magic lantern

7.62照射

「お前が好きだと言ったロックオン=ストラトスなんて、どこにも存在しない、ただのまやかしだ!」
そう。そもそも、そんな男はどこにも存在しない。ロックオンの声に目を見開いたグラハムの、驚愕そのものといっていい顔にも苛立って、ロックオンは矢継ぎ早に喋り続けた。何か吐き出していないと、グラハム相手だろうがユニオン軍だろうが、撃ち殺してしまいそうだった。
「俺は…ニール=ディランディは十一年、ずっとずっと復讐のために生きてきたんだ。手どころか身体さえ血に染めて、罪を重ね続けて、それでも生き延びたのはアイツを殺すためだ!」
アリー・アル・サーシェスを殺す。それだけが、ニールの全てだ。
「驚いたか?俺は薄汚い、単なる復讐者だ。俺から家族を奪ったドラッグを、それを家族に渡したアイツを殺すためなら、俺は何だってやる。お前をここで殺すことも、俺にとっちゃ大したことじゃない。今更一人増えたってどうってことねぇよ」
そう言いながら、かろうじてロックオンは銃口を人に向けずにいた。向けてしまえば、相手が誰でも引き金を引いてしまう、アリーへの恨みを抑えきれない衝動が、指を動かしてしまう。グラハムはしばらく黙っていたが、それは違う、と静かな声で否定した。
「君は薄汚れてなどいない、ただの犯罪者でも無い。いまなお、君は美しい」
「ふざけやがって…」
視線だけで射殺せそうなほど、尖ったロックオンの視線を感じているグラハムは真っ直ぐに視線を受け止め、吹き寄せられる殺気や怒気を味わうように呼吸を整えた。この魂ごと燃やし尽くすような、怒り。恐怖を感じるより前に、美しいと素直に思う。
「怒りに打ち震える君の美しさに心撃たれたとしても、不思議なことではないよ。だが君は一つ勘違いをしている」
「何?」
「私が生きて欲しいと願うのは、失いたくないと足掻くのは君自身であって、どこかの組織の名簿に載っている名前ではない。……私を見くびらないでもらえるかな。私は単に好みのビジュアルだという理由だけで君への好意を口にしているわけではない。姿かたちは無論のことだが、そうだな、強いて言うなら君の在り方に心奪われたのだろう」
グラハムは話しながら、最初に出会った頃のことを思い返していた。半年前のことだ。
「軍人などというものをやっていると、ある程度人の育ちというものは透けて見えるものだ。苦労をしてきたのか、甘やかされてきたのか、自分と向き合ってきたのか、流されるままにここにいるのか、そんなことがね。君のことを強く美しいと言ったのは、守護悪魔のことや姿かたちのことでもあったけれど、おそらくは過去で負った傷を癒そうともせずに抱えたまま、それでも折れない心に突き動かされているのだと分かった。君の魂はとても美しいのだろう、でなければ大天使長ミカエルが君に力を貸すはずもない」
家族を奪われたとロックオンは言った。ドラッグで家族を失うような環境は聞かずとも知れる。一人で生き抜くことがどれだけ辛い環境なのかも。
「それは単なる相性の問題で、大したことじゃない」
いつもグラハムが女神と呼ぶと、決まってロックオンはそう言って否定する。けれど、グラハムが女神と呼ぶのには理由があった。
「……ロックオン、君は自分で自分に枷を嵌めて生きているのだろうな。自らを十字架に吊ったとでも言えばいいのか。そこまで律された心や自らの意志に殉じることを厭わない心を天使が良しとするのは自然なことだ。殉教者を迎えるのは天使の役目だろうからな。だが、君は人だ。だから、生きなければならない。それは義務だ」
「何の義務だ、俺にはもう家族もいない、どこかで待っている人もいない」
「彼らは?君が自らの目標を達して、そこで満足して死んだとして、彼らは笑ってそれを受け入れるとでも?」
「……」
強い視線に焼かれて、ロックオンは少し前のことを思い返した。

