magic lantern

7.62照射

三対一の戦いは、始まってそう経たない内に刹那たちが圧される状況へと展開していた。人数が多い分手数が多いのは刹那たちだったが、その攻撃のほとんどをアリーとニャラルトホテプはものともしない。当たっていないわけではない。効果が薄いのだ。
「…邪神相手では分が悪すぎる…!」
理由を正確に把握しているティエリアがそう呟いてぎりと唇を噛み締める。ロックオンがつけることの出来る悪魔の種族、大天使と同じように邪神に分類される悪魔たちはほとんどの魔法や物理攻撃に対する防御力が飛びぬけて高い。皮肉なことだったが、彼自身を守るためだと三人が下げさせたロックオンの持っている攻撃手段──大天使の持つ神聖魔法と銃砲攻撃の二つが特に有効なのだ。
ロックオンがいれば、幾分戦況は楽になったかもしれない。そうは思っても、ティエリアはロックオンを起こす気にはなれなかった。家族だの仇だの、ティエリアには縁の無い言葉ばかりでロックオンがああまで常態を失くすほどのことなのか分からない。どういうことなのかも。けれど、目の前で彼を失うのは嫌だと思った。思うということが自分に出来るのか、これさえもプログラミングの一部なのかもしれなかったが、それでも、明示的にティエリアはそう認識した。もちろん、彼を失ってはこのままミッションの継続に支障が出る。自分が喪失を嫌がる理由はそれだけでは無いと自覚していたが、それを何と言うのかティエリアは知らない。人間である刹那たちは分かっているのかも、しれなかった。
「──ッ、ああ!」
「刹那・F・セイエイ!」
跳ね飛ばされて近くの廃ビルの外壁に激突した刹那の声に、ティエリアは思わず視線を動かす。悪魔をつけていると魔力だけでなく、通常の身体能力もいくらか向上するし防御能力もつくが、元は生身の肉体なのだ、ただで済むはずがない。半魔として刹那やロックオンより多少頑丈なアレルヤも満身創痍だ。
「さて…もうおしまいか?くだらねえ情に拘ってニールを起こさなくていいのかよ?最も、このままお前らを殺したら次はアイツだけどなァ」
「ぐっ……」
何か手を打たなければ、このままではミッション続行どころの話ではない。ティエリアが策を探ろうとした時、どこかで聞いたことのある、朗々とした声が響いた。
「君はガーディアンの少年ではないか!ずいぶんとやられ……ロックオン!?」
横たわっているロックオンにすぐさま駆け寄ろうとするグラハムの腕を、刹那がはっしと掴む。この男なら、ロックオンに危害を加えるような真似はしないはずだった。三対一とはいえ、一人を背に庇うとなると攻撃方法が限られる。怒られるどころの話では済まないだろうが、生き延びさえすれば、その後のことは何とかなるだろう。
「少年、どうしたんだ」
「お前に頼みがある、グラハム・エーカー」
グラハムは少し離れた場所で横になっているロックオン、対峙している三人を順に見やってから刹那に視線を戻す。少し屈んで、目線を合わせた。
「私で出来ることなら聞こう」
「ロックオンを…ロックオンを連れて、この場を離れてくれ。少しでも、遠くに。アイツの悪魔とロックオンの悪魔は相性が悪すぎるんだ」
「……君たちはどうする」
刹那はグラハムの腕を支えにしながらゆっくりと立ち上がる。切れて血の出た唇をぐいと手の甲で拭った。
「戦うに決まっている。あいつはおれたちの敵だ」
「承知した。女神を危険から遠ざけたいというのならば、私は喜んで尽力させてもらおう。ただし」
了解を取り付けてすぐに戻ろうとした刹那の腕を、今度はグラハムが掴む。
「ただし、君たちも生きて戻らないといけない。私の女神を悲しませるものを、私は何であれ許すつもりはない」
グラハムの碧眼と、刹那の赤銅色の視線が交錯した。確約など出来ないと互いに分かっているが、それでも。
「……分かった」
刹那は小さく頷き、ティエリアとアレルヤを助けるべく戦闘に再度加わる。グラハムは横たわっているロックオンに近づいて、その身体をしっかりと担いだ。抱き上げられれば良かったが、そう体格差が無いので腕を掴んで引き摺るように担ぐのがやっとだった。部下にロックオンの武器を持たせ、刹那の頼み通りにその場から立ち去った。



