットと数字の羅列がモニタ一面に広がった。意味不明だ。
「これはほんの一部ですけど、プログラム本体をウェアラブルコンピュータにインストールして、実行してもらいます。ウェアラブルコンピュータはヘッドセットと繋がっていて、思念波や精神エネルギーを取り込みます」
「……」
クリスティナの言葉を追うように次々とモニタに映し出されるのは装置のようで、装着図なのかアレルヤが身に付けている姿もあった。腕にコンピュータらしきものが固定されていて、頭にはヘアバンドのようなものがつけられている。思念波、だの精神エネルギー、だのといった全く電子工学とは関係なさそうな単語は敢えて聞き流していた。悪魔だのスピリチュアルだの怪しい単語なら既にいくらでも聞いている。
「ウェアラブルコンピュータ以外にもオートマッピング、デビルアナライズ、ムーンフェイスを搭載したマルチAIを今作ってます。ほとんど完成してるんだよね、フェルト」
「……うん。あとは調整だけ」
「なんで、そのAIも連れてって下さいね。移動も出来るし丈夫だしけっこう可愛いし」
「あ、ああ…」
マルチAIに可愛さが必要なのか、そもそも携行するではなく連れて行くという動詞が当てはまるのか、よく分からないままロックオンは曖昧に頷いた。年端のいかない少女が作ったというのなら、やはり可愛らしい外見をしているのだろうか。それは何だか微笑ましい気がする。
「ヘッドセットとウェアラブルコンピュータはもう出来上がってますから、後で個人に合わせて調整します。イアンさんが到着次第、ですけどね。あ、イアンさんってのはイオリアと一緒に召喚プログラムの雛形を作ったすご腕のエンジニアです。今は外で悪魔のデータ採集をしてます。街にイアンさんのプライベートラボがあって、いろいろ設備もあるんでそこで召喚もスペル合体も出来るはずです。……とりあえず、こんなとこかな」
「次の新月までまだ十日ありますから、プログラムのことも悪魔のこともゆっくりで大丈夫ですよ」
ぎこちない反応しか返せないロックオンを気遣ったのか、リヒテンダールはそう言って笑った。
「新月?新月がどうかしたのか?」
「召喚プログラムの実行日だ。召喚プログラムを実行するのは最初の新月、そう決められている。新月は悪魔の力が最も弱まり、攻撃性も薄くなるからな」
そんなことも知らないのか、と言いたげなティエリアにロックオンは肩を竦める。黙って澄ましていれば美少女のようだが、声ははっきりと少年のものだったし、口調も視線も辛辣極まりない。ティエリアはそれだけを言うと、もう用は無いとばかりに部屋から出て行く。
「えっと……」
ずいぶんと機嫌を損ねてしまったようだが、ロックオン自身にはそのつもりが無いので対処出来ずに困り顔でリヒテンダールを見ると、リヒテンダールは少しだけ眉を寄せて笑う。
「大丈夫ですよ、ティエリアはいつもああですから。あまり気にしちゃダメですよ」
いつもああだと言われると、これから先がとても不安だ。ロックオンはますます眉間の皺を深める。
「リヒテンダールの言う通りですよ、ロックオン。彼が突然行方をくらますことはよくあることですし、ああいう物言いをするのもいつものことです。あなたの言動が特に気に障ったというわけじゃないんです」
「そう、なのか。アレルヤは付き合いが長いんだな」
「……ええ。長いですよ、とても」
アレルヤの言葉の正確な意味をロックオンが知るのは、後日のことだった。



→first phase-2


前後編にする予定が、何となく前中後編になりそうな予感。ちなみに↑この状況で刹那は一切喋ってません。じーっと見てるだけ。いつもながら。