『一人で勝手にいくなよ、ニール』

ハレルヤの、アレルヤとは少し違うざらりとした声が脳裏に蘇る。ロックオンが小さく首を振ってそれを追い払おうとすると、グラハムは尚も続けた。
「私には到底そうは思えないな。無論、私も君を許さない。天使と争ってでも、悪魔と戦ってでも、君の魂を奪い返すよ」
「あんたは…あんたたちは、どうして、こんな……」
こんな、どうしようもない人間にそんなことを言うのだろう。そんなに思われる資格など自分には無い。自分はただの人殺しで、復讐を願う人間で、もはや悪魔と呼ばれてもおかしくないはずなのに。片手にハンドガンを持ったまま、ロックオンは緩く首を振りながら頭を抱えた。グラハムが近づいてきているのが分かったが、逃げることが出来ない。刹那たちのところへ早く戻らなければと思うのに、早く仇を討たねばと思うのに、混乱して身体が上手く動かない。
大事にされる価値など、どこにも無いのに。刹那たちを、ハレルヤを、グラハムを騙している気にさえなって、ロックオンが俯くとふわりとグラハムの腕が伸びた。
「君を愛している、ニール。人は、名前や姿や肩書きを愛するのではないだろう、愛した人のものだから、名前も姿も声も全てが特別になる。その顔や姿が本来のものではなくても、君が仮にもう人ではなくても、それでも私は君を愛しているよ」
「ダメだ、あんたは間違ってる、グラハム、そんなのは」
「間違い?私の気持ちを君に訂正されるいわれは無いな。別に君に愛してくれと頼んでいるわけでもない。どうあっても、どうなっても、私が愛しているのは君だ」
「そんなの……」
愛される資格も価値も、最初から持っていない。そんなことが許される人間ではない、それは自分が一番よく知っていた。ロックオンがグラハムの腕の中で首を振ると、グラハムは落ち着きたまえ、と静かな声で言って髪越しにキスをする。
「愛している。どうか、自分を粗末にすることだけは止めてくれ。君の過去がどうだとしても、これから君が何をしようとしていても、私は君を守りたい。君が君自身を許せないのなら、全て私が許す」
「……ッ、グラハム、離してくれ」
言われたグラハムは腕を解いたものの、ロックオンの進路を塞いで空けようとはしない。
「どいてくれグラハム、俺はあいつをやらなきゃならない」
さきほどのように焦燥を浮かべているわけでも、死を望むような顔でもなかったが、それでもグラハムには引くつもりなど無かった。
「聞けない相談だな、みすみす死地へ愛しい者を追いやるような男に成り下がった覚えはない」
「……どいてくれって言ってるだろう。どかないなら、俺はあんたを殺してでもあいつをやりに行く」
鬼気迫るロックオンにグラハムは笑う。そうではない、何もロックオンにあの三人を失わせたり、敵討ちを止めたりしたいわけでは無い。
「そんなことしなくて良いのだよ、ロックオン。君は私の女神だと、何度も言ったろう。そして私は君に恋焦がれている人間だ。神は人に懇願したり人を脅したりする必要は無い。神であるが故に」
「意味が分からねえ、ふざけてんならどいてくれ」
また苛立ちを見せたロックオンの前に、グラハムは過去してみせたように跪いた。
「神はそも絶対的に人の上に存在している。君を愛した時点で、君は私にとって神同然だ。だから」
ハンドガンを握っている手を恭しく押し戴いて、目線だけ上げてロックオンの視線を捕らえる。
「ただ命じればいい。自分の邪魔をするな、と。さあ、私の女神」
忠誠を誓う騎士のように手の甲ではなく、掌にキスをゆっくりと落とした。ロックオンはその仕草に息を飲む。
「ッ……、グラハム」
「何かな」
一度、長い息を吐いてロックオンはハンドガンを腰に戻し、ライフルを担ぎなおした。グラハムの理論はともかく、自分がどう言えばいいのかは分かった。
「そこをどいて俺を通せ。俺の邪魔をするな」
「もちろん」
グラハムはすぐさま立ち上がってロックオンに道を開けたが、すぐ横に並んで同じ速度で歩き始める。
「グラハム、邪魔をするなと」
「邪魔はしない。けれど、君を死なせるつもりもない」
「……へりくつこねやがって」
ロックオンは隠そうともせずに舌打ちをし、時間が惜しいというように尚も歩みを速めた。
「そうでもないさ。私は君の邪魔をするつもりは無いが、君を失うつもりも無いんだ。彼らと同じほど役に立てるかは分からないが、手足が一つ増えたとでも思っておけばいい。多少ならば私も強くなったはずだ」
「そんなわけにいくかよ」
「何と言われてもついていくがね」
「そうじゃない」
「ん?」
ロックオンの言葉が予測と違って、グラハムは思わず間の抜けた声を漏らす。てっきり、何が何でも戻れと言われるのかと思っていたのだ。
「手足の一つじゃ、その顔も見られないし馬鹿みたいなセリフも聞けないし何より手足の一つが隊長なんじゃユニオンの連中が哀れだろう」
「……それだけかね」
「それだけだ」
不満げなグラハムにロックオンはにべもなく言い放つ。四人の姿を確認して、走り出した。生き死にを考えるのはもう止めだ、それよりも先にやらなければならないことがある。仲間を守って、長年の怨恨に終止符を打たなければ。守られるだけの存在になど、なった覚えはない。



グラハム大告白大会。次の次ぐらいがハレルヤのターン。