刹那は出来るだけ遠くにとグラハムに頼んだが、グラハムは少し歩いただけで足を止め、ロックオンの身体を抱えるようにして腰を下ろした。刹那が離れろと言ったのはロックオンの身の安全を望むからだろうが、何の状況も分からないような離れた場所にまでロックオンを連れて行って要らぬ不安を抱かせることもない。目が覚めたら一番に、彼らの安全を確認するだろうロックオンの顔は眠っているかのように穏やかだ。
「中尉、あの男は」
「彼らの敵だと少年は言っていましたが、彼らは悪魔と戦っているのではないのですか?」
「私にも委細は分からない。だが、むやみに人間と戦うようなことはしないはずだ、よっぽどの理由があるのだろう。……お前たち」
グラハムはロックオンの肩を抱いたまま、居並ぶ部下に視線を投げる。
「彼は私の命の恩人だ、私に何があっても彼を攻撃してはならない。いいな」
「中尉?どういうことですか?」
あの大柄の男が敵だというのなら、何故ロックオンは共に戦っていないのか。攻撃を受けた跡はないのだから、戦う前にこの状態になったとしか思えない。そしてそうなったのには何か理由があるはずだ。ロックオン個人の、理由が。その理由が刹那の願いに繋がっていると推測できる。
「…う、ん………」
微かに身じろいだロックオンが小さな声を漏らした、とグラハムが思った次の瞬間、ロックオンはぱっと身を翻して腰に手を伸ばした。ハンドガンを取ってすぐさま構える。
「グラハム!?」
覚醒した途端に感じた人の気配、それが三人のものではなかったのでロックオンはハンドガンを構えたのだがグラハムと分かって腰に戻した。ユニオンの軍人たちはロックオンの素早い動きに息を飲んで、護身用の武器から手を離せないままだ。
「お目覚めかね、女神。ガーディアンの少年に頼まれたのだよ、君を連れて下がってくれと」
「ちッ……そういうことか、刹那め余計なことやりやがって」
グラハムと話す時間も惜しいというように、ロックオンは慌しくウェアラブルコンピュータを付け直し、ヘッドセットとの接続を確認する。
「面倒かけて悪かったな、じゃあ俺は行く」
慌てるというより、焦燥すら漂わせるロックオンの表情があまりにも今までと違っていて、グラハムはロックオンの前方に回りこんで進路を塞いだ。戦場で死に急ぐ兵士のような、そんな蛮勇を滲ませているロックオンをこのまま行かせるわけにはいかない。
「何の真似だグラハム。つまらない冗談を聞いてる時間はねぇよ」
「何の真似だと聞きたいのはこちらだ。君は死ぬつもりか?」
「ンなことアンタに関係無いだろう、邪魔立てするつもりなら撃つぜ」
ロックオンは腰に再び手を伸ばし、ハンドガンを握った。ユニオンの軍人たちが気色ばんだが、まるで気にしていない。
「関係無いはずが無いさ、私は君を好きだと言っているだろう、ロックオン。自ら命を捨てるなど、そんな馬鹿げたふるまいを許すつもりはない」
「お前に許される必要なんてないし、馬鹿だろうが何だろうが、そんなことどうだっていいんだよ」
「ロックオン…?」
気を失う前に知らされた事実の齎す衝撃を受け止めきれずにいるロックオンは、仇敵と離されて戦えない現状に苛立って声を荒げる。
「お前が好きだと言ったロックオン=ストラトスなんて、どこにも存在しない、ただのまやかしだ!」



グラハム、大告白大会開始。